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ジュンゴ主




 猫は好きだ。気まぐれなときもあるけれど、見せる仕草は愛らしく懐いてくれた時の感動は一言で言い表せない。撫でていると毛並みの柔らかさや触れたところから伝わる体温に、時が経つのも忘れて手を止められなさそうになる。
 今だってほら、膝の上でかわいい猫が丸くなってくつろいでいる。触っても警戒される様子は微塵もない。乱暴をしなければいつまでだって撫でていられる。
 だけど。
 優輝は両手をぎゅっと握りしめる。
「……ジュンゴ、ここは外だ。人だって通り過ぎるしこの座り方は止めないか?」
「……だめ」
 すぐ反対され、後ろから伸びた手が困惑する優輝を抱きしめた。
「だけど……この体勢落ち着かないんだけど」
 逞しい腕に拘束され、優輝は窮屈に身じろぎしながら後ろを振り返る。
「だめ、まだこのまま」
 純吾が開いた脚の間に座らせた優輝の肩越しにじゅんごを見下ろす。
「それにジュンゴが動いたら、じゅんごが起きちゃう。まだまだ、そのまま」
「でもジュンゴはじゅんご抱っこしたいんだろう? これじゃ出来ないよ?」
 そもそもどうしてこんな体勢になったのか、優輝の頭に疑問がよぎる。並んで座ろうと思ったら、何故か純吾に腕を引っ張られこうして彼の中に収まってしまった。
「じゅんご抱っこすると優輝抱っこできなくなる。だけど、優輝がじゅんごだっこする。そしてジュンゴがじゅんごをだっこする優輝をだっこする」
 純吾が満足そうに笑う。
「こうすれば、優輝もじゅんごもだっこできる。ジュンゴ賢い」
「それは賢いって言うよりも理屈っぽいって言うんだ!」
 恥ずかしい。こんなところを仲間の誰かに見られたら、と思う優輝は気が気じゃなかった。しかし無理矢理逃げようとしたら、じゅんごが驚いてしまうだろう。せっかく懐いたのに、驚かせて警戒されてしまったら、と思うと実力行使に出られず、ひたすら誰も通り過ぎないよう祈るしかなかった。
「ジュンゴ、優輝とじゅんごだっこできて幸せ」
 幸せに縁取られた吐息が優輝の耳元をくすぐった。びり、と背中に甘い痺れを感じつつ、優輝はここから抜け出したら純吾を一発殴る、と心に誓った。

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ジュンゴ主




 緊張のあまり、オレの身体は硬直してしまった。がちがちになって動かないオレにキスをしていた純吾は顔を上げて「優輝、どうかしたの?」と心配そうに尋ねる。
「顔が赤くなってる。熱出た?」
「出てない」
 オレは強がりながらも、まともに純吾の顔が見れなくてそっぽを向いた。ちくしょう、何で純吾は平然としてるんだ。こっちは恥ずかしいわ、ドキドキするわで内心すごく慌てているのに。
「本当に?」
 純吾がオレのほっぺたに手の甲を当てた。
「やっぱり熱が出てる。ほっぺた熱い」
「熱じゃないって! これは恥ずかしいからだ!」
 このままではベッドに強制連行されて看病されかねない。オレはやけくそで言った。
「恥ずかしい?」
 分かっちゃいたけど、純吾はオレがどうして恥ずかしいのか、理解していない。だからこっちが一人振り回されがちになるのが少し悔しい。
「……だからっ」
「うん」
 オレの言葉を一字一句聞き逃すまい、と純吾がオレの目をじっと見て続きを待った。だから、そういうのが心臓に悪いといい加減に気づいてほしい。自然と視線が泳ぐ。
「オ、オレはこういうの慣れてない……んだ」
「でも、優輝、ダイチとよく同じようなことしてるよ?」
「全然違うってあんなの……。同じじゃない」
 大地とかとじゃれあったりもするけれど、アレは幼なじみの気安さからくるものだ。大地も同じように思っているだろうし、もう一種のコミュニケーションになっている。
「第一、オレはダイチとキスとかしてない。全然……同じじゃないって」
「……優輝は、キスするの恥ずかしい?」
「だからずばりと確信を突くのはやめろって……」
 オレは手のひらで顔を覆う。純吾は言葉をオブラートに包まないから、時折こっちが慌てるほどの発言を平気で行う。だから高い確率でこっちはいつでも顔から火が出そうだ。
「優輝、さっきよりも顔が赤くなってる。耳も真っ赤」
「だから、慣れてないって言ってるだろ……」
 大地とのじゃれあいは日常茶飯事だったけど、純吾に抱きしめられたりキスされたり――誰かに恋人として接しられるのはこれまでなかったから。経験不足な心が、勝手に竦んで慌てて、オレを混乱させた。
 くすくすと純吾の笑う声が聞こえる。ああ、ムカつく。何で純吾はオレより精神年齢低そうなのに、どうしてあんなに余裕があるんだ。悔しい。
「優輝、顔上げて?」
 そっと純吾の両手がオレのほっぺたを包み込んだ。そのまま軽く仰向けられる。恐る恐る顔を覆っていた手を離したオレの目に、微笑む純吾が映る。
 オレの心臓がばくんばくんとうるさくなる。反射的に後ずさりそうな身体を「逃げちゃダメ」と純吾が牽制した。
「ジュンゴわかった。優輝はキスに慣れてない」
「だからさっきそう言った」
「うん。だから、慣れるまでしよう?」
「は? 何言っ――――んっ……」
 口が塞がれる。純吾の右手がオレの腰に回って、逃げれないようホールドされた。心臓の音が伝わるんじゃないかって思うほど、身体が密着する。
 ちょ、ちょ、ちょっと待ってって。何だよこの展開。オレの心臓が爆発する!
 必死に反論しようにも、口は塞がれるどころか舌まで入って――っていうか、本当何で余裕があるんだこいつは。こっちは酸欠になりそうなのに。
「ん…んん……っ」
「はっ……」
 頭がぼうっとしたところで、ようやく純吾はオレを解放してくれた。唾液で濡れた唇が空気に触れて、ちょっと冷たさを感じる。だけどそれを拭う暇も惜しんで、オレは肺に新鮮な酸素を取り入れようと、大きく息を繰り返した。
 胸を擦るオレの濡れた唇を、純吾が拭った。
「……慣れた?」
「慣れない!」
 というか、あれで慣れると思ったのか。逆に余計身体がガチガチになりそうだ。
 ふくれっ面をするオレを見つめ「じゃあもっとしよ?」と純吾はとんでもないことを言い出す。
「もっとって……」
 青ざめるオレに純吾は名案を思いついて嬉しいのか「優輝が慣れるまで。たくさんしたら、すぐ慣れるよ」とにこにこ笑った。
 ……その顔が、オレには怖く見えるのは気のせいか。天然怖い。
「んなわけあるか!」
「大丈夫。優しくする」
「優しくするとかしないとかそう言う問題じゃなくて!」
 オレは怒ってまくし立てるが、全く純吾には効いていない。だから、どうして分かってくれないんだ。オレが恥ずかしいと思うのは、純吾が好きで触られるだけで緊張してしまうのがバレそうだからって。
 口に出せば済みそうな問題。だけど素直に口に出せない自分の性格が災いする。
「大丈夫、大丈夫」
 根拠のない慰めを呟き、純吾の顔が近づいてくる。鼻先が触れるところでオレは観念してぎゅっと目をつむり、大きく息を吸った。

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ジュンゴ主




 純吾がセンタリングパークに危険はないかと見回っていたら、階下から聞きなれた声が二人分した。一人は同じ名古屋支局の仲間である亜衣梨の声。
 そしてもう一つは――。
「……優輝」
 純吾の一番大切な存在、北原優輝のものだった。
 二人は階段に並んで座っていた。話しているのは専ら亜衣梨で時折相槌を打つ優輝は聞き役に徹しているようだった。純吾とあまり変わらない立場になっている優輝に思わず微笑む。亜衣梨は感情が高ぶるとまくし立てるように話す。恐らく、口を挟む暇もないんだろう。
 どうしよう。階上の植え込みから二人の背中を見つめ、純吾は迷う。毎日世界の復興に誰もが忙しく走り回っている中で、一時の休息時間。亜衣梨は純吾と同じ意味合いで優輝を気にしているところがある。邪魔したら、怒った彼女から鉄拳を喰らいそうだ。飛び上がって、垂直に振りおろされる手刀はなかなかきつい攻撃力を持っている。
 だけど、優輝が自分以外の誰かと二人きりでいるところを見つけて、純吾の心は波立つ。だって、優輝は純吾の――。
「……」
 純吾は無言で植え込みから離れ、階段を降りた。後ろからの足音に、優輝と亜衣梨が同時に振り向く。二人の目がきょとんと純吾を見上げた。
「ジュンゴ?」
「ちょ、いきなり出てきてなんなのよ!」
 優輝が首を傾げ、亜衣梨は案の定邪魔が入ってむっとしている。純吾は優輝の前に回り、彼の脇の下へ両腕を入れた。
 わっ、と優輝が驚く。軽々と肩にかつぎ上げられ目を白黒させた。
 呆然と見上げる亜衣梨に「……ごめんね」と純吾は眉尻を下げる。
「何がよ!? っていうか優輝下ろしなさいよねっ!」
 怒る亜衣梨に「できない」と純吾はふるふる首を振った。不安定な体勢から落ちないよう首にしがみつく優輝を両腕で支え「優輝、ジュンゴのだから」と言い放った。
「……は?」
「だから、ごめんね」
 呆然とする亜衣梨を余所に純吾は優輝を抱えたまま、さっさと階段を昇った。
「バカ!」とセンタリングパークから離れる純吾の背中を、優輝が容赦ない力で叩いた。
「いきなり何を言ってるんだ、お前は!」
「本当のこと、言っただけだよ」
「オレはお前のものになったつもりないぞ」
「じゃあジュンゴが優輝のものだ」
「だーかーらー!」
 降ろせ、と暴れられ純吾は仕方なく優輝を地面に下ろした。このまま名古屋支局にある自室まで連れていきたかったのに、と残念に思う。
 地面に立ち優輝が怒った表情で純吾を見上げた。
「オレはジュンゴのものだとか、ジュンゴがオレのものだとか。そういう以前にやらないといけないことがあるのはわかるか?」
「……?」
「アイリに謝れ」
 厳しい口調で優輝はセンタリングパークを指差した。
「今回はどこからどう見てもジュンゴが悪い。ジュンゴだってもしオレと話している途中でいきなり誰かにどこかへ連れていかれたらどう思う?」
「……イヤだ」
 せっかく楽しく話していたのに、と優輝に言われたことを想像して純吾は悲しくなった。そして気づく。亜衣梨も今、純吾が感じたことを味わっていることを。
「……ジュンゴ、アイリにごめんなさいする」
「うん。……それでいい」
 反省して肩を落とす純吾の片手を笑った優輝が取った。
「じゃあ早く謝ろう」
 来た道を戻りながら純吾は「謝った後、ジュンゴもいていい?」と優輝に尋ねた。僅かに振り向き優輝は前に顔を戻して言った。
「アイリ次第だ。まあチョップは覚悟しとけ」
「うん。がんばる。……あと」
「まだあるのか?」
「アイリとのおしゃべり終わったら、二人きりなれる?」
「……まあ、善処する」
 ほそぼそと呟く優輝に純吾はにっこり笑って「約束」と繋いだ手を強く握りしめた。
 

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