アキハル小話三本立て つり球 2013年04月29日 長めなので折り畳み 1 したいことをしてもいいよ、とは言われたもののやっぱりどこまでしていいのか迷うよな。 東屋のベンチベッドで目を覚ましたアキラは、何故か身体に擦り寄って眠っているハルに対しどうしようか迷った。 寝顔を見る機会は監視カメラ越しなら何度もあったが、直に――しかもこんな間近で見ることは稀だ。 とりあえず起こさないように気をつけて、引っ付いているハルの背中に腕を回した。そのまま身体を引き寄せる。抱きしめるぐらいだったらいいだろ。うん。 ハルからはアキラと同じ石鹸の匂いがした。些細なことだが、単純にもアキラの心拍は緩やかに上昇する。ガキか、俺は。 何度抱きしめてもハルの身体はやっぱり細い。時に力を入れるのも躊躇ってしまう。 でも、欲しいと思ってしまう。これまでだったら諦めただろうが、ハルだけは違う。もう、諦められない。 まだまだ苦労しそうだがな。肺の底から息を吐き、ハルをしっかり腕の中に閉じ込める。するとハルからも腕――だけではなく脚まで伸ばしてアキラにしがみついた。 捕まえたはずが逆に捕まり、アキラはうっすらと笑う。「……えーっと、ご飯呼びに来たんだけど。見なかったフリしたほうがいいのかな、これって」「……待ってくれ。俺も考えてるんだ」 しがみつかれたまま離れようとしないハルにアキラは困り顔をする。流石にずっと身動き取れないのは辛い。だがこれはこれで結構嬉しい。久しぶりの感触は、今まで自主的にお預けをしていたアキラにとって、離し難いものだった。「でもこのままではいくら夏とはいえハルが風邪をひくかもしれない。俺もさすがに腹が減ったし……」「なんだったら、毛布とご飯、持ってくるよ?」「いや、そこまで甘えるわけにはいかない。もうちょっと待ってくれ」 悶々とするアキラにユキは小さく笑った。「持ってくる。ちょっと待ってて」 そう言ってユキはさっさと行動に移る。後ろから「おい待て、ユキ」と声が聞こえたが気にしない。「――ちょっとぐらいアキラも甘えていいと思うんだけどなあ。せっかくハルが傍にいるんだから」 それにハルすっごく幸せそうに寝てるから、起こしたくないんだよな。 しばらくアキラには我慢してもらおう。そう思いつつ、ユキは家に戻った。2 真田邸のダイニングでテーブルについたハルがメモに何かを書いていた。一生懸命な様子にユキが「何書いてるんだ、ハル」と興味津々で尋ねる。「明日やりたいこと!」 はい、とハルが笑顔でユキにメモを見せた。 メモを受け取ったユキは書かれている文面を目で追っていくうちについ笑みを零す。「えーっと、花の水やりをする。さくらちゃんと遊ぶ。ヘミングウェイに行く。しらす亭に行く。釣りをしに行く。スカイツリーを見に行く……ってこれは出来ればなのか」「長い時間車に乗るって保っちゃんから聞いた。だから渇かない対策が必要!」「これ夏休みにしたいことか?」「ちーがーうー。明日したいことだよー!」「……全部は無理じゃないか。スカイツリーはまた今度にしたら?」「でもアキラすぐ仕事……」 ハルは不安に顔を曇らせる。恐らくまたアキラがいなくなってしまう可能性を心配しているんだろう。「大丈夫だって、ハル」とユキは落ち込むハルの肩に手を置いた。「アキラはしばらく江の島にいるよ、な」 不意に水を向けられ、リビングのソファに座っていたアキラが露骨に狼狽えた。ユキは「だよね」とにっこり笑う。ここで頷かないと、怖い目にあいそうな予感がする。笑っているユキからそんな圧迫を感じ、アキラは「あ、ああ」と肯定した。 がたんと音を立てハルは、テーブルに手を突き、アキラの方へ身を乗り出した。「ホント!? アキラ帰らない?」「ああ……しばらく滞在する予定だ」「やっ……たー!!」 満面の笑顔を咲かせ、ハルは飛び跳ねて大袈裟に喜んだ。素直に気持ちを表す姿にユキは微笑み、アキラの目元は仄かに赤くなる。俺がいるってことが、そんなに嬉しいのか、ハルは。単純な事実がアキラにはこの上ない幸せで胸が温かくなる。「じゃあ楽しいことたくさんできるね! もっともっと考えなきゃ!!」 ユキからメモ用紙を返してもらったハルは、椅子に座り直し、はりきって続きを考えだす。 邪魔をしないようユキはリビングに向かい、ハルを見つめるアキラに「アキラ、良かったな」と言った。「ハルが張り切ってて。ちゃんと叶えてやらないと」「……にしてもはりきりすぎだ」 全く、と言いつつ、アキラも満更でもなさそうだった。 今年の夏休みも、賑やかになりそうだな。ユキはこっそり笑う。夏樹も帰ってきたらもっと、楽しくなりそうだな。そう思うと、何だかユキもわくわくしてきて、これからの日々がとても待ち遠しくなってきてしまった。3 また真田邸の世話になってから数日。アキラはちょっとした悩みを抱えていた。 夜になり、後は寝るだけ。寝床を整えていたアキラは前触れもなく聞こえた扉の開く音に、ため息を吐いた。「アーキラっ、一緒に寝よっ」 やってきたのはハルだ。ユキとお揃いのパジャマ姿に、大きな枕を抱えてアキラの返事も聞かず、部屋へ入る。「ダメだ。きちんと自分の部屋で寝なさい。渇いたらどうするんだ」 寝床に入ろうと毛布をめくるハルを、アキラはここ数日お決まりになった言葉で窘めた。宇宙人であるハルの正体は魚だ。それ故渇いたら弱ってしまう性質を持っている。だから就寝は椅子に座り、常に足を足洗器に浸さなければならない。 畳に敷布団掛け布団で寝ているアキラと床を共にするには、どうやって常に水分を確保するのか考える必要がある。――それ以前にアキラ自身が生殺しの状態になりたくないのもあった。俺の理性はもうそんなに強くないぞ、ハル。 心を鬼にするアキラにハルは「いいじゃん一緒に寝ようよ~ねぇ~」とむくれた。引き下がる様子もなく「寝ようよ~」とアキラの腕にしがみつく。「やめなさいハル。どうなってもいいのか?」 軽く脅して言うアキラに、ハルは「アキラならいいもん」と頬を膨らませる。楽しみにしていたことを邪魔されて泣く寸前の子供の顔をしていた。「…………」「ぼく、アキラのこと好きだし。どうなっても……いいもん」「……ハル」 ハルはしょげるが、それでもアキラのシャツに手を伸ばし、裾を摘んでいる。突いただけでも泣きそうな目でこちらを見上げられ、アキラはたまらず白旗を降った。 髪をくしゃりと掻き混ぜ、ハルの手を引く。部屋を出て廊下を歩くアキラをハルが不思議そうに見上げた。「アキラ、どこ行くの?」「――リビング行くぞ。そこなら座って寝れるだろ」「……うんっ!」とハルは笑顔で頷きアキラに抱き着く。「アキラだーい好きっ」「……そりゃどーも」 素直な好意にアキラはどこまで俺の理性は保てるのか、と遠い目をする。お前は本当にわかってるのか。 ちくしょう、と内心呻いてアキラは己を叱咤する。 今日は理性と本能がせめぎ合う、長い夜になりそうだった。 [0回] PR