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あのひとわたしの 4

長いので折り畳み



 確かに陽介は日向と一番近い関係を築き上げている。それは周囲も認めている事実だ。
 しかし日向に好意を寄せる人間から見ると、陽介は高い壁になるだろう。近づこうにも、陽介の存在で難易度が一気に跳ね上がる。乗り越えるのは容易ではないのは明らかだった。
 だけど仲が良いからと言われてもりせは負けたくなかった。それぐらいであきらめられる恋ではない。
 誘われないからってなんだ。だったらこっちから誘ってしまえばすむ話だ。
 意気込んで日向を誘い、りせは高台にやってきていた。坂道を登る途中、さりげなく日向との距離をつめる。並ぶと恋人同士に見えるかな。勝手なことを考え、一人頬を赤らめる。
 到着したのは最初に日向と会った広場だった。学童保育はやっておらず、上からにぎやかな声は聞こえない。それだけでもとても静かで、他から切り離される感覚がした。
「ねえ、先輩覚えてる? ここ初めて私が先輩と会った場所だって」
「覚えてるよ」
 長椅子に揃って座り、日向は眼下に広がる稲羽市を見渡す。
「りせはいつもここでこうしてるのか?」
「うん。前はもうちょっと上からだったけど、最近はいつもここで町を眺めてる」
「上から……。あ、学童保育があるからか」
「子供ってこっちが変装しても鋭いところがあるから。バレちゃったら、行きづらくなっちゃうし……」
 事実高台に行き着くまでに、いくつか一人でいられる場所を探していた。しかし、誰かに見つかって騒ぎになる度に、行けなくなってしまう。すぐに人が集まってアイドルの出現を待ちわびている。好きな場所に行けない窮屈さに、りせはうつむいた。
「学童保育がいつあるか教えようか? 鉢合わせさえしなければ、大丈夫だろう」
 気遣う日向に対し、りせは首を横に振る。
「ううん。いいの。私、今ここが高台で一番好きだから」
 だって、ここで先輩と会えたから。りせは言葉に出さず付け加える。
「ここに来ると昔のこと思い出したり、これからのことを考えたりしちゃうの」
「じゃあ、俺がいる今は? そういうのって一人じゃないと難しいだろう?」
「先輩ったら、その言葉なんだか口説いてるみたいに聞こえるよ」
 くすくす笑うりせに「……そうか?」と日向はきょとんとした。口説くつもりはないと、りせもわかっている。だけど日向の素顔を見たくて、いろいろ試してみてしまう。
「別に、そんなつもりじゃなかったんだけどな。言葉って難しいな……」
 考え黙ってしまう日向を、りせはかわいい、と思った。生真面目に受け止め、真剣に考える姿も好きになっていく。
「今はね、昔のことを思い出してた、かな」
 りせは日向に正解を出した。昔話なんて、誰にも言えない。だけど、日向なら拒否しないで受け止めてもらえそうな気がした。
 小さい頃からぱっとしない子どもだった。話すのも苦手で友達も作れず、ひとりぼっち。だから突然舞い込んできたオーディションの一次審査合格の通知に、りせは驚いた。
 そして、思った。
「私ね、必死だったの。これは自分がかわれるチャンスかもって」
 両親を説得して、自分の意志でオーディションに立った。緊張する自分を懸命に奮い立たせ、面接にも望んだ。いつもならやらないようなことも出来たのは、今までの自分を捨てたい一心だった。
 だからオーディションに優勝した時、りせは心の底から嬉しかった。これで私はかわれるんだ、と。
 そして毎日がかわった。
 学校に行けば、今まで見向きもされなかったクラスメートに話しかけられた。勇気を出してこちらから話しかけてたら、向こうもこたえてくれた。誰にも無視されない。小さなことが嬉しかった。友達が出来た瞬間にはもっと嬉しくなった。
 私は、かわれたんだ。
 一人じゃなくなった――そう思っていたけど。
「でも、みんな見てるのは『私』じゃない『りせちー』だったの」
「……」
 日向は無言でりせの話に耳を傾けてくれる。つまらない身の上話なんて聞いてて面白くないだろうに。それでもりせは話を止められない。胸の奥に詰まったものを、吐き出したかった。
 うっすらと事実に気づいた後も、りせは『りせちー』であることをやめなかった。怖かったからだ。もしアイドルをやめてしまって、以前の自分に戻ったら――また独りぼっちになるんじゃないか。だから事実目を反らし、周りから愛されるアイドルでいようと演じ続けた。
 演じて、演じて、演じ続けて――疲れ果てて。結局アイドル活動を休止して稲羽にきたけれど。
 でも、だからこそ、私は先輩と会えたんだ。
「……ねえ先輩。先輩は自分が無理してるって思ったこと、ある? 無理してるなとか、自分が演技してるな……とか」
「……あるよ。しょっちゅう」
 日向が小さく口元をあげた。自嘲しているようにりせには見えた。
「えっ……そうなんだ」
 失礼だったけど、りせは驚かずにいられなかった。しかしすぐに思い直す。静かな一面があるせいか、大人に見られがちだが、日向はまだ十六歳だ。彼の誕生日である十一月がくるまで、りせと日向は同い年になる。
 大人っぽく見えるけど、先輩と私――同い年なんだ。私と年の変わらない、普通の男の子。
「――俺がそう考えるのって、変か?」
 沈黙をマイナスの方向で受け止めたのか、日向の声は少し沈んでいた。
「違うの」
 りせは慌てて首を振る。驚いたのは確かだ。だけど変だなんてこれっぽっちも思ってない。
「ごめんなさい、ちょっと驚いちゃっただけなの。先輩はいつも自然な風だったから、私と同じところあるんだなって」
「転校、多かったから」
 日向は今まで住んでいた場所を、指折り数える。東京、辰巳ポートアイランド、果てには外国の地名も飛び出した。
 様々な場所を飛び回っていた日向に「すごい」とりせは口に手を当てて感心する。
「すごくなんてないよ」
 日向は苦みの増した表情で無理矢理口元を上げた。
「どこも親について行ってきたようなものだ。それにどこも大して長居をしたことがない。短いと数週間とかもあった。だから思い出なんて作る暇もないし、友達が出来たところですぐお別れだ。だから……なんでだろうな……」
 遠く山の向こうへ視線を投げ、日向がぼんやりと呟いた。
「そういうの作るのが――だんだん面倒くさくなってくるんだよな。どうせ、すぐお別れなんだからって」
「先輩……」
 日向は、いきなり知らない場所に置き去りにされたような子供の表情をしていた。落ち着いた大人っぽいものからはかけ離れている。もしかしたら、これは演技をしょっちゅうしていると言った日向の、隠し持っている素の一部なのかもしれない。
 先輩と私は似ているけど――違う。
 私は、人に好かれたくて『自分』を見てほしかった。だから、アイドルを演じた。先輩は幾度も訪れる別れに備え、わざと冷たく『自分』を作ってる。だから単調な物言いや、無表情に近い顔をするときが多いんじゃないか。
 演じるのは一緒でも、理由が全く逆だ。
 だけどそれぐらいのことでりせの気持ちは揺らいだりしない。それどころか、安堵している部分がある。もしすべてが完璧だったりしたら、私は貴方に何も出来なくなってしまう。
 りせは身体を横にずらし、日向と距離をつめた。日向の腕に肩が付くかつかないか、すれすれの場所まで。

 私にだって先輩を支えられるかもしれない。花村先輩のようには無理かもしれなくても。私には先輩と近い部分があるから。花村先輩にはわからないだろう部分が、わかるから。
 しかしそれすらも――安易な考えだったのかな。
 現実は重く、容赦ない。
 私にも。
 ――先輩にも。

 後もう少しで期末テストがやってくる。そのせいか、放課後の空気はどこか憂鬱だった。これさえ乗り切れば楽しい夏休みが待っている。それを心の支えに誰もが最後の追い込みに立ち向かっていた。
 そんな中、突然日向から特捜隊の召集がかかった。捜し物をしたいらしい。行けそうならジュネスのフードコートに来てくれと、受信したメールを開けば、日向からの簡素なメッセージを表示される。
 テスト勉強に飽き飽きしていたりせは、鞄をひっつかんで学校を飛び出した。勉強はうちに帰ってからでも出来るけど、先輩の手伝いは今じゃなきゃ出来ないもん。
 フードコートには日向の他に、雪子と完二が来ていた。千枝の姿は見えない。今日はどうしても外せない用事があるから来れないらしい。
「花村先輩とクマも用事っすか?」
 周囲をきょろきょろ見回す完二に「今日二人は呼んでない」と日向があっさり答える。日向が陽介を誘わっていない事実に「マジっすか!?」と完二が大げさに驚いた。
「マジ」
 日向が真顔で頷く。
「ジュネスのセールの準備で忙しいみたいだから。それに今日はシャドウと戦うつもりはない」
「え、そうなんすか?」
 つまんねえ、と完二が行き場を失ったストレスをぶつけるように拳をたたく。
「テスト勉強の発散出来ると思ったのによ……」
 ぼやく完二に、雪子が「えっ」と驚いた眼差しを向けた。
「完二くんちゃんと勉強してたんだ……。偉いね」
「天城先輩……何気にヒドいっす……」
 誉めているようでけなされ、完二はがっくりと肩を落とした。悲嘆にくれる肩を「ドンマイ」と日向がそっと手を置き慰める。
「シャドウと戦うつもりはないけど、少し厄介なんだ。後で礼もする。手伝ってくれ」
「それはいいんですけど……。結局何をしにいくんですか?」
 尋ねてからりせは、日向の表情がどこかおかしいと感じた。無理矢理無表情に近い顔を作っているように見える。まるでやりたくないことを我慢してこなしているような。
「ちょっと――捜し物をしに」
 そう答えた日向の声は、表情と同じく平坦を装っているようだ。これから行く場所に何が待ってるんだろう。
 胸の奥がざわつく。嫌な予感にりせはそっと胸を押さえた。

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