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専売特許

未来機関な眼日
スーツでメガネでコーヒーな日なので


 未来機関のロビー。
 休憩中の日向が、自動販売機で買ったカップコーヒーを飲んでいた。疲れた身体には、多めに入れた砂糖とミルクのまろやかな甘さが心地よい。激務の最中だから尚更か。
 疲れを押し出すようにため息を吐く日向は、やってきた人物の異変に眉を跳ね上げた。
「田中、目が悪かったか?」
 通りすがりなのか、ファイルを手にロビーを横切っていた田中が、日向の声に足を止めた。その顔には見慣れないメガネがかけられている。
「日向か。これはアカシックレコードが秘された石板と長時間向かい合うのは、俺様の目といえど悪影響を及ぼしかねないからな……。結界の魔具を用いることもある」
 パソコンのブルーライトから目を守るためにつけているようだ。日向は「へぇ……。そうなのか」と納得する。
 テーブルに飲みかけのカップを置いて、田中に近づいた。
「……む、不用意に距離を縮めるな。心の臓の脈に負荷がかかる」
「いいじゃないか。俺の覇王様はそんなに心が狭くないだろ」
「……時と場合による」
「だって、メガネかけてる田中とか、滅多に見れないだろ。ほら、こっち向いて俺に見せてくれよ。じゃないともっと顔近づけるぞ」
 ちっとも怖くない脅しに、しかし田中には効果がてき面だった。困ったように眉を寄せ、
「……しかたあるまい。これで、いいだろう」
 日向に顔をしっかり向ける。気恥ずかしさから、目元がほんのり赤い。
 対して日向は、無遠慮に田中を見つめる。
「メガネだからかいつもと印象が違うな。度は入っているのか」
「いや。これはあくまで石板から発せられし蒼き光を遮るもの。視力を補うものではない」
「なら、ちょっと貸してくれよ」
 言うが早いか、日向はさっと両手で田中からメガネをとって自分にかけた。
「っ。おい」
「本当だ。普通に見えるな。俺、似合うか」
 メガネのブリッジを押し上げ、日向はにっこり笑いかけた。
 途端に、田中は落ち着きなく体を揺らし「ま、まあまあじゃないですかね……」と声をどもらせる。
「なんでいきなり微妙な言葉使いなんだよ。……あ」
「こ、今度はなんだ」
「ネクタイが歪んてる。ほら、背筋伸ばせよ」
 言われるがまま無言で背筋を伸ばした田中のネクタイを、日向は器用に結び直した。
 こうしてると、なんか新婚さんみたいだな。つい恥ずかしいことを考え、日向の頬がほんのり赤く色づく。
「これでよし! ほら、これも返すよ」
 日向はメガネを外し、田中に返した。
「あ、ああ……。ありがとうございます」
「俺も、目の保養が出来たから」
 もうそろそろ休憩が終わる。持ち場に戻らなければ。
 最後にこれだけ。
 日向のかかとが緩やかに上がる。ついばむ音を一つ立て、驚きに固まる田中に柔らかく微笑む。
「じゃ、また夜な!」
 一方的な約束をとりつけ、日向は素早く残っていたコーヒーを飲み干し、残してきた仕事をやっつけに走り出す。

「……日向め。まだあれほどの力を隠し持っていたとはな……」
 ロビーで立ち尽くしたままの田中は唇を押さえる。
 日向が飲んでいたコーヒーの香りが、まだ微かに残っていた。



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