昼下がりの共犯者 七代と弥紀 東京鬼祓師 2013年04月29日 保健室で蒐くんに四角のことを教えてもらってから帰ってきた教室は、ちょっと不思議な雰囲気になっていた。みんな、落ち着かない様子で後ろのほうを見ている。ざわざわと落ち着かない空気が教室いっぱいに広がっているみたい。 何か、あったのかな? 少しわくわくして、わたしも皆につられて同じ方向を見た。「あ……」 皆が見ていたのは、七代くんと壇くんだ。壇くんは自分の席で俯せに寝ている。そして七代くんが椅子を壇くんの席のほうへと向けて、せわしなく手を動かしていた。 壇くんが昼休みの教室にいることと、その壇くんの傍にいる七代くんは高校三年の二学期に突然現れた、季節外れの転校生。二つの珍しさが一緒になっているから、皆驚いているのかも。 ここにわたしが入ったら、もっと珍しくなってクラスの皆は驚くのかな。そんなことを考えたわたしは少し笑って二人に近づく。「七代くん。何してるの?」 後ろから呼んだわたしに、手を止めた七代くんが「穂坂さん」と肩越しにこっちを見た。そしてぱっちりした眼を猫みたいに細めて笑うと、立てた人差し指を口許に当てる。静かに、のポーズにわたしは慌てて口を押さえた。そうだよね。うるさくしてたら、壇くん、起きちゃうよね。 だけど壇くんは起きる様子もない。昨日は不思議なことがたくさんあったから、疲れてるんだろうなって思う。でも、夢じゃないんだ。右手がたまにあったかくなること。そして七代くんがここにいることが、夢じゃない何よりの証拠。 七代くんが小声で「これ、どうです?」と膝に乗せていたものをわたしに見せてくれた。小さめのスケッチブックに、七代くんは絵を描く人なんだ、と新しい発見に嬉しくなる。「見てもいいの?」 小声で聞くわたしに七代くんは大きく頷いた。わたしのほうへ向き直り差し出してくれたスケッチブックを受け取る。 ありがとう、とお礼を言ってから、わたしはさっきまで七代くんが描いていたものを見た。 そこには机に突っ伏して寝ている壇くんの姿。七代くんの描く線は柔らかくて優しい感じがする。今目の前で寝ている壇くんと見比べて、七代くんにはこんな風に見えるんだなぁって思っちゃった。大切に想ってるんだって。「壇には内緒にしてくださいね」 また人差し指を立てた七代くんが、小さい声で言った。「ばれちゃうと恥ずかしがって没収されちゃいますから」 そんなことはしないと思う。けど、恥ずかしがったりはしちゃうんだろうな。そうなった時のことを考える。顔を赤くして怒って、でも結局もう勝手に描くなよって、七代くんを許しちゃうんだろうな。 よく描けてるでしょう、と誇らしそうに腰へ手を当てた七代くんが胸を反らして言う。 うんと頷いてわたしはスケッチブックを返した。「すごく上手だよ」 すると七代くんはとても嬉しそうに笑って「いつかはちゃんとモデルになってくれたら嬉しいんですけどね」と壇くんを見る。「じゃあ実現した時にはわたしも見学させてね」「もちろん」 ちょっとした共犯者の気分でわたしは七代くんと笑い合う。 その横では壇くんが、はんぺん、と呟きながらうなされていた。 [0回]PR