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彼は不器用だったので 1

長いので折り畳み


 あたしが雪子と出会った日のことは、今でもよく覚えてる。
 昔から、あたしは元気がとりえの活発な子だった。あたしは自覚してなかったけど、その腕白ぶりに親もほとほと手を焼いていたらしい。
 その時も男のコの間で流行っていた秘密基地を自分でも作ろう、と躍起になっていた。どうせ作るなら、誰にも負けないすごいものがいい。
 学校から帰った家をすぐに飛び出たあたしは、どんな場所がいいかな何を置こうかな、とまだ見ない秘密基地に夢を膨らませていた。だから、あの時犬の鳴き声がしなかったら、通り過ぎてしまっただろう。
「……?」
 犬の鳴き声に足を止めたあたしは辺りを見回した。今いるのは商店街近くの、家が密集しているところ。その塀を沿うように、等間隔で電信柱が立っている。だけどそれだけで、鳴き声の主は見えない。
 気のせいかな。再び走り出そうとしたあたしを止めるみたいに、今度ははっきりと鳴き声が聞こえた。
 あたしは当たりをつけ、声が聞こえた電信柱の方へ歩く。そして根本にうずくまる女の子を見つけてぎょっとした。
 白いワンピースを着たその子はしゃがみ込んで膝に顔を埋めていた。泣いているみたいで、時折しゃくり上げる声が聞こえた。
 女の子の傍には仔犬がいた。しゃがんだまま動かない女の子の周りをうろついて鳴いている。
 あたしは、女の子の視線に合わせてしゃがみ込み、首を傾げた。
「ねえ、どしたの?」
 考えるよりも先に話しかけた声に、女の子の肩が大袈裟に震える。
「どうして泣いてるの?」
 続けて聞いたあたしに、女の子がのろのろと顔を上げた。


 ――その女の子が雪子だった。
 あたし、どうして忘れちゃったんだろう。あの時顔を上げた雪子の表情を見て、感じたものを。
 とても、大切なことだったのに。


 耳に飛び込んできたチャイムに、舟を漕いでいた千枝の意識は覚醒した。さあっと眠気が引いていく感覚。身体が自然に震え、重たかった瞼をかっと見開いた。首を振って残っていた眠気を追い払い、素早く黒板を見上げる。
 しかし時はもう遅かった。一面に書かれた板書は既に消されてしまっている。
「……やっば」
 眠っている場合じゃなかったのに。板書を書き損ねた千枝は困ってノートを見下ろした。途中まではしっかり書き写しているが、恐らく睡魔に取り付かれたらしい瞬間から読解不可な文字があちらこちらに飛んでいる。
 修業が足りない証拠だよね。情けなさに落ち込みながら、千枝は筆箱から取り出した消しゴムを手に取った。力任せに読めない文字を消していくが、気分が晴れたりはしない。
 どうしよう、と悩む千枝の横から「里中」とノートがそっと差し出された。目に飛び込んできた表紙の角には、小さく『橿宮日向』と名前が書かれている。
「橿宮くん?」
 振り向いた先、隣の席から日向が「これを写せばいい」と千枝の返事も聞かず、差し出したノートを机に置いた。
「帰るまでに返してくれればいいから」
「でも、いいの?」
「天城のノートも取ってるんだろう?」
「あ……うん」
 渡りに船の好意に千枝は素直に甘えることにする。日向のノートをさっそく開けば、綺麗な文字で授業の内容が分かりやすく書かれていた。
「ありがと。すぐ返せるように写しちゃうね」
「うん」
 僅かに口元を上げた日向に、千枝は大きく笑い返した。しかし視界の端で捉らえた仏頂面に、目を日向の後ろに移動させる。
 頬杖を突いて複雑な表情をしている陽介が、千枝の視線に気づいて慌てて立ち上がった。わざとらしく「トイレにでも行ってくっかな」と誰に言うでもなく呟いてそそくさと教室を出ていく。
 よそよそしい態度に、千枝は眉を跳ね上げた。人と目が合うだけで逃げるなんて失礼だ。
 しかしわざわざ追いかけて問い詰める余裕はない。千枝は机に向き直り、日向から借りたノートと自分のノートを広げて並べる。今優先すべきなのは授業の内容を完璧にノートへ移すことだ。
 もうすぐ学校に復帰して来る、大切な親友のために。


 平和が取り柄の、取り立てて目立つものがない稲羽で起きた殺人事件。最初は地方テレビ局の女性アナウンサーが、そして次は同じ八十神高校の三年生が相次いで殺された。どちらもアンテナや電柱にぶら下がった奇妙な格好で。
 犯人も死因すらわからない状態の中、同じクラスの男子二人がある事実を突き止めた。テレビの中に広がる空間。霧が立ち込める世界。被害者は二人ともその世界にテレビから放り込まれ、自分から出てきたもう一人の自分――シャドウに殺されてしまったと言うのだ。
 あまりにも非現実的な話は、まともに取り合えるものじゃないだろう。だが巻き込まれた形でも実際テレビの中に入った経験がある千枝は状況に納得した。
 失踪する人間が映し出されるマヨナカテレビの存在も大きかった。そこに親友の雪子が映り、その数日後、失踪が現実になったから。
 それから先のことは、正直あまり思い出したくないことが多い。雪子を助けたい一心で突っ走っては迷惑をかけ、もう一人の自分と相対し、ずっと見て見ぬふりをしてきたものを他人の前で露呈され、仕舞いには危うく被害者の仲間入りをするところだった。
 でも、良かったこともあったのも事実だ。雪子を助けられたし、転校してきたばかりの彼の良さを知れた。
「里中」
 その彼――日向が千枝を短く呼んだ。
「もうそろそろ次が始まる。それは止めといて準備をしておいたほうがいい」
「あ……ホントだ」
 黒板の上にかけられた時計は、短かかった休憩時間がもうすぐ終わる時間を示していた。休んでいる雪子のため、全ての授業の内容をきっちりノートに取るつもりでいる千枝は日向に言われる通り、とりあえず開いていたノートを閉じた。
 次のは居眠りしないでちゃんと授業受けなきゃ。頬を叩いて気合いを入れる。


 その後結局数教科のノートを借りた千枝は、空いた時間を潰して、どうにか下校までに写しきることが出来た。要点を纏められていて、板書をただ写したものより分かりやすい気がする。
 これなら雪子も喜びそう。達成感に満たされながら千枝は、帰る準備をしていた日向に「ありがとう!」と借りていたノートを返した。
「写せた?」と受け取りながら尋ねる日向に、千枝は力強く頷いて見せた。
「もうすっごい助かっちゃった! 今日お礼に肉奢るね!」
「……お前ってホント肉肉肉だよな」
 呆れて口を挟む陽介に「好きなんだからいーじゃん」と千枝は顰めっ面をした。
「花村には奢ってやんないから!」
「いーよ。別に奢ってくんなくても。俺これからバイトだし」
 メッセンジャーバッグを肩に掛け、じゃあな、と陽介はあっさり教室を出てしまった。千枝は若干肩透かしをくらう。いつものパターンなら、もっと軽口をたたき合うのに。
「バイトならしょうがないか。予定が空いているなら花村も誘おうって話してたけど。無理そうだな」
 そう言う日向も、どことなくほっとしている。
「最初の予定通り、今日は二人でクマのところに行こう」
「……うん」
 何かヘンだ、と千枝は不可解さを感じた。
 春先に起こった事件に首を突っ込み、辛いことも嬉しいこともあった。だけど、未だに謎だらけでわからないこともあった。
 それは日向と陽介の間が、ぎくしゃくしていること。絶えず微妙な空気が、二人の間に漂っていた。
 ……もしかして結成した直後に特捜隊解散の危機ってことじゃないよね。
 それじゃあ後で、と手を振る日向を笑って見送った千枝は、内心そんな心配で一杯だった。

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