ライカに星を 2 ライカに星を 2015年10月06日 辺古山ペコは柄にもなく戸惑っていた。 並々とジュースが注がれたガラスコップを手に、ホテルミライのフロントの片隅で目の前の光景を眺める。 超高校級の王女、ソニア・ネヴァーマインドの立案で始まった立食パーティー。はりきって準備してましたと、腕まくりした彼女は飾りつけを大量に用意していた。 賑やかなことを好むメンバーが多いからか、準備はあっという間に進む。皆で協力して飾りつけをし、二階のレストランからテーブルが運び込まれ、超高校級の料理人によって大皿が並べられる。「せっかくみんながいるんだし」と超高校級のゲーマーが用意したレトロゲームに興じながら料理をつまむもの。他愛ないおしゃべりを楽しむもの。ひたすら料理を貪るもの。多種多様ではあるが、誰もが楽しそうだった。 そう、あの人さえも。 ペコは不思議な気持ちで超高校級のゲーマー――七海千秋と盤上のゲームで対決している人を見つめた。 不利な形勢に立たされているらしい。眉間を寄せて腕を組み、盤上を睨んでいる。対して七海はゆったり身体を揺らしながら、相手の手番を待っていた。 やがて駒が動くが、そこまでだ。すかさず繰り出された七海の攻撃にがっくりうなだれ、負けを認めている。 ――やはり、どこか違う? 敗北しても、さっぱりした笑顔で互いの健闘を讃えあう様を、やはり不思議だと思った。 坊ちゃんは、あんな風に笑っていただろうか。 首を傾げ、これまでの思い出を回顧する。幼少の砌から彼に付き従ってきたが、あんな風に力の抜けた笑顔は見たことがない。しかも、知り合ってまだ数日の相手に、だ。これまでとは違い、他者に対する警戒心が感じられない。 それにパーティの準備も、自ら率先して動いていた。少し照れくさそうではあったけども。 一体、私のあずかり知らぬところで、坊ちゃんに何があったのか。 考えるがとんと検討がつかない。頭の中にたくさんの疑問符が浮かぶ。いついかなるときでも守れるよう、ずっと後ろにつき従っていた。だが、そうなったきっかけに全く心当たりがない。 異変が起きれば、すぐわかる近さなのに。「……私が未熟だからか?」「誰が未熟だって?」 呟きに、思わぬ返事。 俯きがちになっていた顔を反射的にあげると、いつの間にか守るべき主が目の前に立っていた。「どうしたんだ。ぼんやりして」「坊ちゃん……」 坊ちゃんと呼ばれた彼――九頭竜冬彦は「隅っこで縮こまってねえで、楽しめよ」と言った。 「坊ちゃんは……楽しんでおられるようですね」「ああ、まあな。一度対戦してみたかったんだよな。超高校級のゲーマーの腕前がどれほどのものかってな。ま、完敗だったけどよ」 負けを気にせず、九頭龍は年相応の少年らしい笑顔を覗かせる。「けど、久々に手に汗握った、いい勝負だったぜ」「そうですか。ならばいいのです」 つられてペコも笑う。坊ちゃんがうれしいと私も嬉しい。「お、笑ったな。じゃあ次はペコと七海で勝負してもらおうじゃねえか」「え? わ、私は」「おーい、七海! 次はペコと対戦でどうだ」 慌てるペコをよそに、九頭竜は七海を振り返る。「いいよー」と七海は間延びした声で答えてからあくびをしていた。「よし、いくか。オレの仇をとってくれよ」 九頭竜に手を引かれ、困ったようにペコは言った。「坊ちゃん、しかし私は――」「いいんだよ。ここでは俺とお前の立場は違う。対等で、一緒にここの生活を楽しむ仲間だ。今までのが抜けねえのもわかるが、もうちょっと力を抜けって」「それはご命令ですか」「命令、じゃねえな。どっちかっていうと、頼み、か?」 言いながら九頭竜はさっき座っていた席にペコを座らせる。「よろしくね、辺古山さん」 向かいあいにっこり笑う七海に「あ、ああ…」とペコは困惑しつつ頷く。 手慣れた動作で駒が並べられていく。珍しい組み合わせの対戦に注目し、周りに人が集まってきた。「じゃ、まずは先攻後攻を決めようか。ダイスを振るから、その出目の結果でいいかな?」「わ、わかった」「うん。じゃあ行くね」 転がるダイスの行方をペコは緊張の面持ちで見つめる。ゲームを楽しむ、ということに慣れていない。「ほら、オレも手助けするから」「坊ちゃん」 横に立つ九頭竜が、駒の一つを突く。それがとても楽しそうだから、ペコはそれ以上何も言えなかった。 身を置く環境の劇的な変化。 そして、自分が知らない主の変化。 辺古山ペコは柄にもなく戸惑う。戸惑いながらも駒を取った。 坊ちゃんが楽しめ、と。そう望むなら。 [0回]PR