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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

耐えられないものなんてないし、絶えることのないものもきっとある

長いので折り畳み



「――橿宮ぁ!」
 突然陽介が叫ぶように日向を呼んだ。
 振り向いた日向の目の前で、通ったばかりの道が黄色いテープで塞がれていく。伸ばされた陽介の手は僅かに届かず、日向は仲間と分断されてしまった。
 途端に、テープの向こう側にいるはずの陽介らの声が聞こえなくなる。そしてどういう訳か、さっきまでペルソナを通じて支援してくれるりせの声も、同様に聞こえなくなっていた。何か強大な力で他とは隔離されたような感じがする。
 日向は咄嗟に刀でテープを斬りつけたが、びくともしなかった。
 ――罠、か。
 わざとここまでおびき寄せたんだろう。自分の気配をわざと露骨に漂わせて。警戒すべきだったのかもしれないが、はめられてから気づいても遅いだろう。
 日向は耳に手を押し当て、瞼を閉じた。
「――りせ」
 意識を集中させ、りせを呼んでもやはり返事はない。どうやら自分達を分断させている力を無くさない限り、無理そうだ。
 瞼を開け、日向は部屋の奥にある通路に目をやった。あの道を渡った向こうにあの人がいるんだろう。今回の事件を仕組み、山野真由美と小西早紀を殺した犯人が。
 自分だけをわざわざ仲間と切り離したのは、きっと俺に用があるからだろう。明らかに誘われている。
 一人で行くのは無謀かもしれない。だけど、俺もあの人に言いたいことがある。
 日向はテープの向こう側にいる陽介たちに、ごめん、と内心謝った。そして自分を待っているだろう犯人のいる場所に向かって歩きだす。
 頭上に広がる極彩色の空。影に覆われた町並み。
 もしかしたらこの先に待っているだろう、自分達の世界の末路。
 こんなものを、あの人は望んでいるのか。そう思うと日向はこれから待ち受けている人物のことが少し寂しく思えた。
 そして思い出す、陽介との会話。
『……俺さ、お前が生田目の病室から出ていって消えた時、思ったんだ。どうして馬鹿ばっかりやっちゃう俺を、お前は助けてくれたんだろうって』
 その日は、生田目もまた事件に踊らされた一人だと判明し、真犯人を探す為に山野真由美と小西早紀の事件を繋ぐ糸口を探していた。ばったりと商店街で顔を合わせ芳しくない状況を伝えあった後、ぽつりと陽介が零した言葉に『え?』と日向は思わず聞き返す。
『生田目の病室の時のこと』
 陽介は当時を思い出したのか、苦い顔をして首の後ろに手をやった。
『お前は確かに助けてくれた理由を教えてくれた。でもそれでもお前を傷つけてばっかりの俺に、そこまでしてもらう価値なんてないように思ってた。それに俺はお前から色んなものを貰ったけど、俺からは何もやれてない』
『そんなことは』
『ないって言ってくれるのは嬉しいよ』
 気遣ってると思われたらしい、陽介が発言を先回りし『でもまだまだ足りねーんだ』と困ったように頬を掻く。
『菜々子ちゃんの事とかでさ、お前には俺の数倍は報われてほしいって思ってんのに。全然、足りてない』
『……』
 そんなことない、とその時日向は、陽介に言ってやりたかった。
 陽介は気づいてないだけだ。初めて何かを与えてくれたのも陽介の方で、他にも色んなものを陽介から貰っていると、日向は思っている。
 だから今の自分がいるのだと。
 細い道を通ると開けた場所に出た。
 日向に背を向け、くたびれたスーツを着る男が、赤と黒の極彩色の空を見上げている。
 すう、と息を吸い、日向は今回の事件を引き起こした犯人の名を呼んだ。
「――足立さん」
 犯人――足立透が見上げていた視線を戻し、日向の方へ身体ごと向き直った。ぞんざいに締められたネクタイを弄りながら「やぁ」と気軽な口調で挨拶する。
「一人で来たの?」
「そんな訳ない」
 日向は呆れて肩を大袈裟に竦めた。
「貴方が俺と皆を分断させた。その本人がよくそんなことが言える」
 足立がテレビの中に入り込んで生まれた空間――禍津稲羽市は、彼の力が尤も及んでいる場所だ。一旦日向だけ通して道を塞ぐなどお手のものだろう。
「貴方は俺一人に用があったんだ。だからわざと道を開けておいた」
「ああそうさ」
 足立は笑ってあっさり認めた。勿体ぶるように歩いて、日向との距離を縮める。
「君とは一度じっくり話してみたくて。だって君、僕と二人きりになるのを極端に避けてただろ。話すのも嫌だったみたいだしさぁ」
「……」
 図星だった。堂島に連れられて足立が家に来ることはままあった。だが日向はいつも足立に対して他人行儀が抜けきれない態度で接し続けていた。話しかければ返すが、日向から話題を振ることはない。
 外で会った時もそうだ。たまに顔を合わせても、付き合いだけの挨拶だけが殆どで会話らしい会話もしなかった。
「あの人の手前はっきり言えなかったみたいだけど。ああいうの結構傷つくんだよね、僕」
 しおらしく言っているが、足立の表情は変わらない。多分、日向が自分をどう思っているか分かっていて聞いている。
「もうすぐ現実はここと一つになってシャドウだけの世界になる。こうして話すのも最初で最後だろうしね。どうせなら聞いとこうかなって思ってさ」
 足立は手を伸ばせば日向に届く場所で立ち止まった。揶揄するように目を細めて首を傾げ、わざとらしく日向に尋ねる。
「ねぇ教えてよ。君は僕のことどう思ってたんだい?」
「……」
 日向はじっと足立の感情を探るように見つめ、口を開いた。
「正直――苦手だった」
「ふぅんやっぱり。……で?」
 まだ満足しないらしい。足立は更なる理由を求めてくる。このやり取りも足立にとっては暇潰しの一貫かもしれない。世界を自分の望む形にするまでの。
 日向は内心ため息を吐いて続けた。
「俺には貴方の言動が時折わざとらしく見えるときがあって、それがすごく気味悪かった。それに笑ってる顔が作ってるみたいで、どうしてそう感じるんだろうって貴方に会う度考えた」
「……」
「でも貴方が本性出した時やっとその理由がわかった。俺と貴方は同類だ」
「……同類?」
 ぴくり、と足立が眉を潜める。
 そう、と日向は頷いた。
「思い通りにならないからって勝手に拗ねていじけて、駄々をこねてるガキ」
 年下にガキ扱いされ、足立の顔色に怒気が混じる。
「怒らないでください」と日向が小さく笑った。
「足立さんと話すのは最初で最後なんでしょう? だから正直な気持ちを言っただけ」
「……」
「足立さん、俺は、貴方と同じようなことを都会にいたとき考えてた。ずっと流されて生きてる方が楽だって」
 禍々しい空に覆われたこの街に降り立った時、嘲笑いと共に吐きつけられた呪詛のような言葉を、日向は思い出す。仲間は皆その言葉を聞いて憤ってたけど。
 日向は口元を緩やかに上げる。
「このままどっかの大学に行ってどっかに就職して、いつかはどっかの誰かと結婚して……そんな人生送って死ぬんだろうって」
 考えることを投げ出すのはとても簡単だった。親との関係がうまくいかない歯痒さも、意志が疎通できない虚しさからも解放されてすごく楽になった。今まで悩んでいたのがバカらしくさえ思えた。
 だけど同時に感じるのは、自分という存在がひどく希薄だと言うこと。流されるように毎日を過ごして、本当に生きているのか分からないあやふやな思考が、心を侵す。
「――世界で生きているのがすごくつまらなかった」
「じゃあどうして僕の邪魔をするんだい?」
 足立が不思議そうに言った。
「つまらないなら消してしまえばいい。シャドウになれば本能のまま生きられる。もう悩む必要もなくなる。それは君にとって喜ばしいことだろう?」
「……かもしれない」
 自嘲気味に日向が口元をたわめる。
「もし力を手に入れたのが都会にいた頃の俺だったら、足立さんと同じことをしていた。つまらないと思ってたものを全部壊してそうだ」
 流されるままに生きる毎日。退屈な世界。
 繋がっているかどうかもわからない母親との、絆。
「だったら今でも遅くないんじゃない? 壊したいなら壊してしまえ。君だって、そうしたいものがあるんだろう?」
「……都会にいた頃の俺だったら、の仮定の話ですよ」
「今は違うと言うのかい?」
「ええ」と日向はすぐに頷いた。
「最初から世界を壊す必要なんてなかった。だってつまらないのは、世界じゃなくて俺なんだ。諦めて問題に向き合おうとせずにずっと逃げてた。そんな俺は、つまらなくて当然だろ」
 だから、自分の心はひび割れていて満たされることはないと思ってた。


『――本当にそうかしら』
 以前ベルベットルームでマーガレットに迷いを見透かされた時のことだ。自分はずっと空っぽのままじゃないか。弱音に近い悩みを吐き出すように言った日向に対し、マーガレットはそう言った。
『貴方の心がひび割れているのなら、そんな顔はしないと思うわ』
『……え?』
 日向は呆然とマーガレットを見た。どうしてそんなことが言えるのか。慰めのつもりか。
 マーガレットが日向の心を読んだように、『いいえ』とゆっくり首を振る。
『言ったでしょう。私は貴方の心を通じてペルソナを見ているの。だから言えるのよ。貴方は空っぽじゃないと。それどころか日を追うごとに貴方の心は様々な感情の色に溢れ混じり合って満ちていく』
『……』
『貴方はそれをどう言葉で表すべきなのか戸惑っているだけ。……言葉に出来ないのは不安?』
 あやすような口調に、日向は口を閉ざして俯く。
 マーガレットは優しく微笑みかけてある考えを出した。
『なら貴方の心のままに動いてみてはどうかしら』
『心の、ままに?』
 顔を上げ、日向が思わず聞き返す。
『幾千の言葉よりたった一つの行動が誰かの心を震わせる。言葉を尽くすより自分の思うがまま動くことで伝えられることもあるはずよ。そしてそれが意味する力の強さを、貴方も知るときが来るわ』


 その言葉は予言めいていて、日向は俄かに信じられなかった。
 でも今なら、マーガレットの言葉が分かる気がする。

 ――アイツが教えてくれたから。


「シャドウは俺たちが楯突くから牙を向けるって、足立さんは言った。……でもアイツは受け入れてくれたよ」
 菜々子の死や陽介が選んだ行動に絶望して、日向は死を選んだ。そして現れた影は、思い通りにならないからと勝手に拗ねていじけて、駄々をこねてるガキだった。
 だけど陽介は、そんな自分の影を認めて受け入れてくれた。あの時抱きしめてくれた温もりはまだ覚えている。マーガレットの言っていたことの意味が分かったのも、この瞬間だった。
 あの温もりが、死のうとした自分を現実に引き止めてくれた。
「足立さん、知ってますか。世の中にはどうしようもない馬鹿な人がいるんです。人がどんなに拒絶しようが来るなって言おうがこっちのことも聞かずに。だけど俺はそんな馬鹿な奴のお陰で変われた。――ちゃんと生きたいって思えた」
 日向は真っ向から足立を見て言った。
「アンタもこんなことになる前に自分を晒せばよかったんだ」
「はぁ? 今更何だい?」
 足立の表情が不快に歪む。
「そんなこと言ったって無駄なんだよ無駄。だってもうすぐ世界はこっちと一つになってシャドウだけになるんだし」
「させない」
 はっきりと日向は断じた。強い意志が目の奥から揺らめきだす。
「俺は決めたんだ。アンタを連れて帰るって」
「へぇ、殺す、じゃないんだ」
「そんなことしたら、アンタがしてきたことがどんなことだったか、自分で考えられなくなってしまうだろ。それにアンタは気づくべきなんだ。どんなに本性が醜かろうと、自分から拒絶しようと手を伸ばしてくれる人がいるってことに」
「……」
 足立は無言で笑い、日向と向き合ったまま距離を取った。右手をスーツの内側に潜らせ「残念だな」とせせら笑う。
「どうやら僕たちは最後まで合わないみたいだね」
 スーツから出した右手に拳銃が握られていた。銃口は真っすぐ日向に向けられている。
 躊躇いもなく引き金が引かれる。ぱぁん、と銃声が鳴り、薬莢が冷たい石の地面に落ちた。
「……っ」
 銃弾が掠めた左腕に痛みと熱が走る。咄嗟に傷口を押さえた右手がぬるりと血に滑った。
「ほら、ちゃんと避けないと当たって死ぬよ」
 一発目はわざと狙いを外したらしい。足立の言葉に、日向を怯えさせたい嗜虐心が見え隠れした。
 しかし日向は冷静を保ち、血に濡れた右手を乱暴に制服で拭うと、下げていた刀を両手で構えた。銃弾が掠めた左腕が痛むが、深呼吸をして意識を集中させる。
 大丈夫。
 だって自分には花村が――皆がいる。あいつらは絶対来てくれる。
 絶望など、ない。
「俺はアンタを止めます。そして思い知ってください」
 日向は切っ先を足立に向けた。
「アンタも、一人じゃないってことを」


 直斗からの連絡を受けジュネスの家電売り場に駆け付けた警察官は、裏口にパトカーと救急車を手配したと言った。
「……救急車、ですか?」
 直斗が不思議そうに目を瞬かせた。
「必要だろうと、堂島刑事が」
 そう直斗に答える警察官の言葉を聞き、疲弊して床に座り込んだ足立が固まった。きゅっと噛み締めた唇が震えている。
 静かに拳を握りこんだ足立を見て、日向がにやりと勝ったように笑った。
「俺の言った通り、やっぱりいた」
「君……性格悪いね」
 力無く睨む足立に「すいません」と日向は悪びれずに謝った。
「これが地ですし。それに母親に似て意地が悪いんです、俺」
「……本当に、性格の悪いガキだ」
 警察官に支えられ足立はのろのろと立ち上がった。そして何も言わず救急車が止められている裏口の方へゆっくり歩き出す。
 これから足立を待っているのは犯した罪を償う途方もない道。道が別れた以上、もうそれが交わることはないかもしれない。
「足立さん」
 一歩前に出て、日向は足立を呼んだ。
 足立の足が、止まる。
「考えてください。貴方がしてきたことを。そして貴方にとって周りはどうだったかを」
「……」
 足立は肩越しに振り向いて日向を見た。揶揄するように、でも少し安堵した笑みを浮かべる。
「――途方もないね」
 そう一言だけ言い、足立は前に向き直った。そしてそのまま振り向かず連行されていく。
「終わったな。やっと」
 足立の後ろ姿をじっと見えなくなるまで見つめていた日向の隣に、陽介が立った。お互い顔を見合わせ、相好を崩す。
 これで、終わったのだ。もう雨の後の霧に怯えなくて済む。
「どうなるんだろうな、あの人」
 足立が消えた方向を見つめ、陽介がぽつりと呟いた。
 日向は答える。
「それは足立さん次第だよ」
 だけど考えていくうちに気づいてほしい。周りにあるもの全てが自分にとって悪いものじゃなく、良いものもあったのだと。
 日向にとって陽介や菜々子がそうであるように。


「早く早く! アメノなんとかが言ってたように霧が晴れたか見に行こうよ!」
 千枝が先を走りながら、後ろの仲間を急かす。あまりの慌てぶりに雪子が「もう、千枝ったら……」と呆れつつ笑った。
 皆がぞろぞろと外に向かう中、日向は足立が消えた方を向く。
「足立さん。足立さんにとって世界はどんなものだったか、俺にはわからない。でも俺にとってはもう、失いたくないものなんだ」
 例え大人になるにしたがって、現実を辛く感じても。また何かの形で絶望を味わうことになっても。
 もう諦めたりしない。
「だから俺は、これからも生きていきます」
 ――この、世界で。


「橿宮ー? 早くしないと置いてかれるぜ?」
 動かない日向を心配して、立ち止まった陽介が手を振って呼んだ。
 日向は「今行く!」と応えて踵を返し、皆の後を陽介と共に追いかけた。

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