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恋が病なら僕は瀕死の重体


 昨日の残りのしらすカレーで昼食を取った後、アキラは炎天下の中苦労して膨らませたビニールプールに空気を入れていた。
 庭の真ん中に出来上がった即席プールを置き、水場の蛇口から繋いだホースへ水をそそぎ入れる。元々そこまで大きくなかったビニールプールは、あっと言う間に満たされる。空からの直射日光を受け、底に水面の白さが描かれた。
「ハル」
 アキラは後ろを振り向いた。水着姿のハルがアヒルや船のおもちゃを持って立っている。準備している間、ずっとわくわくしていた表情は、今最高潮に達していた。アキラにはそれが少し眩しく見える。
「もう入っていーい?」
「どうぞ」
 アキラは横にずれ、出来上がったプールを手で指し示した。
 ハルがぱっと笑顔を咲かせた。
「わーい!」とプールへ駆け出し、滑るように飛び込んだ。
 プールの端から水が溢れ出す。周りに飛び散った水しぶきが、芝生やアキラのズボンの裾を濡らした。
「ざっぶーん! ばちゃばちゃー!!」
 小さいプールだが、ハルはご満悦だ。浅い底に座って、両手のおもちゃを水に浮かばせ楽しそうだ。
 まるで幼稚園児だな。アキラは無邪気なハルに口元を緩ませる。しかし眺めているままでは、せっかくの溜めたプールの水がすぐ空になってしまう。
 アキラはホースを高く掲げた。出しっぱなしだった水が、プールへ流れ落ちる。
「みっずぅーー!!」
 すかさずハルが頭をつっこんだ。体を伸ばし気持ちよさそうに水浴びをする。
「きんもちいいー!」
 歓声を上げてハルは「アキラ! もっと水かけてかけてー!」とねだった。
「はいはいっと」
 アキラはハルの望み通り、水をかけた。しかし腕を高く上げ続けるのは疲れる。徐々にホースの口は高度を下げ、アキラはその場に腰を下ろした。胡座をかいた膝に肘を置いた格好になった。
 自分の目の高さまで下がった流れる水を、しかしハルは楽しそうに戯れる。両手で受け止めたり、わざわざ自分から頭を下げて受け止めたり。アヒルのおもちゃを水面に浮かせて突撃させたり。
「……本当、こう言うときのお前って、ガキそのものだな」
 笑うアキラの膝に、近く二人の様子を見ていたタピオカが座って「ぐわっ」と鳴いた。

 今真田家にいるのは、ハルとアキラ――そしてタピオカの二人と一匹。ユキは上機嫌で――夏樹と話せたのがよほど嬉しかったんだろう――ヘミングウェイのバイトに行っている。ケイトもサムエル・コッキング苑へ花の手入れの為、しばらく家を空けている。アキラは真田家の留守と、ハルのお守りを託されている状態だ。江の島に来ると、いつも任される役割。
 安い上にお釣りが来るようなもんだ。アキラはプールで遊ぶハルを間近で優しく見守っていた。だが、その瞳には切ない色が時折見え隠れしている。
 今でもたまに思う。どうして、ここまで近づいてしまったのか。
 初めはただの監視対象に過ぎなかった。もし、危害を加えるようなまねを見せるものなら、排除することも厭わないつもりだった。
 しかし、ユキや夏樹らとともに釣りをして、ハルのことを知った。ハルなりの考えや葛藤に触れていくうち、アキラの中でいつのまにか敵視とは全く逆の感情が芽生えてしまった。
 友情ならまだよかっただろう。しかし胸の奥でくすぶるのはそれよりも厄介な好意だ。独占欲と言い換えてもいいだろう。
 とにかく純粋な好意とは、ほど遠いものを、アキラはハルに抱いていた。
 まさか、俺が、宇宙人を、ハルを――。
 以前のアキラなら『ありえない』と一蹴してただろう。当たり前だ。宇宙人を監視、捕獲を目的とした組織にアキラは所属している。地球外からやってくる奴らは皆、組織の掟に則って接しなければならない。いざとなったら排除する。
 きっと昔の俺が見たら、驚くだろうな、と内心笑いながら、今のアキラはせっせとハルに水をかけ、尽くしていた。
「……にしてもハルはすぐ近くに海があるのに、こんなチンケなプールでよかったのか?」
「ちんけ? なにそれ?」
「海に行ったら思いっきり泳げるだろって話だ」
 自らを魚というハルにとって、プールは窮屈だろう。こいつは広大な海で泳いでいる方がらしく見える、とアキラは思う。
 しかしハルは「んーん」と首を振った。
「ぼく、こっちがいい。だって」
 ハルはひまわりのような笑顔を咲かせた。
「アキラとお留守番、たのしーもんっ!」
「……っ」
 ホースを持つ手が困惑でわずかに揺れた。俺といるのが楽しいってことだよな。不意打ちを受け、目を丸くしたアキラに「アキラ、ヘンな顔っ」とハルの無邪気な笑い声が空に響く。
 ほんっとうに、厄介な宇宙人だ!
 ハルにとっては他愛ない一言でも、こちらからすれば大きな波になって心を揺らす。
 質が悪くて話にならん。俺はずっと、ずっと我慢してるって言うのに!

 これでも自覚して、次の瞬間には手放そうと決めていた。それがお互いのためだと思っていた。
 ハルは、地球で我を忘れ悪さをする仲間を捕まえたら、星に帰ると言っていた。アキラもDUCKの一員として、このままハルが地球に居続ける危険も知っている。自分はハルが悪さをしないとわかっていても、ほかの隊員はハルの本質を知らない。どこか見ず知らずの隊員に捕まってしまう事態になるぐらいなら、星に帰すのが最善だろう。
 ココやウララと故郷に帰るときのハルの笑顔は晴れやかで、これでよかったんだと素直にアキラは見送れた。そして、よく我慢できたと、自分で自分を褒めた。
 好きだ、帰るな。行かないでくれ。
 そう言うのは簡単だ。しかしそれだけですべてがうまく通ると思うほどアキラは子供でもない。それに、ハルは告白を受ければ、彼なりに真剣に考えてしまうだろう。それをうまく流せるほど大人じゃない。
 だから、何も告げずに別れたのに、ハルは半年後何食わぬ顔で江の島に戻ってきた。そしてあけすけな行動や純粋な好意をアキラにぶつけ、揺さぶってくる。
 無自覚で、残酷だ。
「――アキラ?」
 黙ったままのアキラを不思議に思ったハルが、ビニールプールに凭れ、顔を近づけた。タピオカも「ぐわっぐわ」と羽を広げてアキラを呼びかける。
 我にかえったアキラのすぐ目の前にはハルの顔。
「――っ!?」
 アキラは反射的に身を引いて――引きすぎて、アキラは背中から芝生に倒れてしまった。持っていたホースが天を向く。弧を描いた水が、アキラに降り注ぐ。
「うおっ!!」と慌てて起きるがもう遅い。アキラはずぶ濡れになってしまった。シャツが汗ばんだ肌に張り付く。気持ち悪さに顔をしかめたアキラを見て「アキラ、びちょびちょー!」とおかしそうにハルが笑った。
「誰のせいだと……」
 渋い面でアキラは言いかけ、やめた。アキラが寄せている好意の意味を、ハルには預かり知らぬところだ。声に出したって、首を傾げられるのがオチだ。
 舌先まで出かけた勝手な文句を、寸でのところで飲む。
「アキラ?」
 きょとんとするハルにアキラは「なんでもかんでもほいほい口にするんじゃありません」とたしなめた。それが、お互いの為なのだ。
 しかしハルはアキラの予想を超えることをあっさり言う。
「なんで? 本当のことなのに言っちゃだめなの? それだとウソツキになっちゃうよ」
「…………」
「ウソツキよくないって、ユキもケイトも言ってる。だから、ぼくウソつかない。アキラ好き。アキラと居るのたのしい」
「……わかってるよ」
 だからこそ、タチが悪いんだ。
 アキラは起きあがるときに手を離してしまったホースを掴んだ。プールにホースの口を入れ、水が少なくなってしまったプールを満たしていく。
 広い海よりも、アキラが居るから、とハルは狭いプールを選んだ。
 ならば、少しの水を与え続けるから、ずっと俺のそばにいてくれないだろうか。それ以上に、お前が好きだと、絶えず思慕を注いでやるから。
 濡れて重くなった服が、まだ気持ち悪い。息苦しくって、溺れているような感覚が全身を包む。
 まるでハルに対する執着みたいだな。
 アキラは「どうしたの?」と心配するハルに気づかれないよう、自嘲した。

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君はそうやって幸せになれる子だよ


 庭に咲く花たちの世話を済ませ、ユキとハルは家に戻った。洗面所で汚れた手を洗い、居間に向かう。
 居間ではソファに座っていたケイトが、やってきた二人に「おつかれさま」と柔らかく笑った。
「ケイト! お水あげて、お花さんたち、みんな元気ー!」
 大きく広げた手をぶんぶん振って、身体いっぱいで喜びを表現するハルに、ケイトは「ありがとう」と目を細める。すっかり自分の子供を見ているような優しさが込められている眼差しに、ハルのすぐ後ろにいたユキも小さく笑った。江ノ島に来る前はケイトと二人暮らしが当たり前だったのに、今ではもうハルが真田家にすっかりとけ込んでしまっている。
「あっ、カレーの……匂いーっ!」
 鼻をひくひくさせて、ハルは突然台所へと駆け出す。
 ガス台の前を陣取っているアキラが、火にかけた鍋をお玉でかき混ぜていた。中にいっぱいのしらすカレーがアキラの手によって、美味しく煮込まれている。
「アキラー!」
 ハルがアキラの隣で急停止した。わくわくした表情で鍋をのぞくハルを、アキラがおかしそうに見ている。
 なんか、不思議な感じだな。これも前までは考えられなかった光景を眺めつつ、ユキはケイトの隣へ座った。
 ティーカップを持っていたケイトは「ユキも飲んでみる? すごーく、おいしいわよ」とユキに勧めた。うんと頷くユキに、ケイトは優雅な仕草で伏せてあったティーカップを手に取り、ポットの中身を注いだ。
「……甘い。これ、チャイ?」
 ケイトから受け取ったティーカップに口をつけたユキは目を丸くした。見た目からして紅茶だとわかっていたが、思った以上に濃厚で甘い味が口に広がっていく。
 そう、とケイトが楽しそうにティーカップの中身を軽く揺らしてさざ波を立てた。
「アキラさんが入れてくれたのよ。カレーにはこれが一番だって」
「へぇ……」
「お夕飯が終わったら、作り方教えてもらおうかしら」
「うん、俺もまた飲みたい」
 美味しそうにチャイを飲むユキを、ケイトはさっきハルに向けたような優しい眼差しで見ていた。そしてそのまま視線を台所へ向ける。
 アキラは江ノ島での任務を終えた後、別の任務へ旅立っていた。しかしこうして「休みぐらい自分の好きなように過ごしたい」と江ノ島によく戻ってくる。自分の星へ戻ったハルがまた江ノ島に来てからはその頻度が高くなっていた。
 ハルもハルで、アキラに会うのが待ち遠しいらしい。顔を合わせればぴったりアキラにくっついている時間が長くなっていた。そして今もハルは、アキラの隣でカレーの出来上がりを今か今かと待っている。
「ハル。お前、しらすカレーはないんじゃなかったか?」
 アキラがお玉で鍋をかき混ぜる手はそのままに、意地悪く口元をあげた。
 ハルが頬を膨らませて反論する。
「言ってないよ~。しらすカレー、ぼくだーいすきっ!!」
「嘘をつくな。ユキから聞いたぞ。お前、俺の店見てしらすカレーは『ないな』って言ったそうじゃないか。切り捨て御免する奴にはカレーあげられないな」
「ごめんごめんっ! 謝るからさぁ~、アキラのカレーちょうだいってば~」
 さっきまでのむくれっ面はどこへやら。ハルは軽く手のひらを合わせてにこやかに謝る。あっさり前言撤回するハルに、アキラは呆れたように肩を竦め「調子いいヤツだな」と苦笑した。
「味見! 味見すーるぅー!!」
 シャツの袖を引っ張るハルに、アキラは「言ったからには味見だろうがなんだろうが、残すなよ」とガス台の脇に置かれた小皿を取った。お玉からカレーを掬い、小皿に入れる。
 ほれ、と渡されたアキラ手作りのカレーに「わーい!」とハルが歓声を上げた。
「おいしーい!!」
「……そうか」
 あっと言う間に小皿のカレーを平らげたハルに、アキラはどこかほっとしたようにふわふわした金色の髪を撫でる。
 今までどこにいたのか、とことこと居間に入ってきたタピオカが、ソファに上がった。ケイトをハルと挟むように場を落ち着け「ぐぁ」と鳴く。ユキにはそれが、アキラとハルを見て楽しそうだな、と言っているように聞こえた。
「すっかり仲良しね」
 ケイトが笑った。うん、とユキもはにかんで頷く。ケイトが笑うとユキもうれしい。ハルとアキラも楽しそうで、もっと嬉しい。
 ここに夏樹もいたらな、とユキは遠くアメリカに渡った親友を思う。そうしたら俺、もっともっと楽しくって嬉しくなるのにな。すると少しだけ胸がちくりと痛くなった。
 これも一年前まで知らなかった痛みだ。それまでは、ばあちゃんがいればそれでよかったと思っていたのに。今じゃみんなとずっと一緒に、楽しい時間を過ごしていたい。簡単に叶わなくなってしまったけど、やっぱり心からそう思ってしまう。
 そんなユキの願いを呼んでいたかのようにデニムパンツのポケットに入れていたスマフォが震えた。驚いて取り出してみるとビデオチャットの着信が入っている。着信者の名前は――夏樹だ。
 慌ててユキは画面をタップして、着信をつなげた。画面に現れた夏樹の顔を見て、じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
 ユキは画面ごしに夏樹と言葉を交わし、立ち上がった。台所のハルとアキラの元へ足早に近づき、みんなで一斉にユキのスマフォをのぞき込む。アメリカで、夏樹は大物のブラックバスを釣り上げたらしく「夏樹、すっごーい!」とハルが嬉しそうにその場で飛び跳ねた。
 自分のことのように喜ぶ姿を見て、ユキとアキラがこっそり目を合わせて笑う。
 遠く離れても繋がってる。通話手段が発達している現代、それを叶えるのはとても容易い。だけど、やっぱりユキは直に夏樹と会いたかった。会って、話をして、一緒に釣りをしたい。
 そうだいつかアメリカに行ってみようか。ふと思いついたことがユキには素敵な名案だと感じた。だって夏樹にも会えるし、俺もブラックバス釣ってみたい!
 友達に囲まれ、はしゃぎ大きな声で笑うユキに、ケイトは誇らしい気持ちで見つめた。
『胸を張って、大きな声で』
 そうすれば幸せになれるのよ。
 フランス語で歌うようにケイトは言葉を紡ぐ。楽しそうに弾む響きに、そうだな、と言わんばかりにタピオカが鳴いた。

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