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触れぬが花 壇主




 じっと見つめる視線が刺さる。教室で燈治は食べかけていたパンを下ろした。
 七代もその手の動きに合わせて、視線を下ろす。物欲しそうな目。燈治は瞬時に状況を理解した。
「……お前、また昼メシがチョコだけとは言わねえよな?」
「失敬な。ちゃんとチョコ以外のものも食べましたよ」
「……何だよ、それは」
 真実味がない返しに、燈治はつい尋ねた。でも嫌な予感しかしない。
「校長室から取ってきたうまい棒と進路指導室から取ってきたおつまみイカを」
「馬鹿、それはチョコだけ食ったのとあんまり代わり映えしねえだろ」
 全て駄菓子で構成された昼食に、燈治は呆れる。
 仕方ないんですよ、と口を尖らせ七代は力無い声で反論した。
「今、欲しいものがあって、それがとても高いから……」
「だからって食いもん我慢してまで金を貯めるかよ、この馬鹿」
「こっちは真剣なんです。洞探索を有利にするためなんですから。馬鹿馬鹿連呼しないでくださいよ」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ、馬鹿」
「…………」
 恨めしそうに睨む七代に、しょうがねえな、と燈治が溜息をついた。持っていたパンを一口大にちぎり、七代の口許へ運ぶ。
「食えよ。少なくとも駄菓子よりは腹の足しになるだろ」
「……ありがと」
 七代は口を開けて、燈治が持ったままのパンを食べた。甘い味が、口に広がっていく。
「メロンパン。甘いの苦手じゃないんだっけ?」
「今日は出遅れて欲しかったのが買えなかったんだよ。ほら、口開けろ。もうちょっとやるから」
 またちぎられたメロンパンが七代の口許に寄せられる。最初よりも大きくちぎられたそれを、七代はさっきより大きく口を開けて――。
「っておい、俺の指まで食うなっ!」
「指まで甘いですねぇ」
「メロンパン持ってんだから当たり前だろ。ほら今度は食うなよ」
「はーい」


「…………」
「どうしたの、巴?」
 固まる巴に、弥紀が不安そうに言った。
「う、ううん、何でもないわ」
 不思議そうに尋ねる弥紀に慌てて首を振り、そして小さな声で呟く。
「私は何も見てないわよ。何も」
 弥紀からは見えない位置だったのがせめてもの救いか。この純真な親友に後ろで起きてるやり取りなんて見せたくない。ついでに自分もなかったことにしたい。
 でも燈治はそのまま手渡せば済むメロンパンをわざわざちぎって食べさせて。浮かべる表情も甘ったるいことこの上ない。
「まったく……やるんだったら、人目のないところでやってちょうだい」
「…………?」
 頭を押さえてぼやく巴に、弥紀が首を傾げた。

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君には叶わない 壇主




 七代千馗と言う男は浪費が嫌いらしい。可能な限り買い物は控えるし、使えるものは何でも使って、節約していく。
 揚句に初動調査に貰えるモノは多い方がいい、と鴉乃社学園の制服支給を断り、その分の代金を懐に入れたらしい。七代の上の服装が常にカッターシャツとスクールベストなのはそのせいか、とその話を聞いた燈治は感心するよりも呆れた。寒い冬場に薄手の格好。風邪をいつひいてもおかしくない。
 ただ七代も厳しい冬の寒さは身に染みているらしい。時たまこんなことが起きる。


 珍しく遅刻をせずに教室に入った燈治は、ふと後ろに殺気を感じた。
 すかさず上体を捻り、こちらに突進してくる標的を捕捉する。そのまま横に移動しながら身体ごと後ろへ向き直り、手を前に出す。
「おはようございま――うわっ」
 両手を大きく横に広げ飛び込んでくる七代の頭を、燈治は手で押さえた。
「いきなり、何するんですか」
「こうしなきゃお前が抱き着くからだろっ」
 むくれる七代に、燈治は押さえ付ける手から力を抜かないまま言った。まだ七代はこちらに向かって力をかけている。ここで手を離したら、あっという間に距離を詰められてしまうだろう。
「いいじゃないですか。友情を深めあいましょうよ」
「友情を深めんのに、隙を見て抱き着くとかはねぇだろ!」
「だって寒いですもん!」
「ジャージ持ってるだろ! それでも着てろ!」
「忘れました!」
「お前なぁ!」
 ぎゃあぎゃあ教室内に騒ぐ二人の声が響き渡る。嫌がおうにもクラスメートの視線を集めてしまい、燈治はもう帰りたくなってきた。
 七代が転校してきて知り合ってから数週間の間、どれだけ不意打ちで抱き着かれてきたか。最初はやられていた燈治もだんだん七代の気配を察知し、こうして阻止する成功率も徐々に上がってきている。
 朝から気力を削がれ、はあ、と溜息をついた燈治は往生際の悪い七代に対し口を開いた。
「俺に抱き着いて暖を取ろうとすんな。寒いなら上に何か羽織れ」
「えええ、だって面倒臭――じゃなくておれは壇ならその広い胸で受け入れると思ったから」
「嘘つけ。今お前面倒臭いって言いかけただろ。聞こえてるぞ」
「――ちっ」
「だからってあからさまな舌打ちすんな」
 再び燈治の口から溜息が零れる。このままだと七代は引き下がらないし、こちらも腕が疲れてきた。
 燈治は真っすぐこちらに向けてくる力を受け流すように、七代を押さえていた手を横へ流した。突然緩んだ力に「おわぁ」とよろめいた七代が、つんのめり転びかける。
 七代の攻撃をかわした燈治は教室後ろにある自分のロッカーから、ジャージを取り出して投げた。体勢を整え「何するんですか。危ないじゃないですか」と怒る七代の頭にそれが覆い被さる。
「それでも着とけ。ちったぁ寒くねえだろ」
「……」
 手を伸ばし頭を覆っていたジャージを取った七代は、まじまじとそれを見る。無言で着込み、チャックを上げた。身長はそんなに変わらないが、七代のほうが細いせいでぶかぶかに見える。
「……壇」
 余った袖を折り曲げて、七代が壇を見た。
「これ、汗くさいけどちゃんと洗濯しましたか?」
「は……?」
 昨日体育があってロッカーに突っ込んだままだから、確かに洗濯していないけども。
「何か壇の匂いがする」
「――――っ!?」
 言われた言葉がことんと壇の中に理解として落ちる。ふふふ、と襟元を鼻に埋める七代に顔が赤く染まった。
「お、ま、――そんなこと言うんだったら脱げっ! 返せっ!!」
「やーですよー」
 今度は燈治から伸びる手をひらりとかわし、七代は舌を出す。
「ではでは、ありがたくお借りしますね」
 あはははは、と笑い声を残し、さっさと教室を出ていった。入り口で入れ違いになった弥紀に「穂坂さん、おはようございます」すれ違い際に挨拶する。
「七代くんおはよう。――壇くんもおはよう」
「おう」
「今日も朝から仲良しだね」
 花が綻ぶように笑う弥紀に、燈治は「穂坂はあれで仲良しって見えるのか?」と尋ねた。あれはどう見ても七代におちょくられている。
「仲良しだよ」
 弥紀が断言した。
「それに壇くんがもし七代くんのこと好きじゃなかったら、話し掛けたりとかもしないと思うから」
「……」
 図星を突かれ、燈治は複雑な顔で口を覆う。
 そもそも燈治は教室の空気に馴染めない人間だった。家族を心配させまいと毎日登校しているが、教室よりも圧倒的に屋上で一人いる時間が多くて。教室に戻る度ちくちくと刺さるクラスメートの視線が思いの外痛かった。それは七代が来てからもあまり良くなる兆しはない。自分からそうなるようにしたのだから、仕方ないことだと燈治は割り切っている。
 それでも教室にいる時間が増えたのも事実で。それを引き起こしている七代に影響されているのも肯定するべきだろう。クラスメートの視線も前より気にならなくなった。
 全く七代千馗という男は、つくづく人の生き方を短時間で変えてくれる厄介な存在だ。燈治は少しずつ、だが確実に変化する己に苦笑する。
「……ま、そういうことにしておいてやるか」
 肩を竦めて仲良しだということを肯定した燈治に、うん、と弥紀が楽しそうに笑った。

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即興ラブシーン 壇主




「何て言うか」
 真っ正面から向かい合い、膝の上に乗せたおれを抱きしめた壇がため息混じりにぼやいた。
「こうやってこそこそすんのは性に合わねえんだよな」
「いやいや、多少は人の目を気にするべきだと思いますよ」
 壇の肩口に頭を凭れつつ、おれはしっかりと釘を刺した。色んな何かを自覚した壇はおれが驚くほど大胆で積極的になっている。だからこっちは、心臓がいくつあっても足りやしない。
 紆余曲折ありながら、おれと壇は世間で言うところの恋人同士になった。約束したから、と色んなところでデートしたり、それなりにキスとか恋人らしいこともしている。
 ……まぁ、キスはする度に酸欠になりそうなのは困りものだけど。この前だって唇腫れたし。でも、それはまだマシな部類に入る。
 それ以上に困るのは――。
 千馗、と掠れ気味の声で呼ぶ壇の、抱きしめる力が強くなり、おれはどきっとする。このまま流されたい気持ちを必死に理性で押し止め「ちょっと待った」と壇の肩を押した。
「……何だよ」
 止められて、壇は明かに不服そうな顔をする。
「嫌なのか?」
「嫌じゃないですよ」
 そもそも嫌だったら、抱きしめられた時点で拒否しているし、膝の上になんて乗らない。それに今まで何回、抱き合ってきたのか。おれの中で壇との行為を止める選択肢は最初からなかった。
「……だけど」
 おれはふっと顔を反らし、周りを見た。
 吹き抜ける風にちょっと曇った空。下からはどこかの部活動の声や校外を走る車の音が聞こえる。
「屋上は、ないんじゃないかな」
 そう、二人きりで過ごせる場所が少なすぎる現状に、おれたちは頭を悩ませていた。こうして屋上にいるのも、ここならば人が来る確率が割と低いから。でもゼロじゃないので油断禁物だ。
 でもよ、とやんわり拒否するおれに反論する。
「隙あらば後ろから突進して抱き着いてきた人間の言う台詞じゃねえな」
「それとこれとは話が別だと思うんですが」
 俺がしてきたのは抱き着いて怒られて、それでおしまい。だけど壇がおれにしようとしているのは、そこから二歩三歩進んでいることだ。いくらおれでも恥ずかしさのほうが上回る。ていうか今の体勢だってちょっと恥ずかしい。
「それにここは白や雉明が来るだからダメ」
「じゃあ校内のどっか」
「お前は会長の包囲網抜けられるのか?」
 下校後は見回りを積極的にしているので、リスクが高すぎる。もちろん居候している羽鳥家は論外だ。朝子先生が見たら気絶どころの騒ぎじゃない。
「壇の家はどうですか」
「悪ぃが、今日俺んところもダメなんだよ」
 ふと頭に思い浮かんだ考えを言うが、壇は首を振る。妹が早く帰ってくるのだそうだ。
 じゃあ殆ど場所がない。でかい男二人でホテルとか目立つし、おれも壇もしっかり富樫刑事の要注意人物としてインプットされている。
「じゃあ……洞とかか?」
「いやいやいやいや、絶っっっ対、洞だけはダメ」
 洞でやるのは、鍵さんや鈴に見せているようなものだ。そうなったらおれはもう二人の顔見れないし、鴉羽神社に入れない。
「…………」
 壇が難しい顔をしておれを見る。言いたいことはわかる。せっかく盛り上がりかけた気分を抑えるなんて、難しいものだ。
 いたたまれなくなり、おれはまた燈治の肩に頭を乗せた。おれだって、壇に触れたいたいんだよ、と手を回した広い背中をぽんぽん叩いて慰めた。
 ぎゅっと壇からも、もっと強く抱きしめられる。
「じゃあ良いところ思いつくまでこうしとくか?」
 出された折衷案におれは頷いた。見つかった時のために言い訳を考えておこうと思いながら。

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おいで。わたしの恋。 壇主




「あ、ここ依頼で指示された場所です」
 携帯電話のフリップを閉じ、七代は後ろからついて来る燈治と雉明を振り返った。
「ちょっと待っててもらっていいですか? 今回の、花札の設置がちょっとややこしそうなので」
「おう、いいぜ」
「わかった。気をつけて」
「はーい」
 軽く手を振って、七代は一人開けた場所へ足を進める。七代が請け負っている依頼には花札を設置することにより生まれるエネルギーを使い、品物を精製するものがある。希少性が高いものほど、より複雑に配置しなければならない。こんな時同行者はただ待つことしかやることがなかった。
 まあ、危険はないみたいだからいいけどよ。配置する花札を探しているらしい七代を燈治は遠くから見つめる。しかしいつでも動けるよう身構えて。何が起こるかわからない洞の中だ。せめて安心して任務を遂行できるよう、七代の背中は守りたい。
「……」
 七代を見守る燈治を、横から雉明が見ている。かと思いきや、不意に燈治のほうへと一歩、二歩と近づいてきた。
 狭まる距離。無言の視線が突き刺さる。
 最初、燈治は耐えていたが、あまりに真っすぐな視線を向けられ「……おい、雉明」と口を出す。
「俺の顔に何かついてるか」
「いや、何もついていない」
「じゃあ離れろ。距離が近ぇ」
 一歩離れて燈治に言われ、雉明は「すまない」と素直に引き下がる。
「知りたいことがあって」
「知りたいこと?」
 なんだそりゃ、と燈治は眉を寄せた。知りたいことがあって、それがどう近づくことに繋がるんだろう。
 ああ、と雉明が至極真面目に頷いた。
「千馗が」
「千馗が?」
 七代の名前に、ますます燈治は眉間の皺を深くする。つい先日まで彼が生きるか死ぬかの岐路に立たされていた為か、七代のことになると、途端に燈治は心配になった。まさかまたろくでもないことを考えているんじゃないか、アイツは。
 苛立たしくなり、燈治は「千馗がどうしたんだ」と雉明に詰め寄った。返答次第では後で七代にも話を聞かなくては。
 雉明が答える。
「千馗が壇に近づくと、病気になるみたいなんだ」
「……は?」
 思ってもいなかった雉明の言葉に、壇はどういうことだ、と聞き返した。病気って、何の病気だよ。
「おれと千馗は札を通して多少の変化を読み取れる」
 雉明は右手を自分の胸に当てた。
「千馗が壇の近くにいる時、まず心の臓が速くなる。体温も僅かに上昇していた」
「……」
「それからとても緊張しているようでもあった。だからおれは風邪かと思って、千馗に聞いてみたんだが、何故かはぐらかされてしまった。もし重病だったらいけないと、こうして壇の近くに寄ってみたんだが――」
「……具合、悪くなったか?」
「ならない」
「ま、だろうな」
 近くによるだけで具合が悪くなるなどないだろう。そもそも燈治は健康に取り柄を持っている。風邪なんて、鎌鼬の箱の件を除けばここ数年かかったことがない。
 燈治から距離を取った雉明は、手を口許へやり「ならば何故千馗はあのようなことになってしまうのだろう……」と真剣に悩み始める。怜悧な容貌とは異なり、中身は天然である雉明に、燈治は開きかけた口を閉ざした。
 これは、言わぬが花だ。


「――ってそこで話が終わるの!? ばかなの!?」
 当時のことを聞かされ、七代は眼を剥いた。
「通りであの時にやにやしてると思ったら……! ばかですかあんたは!」
 七代は手近にあった枕を掴み、笑いを堪えている男に投げ付ける。殴りたい気持ちもあったけど、今は痛くて怠くて動けなかった。
 おっと、と軽々と枕を避け、燈治はかわりに冷たく濡らしたタオルを七代に当てる。
「言ったら言ったで怒るだろ。雉明に何吹き込んでるんですかーって」
「そうですけど!」
 あの純粋な眼差しで問われたら答えに窮するのは明らかだ。だけども。
「それとこれとは話が別ですぅー!」
 あの時にはもう燈治のことを意識していた。だけど呪言花札の件もあり、任務を優先していた七代は、必死に自分の気持ちを押し隠し、仲間として燈治と接していたのに。まさか、バレていたなんて。
 今だったら恥ずかしさで死ねそうだ。七代は大袈裟に嘆き、起こしていた上体をベッドの上に投げ出した。
「暴れんなって。身体が拭けねえ」
 顔を覆い悶絶する七代に軽く肩を竦め、燈治が言った。
「それにもうどうだっていいだろ。こうして俺とお前がここにいる。俺はそれで満足してるけど、お前は?」
「……」
 動きを止め、七代は指の間から汗ばむ身体を拭いてくれる燈治を見た。そしてまた悶絶する。
「どうしてそこで恥ずかしいことを言うのかな……。おれのからかいに一々反応してくれた壇はどこに行っちゃったの……」
「ま、慣れってところだな」
「悔しい。悔しすぎる」
 やりすぎた自分がばかだった、と嘆く七代に燈治が笑う。
「そうだな。お前がやりすぎたお陰でわかったこともあったし。――一々俺のやることに反応する楽しさってのもわかったしな」
 だから、と燈治が顔を覆っていた七代の腕を掴んだ。ぱっと開けた視界。精悍な顔付きで見下ろす燈治に、七代は顔を赤らめる。
「今度は俺から慣らしてやるよ。今までの礼も込めて、な」
「これは礼っていうより仕返し……んっ」
 言葉は最後まで続かない。重なる肌の体温や触れる指の動き目眩を起こしそうだ。
 多分おれが慣れるのは当分先だろうな。そう思いながらも、七代は素直に愛しい男の背中に腕を回した。

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ずるいおとこ 壇主




 同い年なのにずるい。
 元着ていた服を洗濯している間貸してもらった服を着て、おれは不満を漏らす。どうしてこんなにぶかぶかなんだろう。
 こっちだって封札師の仕事をこなしている。最近は筋肉だってついてきている、はずだ。
 なのに借りた服はおれにはぶかぶかだった。襟元からは鎖骨が大きく見えるし、腕を伸ばすと奴の場合二の腕までだった袖が、こっちは肘のあたりまで続く。全体的に余っている。
 くそう。胸囲一メートル超えてるからってこれは卑怯なんじゃないの。ベッドの上でおれは微妙に複雑な気分になった。まあ、実際逞しいんだけど。おれを抱きしめる腕の強さとか。苦しくて辛くて思わずしがみついた背中の広さとか。
 って何思い出してるんだおれは。
 頭の中でリフレインするのは、昨日壇の部屋に来た時からの記憶。部屋に来るか? と誘われて感じた予感は見事に的中して、おれはまんまと壇においしく――かどうかは疑問だけど、いただかれてしまった。
 まあ、そのことについて反論はない。ちょっとは手加減しろよコラ、とは思ったりしたけども。ちゃんと気持ち良かった、し。うん。
 でもこうして壇に借りた服が、おれだとここまでぶかぶかになっちゃうなんて。これは同じ男としてやっぱり悔しいと思うのですよ。やっぱり、筋肉とか欲しいし。腹筋だって六つに割れてる方がかっこいいじゃない。
 身体が怠くてベッドでうだうだしているおれの耳が、扉の開く音を拾う。わざわざ近くのコインランドリーまで洗濯しに行った男のご帰還だ。
 おれは足元で蟠っていた毛布を掴み、頭から被る。まだ頭の中で昨晩のことがぐるぐる回っているから、顔を合わせるのが恥ずかしい。
 しかし毛布を頭まで被ったのは失敗だった。壇が普段から使っているものだから。
 だ、壇の匂いがしてよけいに落ち着かない……。
「ただいま」
 部屋の扉が開いて、壇が入ってくる。そしてベッドへ近づいてくる足音。洗濯物を入れてるんだろう袋を床に置く音と続いて、ベッドが端に腰をかけた壇の重みに軋んだ。
「……なんだ、まだ寝てんのな」
 実はもう起きてますけどね。今はちょっと壇の顔が見れないかな。顔赤いし。布団に染み込んだ壇の匂いに、まあ、その。身体というか、主に下半身がやばいと言うか。
 寝返りを打つふりをして、おれは壇に背を向けた。ばれませんようにばれませんように、と心中で唱えながら寝息を立てる芝居を打つ。
「ま、最近忙しいみてえだし、しばらく寝かしとくか」
 下手な芝居だったけど、幸い壇には気づかれなかったみたいだ。ふと髪を掻き回すように頭を撫でられ、背筋がちょっとぞくぞくする。でも堪えないと。
 頭を撫でる手が下に動いて、首筋に到達する。つつ、と指先がなぞり、ある一点を押された。
「……っ」
 やばい。声が出かけて、おれは奥歯を噛んだ。壇が押した箇所には、昨晩その本人につけられた痕がある。後ろからされた時、やけにきつく吸われた覚えがある――っていやいやいやいや、思い出すなおれ。
 痕を確かめるようにもう一度同じ場所を押し、壇の手が離れる。ほっとしたのもつかの間「俺ももうちょっと寝るか」と壇があくびする。
 耳元でまたぎしりと音がした。薄く目を開けるとあの逞しい腕がおれを挟んでる――と思ったら抱きしめられた。そのまま引き寄せられて、おれの背中と壇の胸がぶつかった。
 これはいわゆる抱き枕ってやつか。いきなりされたから、心の準備が出来ていなかったおれは情けない声を上げかけてしまった。実際はびっくりしすぎて声が出せなかったんですけども。
 驚きに固まる俺のつむじの辺りに壇の息がかかる。くすぐったくて、わざとやってんのかと言いたくなった。うう。こいつ狙ってんじゃないのかな。何か的確に弱点突かれてる。
 ずるい。壇はずるい。なんかどんどんずるい男に進化してる。昔の一々俺の言葉を真に受けてうろたえるあいつはどこに行っちゃったの。今猛烈にあの頃の壇を懐かしく思うよ。おれだってその時は余裕たっぷりだったのに、今ではもう見る影もなく、壇の一挙一動にあわてふためいている。
 もうすっかり余裕のなくなったおれは、これからも翻弄されちゃうんだろうな、と思う。それを言ったら「お前だって散々俺をからかってきたつけだろ」って返されそうだけど。
 壇のTシャツを着て、壇の匂いがする毛布がかかってて、後ろから本人に抱きしめられて。これでもか、と言うほど壇まみれになってるおれはそこで思考停止した。これ以上考えていたら、絶対知恵熱出る。
 背中からじんわり伝わる壇の体温が心地良い。波のように眠気が感覚を鈍くし、瞼が重くなる。眠りの前兆に抗わず、おれは身体の力を抜いた。
 今度起きるまでずっと、ずるくても大切な壇の温かさを感じたいと思いながら。

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