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ジレンマ 七代と壇と蒐




 窓に頬杖をついた七代が、溜息を吐いた。悩める様子に「どうしたんだよ」と燈治が声をかける。
「バカみてえにのんきな奴がらしくねえな。悩み事があるなら、相談に乗るぜ?」
「壇……」
 七代は心配してくれる燈治に、くすりと笑みを零した。
「ありがとう」
「いいってことよ。俺とお前の仲だしな。で、何悩んでるんだ?」
「……実は」
 七代は指貫手袋を嵌められた右手をじっと見つめる。その下には隠者の刻印が刻まれていることを思い出し、燈治はやるせない思いになった。七代は普通なら持ちえぬ力を有している。それ故に、傷つくことがあったんじゃないか。燈治の身体が無意識に七代へ傾けられる。俺にやれることがあるなら、してやりたい。
 燈治の考えを裏付けるように、悲しく瞼を伏せた七代は左手で右の手をそっと摩った。
「おれ、どうしたらいいのかわからなくて」
「千馗」
「おれ……」
 七代は握り締めた両手を窓の桟に叩きつける。
「蒐のこと、頭撫でたいのに撫でれないんです……!」
「…………は?」
 燈治の眼が、点になった。蒐の頭が何だって?
「……なでりゃあいいじゃねえか。お前、そんなことで悩んでるのか?」
「そんなこと? そんなことってそんなことですか? そんなことでもおれは真剣に悩んでいるのに……!」
「そんなことそんなことって連呼すんな」
「わかってない。壇は何にも分かってない」
 七代は燈治を睨み、熱く語りだす。
「可愛い後輩は猫かわいがりしたいじゃないですか。頭とか、よしよしーってしたいじゃないですか。でも蒐は紙袋被ってるじゃないですか。紙袋は脆いの、撫でたらすぐぐちゃってなるの。分かる? 分かるよね?」
「ああ、まぁ、な」
 濁点ごとに迫ってくる七代に気圧され、燈治はかくかくと首ふり人形のごとく頷く。ここで余計な口を挟んだら、三倍になって跳ね返ることを燈治は知っていた。伊達にこいつの素っ頓狂な言動に一番長く付き合ってきた訳じゃない。
「蒐が四角を好むなら、あいつの被ってる紙袋をぐちゃってしたくないんです。四角じゃないってしょんぼりされたら、おれもしょんぼりしちゃいますし」
「……」
 どこから突っ込めばいいんだろうか。燈治は行き場のない手を軽く振る。とりあえず、全部に突っ込みたい。
「でも、撫でたい。撫でたいんです! あんな可愛い後輩可愛がれないなんてどういうことですか!?」
 震える右手首を左手で掴み嘆く七代に燈治は「俺に聞くなっ!」と喚いた。
「ああっ」と大げさに七代はふらふらよろめき、燈治から離れて涙を拭うしぐさを見せた。
「壇は冷たい。おれの悩みを聞いてくれるって言ったのに。一緒の風呂に入った仲なのに……」
 不機嫌に七代が唇を尖らせる。どっと疲れが押し寄せて、燈治は頭を押さえた。
「……お前がそういう素っ頓狂なことをしなかったら、もっと真剣に聞いてやる。それに蒐の紙袋が気になるんだったら、本人に聞いてみりゃいい話だろ。ほれ、あそこ」
 肩越しに燈治が立てた親指で差した先を七代が眼で追う。教室の出入り口から、そっとこちらを覗き込む四角の角が見える。
「蒐?」
 七代が呼ぶと、角はぴくりと震えて扉の向こうに隠れてしまった。しかし、気を取り直したかのようにまた現れ、ゆっくりと出てくる。
「千馗、センパイ」
 大切な四角がたくさん収められたファイルで口元の辺りを隠し、七代の前に立った蒐が「あのね」と小首を傾げた。
「センパイが僕を撫でてくれるの、四角い、よ」
「えっ?」
「確かに、この袋はぐしゃってなって、四角くなくなっちゃう、けど。センパイに撫でてもらえないほうが、三角、かな」
「そ、それって、蒐の頭撫でていいってこと?」
 照れているのか、俯きがちになる蒐の顔を覗き込み、七代が訊いた。
「うん」と僅かに、でも確かに蒐は頷く。
「センパイが僕を大切にしたいって気持ち、とても、四角い。四角いのなら、僕は、大歓迎、だよ」
「……蒐っ!」
 感極まった七代が、人目をはばからず両手を大きく広げ、蒐を抱きしめた。一足飛びの行動に「おい、千馗っ!」と燈治が声を荒げる。
 しかし七代はお構いなしだ。ぎゅうぎゅうに蒐を抱きしめ、今まで出来なかった分、蒐の頭を撫でる。がさがさと紙が擦れる音がしたが、蒐の口からは一つも文句が出てこない。
「かわいいなぁ、蒐はかわいいなぁ! また今度、一緒に四角を探すたびに出ような!」
「うん。センパイが一緒なら、どこでだって、いい四角、見つかるよ。だってセンパイがいい四角そのものだもの」
「――蒐!」
 思いがけない言葉に、感極まった七代は「蒐も四角いですよ!」と笑いながら蒐の頭を撫でる。被っていた紙袋は、もうすっかりでこぼこになっていた。
 でも。
「……ま、いいか」
 その様子を見て、燈治は七代を止めようと伸ばした手を戻した。
 燈治からは紙袋を被っている蒐がどんな表情をしているのかわからない。しかし、なんとなく、とても嬉しそうな顔をしているんじゃないかと思い、二人の様子をそっと見守った。

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昼下がりの共犯者 七代と弥紀



 保健室で蒐くんに四角のことを教えてもらってから帰ってきた教室は、ちょっと不思議な雰囲気になっていた。みんな、落ち着かない様子で後ろのほうを見ている。ざわざわと落ち着かない空気が教室いっぱいに広がっているみたい。
 何か、あったのかな?
 少しわくわくして、わたしも皆につられて同じ方向を見た。
「あ……」
 皆が見ていたのは、七代くんと壇くんだ。壇くんは自分の席で俯せに寝ている。そして七代くんが椅子を壇くんの席のほうへと向けて、せわしなく手を動かしていた。
 壇くんが昼休みの教室にいることと、その壇くんの傍にいる七代くんは高校三年の二学期に突然現れた、季節外れの転校生。二つの珍しさが一緒になっているから、皆驚いているのかも。
 ここにわたしが入ったら、もっと珍しくなってクラスの皆は驚くのかな。そんなことを考えたわたしは少し笑って二人に近づく。
「七代くん。何してるの?」
 後ろから呼んだわたしに、手を止めた七代くんが「穂坂さん」と肩越しにこっちを見た。そしてぱっちりした眼を猫みたいに細めて笑うと、立てた人差し指を口許に当てる。静かに、のポーズにわたしは慌てて口を押さえた。そうだよね。うるさくしてたら、壇くん、起きちゃうよね。
 だけど壇くんは起きる様子もない。昨日は不思議なことがたくさんあったから、疲れてるんだろうなって思う。でも、夢じゃないんだ。右手がたまにあったかくなること。そして七代くんがここにいることが、夢じゃない何よりの証拠。
 七代くんが小声で「これ、どうです?」と膝に乗せていたものをわたしに見せてくれた。小さめのスケッチブックに、七代くんは絵を描く人なんだ、と新しい発見に嬉しくなる。
「見てもいいの?」
 小声で聞くわたしに七代くんは大きく頷いた。わたしのほうへ向き直り差し出してくれたスケッチブックを受け取る。
 ありがとう、とお礼を言ってから、わたしはさっきまで七代くんが描いていたものを見た。
 そこには机に突っ伏して寝ている壇くんの姿。七代くんの描く線は柔らかくて優しい感じがする。今目の前で寝ている壇くんと見比べて、七代くんにはこんな風に見えるんだなぁって思っちゃった。大切に想ってるんだって。
「壇には内緒にしてくださいね」
 また人差し指を立てた七代くんが、小さい声で言った。
「ばれちゃうと恥ずかしがって没収されちゃいますから」
 そんなことはしないと思う。けど、恥ずかしがったりはしちゃうんだろうな。そうなった時のことを考える。顔を赤くして怒って、でも結局もう勝手に描くなよって、七代くんを許しちゃうんだろうな。
 よく描けてるでしょう、と誇らしそうに腰へ手を当てた七代くんが胸を反らして言う。
 うんと頷いてわたしはスケッチブックを返した。
「すごく上手だよ」
 すると七代くんはとても嬉しそうに笑って「いつかはちゃんとモデルになってくれたら嬉しいんですけどね」と壇くんを見る。
「じゃあ実現した時にはわたしも見学させてね」
「もちろん」
 ちょっとした共犯者の気分でわたしは七代くんと笑い合う。
 その横では壇くんが、はんぺん、と呟きながらうなされていた。

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チロル 零主



 地震で出来た横穴を通り、雉明は風穴から脱出した。氣を探り、七代といちるの場所を探る。脱出、していればいいんだが。
「……よかった」
 ここからずっと離れた外に二人の氣を感じ、眉間にしわを寄せていた雉明はほっと胸を撫で下ろした。すぐ近くに伊佐地の氣もある。これなら後はもう大丈夫だろう。
 雉明は崩れてしまった横穴に背を向けて、この場を後にする。ここでの目的は達成した。これで、カミフダをずっと楽に制御出来るはずだ。
 雉明は右の手の甲を見た。指貫き手袋の下、隠者の杖に貫かれ刻まれた印。
 三人で、一緒に。
「…………」
 雉明は立ち止まった。見つめていた右手を下ろし、七代たちがいるだろう方向を振り向く。


 きみを、信じてもいいのか、と七代に問うたとき、彼はこう答えた。
「手、出してください」
「……?」
 質問に答えない七代に首を捻りながら、それでも素直に手を出す。
「手の平を上にして」
 七代に言われた通りにすると、手の平に小さく四角いものが転がった。あ、チョコ、と横でいちるの声がする。
「これは……?」
 困惑して雉明がチョコから視線を上げると、七代がにっこり笑った。
「顔が強張ってるから。甘いもの食べて落ち着いてもらおうかなって。もしかして、別のがよかったですか?」
「……まだあるのか?」
「ありますよ」とズボンのポケットを探った七代は、得意顔で握った両手を雉明の目の前で広げた。言葉通り色とりどりの包み紙で包まれたチョコがたくさん七代の手に乗っている。
「わっ、すっごーい!」
 こぼれ落ちそうなほどの量に、いちるが目を輝かせた。私にもちょうだい、とねだるいちるに「はい、どうぞー」と振る舞う七代。伊佐地が「遠足じゃないんだぞ……」とため息をついている。
「……」
 どう答えればいいんだろう。手の平に乗せられたチョコと七代の顔を、雉明は交互に見た。こう言うときの対処は、自分のなかに情報として入っていない。
 しかし七代は楽しそうに笑っている。
「おれは信じていいのか、と聞かれてすぐに頷けるほど自信はないです。それに器が大きくもないでしょう。でも二人よりは荒事には慣れているほうでしょうから、一番前に立つことは出来る」
 七代の深い黒の眼がすっと細まった。
「だから信じるとか信じないとかそれを見て決めてくれたらいいです」
「……もし、信じないといったら、きみはどうする?」
「やることは変わりませんから」
 七代ははっきりと淀みない口調で言う。
「どちらにしてもおれは雉明も武藤も守りますから」
 その時の笑みが、雉明の脳へと鮮やかに焼き付く。


 今思うと七代は緊張を解そうと、あえておちゃらけたように振る舞ったのだろう。だけど、いきなり信じてもいいのか、と尋ねた雉明を馬鹿にするでもなく、七代は自分の言葉で答えてくれた。守ってくれた。
 異形のものと相対しても怯まない背中。恐れを知らず振るわれる拳。
 そして何よりも印象に残るのは、あの、底知れぬ力を秘めたあの瞳。自身も気づいていないようだったが、七代はかなりの力を秘めているようだった。
 それこそ『あの血筋』よりも――。
 あるいは。もしかしたら。彼ならば。
 漠然とした予感が胸を過ぎる。それは雉明にとって、藁をも掴むような小さい可能性だった。
 だけど。
「おれは、きみを信じる」
 感じたものを信じ、零はそっと呟いた。前を向き、道なき道を歩き出す。おれも彼も同じ封札師だ。同じカミフダを追っていくうちにまた会える日も来る。
 こんな形で別れたことを、七代は怒るだろうか。雉明は制服のポケットを探った。指先に当たる感触は、彼から貰ったチョコレート。食べるのがもったいなくて、取っていた。
 チョコをくれた七代の表情を思い出す。眩しい笑顔だった記憶に、何故だか雉明の瞼の奥がつんと熱くなった。

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壇主小話



 物欲しそうな目をしていたので、俺は七代にキスをした。
 首をさっと屈め、すぐ隣にいる七代の唇に自分のを合わせる。
 何のことはない、ただ触れて離れただけの軽いやつだ。だが、そんな生やさしい接触に七代は「いっ、いきなりなにするんですかっ」と赤くなった顔で唇を隠した。
「不意打ちなんて……卑怯ですよっ。卑怯なのは壇嫌いなんでしょう」
「……確かに卑怯は嫌いだけどよ」
 何事にも例外があって、俺にとっては七代に不意打ちで触れることがそれに当たる。理由を聞かれたら、そりゃ七代の反応が見ていて面白いからだ、と答えるだろう。
 いや面白い、と言うのも語弊がある。面白い、と言うより、かわいい、方がもっと近い表現か。
 とにかく見ているだけで俺はたまらない気持ちになってしまう。七代は「不意打ち卑怯」と怒っても、またやりたくなってしまうのだ。
 俺は意地の悪さを含んで笑い「じゃあちゃんと宣言すればやってもいいんだな」と言った。七代の側にある腕を上げ、きょとんと目を丸くした相棒の頬に掌を這わせる。
「――ヤらせろ」
「……っ!?」
 正々堂々としたいことを宣言したら、七代の顔がさらに赤くなった。びっくりして全身の毛を逆立てた猫のように身体が固まり、後ずさりして俺から逃げる。
 置いてきぼりにされた手を戻し「ちゃんと正直に言っただろ」と俺は言った。
「ろ、露骨すぎるんですよっ! は、は、恥ずかしいっ」
 壁に背をぶつけて止まった七代は「昔の壇はどこ言っちゃったんですかね、本当に……。会ったときはひっついたらすぐに逃げる子だったのに」と俺を警戒する目つきで睨んだ。
「お前がそうさせたんだろ。昔も、今も」
 俺は腰を浮かし膝立ちで七代に近づいた。
 七代は俺の粗暴じみた挙動にも、周りのくだらない噂にも構わず近づいてきた。それに絆され七代の隣に居場所を見いだした俺は今、自分から距離を縮める。
 どっちも七代がいるからこそ、起きていることだ。
「責任をとれ、とは言わねえが」
 あっと言う間に距離を詰めた俺は床に手を突き、七代に顔を近づけた。
「受け入れるぐらいは出来るだろ」
 言ってまたキスをする。今度は触れるだけじゃなく、七代の口の中へ舌を入れた。
 七代の肩がびくんと跳ねる。だけど俺はまた逃げられても困るので、右手で奴の左肩を掴んだ。
 キスを深くしながら、掴んでいた七代の肩を引き寄せ、座りなおした俺の胸の中へと閉じこめる。その弾みで唇が離れ「……んっ」と七代から悩ましい声が漏れる。エロい。
 抱きしめる背中に力を込め「ま、手加減してやるからよ」と譲歩を口にするが、返ってきたのは「壇の手加減は信用ならない」という七代の呆れだった。でも受け入れてはくれるんだろう。もう七代から、逃げる素振りは全く見られない。
「せめて終わっても歩けるぐらいには優しくしてくださいよ」
 ふてくされて言う七代に、俺は破顔した。
「わかってるっつーの。優しくしてやるって」
 多分。そう心の中で付け加え、俺は七代を床に寝かせる。結構な確率で無茶をしてしまうのは、何となく目に見えていたからだ。こいつがエロいのが悪い。
 それを言ったら七代は怒るだろうけど、事実なのだから否定はしない。
 さて、どこまで手加減できるか。自分自身に賭けをするような気持ちで、俺は七代の服のボタンを外した。

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