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犬も食わない アキハル



 ヘミングウェイに入ると、店長と呼ばれる太った猫に出迎えられた。海咲を始め、ヘミングウェイの従業員やそこに訪れる客たちに可愛がられ愛された結果らしい。それは微笑ましい話だが、ダイエットもするべきなんじゃないか。アキラはぼってりした体の猫を見下ろし思う。
 抱えていたタピオカが腕から飛び出し、羽ばたきながら床に着地する。近づくタピオカに店長は尻尾を逆立てながら、後ずさった。
 最近のタピオカはどうやら店長に興味を持っているようだ。いや――面白がっているのか。対峙する一羽と一匹を横目に、アキラは釣り具売場を横切った。
 ヘミングウェイの奥はカフェスペースになっている。カウンターには歩が座っていて、海咲と楽しそうに話していた。
「それでですね、海咲さん――」
「あら、いらっしゃいアキラさん」
 海咲がアキラに気づいて、顔を上げた。そして話を中断され、ぎっと歩もアキラを睨みつける。いつものことなので、アキラは睨む歩の視線を肩を竦めて受け流した。こっちだって、馬に蹴られるようなことをするつもりは毛頭ない。
 さっさとテーブル席に着くアキラに「ご注文は?」と伝票を手に海咲がやってきた。
 アキラの頼むものは決まっている。
「バタージンジャーチャイを。あとタピオカに――」
「ハムね。わかったわ」
 笑顔で注文を受け、海咲はカウンター内へ戻った。調理に入り、話は止まってしまったが、歩は幸せそうに彼女の後ろ姿を見つめている。
 アキラからは歩がどんな顔をしているのか、見なくてもわかっている。どうせ鼻の下を伸ばし、緩みきった顔をしているんだろう。釣りに関してはいい仕事をするが、たまに残念な部分がアキラの中での歩の評価を落としていた。
 カフェスペースにバタージンジャーの匂いが漂う頃、入り口につけられたベルが鳴った。来客の合図だ。
 釣り具売場にいたタピオカが「ぐあっぐあっ」と羽をばたばたさせながらカフェスペースに入ってきた。その後を店長が続き――。
「みっさきねぇー!」
 騒がしくハルが店内に突入してくる。
「おう、ハル!」
「あっ、あゆみちゃんだ! げんきしてるぅー!?」
「おうよ! 海の男はいつだって元気溌剌だぜ!!」
「やっるぅー!」
 親指を立てあい、快活に笑う二人のやりとりは暑苦しい。アキラは混ざりたくないので黙っていたが、
「あっ、アキラもいたんだ!」
 あっさり見つかってしまった。隠れる場所もないから無理もない話だが。
「ハル、いつものでいい?」
 カウンター越しに海咲から聞かれ「うん! いーよ!!」とハルは頷き、アキラに近づいた。
 ハルはアキラの後ろに回り込み「どーん」と背中に凭れてきた。首根っこに伸ばした腕を絡ませ、ぐりぐりと顔をすり寄らせる。
「こらハル、やめなさい。ターバンが乱れるでしょ」
「ごめんごめん」
 口では謝るが、ハルはいっこうに止める気配を見せない。
「お前ら、仲良くなったな!」
 身体ごとアキラたちの方に向け、面白そうに眺める歩にハルは大きく頷いた。
「うん! ぼくとアキラ仲良し! ユキと夏樹の次に友だち!!」
「ユキと夏樹の次に、ねー……」
 分かっちゃいたが、まだまだハルの中でアキラの順位は低いらしい。つい最近まで異星人監視の名目で警戒していたから、仕方ないだろう。しかしアキラの胸は厳しい現実に少し切なくなった。
「んっ?」
 がっくりうなだれるアキラに「アキラ、どーしたの?」とハルが脳天気に訊ねた。
「いいや、なぁんでもないですしぃー。……それよりもユキと夏樹は?」
「ユキたちはぁー、釣り具見てるー!」
 気を取り直して質問したアキラにハルが答えた。
 耳を澄ませ、釣り具売場から聞こえるユキと夏樹の声に「ああ」とアキラは頷く。ハルはハイテンションで声が大きくなりがちだ。だから二人の声が聞こえなかったんだろう。
「……それよりもハル。いい加減俺の背中から降りろ」
「ええー、なんでー?」
 ハルは不満を漏らすが「いいから早く降りなさい」とアキラは譲らない。少なからず邪な好意をハルに持つようになったアキラからすると、背中から伝わるハルの体温は、理性の壁を少しずつ抉っていく凶器だ。
「ハル。降りてあげなさい」
 助けにきてくれたのは海咲だ。バタージンジャーチャイとハムの切り身をトレイに乗せ、颯爽と現れる。アキラの前にはバタージンジャーチャイを、床から海咲を見上げるタピオカの前にはハムの切り身が乗った皿を置く。
 そして海咲は「ほら、ハルの」と最後にアイスクリームが浮かんだクラムベリーソーダを、テーブルの上に置いた。しゅわしゅわと弾けるソーダの音に、ハルの瞳が輝いた。
「早くしないと、アイス溶けちゃうわよ」
「うん!」
 アキラの背中から離れたハルは、そのまま隣の席に座った。パフェスプーンを手に取り「いっただっきまーす!」とアイスを掬う。
 助かりました、とアキラは目線で海咲に合図した。海咲もウィンクをして「ごゆっくり」とトレイ片手にカウンターへ戻った。
 ハルも離れ、ようやく気持ちが落ち着いたアキラはバタージンジャーチャイを一口飲んだ。初めてヘミングウェイで頼んでから、この味の虜になっている。レシピを教えてほしいぐらいだ。タピオカを十分に可愛がらせたら、もしかして。
「……」
「……俺はまだ何もいってないぞ、タピオカ」
 ハムを食べるタピオカから言いたげな視線を向けられ、アキラは目を反らした。お前の考えてることなどお見通しだと、責められているようだ。
 物憂い溜息を吐くアキラにソーダを飲んでいたハルが「アキラため息だめだよ」と言った。
「ため息しちゃうと幸せにげちゃう。そんなのはだめ。だからアキラため息禁止!」
「お前は元気でいいよな……。ほら、これ食べるか?」
 アキラはバタージンジャーチャイに添えられていた焼き菓子を摘んだ。このままハルの手に置くつもりだったが、ふと興味心が首を擡げ、口先に焼き菓子を近づけた。
「あー……んっ」
 口元を焼き菓子で突つかれたハルは、口を大きく開けてそれを食べた。勢いで、アキラの指先も口に含んでしまう。
 思った通りの反応を見せるハルにアキラはつい「お前、まるで犬だな」とにやついた。
「えー、ぼく犬じゃないよー!」
「犬だろ。後ろから飛びつくわ。菓子をぱくっと食べるわ。どうみても犬じゃないか。ああ、まごうことなき犬だ」
 しつこく犬と連呼し、くっくっと笑いを堪えるアキラに「犬じゃないってー!」とハルは両手を大きくばたつかせ抗議する。
 すかさずアキラはもう一つ摘んだ焼き菓子をハルの前に近づけた。
「あー……んっ」
 やっぱりハルは食いついた。もぐもぐと口の中で噛んで飲み込む。
「うまかったか?」
「うん、おいしかった」
「やっぱ犬だお前」
「犬じゃないってー! もうー!!」
 むくれるハルは興奮して身を乗り出す。しかし、アキラはその額に手をやって行動を阻害し、優雅にバタージンジャーチャイのカップを口に運んだ。


「何やってんだ、ハルとアキラは……」
「俺に聞くなよ……」
 釣り具売場からカフェスペースに移動したユキと夏樹は、テーブル席での攻防に二人して首を傾げた。ユキははらはらと成り行きを見守っているが、夏樹はさっさとカウンターの方へ移動する。そして歩の隣に座り「ユキ」と親友を手招きした。
 後ろ髪を引かれるようにハルたちの様子を窺うユキに対し「ほっとけって」と夏樹は淡泊だ。
「え、でもいいのかなあれ……」
「俺は馬に蹴られたくない」
 肘を立てた両手の指を顔の前で組み、夏樹が苦々しく呟く。あまりにも苦渋に満ちた表情に「え? ――ええっ?」とユキはうろたえた。馬に蹴られるってどういうことなんだ。江の島って馬もいるの!?
 スマートフォンで調べようか迷うユキを尻目に「仲良きことはすばらしいよなっ!」と歩が快活に笑う。
 つきあっていられないと、ハムを食べ終わったタピオカが、空の皿をくわえユキたちに近づく。それにも気づかず、アキラとハルの間では未だに攻防線が続けられていた。

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