アキハル小話詰め合わせ つり球 2013年04月29日 長いので折り畳み 昔はそうだったのに「ねぇ、ユキ~。今日釣りに行こうよぉ~」 「釣りか……」 「またマグロ釣ろう!」 「ま、マグロは今日難しくないかな……」 「ええ~」 「……」 ハルがユキに抱きついてじゃれあっている。ユキも困っているように見えて、ハルを離そうとはしない。まるで子犬のじゃれあいのような二人を、アキラは黙って見ていた。その目はどこか遠くを見ている。 それに気づいた夏樹は「どうしたんだ、アキラ」と聞いた。 「……」 ちらりと夏樹を見てアキラは言う。 「昔の話だ」 「……?」 とつぜん始まった昔話に、夏樹は首を傾げつつ続きを聞いた。 「とある任務中にな、誘われたんだよ」 「誘う……?」 アキラの言わんとしていることを察し、夏樹は顔を顰める。父親と義母のことのせいか未だにそういうのは苦手意識を引きずっている。 「そりゃ、すごいことで」 「皮肉をどうも。けどな、お前が考えてるような相手じゃないんだ」 「相手って……女じゃないのかよ」 「じゃなかった」とアキラは一拍おいて「男だったんだよ。いかにも、みたいな感じのな」と苦々しくいった。 「もちろん俺はそういう趣味はないし、全力で黙らせてその場を立ち去った」 「殴ったのか」 武術の心得があるアキラは、細身の体でも威力のある拳を繰り出す。ご愁傷様だなと、ふられた上に殴られたその相手に夏樹はそっと同情する。 「当たり前だろ」とアキラは鼻を鳴らす。 「俺はその気はないんだって」 「……はぁ?」 力説するアキラに、夏樹は白けた目を向けた。今、ここで、それを言うのかお前。 「じゃあ逆に聞くけどさ、アキラ。お前が今好きなやつはだれかここで言ってみろよ」 「………………」 アキラは黙り込む。夏樹の視線が冷たい理由が痛いほどわかっているように、そこから目をそむけた。 「ハルだって男なんだろ。お前、そういう気はないんじゃないんだっけか?」 「俺だってそう思っていたさ。けどな今度は……」 「好きなら好きってさっさと言えよ。見ているこっちが苛々する」 率直にいい、夏樹はつきあってられないとユキたちの方へ移動した。 「あっ、夏樹! 釣りいこうよ、釣り! マグロ! マグロ!」 「ハル、それは船出さないと無理だから」 「じゃあ、船長に聞いてみるか。今日は無理でも、また今度行こう、みんなで」 優しくハルにいい、夏樹はちらりとアキラを見やる。 いまだに悩んでいる様子に、はっきりしやがれ、と夏樹は内心罵った。 人差し指 ソファにもたれため息をつくアキラを「どうしたの?」と隣で座っていたハルが眉をひそめる。 身を乗り出して「だいじょうぶ? つかれた?」と矢継ぎ早に尋ねるハルに「大げさだな」とアキラは口元を緩やかにあげた。 「俺はそれほどやわじゃない」 「でもため息ついた。それをするのはその人がちょっと悲しいんだってぼく知ってる」 「悲しい……ね」 悲しい、と言うより悩んでいる、の方が今の俺にはあっていそうだがな。アキラはこちらを案じてくれるハルを見て思った。この宇宙人は見かけよりずっと精神は子供で、まだまだつたない考えが目立つ。そんな彼にどうすれば胸をくすぶる想いを正確に伝えられるのか。とても難解で――未だ答えの一端を掴めずにいる。 だが同時に、いつまでも純粋さを失ってほしくない。そして気持ちを素直に伝えられるハルの心を綺麗なままにしておきたい。俺が気持ちをぶつけたら、その勢いのまま彼を汚してしまいそうな予感が、時折アキラの想いを鈍らせる。 「アキラ」 ハルが人差し指をアキラの眉間に寄せた。 「皺できてる。だめだよ。楽しいこと、考えよう?」 むうう、とむくれつつハルは指を上下に動かして、眉間の皺を伸ばそうとしていた。子供っぽい考えだな。外見上治ったって、内心は変わらないのに。そうアキラは思ったが、ハルの好きなようにさせた。少なくとも今だけはこちらだけを構ってくれる。 ハルのことは言えないな。これこそ子供じみた考えだろ。アキラはうっすら笑う。 そしてもっと俺を心配してくれよ、とわざとらしく小さなため息をついた。 何よりも特別 それは釣りの帰りで出会った。 「アキラ……っ!」 それを見つけたハルが素早くアキラの後ろに隠れる。ぎゅっと服を握りしめ「追っ払ってよぉ~」とアキラに懇願した。 「大丈夫だ。寝ているから下手に刺激しない限り、こっちに危害を加えることはない」 アキラは肩に担いでいたロッドを持ち直し「それよりもこれはチャンスだと思わないか、ハル」と怯えているハルを見た。 「えっ?」 「相手は寝ている。つまりハルが圧倒的優位だ。このチャンスを活かし慣れればお前はさらなる高みにのぼれるぞ」 「べっ、別にいいって……」 「まあそういうなって」 渋るハルに構わず、アキラはそれに近づいた。服を掴んでいる状態のハルもアキラに引っ張られていく。ハルはアキラの服を引き「やめようよ~」とごねたがアキラは意に介さない。 日向が落ちている道端。じっとしているだけでもじんわり暖かくなる場所に、それ――黒猫が背中を丸めて眠っていた。心地よいのか、尻尾がゆっくり上下に揺れている。 まずアキラは自分から猫の体をそっと撫でた。毛の流れにそって手を動かし、のど元を擽る。ごろごろと喉の震えが指の腹へ伝わった。 「ほら、ゆっくり優しくすれば大丈夫だ」 アキラは後ろを振り返った。しかしハルはアキラの後ろに立ち尽くしたままで「で、でも……」と俯く。 「ぼく、食べられちゃうよ……」 「魚の姿ならともかく、今のお前は猫には食べられないだろ」 アキラは苦笑した。ハルは人の姿ではあるが、もともとは宇宙人であり、本来の姿は魚である。だから猫を見ると本能からつい警戒する体勢をとってしまっていた。 しかし江の島には猫が多い。ちょっとぐらいは慣れておかなければ。いつだって俺やユキが守ってやれるわけじゃない。 「大丈夫だ」とアキラは繰り返し言った。 「慣れるまで、ちゃんと俺がそばにいる。守ってやるから。――な?」 「……うん」 こくりとハルは頷き、アキラの隣にしゃがみ込んだ。恐る恐る伸ばした手で黒いふわふわに触れる。指から猫の体温と、日向の柔らかさが伝わり「わあっ」とハルは思わず声を上げた。 「あったかい……」 「怖くないだろ」 「うん。怖くない。それによく見るとかわいいね」 「タピオカには負けるけどな」 「ぼくは? ぼくもタピオカに負けちゃう?」 「馬鹿だな、ハル。決まってるだろ」 アキラはハルの頭に手をやり、そっと引き寄せた。 一瞬だけのキスを終え、至近距離でアキラはハルに笑いかける。 「タピオカは一番だ。そしてお前は特別。どんなものにも比べられないさ」 「そっか」 アキラの答えに、ハルはとても嬉しそうに笑った。 [0回]PR