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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

あのひとわたしの 3

長いので折り畳み


 橿宮先輩はアイドルとしての『りせちー』じゃなく普通の女の子である『久慈川りせ』として接してくれる。
 初めて先輩と会った高台。警告しをしに来てくれた、豆腐屋であるおばあちゃんち。そしてテレビに落とされて助けに来てくれた時も。ずっと、先輩は『私』を見てくれた。
 先輩からすれば当たり前でも、私からすればどんなに嬉しかったかわからないでしょ?
 知ってる? 私ね、先輩のそばにいるとすごく楽に呼吸が出来るんだよ。おなかも痛くならないし、ちゃんと私はここにいる、一人じゃないって思えるんだ。
 だから、私、もっともっと先輩のこと、知りたい。
 ――先輩の隣にいたい。
 先輩に近づきたい一心で、私は今日も先輩の姿を目で追ってしまう。
 こんな気持ち、初めてだった。


「いやー、暴れた暴れた。身体を鍛えた後の肉は染み渡るねぇ……」
 しみじみ呟き、千枝が大きく切り分けたビフテキをかみしめる。
 テレビでの特訓を終え、日向たちはジュネスのフードコートにいた。いつもの特捜隊捜査会議で使うテーブルの上、それぞれが頼んだものが並ぶ。
 千枝の見事な食べっぷりに「千枝ったら」と隣でアイスを食べていた雪子がくすくす笑った。
「でも千枝大活躍だったもんね。シャドウたくさん蹴り飛ばしてたし」
「いっやー、まだまだだって! 橿宮くんにすっげー助けられちゃったし。やっぱり男の子だけあって、体格いいから蹴りに威力あるんだよねー」
「そうか?」
 千枝の向かい側で飲んでいたスポーツドリンクの缶から口を離し「体格がいいだけで、蹴りも良くなるとは思わないな」と千枝の賛辞に疑問を呈した。
「え? どゆこと?」
「今日はほとんど里中と戦闘をこなしてたけど、全体的に見て里中の方が的確にシャドウにダメージを与えていた。シャドウの動きもよく見てかわしている。俺はまだ闇雲に当てようとするところがあるから、どうしても無茶が出るな」
 自分なりの考えを述べる日向に、千枝は食べる手を休め「へへっ……」と照れた。
「そりゃあまあ、最初は見よう見まねだったけど、結構苦労して修行してたからね……」
「うん。里中はすごい」
「んなことないって! 橿宮くん筋いいし、鍛えれば強くなれるよ! だから、また今度一緒に修行しよっ?」
「うん、喜んで」
 頷く日向に「よっしゃあ!」と千枝は意気込みを露わに拳を握った。張り切る様子に雪子が「千枝、すごく嬉しそう」と楽しそうに笑う。
 しかし日向の左隣に座っていた陽介は露骨にうんざりした。
「強くなるのはいいけどよ……。橿宮、里中の凶暴さまで移されないように注意しろよ……?」
 口に手を当て、陽介はこっそり日向に注意するが、隠すつもりのない内緒話は千枝に筒抜けだ。こめかみを引きつらせ「花村……アンタはいちいち余計な一言多すぎだっつーの」と声を低くする。
「ヨースケはガッカリ王子だからなー」
 無邪気に評するのは着ぐるみを脱いだクマだ。見かけは絶世の美少年といっても差し支えないだろう。しかし奔放で時に非常識な言動が彼の評価を下げていることに、クマは気づいていない。
「うっせーよ! 何だよガッカリって!」と陽介はクマを睨む。
「だいたいお前もな――」
 賑やかな場の中、りせは日向の右隣に座り、じっと彼を見ていた。
 日向は茶化すクマと、言い返す陽介のやり取りに、目を細めている。陽介たちはりせとは反対方向に座っているせいで、日向の顔がよく見えない。
 ――ちょっとだけ、こっち見てくれないかなあ。りせは心の中で念じた。私にも笑いかけてよ先輩。
 ほんの思いつきだった。テレビの中ではペルソナを通じて念じれば、りせは日向たちと通信できる。だから、テレビから出ても同じように念じたら、気持ちが通じるんじゃないか、と思ってしまう。そんな簡単にいくわけないのに。
 しかし日向は唐突にりせを振り向いた。まさか願いが通じるなんて露とも思っていなかったりせの頬が、絡み合う視線にぱっと赤く染まる。
 とっさに笑顔を作ることが出来なかった。アイドルとして活動していくために、たくさん練習してきたのに。
 りせはどうすればいいのかわからなくなり、ぱっと日向から視線を反らした。だけどこれじゃただのアヤシい子だ。
 みっともないところ見せたくない。そう自分を叱咤し、笑顔を作って日向に向き直る。
「せーんぱいっ、飲み物だけじゃお腹すいちゃうでしょ。私のたこ焼き半分あげよっか?」
 プラスチックのトレイに詰められたたこ焼きを差し出す。ソースがたっぷりかけられたたこ焼きは、りせのお気に入りだ。もうちょっと辛かったらもっと良かったんだけど。
 ちょっとどころではなく、あからさまにとってつけたような言い方。だが、日向はりせの気持ちをくみ取るように笑った。
「じゃあ、一つだけもらおうかな」
 トレイの縁に添えられていたつまようじを指で摘み、日向はたこ焼きを刺して口に入れる。
「おいしい」
「どんどん食べちゃってもいいよ。先輩なら私大歓迎!」
「じゃあ、もう一個だけ」
「はいっ、どーぞ!」
 ……優しいなあ、先輩。
 日向の気遣いにりせは感激する。きっと陽介やクマ、完二じゃこうはいかないだろう。日向はいつだって人の行動に気を配っている。だからこそ、個性的なメンバーが集う中、リーダーを務められるんだろう。
 りせは無性に足をじたばたさせたくなった。日向に優しくしてもらえた喜びを身体全体で表したい。しかし実行したら、仲間みんなから変な顔をされてしまうから、ぐっと堪えた。もし誰もいなかったら叫びたいぐらいに嬉しいのに!
 たこ焼きを食べた日向の肩に陽介の腕が回った。もたれ掛かり「お前ばっかりずるくね? 俺だってりせちーのたこ焼き食いてーし!」と大げさに嘆く。
 うなだれる陽介に「えっ、花村先輩のはないよ?」とりせはばっさり切った。日向だからこその行動なのだ。同じことを陽介にする必要性がさっぱり見つからない。
「はやっ! ってか冷たっ!! なんつー即答!!」
 大げさなリアクションをし、陽介は日向にもたれたまま、肩を落とした。
「俺のハートは粉々に砕け散ったぜ……」
「うーわ、ガッカリ王子だよ……」
 哀愁漂わせる陽介に千枝が呆れ、雪子が「うん」と真顔で言う。
「花村――泣くのよくない」
 陽介に救いの手を差し伸べたのは、日向だった。苦笑しつつ肩口に顔を埋める陽介の頭をぽんぽんと叩く。
「泣いてないっての!」
「俺が代わりに奢るから機嫌直せ」
「えっ、マジ!?」
 日向の提案に、陽介が勢いよく顔を上げた。間近で顔色をうかがう陽介に「マジ」と日向が相好を崩す。
「そのかわり今日みたいなことをまたするときはサポート頼む」
「あったり前だろ!」
 すっかり機嫌を直した陽介の背中を日向はぽんと叩き返した。そして二人は揃って席を立ち、たこ焼きを買いに行ってしまう。
 空いてしまった空間に、りせは切なくなってしまった。
 日向が陽介に見せた笑顔は、さっきこちらに見せたものよりも柔らかかった。頭の中で笑顔を比較するりせの胸が、ちくちく針が刺さるように痛む。
「――あの、橿宮先輩と花村先輩っていつも、ああなんですか?」
「いつもああだよねえ」
 尋ねたりせに千枝が答えて、ビフテキの最後の一切れを頬張った。噛んで飲み込んで「ねえ」と雪子に同意を求めた。
「うん。いつもああ。この前も二人で遊びに行ったみたいだし。この前も橿宮に誘われたんだー、って自慢されてちょっとイラっとしたかな」
 雪子も眉一つ動かさず、千枝に同意する。毎日彼らと共にいる二人の答えはぴったり重なって、嘘ではないんだろうと考えずとも知れた。
「っていうか、しょっちゅう一緒にいるだろセンパイらは」
 ずっと黙って食べ続けていた完二が、不満たっぷりに言った。
「クマもー、ちょいジェラスィー感じちゃうクマね。あ、ヨースケにクマよ。クマもセンセイといたいのに、ヨースケが独占しちゃうから。んもー」
 苦い顔の完二に、クマも口を尖らせる。
 日向と陽介はいつも一緒。仲間にそれが当たり前だと思わせるほどに。
 ちくりちくりと胸を刺す痛みが強くなり、りせはそこを押さえた。
 日向は人付き合いがいい。遊びに誘ったら、予定に無理がない限り受け入れてくれる。しかし日向から誘われることはこれまでに一度もなかった。
 しかし陽介だけは例外らしい。誘い誘われ日向との絆を深める陽介に、りせは軽く嫉妬した。私だって誘ってもらいたいのに、ずるい。
「男の子の友情っての? やっぱ都会から来た者同士だし、ウマが合うのもあるんじゃないかなあ」
 千枝の言葉で会話はしめられ、それぞれ別の話題で盛りあがっていく。楽しそうな声は、しかしりせの耳を素通りしていった。
 ちらりと日向と陽介を見る。二人は遠目からでも楽しそうに話しているのがわかった。近い距離で笑いあっている。
 千枝先輩は友情って言ってるけれど、それはちょっと違う気がする。腑に落ちず、りせはじっと二人を見つめた。
 もし今ペルソナが出せて、浮かんだ疑問も解析できたらいいのにな。そんなことを考えながら、たこ焼きを食べる。
 好物なのに、どうしてだろう。何故かさっきよりおいしいと、思えなかった。

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