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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

チロル 零主



 地震で出来た横穴を通り、雉明は風穴から脱出した。氣を探り、七代といちるの場所を探る。脱出、していればいいんだが。
「……よかった」
 ここからずっと離れた外に二人の氣を感じ、眉間にしわを寄せていた雉明はほっと胸を撫で下ろした。すぐ近くに伊佐地の氣もある。これなら後はもう大丈夫だろう。
 雉明は崩れてしまった横穴に背を向けて、この場を後にする。ここでの目的は達成した。これで、カミフダをずっと楽に制御出来るはずだ。
 雉明は右の手の甲を見た。指貫き手袋の下、隠者の杖に貫かれ刻まれた印。
 三人で、一緒に。
「…………」
 雉明は立ち止まった。見つめていた右手を下ろし、七代たちがいるだろう方向を振り向く。


 きみを、信じてもいいのか、と七代に問うたとき、彼はこう答えた。
「手、出してください」
「……?」
 質問に答えない七代に首を捻りながら、それでも素直に手を出す。
「手の平を上にして」
 七代に言われた通りにすると、手の平に小さく四角いものが転がった。あ、チョコ、と横でいちるの声がする。
「これは……?」
 困惑して雉明がチョコから視線を上げると、七代がにっこり笑った。
「顔が強張ってるから。甘いもの食べて落ち着いてもらおうかなって。もしかして、別のがよかったですか?」
「……まだあるのか?」
「ありますよ」とズボンのポケットを探った七代は、得意顔で握った両手を雉明の目の前で広げた。言葉通り色とりどりの包み紙で包まれたチョコがたくさん七代の手に乗っている。
「わっ、すっごーい!」
 こぼれ落ちそうなほどの量に、いちるが目を輝かせた。私にもちょうだい、とねだるいちるに「はい、どうぞー」と振る舞う七代。伊佐地が「遠足じゃないんだぞ……」とため息をついている。
「……」
 どう答えればいいんだろう。手の平に乗せられたチョコと七代の顔を、雉明は交互に見た。こう言うときの対処は、自分のなかに情報として入っていない。
 しかし七代は楽しそうに笑っている。
「おれは信じていいのか、と聞かれてすぐに頷けるほど自信はないです。それに器が大きくもないでしょう。でも二人よりは荒事には慣れているほうでしょうから、一番前に立つことは出来る」
 七代の深い黒の眼がすっと細まった。
「だから信じるとか信じないとかそれを見て決めてくれたらいいです」
「……もし、信じないといったら、きみはどうする?」
「やることは変わりませんから」
 七代ははっきりと淀みない口調で言う。
「どちらにしてもおれは雉明も武藤も守りますから」
 その時の笑みが、雉明の脳へと鮮やかに焼き付く。


 今思うと七代は緊張を解そうと、あえておちゃらけたように振る舞ったのだろう。だけど、いきなり信じてもいいのか、と尋ねた雉明を馬鹿にするでもなく、七代は自分の言葉で答えてくれた。守ってくれた。
 異形のものと相対しても怯まない背中。恐れを知らず振るわれる拳。
 そして何よりも印象に残るのは、あの、底知れぬ力を秘めたあの瞳。自身も気づいていないようだったが、七代はかなりの力を秘めているようだった。
 それこそ『あの血筋』よりも――。
 あるいは。もしかしたら。彼ならば。
 漠然とした予感が胸を過ぎる。それは雉明にとって、藁をも掴むような小さい可能性だった。
 だけど。
「おれは、きみを信じる」
 感じたものを信じ、零はそっと呟いた。前を向き、道なき道を歩き出す。おれも彼も同じ封札師だ。同じカミフダを追っていくうちにまた会える日も来る。
 こんな形で別れたことを、七代は怒るだろうか。雉明は制服のポケットを探った。指先に当たる感触は、彼から貰ったチョコレート。食べるのがもったいなくて、取っていた。
 チョコをくれた七代の表情を思い出す。眩しい笑顔だった記憶に、何故だか雉明の瞼の奥がつんと熱くなった。

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