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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

彼は不器用だったので 2

長いので折り畳み



 最初に千枝が二人の間にあるぎこちなさを感じたのは、雪子を助けて数日後。気持ちにゆとりが生まれて、ようやく違和感を覚えた。
 話もするし何かと一緒にいる二人は、一見すれば都会から田舎に転校してきた仲間としてウマがあっているように見える。実際、千枝を交えて三人でつるんでいる、と言う見解が二年二組の間では広がっていた。
 だけどどこか変だし、今日だってそうだった。千枝が日向からノートを借りた時、陽介は複雑な表情をしている。それに周りには悟られないよう、必要以上に日向と話さないよう避けているようだった。
 日向の様子もおかしいけれど、どっちかと言うと根本の原因は陽介にあるんじゃないか。自分なりに考え、千枝はそう結論づけていた。根拠だってある。
 考えていても始まらないし、聞かないと何思ってるかわからないよね。千枝はそう思い立って、約束の時間より早くジュネスに向かった。父親が店長をしているこの店で陽介もアルバイトをしている。最後に陽介と別れた時間から考えると、もうそろそろ売り場に出ているだろう。
「よぉっしっ!」
 気合いを入れた千枝は、店内に入りとりあえず食料品売場に足を向けた。陽介は色んな売場で働かされているようで、これはちょっとした賭けだ。探すのに時間がかかってしまったら、日向との約束に遅刻してしまうし陽介からも満足に話を聞き出せない。
「……いた」
 商品の段ボールを傍らに、床に片膝突いて陳列作業をしている姿を見つけ、千枝は「よし」小さくガッツポーズを作った。どうやら運はこちらに味方している。
 さりげない風を装い千枝は「はーなむら」と近づいた。しかし陽介はこちらに気づかない。商品を陳列させている手の動きも緩慢で、声が届いていないようだ。
 千枝は息を吸い込み「ちょっと花村っ!」と大声で呼ぶ。
「うおあっ!?」
 突然頭上から大声が降り注ぎ、陽介は肩を跳ね上がらせた。反射的に上がった目で千枝を捉らえ「里中か。いきなり何だよ」と顰っ面をする。
「何だよはこっちのセリフだっつーの。ぼんやりしちゃってさ」
 千枝は両手を腰に当て、陽介を睨んだ。
 立ち上がった陽介は、ふいっと千枝から顔を背けて苦々しく言う。
「いいだろ別に。俺にだって悩み事とかあんだしちっと考え事してたんだよ。肉食えばいつだって幸せ百パーな里中とは違って繊細なの」
「自分でよくそんなこと言えるね、アンタ」
「うるせーって。てかお前、橿宮と待ち合わせしてるんじゃなかったっけ?」
「まだ時間があるから平気。それよりもさ……」
 花村に聞きたいことがあるんだけど、と言いかけ千枝はこちらを向いた陽介の口許が、くっと上がるのを目にした。揶愉するような笑みに「何よ」とつい挑むような口調で返す。
「いーや、まさか里中が橿宮とデートとかなんてな、って思ってさ」
「はあっ!?」
 予想の斜め上をいく発言に、目が飛び出そうになった。これまで日向と一二度行動を共にしたことがあるが、デートなんて雰囲気は欠片もなかったし、これからもないだろう。それに日向もそんな風に意識していない。
「んな訳ないじゃん」
 否定する千枝だが、陽介の表情は変わらない。
「結構お似合いだと思うけどな、俺は。いっそマジで付き合っちまえば?」
「アンタねぇ……!」
 言っていいことと悪いことがある。茶化すような物言いに千枝は拳を震わせた。しかし陽介は「照れんなって」と笑い、素早く床の段ボールを拾いあげる。
「じゃ俺は行くけど、せいぜい失敗はすんなよ?」
 言い残し、さっさとその場を後にする陽介の背中に、千枝は叫んだ。
「だからそういうんじゃないんだってばー!」
 必死に否定しても陽介は千枝を見もしないでひらりと手を振り、そのままバックヤードへ消えてしまった。
「何なのよ花村の奴! バッカじゃないの!?」
 陽介に逃げられ、千枝は悔しそうに唸った。もやもやと胸に納得いかない思いが広がっていく。やっぱり様子がおかしい。恐らくは、日向の名前を出した時から。
「ホントに何なのよ……」
 結局調べたいことを一つも聞き出せなかった。このまま待ってても陽介はこちらに姿は見せないだろう。バックヤードを通れば、別の出入口から簡単に出られる。
 約束の時間も迫っていた。千枝は口惜しく陽介が入っていった扉を一瞥し、フードコートへ向かった。余計にこんがらがった疑問を残して。


 千枝と日向は人目がないことを確認し、電化売場に置かれているテレビに身体を滑りこませた。
 淵に手をかけ、液晶画面をくぐり抜ける。一瞬浮遊感が包まれ落下していく身体。初めて入った時こそ転んでしまったが、今ではもう大分慣れた。
 千枝はバネのように脚を曲げて、衝撃を和らげ床に着地する。続けて、日向が降り立っただろう足音が近く聞こえたが、周りは深い霧で視界が遮られている。
 千枝はジャージのポケットに入れていたメガネを取り出して掛けた。途端に視界を覆っていた霧が晴れて鮮明になる。すぐ近くでは同じくメガネを掛けた日向が辺りを見回していた。
「センセー! チエチャーン!」
 どこからかピコピコ聞こえる足音を鳴らして近づいてくる。霧の向こうから姿を現したのは、このテレビの世界の住人であるカラフルな色合いの着ぐるみ。一直線に千枝たちのところまで走り「待ってたクマー!」と勢いそのままに日向へ抱き着く。激突してくるクマを受け止めた日向は、片足を少し引いて倒れないようさりげなく踏ん張っていた。
「今日はナニナニ? クマと遊んでくれるの?」
 日向を見上げ、期待の篭った目でクマは言った。
「里中との約束で来たんだ。――そうだよな、里中」
「そうそう、修業しに来たの」と相槌をうつ千枝に「ええー」とクマが不満の声をあげる。
「クマの為に来てくれたと思ってたのに……」
 抱き着いていた橿宮くんから離れ、クマは「……ションボリクマ」と背中を丸めた。大袈裟な落ち込みようだが、千枝は何だか自分が悪いことをしたような気分になった。分かっちゃいるけど、どうもクマと話してると、調子狂ってしまう。
「クマ」
 日向が優しく目を細め、クマの頭を毛並みを整えるように撫でた。
「ここには里中との約束で来たけど、一緒にいても大丈夫だから」
「えっ?」
 振り向いたクマが丸っこい目を大きくして、日向を見た。
「修業はここでするから――それでいい?」
 問いを向けられた千枝は、いいよと了承した。
 デート、と陽介は冷やかしていた日向との待ち合わせの理由は、彼と修業する為だ。シャドウ相手に通用する蹴りを習得するのがコンセプトになっている。しかし、いきなり実践は危ないだろうと言うことで、人目もなくシャドウがいない安全な場所で基本の型を習得することになっていた。千枝からすれば、あまりあのお城に行きたくないと言う本音もあったけど。
「じゃあクマも! クマも修業する!」
 息巻くクマに日向は苦笑して「どうする?」と千枝を見た。
 千枝は笑って大きく頷く。天高く拳を突き上げ、鼓舞するように声を張り上げた。
「よぉぉおしっ、クマきちも一緒にやろっか! あたしの修業は厳しいから、覚悟しなさいよ!」
 今まで見てきたカンフー映画での修業は、辛く厳しい描写が多かった。けど楽しくわいわいするのも一興だろう。「負けんクマ!」
 千枝に釣られてクマは興奮したように気負い立ち、両手を空へ伸ばす。
 二人して盛り上がっているその後ろでは、日向の苦笑はまだ続いていた。


 普段だったら一人で黙々と修業している千枝は、充実感に胸を膨らませていた。やはり誰かとやるほうがとても楽しいし、力が身に入る。クマは修業と言う名目で、子供みたいにはしゃいでいるようだったけど。
 日向の方は真面目に取り組み型を覚えようと、何度も教えたそれを繰り返しやっていた。重心を落とし、下から上へと蹴りを放った足がすらりと伸びる。
 飲み込みの早さに、千枝は感嘆の息を漏らした。体格も細そうに見えるが、筋肉もしっかりついてる。教えた技が身につけば、十分戦いの手段に加えられそうだった。
 初めて弟子を持った師匠の気持ちってこんなかな。千枝はカンフー映画である師弟が修業しているシーンを頭に思い描く。成長を目の当たりした感動はこんな風に味わえるんだ。教える快感に目覚め感動に浸る千枝の耳に「ぷぎゃ」と情けない悲鳴が飛び込んできた。
 床に仰向けで倒れたクマが「起こしてクマー」と短い手足をばたつかせていた。身体が手足に対して大きいせいか、自力で起き上がれないようだ。
「しょうがないなあ」
 千枝はクマに近付きクマの手を掴む。中身がないので見た目よりも軽く、ちょっと引いただけですぐに起こせた。「ありがと、チエチャン」
「気をつけてよ」
 クマ、と大きく頷きクマは拳を突き出す。
「ねえチエチャン。クマ強くなった?」
「え? あ、うーん……どうだろ」
 見た目が着ぐるみなので、代わり映えが全く見えないクマにどう答えたものか千枝は迷う。
 期待の篭った眼差しを向けるクマに千枝はたじろいだ。クマは機嫌を損ねると駄々っ子のようにうるさくなる。ここはどう答えるべきか思い付かなくて、目線で日向に助けを求めた。
「……橿宮くん?」
 日向は身体の動きを止めて突っ立っていた。ぼんやりとある方向を見つめている。まるでさっきの陽介だ。
「何だかセンセイアンニュイな感じクマねー」
 おかしい様子にクマも気付き、ぴこぴこ足音を鳴らして日向に近づいた。千枝もそれに続く。
「センセイ? どしたクマか?」とクマに抱き着かれ、日向は弾かれたように振り向いた。不意打ちされたような驚いた顔をしているが、すぐに落ち着いて考えの読めない表情になった。
「疲れたクマか? チエチャンがスパルタだから」
「誰がスパルタだっての」と千枝が後ろから好き勝手に言うクマを小突いた。しかし日向の様子がおかしいのは千枝も気になるところだ。
 日向と陽介。二人の間がぎくしゃくしている原因は陽介にあると千枝は推察している。その根拠は雪子を助けるため躍起になっていた時陽介が零していた一言。

『俺さ、分からないんだよね』

 思えばあの頃から既に陽介は日向に苦手意識を持っていたんだろう。それが今でも続いている。
 だったら、わかるまで話してみたらどうだろう。あたしは多分花村よりは橿宮くんの良いところを知っている。もっと彼を理解してみてそれを花村に伝えたら。
 やることを思いついたら即実行しなきゃ。傍にいるだけで満足するだけじゃない。ちゃんともっと自分の気持ちを相手に伝えることをしないと。どんなに仲が良くても全てが通じ合えるとは限らないから、と雪子の件で千枝は身に染みている。
「ずっと修業しっぱなしだったもんね」
 千枝は広場から方々に伸びている通路のうちの一つを指差した。
「休もっか。ね、橿宮くん」
 提案した千枝に、日向は頷いた。

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