お花の首にリボンをかけて つり球 2013年04月29日 アキラ誕にピクシブであげてました。長いので折り畳み 振り返ってみれば、この一年はめまぐるしい変化であふれていた。 左遷されてふてくされていたときがあった。 一回り近く歳が離れている子供相手に、振り回されもした。 その子供らと――敵視していたはずの宇宙人と地球の危機に立ち向かったりもした。 これまでの順風満帆と比べたら、無茶苦茶な一年だった。だけど、これまでもっとも満たされていた。 だから、人にとってはくだらない、もしくは顔をしかめられるような迷信に縋ってしまうのは愚かだろうか。自分でも、馬鹿げていると思っている。何より、らしくない。やったところで、本当にそうなる保証すらないのに。 迷いながらも行動を移す様を、俺は心のどこかで他人事のように見ている。 滑稽な姿だ。 だけど――笑い飛ばせない。 俺は海を見渡せる東屋のベンチベッドに、腰をおろしていた。何をするでもなく、ぼんやり海を眺める。 太陽が西に傾きつつある空は晴れているが、海からの吹く風は冷たかった。うっかり薄着で長居をしてしたら、風邪を引いてしまいそうだ。「――アキラ」 真田邸から走ってきたハルが、俺を呼んだ。 ハルは頭にはニット帽、首にはマフラーと完全に防寒使用で、上から下までしっかり着込んでいる。まだ十一月の初めだが、すっかり冬支度を終えていた。 スーツ一丁の俺を見て「もう」とハルは口を尖らせる。「アキラ、こんなところにいちゃダメだよ。寒くて動けなくなっちゃう」「まだそれほどじゃあないさ。お前が極端に寒がりなだけで」 揶揄するとハルはさらにむくれた。「だってぼくサカナだもん。寒いのニガテ。きらい」「でも、その格好は逆に動きにくくないか?」 くっくっと笑いながら、俺はハルに手を引かれるままに真田邸へ戻る。 ぎゅっと俺の手を握るハルの手は、もともと体温が低いこちらより冷たかった。ハルの正体は魚であり、変温動物だ。外の温度に影響されて、体温が低くなってしまうのだろう。 俺はハルは宇宙人なんだなと、俺は今更なことを思った。そんなの、ずっと前からわかりきっていることだろ。だけどどうしてか、当たり前のことに落胆している自分に驚いた。 家の中は静かだった。ケイトさんとユキは揃ってヘミングウェイに行っている。口に出すのも恥ずかしいが、俺の誕生日パーティーとやらの準備をするためだ。 ハルが来た、と言うことはその準備が済んだのだろう。正直、俺の誕生日パーティーが開かれる事実に面と向かえない。この歳になってパーティーとか、照れくさくなる。 わざわざ人のための誕生日に張り切って。つくづく江の島で知り合った連中はお人好しが多い。「アキラはやく準備! みんな待ってる!」 借りている部屋の前まで引っ張り、ハルが急かす。「わかったわかった」と俺は急かされるまま着替えをした。「はやく、はやくぅ~」と扉の近くでハルは足踏みをして待ちきれないようだ。どんだけ楽しみにしてるんだよ。俺はちょっと笑いつつ、クローゼットの隅に隠しておいた段ボール箱を取り出した。「――ハル」 部屋の中心に置かれた卓の上に箱を乗せ、俺はハルを手招きする。 やってきたハルに俺は「これをお前にやる」と箱を差し出す。「ぼくに?」 目の前の箱にハルは不思議そうに首を傾げた。「今日はアキラの誕生日でしょ? ぼくもらうのちがうよ」「そうだが。まぁ、いいだろもらってくれ」「どうして?」「どうしてもだよ。今日は俺が主役なんだろ? 主役の言うことは聞くもんだ」 無理矢理な理論を展開し、俺は箱をさらにハルの方へ押した。 目の前に置かれた箱をじっと見つめ「あけていい?」とハルが聞いた。どうしてくれたのかわからず、珍しく困惑しているハルに「どうぞ」と俺は頷く。 箱の前にひざを突き、ハルは恐る恐る箱のふたを開けた。中に詰め込まれた丸められた新聞紙を取り除いていき、出てきたものに「あっ」と目を丸くする。「これ……植木鉢?」 ハルが箱から取り出したのは、植木鉢だ。ネットの海をさまよってた時に見つけたものを買い寄せ、この日まで取っておいた。 ホワイトクレイの鉢を両手で持って、ハルはじっと見つめる。「でも何もないよ」「これから入れるんだよ」 植木鉢を掲げて中身をのぞき込む仕草に、俺は笑った。「俺は生憎花には詳しくない。だからケイトさんに聞いて好きなのを植えろ」 それに彼女なら世話の仕方も丁寧に教えてくれるだろう。いきなりの贈り物を興味深く観察していたハルは「わかった。ありがとう、アキラ」と鉢を置いてはにかんだ。 花が咲いた笑顔を浮かべるハルの肩を、俺は引き寄せる。「アキ……? んっ……」 触れた唇は柔らかくて、そして体温が低い俺よりも冷たい。「もうアキラったら」とくすぐったがる身体を腕の中に閉じこめ、何度も唇をついばんだ。ハルと触れあうと自分の中の熱が高まる。それを与えるように、頬や額にも口づけを落とした。「アキラだめ……。これからヘミングウェイ行かなきゃ」「わかってる。これだけ、これだけな」 言って、ハルの首に巻かれたマフラーを解いた。現れたタートルネックの襟を、力任せで下に引く。 白い首筋に唇を当てた。「……っ!」 さすがに首筋に吸いつかれ、ぴくりと震えたハルの身体が固まる。そして押しやる腕の力に、俺は素直に従った。いつでも盛ってる訳でもなし、それにせっかくのパーティーなのに、主催がこらずに台無しにさせるほど非情ではない。そんなことするつもりは毛頭なかった。馬鹿みたいにお人好しな人たちを悲しませたくない。 襟口から覗く白い肌についた赤い花を見つめ、俺はハルの服を整えそれを隠した。床に落ちたマフラーを拾い、丁寧にまき直す。「アキラのえっち」 頬を膨らませ、吸いつかれた首筋を手でかばうハルの耳元で俺は「誰にも見せるなよ」と囁いた。 そしてハルを解放し、手を引いて起こした。さっきのことなんてなかったかのように笑う。「さあ、行くか」「う、うん……」 笑うと、いつもはこちらを振り回すハルが面食らった顔をして頷いた。この顔も俺が初めて見たんだろうなと思うとなんだかおかしくてたまらなかった。 翌日ハルは、さっそくケイトさんに教えを請うたようだ。早速花の苗を植え、ピンクの像の形をしたじょうろで鼻歌混じりに水をやっていた。 何を植えたのか聞くと「キンギョソウ!」とハルは高らかな声で応える。きれいな花がいっぱい咲くんだって。そう楽しそうなハルは説明する。 俺はユキみたいにスマートフォンを使い、キンギョソウについて詳しく調べた。 秋から冬にかけて咲くその花は、冬の寒さに強い。また花が咲き終わってもきちんと手入れをすればまた新たに花を咲かせるのだそうだ。 魚の文字が使われているせいか、親近感が沸いたのだろう。ハルは「きれいに咲いてね」と優しくキンギョソウに話しかけている。「きちんと根つくといいな」 俺の願うような響きに気づかず「うん!」とハルが笑った。 植木鉢を贈ったのは、直接口には出せなかった俺の、とても回りくどい願いが込められている。 ――この星に根ついてほしい。 鉢植えに植えられた花のように、地中に根を張って留まるように。お前にもずっと帰らず、この星に――俺のそばにいてほしい、と傲慢にもずっと願っている。 結局のところ俺は恐れているのだ。ハルが住んでいた星へ戻ってしまうことに。 些細なことで喜んで、俺の作るカレーがうまいと笑って、ちょっとからかってやると拗ねて。ベッドの中では俺しか見れない顔をして。戯れのように柄にもなく好きだと言うと、ぼくも、といとおしそうにはにかんで。 俺はそれを失うことを何よりも恐れていた。アイツがいつまでも地球にいる保証なんてない。掴んでいた手がするりと抜けていって、星の海を泳いで消えてしまうんじゃないかと言う不安が、いつだって胸のどこかで巣くっている。 俺はもっとハルといたいし、コイツがどんな顔をするのか知りたい。それにもっとコイツに色んなものを与えたいし、したいことだってある。 いなくなる想像することすら恐ろしい。きっとそれほどまでに、俺はハルに満たされている。いなくなったら、あっと言う間に干からびてしまいそうだ。 だから俺にとって一番のプレゼントは、ハル――お前が隣にいることなんだよ。「ちゃんと世話をしろよ」「わかってるって。枯らせない。きれいな花、いっぱい咲かせる」 ね、とハルは水で潤う苗を指先でつつく。 いつだって変わらない花のような笑顔を、目に焼き付けるように見つめ、そうだな、と俺は小さく口元をあげた。 [0回]PR