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ジュン主

ある日の昼下がり。テレビの画面に映ったバラエティ番組から笑い声が流れる。ゲストの話が司会者にうけているようだ。何がそんなに面白いのか。優輝にはとんと理解できなかった。番組に集中できない状態に置かれているからだ。
 心臓がドキドキしている。触れられている部分がざわざわする。動けないせいで余計に落ち着かない。自身に起きている変化を頭の中で並び立てる。生憎、俺は素数なんて知らない。だから客観的に現状を見て、平静を取り戻すべく奮闘している。心の中で。
 しかし間近の存在が、優輝の努力をかき乱す。
「――ユウキ」
 すぐ耳元で声がした。同時に背中と膝裏へ回された腕に力が入る。逞しい胸元に頬を押しつけられ、少し息苦しくなった。
「なあ、ジュンゴ。こんなことをして楽しいか?」
 優輝は困ったように言った。上向けた視線は、すぐに相手にぶつかって絡まる。
 優輝のそばに純吾が寄り添っている――というより体を横抱きにしていた。純吾が開いた脚の間に、優輝の尻が挟まれている体勢になっている。お陰で優輝は身動きがとれない。抱えられているせいで地面に届かないつま先が、ぷらぷら宙に揺れていた。
「ん……。楽しい、よりも、気持ちいいよ」
 そう言って純吾は、さらに優輝を抱きしめた。頭頂部に頬ずりし「ユウキ、温かくて、いい匂い。もっとこうしていたいな」と甘えた声を出す。
「俺はちょっと窮屈だよ」
 腕こそ動かせるが、脚は自由とは言い難い。離せ、と突き放しはしないが、せめて力を緩めてほしい。
「せめて抱っこの形にじゃだめか?」
 提案する優輝に、純吾はわずかに眉尻を下げた。
 優輝は優しく笑い「逃げたりしないし」と付け加える。だいたい嫌ならば、抵抗してとっとと抜けだし距離を取っている。
「……わかった。じゃあ、最後にもう一回だけ、ぎゅー」
 名残惜しくもう一度純吾の腕に力が込められ、再度優輝の頬が胸元に押しつけられた。とくとくと、Tシャツごしに心音が伝わってくる。いつもより速いそれは、ベッドの上で服の脱がせ合いをするときに感じるものと同じぐらいだ。
 ジュンゴも俺と同じなんだな。自らの心臓の音の速さを純吾のものと比べあわせ、ほっとする。
 セックスとかやることはやっているが、こうして些細なことで初々しい反応をしてしまう。今更だと言われかねないが、これが俺たちなのだから仕方ないとしか答えられない。
 ふう、と優輝は細長く息を吐く。身体の向きは変わり、今度は後ろから抱きしめられた。
 恋人の胸にもたれ、優輝はそっと瞼を閉じる。ずっと抱きしめられていて、純吾の体温に眠気がやってきてしまった。多分寝てしまうだろうけど、平気だろう。眠っちゃったら、ジュンゴがベッドまで運んでくれるから。
 背中から伝わる純吾の心音が、とても心地よかった。

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ジュンゴ主



「優輝、なに見てるの?」
 本を読んでいた優輝にやってきた純吾が声をかけた。
 顔を上げた優輝は「さっき本屋で買ったんだ」と表紙を純吾に見せる。愛くるしい子猫が載せられた表紙に「かわいいね」と純吾が顔を綻ばせた。
「ジュンゴもねこ見たいな。いい?」
「いいよ。隣に座る?」
「うん」
 うなずいて純吾は優輝の隣へ並んで座る。見やすいように触れあった脚へ雑誌を広げて置いた。
「もしじっくり見たいページがあったら言うんだぞ」
「うん」
 わくわくしている純吾に、優輝はジュンゴは本当に猫が好きなんだなあと実感した。この雑誌を買ったのも猫を可愛がる純吾を思い出したからだ。もし今通りかからなくても、後で貸すつもりだったからちょうどよかった。
 雑誌は中身も充実していた。子猫の愛くるしさを見事に表現する構成についじっと見つめてしまう。子猫たちがじゃれあう姿は優輝の心を和ませた。
 飼ってみたい気持ちも膨らんでいく。だが生憎今の環境では動物を飼うのは無理があった。いつか一人暮らししようと長期的な計画を立てている。アパートを探したり、一人暮らしに必要なものを揃えるとなると、結構な額になる。
 でもアパートはペット可のところを探すつもりではあった。どこからともなく純吾が拾ってきそうだから。かつて重傷を負った猫のために奔走した純吾を思いだし、優輝は忍び笑う。
 純吾は熱心に雑誌を見ているだろうな、と優輝は横を見た。
 しかし優輝の予想は外れた。
「……?」
 横を向いていると思っていた純吾は、雑誌ではなく優輝を見ていた。すぐ近くで視線が絡み、お互い驚いたように瞬きをする。
 ジュンゴの横顔を見つめるつもりが、まさかこっちが見つめられていた?
 気づいた優輝は恥ずかしくなって身体を引く。
 しかし純吾の手が後ろから伸び、優輝の肩を抱いた。
 引き寄せられて、純吾の顔がすぐ近くに見える。
「…………っ」
 唇が触れ合い、優輝の肩が竦んだ。
 キスされたのはほんの一瞬。目を丸くする優輝の肩からすぐ手を離し「ここもうちょっとみていい?」と純吾は何事もなかったかのように言う。
 全く悪びれてない純吾に優輝は首を傾げた。さっきキスされたのって気のせいだろうか。いやいや、唇の感触がしたじゃないか。でもジュンゴ全くその点に触れないし。色々な考えが一瞬脳内をよぎるが、まあいいか、で優輝は片づけてしまった。下手に勘ぐり混乱するよりは、精神安定上ましだろう。
「あ、優輝。この猫じゅんごみたい」
 純吾が嬉しそうに紙面を指さした。無邪気に楽しんでいる姿に優輝は内心どきどきとしている心臓を宥めながら「そうだな」と同調した。

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大地とうさみみ



 大地は乱暴に優輝の部屋に踏み込んだ。
 室内は本やCDで散らばっている。足の踏み場はまだあるが、油断したら誤って踏んで、転ぶ可能性は高いレベルだ。
 普通なら一瞬躊躇しそうだが、大地は慣れた足裁きでひょいひょいと壁際に置かれたベッドに向かう。
 そこには枕を抱いて眠っている幼なじみ。外はすっかり明るいのに、起きる気配が微塵もない。
「ったくこいつはよー……!」
 呆れと怒りに頬を引き攣らせ、大地はまず毛布をひったくった。
「起きろ! 学校だぞ学校!!」
「んんー……寝る」
「寝るじゃねーだろ、寝るじゃ!! お前も行くの! 寝ちゃ駄目なの!!」
 大声で覚醒を促すが、優輝には効果がなかった。身体を丸めて、ぎゅっと枕をきつく抱きしめ、その表面に顔を埋める。
 優輝は寝汚いところがあった。放っておけばいつまでも寝続ける。そして起こすにも骨が折れる面倒さも兼ね備えていた。
 しかし大地も負けていられない。優輝の母親にも「大地君だけが頼りなのよ」と頼まれている。多少乱暴な方法をとっても構わないと許しまで得てるのだから、しっかり成果をあげなければ。
 大地は毛布を床へ投げ、優輝の肩を掴んだ。力任せに自らの方へ身体を向かせ「起きろ! 起きろ起きろ起きろ!!」と耳元で喚きたてた。
「お前今日小テストあんだろ! 俺もだけど! それで赤点取ったら追試なの分かってる!?」
「……だいちがかわりにうけてくれるからだいじょうぶだ。もんだいない」
「問題ありすぎるわ! バカバカバカバカ! 馬鹿!!」
「だいち……うるさい……」
 目を閉じたまま眉間に皺を寄せる優輝に「お前のせいだっつーの!」と大地は反論する。すんなり起きてくれたら、こっちだって朝から叫んだりしない。
「ああもういいから起きろ。目を覚ませ!」
「んん……めんどう……」
 あ、起きる気ねーわこいつ。
 いつもよりも手ごわい幼なじみに、大地はこのままでは学校に遅刻してしまうと悟る。一旦手を離して上体を起こす。クロゼットに仕舞われている制服を取り、ベッドへ戻ると「着替えさせてやっからその間に起きろよ! 起きろよ!?」とまずは抱きしめている枕を取り上げる。無理矢理起こした優輝の身体を壁に預けて「ほらバンザーイ!」と両手を挙げさせた。
「んん……」
 抵抗がさっきより少ない。これなら、着替えさせながら声をかけているうちに目が覚めるだろう。大地は優輝が寝巻き代わりに着ているTシャツを脱がせ、代わりにベッドに投げていたカッターシャツの袖を腕に通す。
「だいちのえっちーえっちー。おれをぬがせてどうするき」
「着せてやってんだろぉおおおおおおお!? 人聞きの悪いことを言うなよぉおおお!!」
 半分泣きたい気持ちになりながら、大地はせっせと幼なじみを着替えさせる。こいつ俺がいなくなったらどうすんの、と思いながらすっかり慣れた手つきで首に巻いたネクタイをきゅっと締めた。

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