agitato 4 ペルソナ4 Desire of fool 2013年05月03日 長いので折り畳み 日向が警察と言い争いをしている。 聞いた瞬間、完二は全身から血の気が引いていくのを感じた。 ――なんだよそれ! 青ざめ、教えてくれた尚紀の横を「悪い!」と走り抜ける。神社から出た歩道で、辺りを見回す。 遠巻きに何かを見ている通行人が数人いた。部活帰りの学生。買い物途中の主婦。のんびり散歩しているだろう老人。誰もがみな、同じ方向へ視線を向けている。 ――あっちか! 完二はなだらかな坂になっている商店街を一気に下る。警察と言う単語は、完二からすると嫌な予感しか当てはまらない。 愛家近くにある掲示板の前で日向を見つけた。彼のすぐ目の前は警邏中らしき警察官が二人いる。 日向は手にビニル袋を持っている。丸久豆腐店での買い物を終えた途中で、鉢合わせしたらしい。 近づかなくても、険悪な雰囲気が漂っているのがすぐにわかった。何よりも、さっきまで笑っていた日向の表情が、冷えきっている。唇を引き結び、相手が警察官であるにも関わらず睨みをきかせていた。 無表情でも、日向は計り知れなく怒りを燃やしていると、読みとれる。 ぞくりと寒気が走り、完二は思わず足を止めた。どうして怒ってるんだ、と思うよりも純粋に恐怖が這ってくる。「だからアイツなんかと関わっていると……」「だからどうして話しもせずに決めつける」 警官の言葉を遮り、日向は低い声で言った。「アンタらはちゃんと今の完二を見た上でそう言っているのか? 言ってないだろう? それは単なる押しつけだ。そんなのに俺はいっさい聞く耳は持たない」「こっちもちゃんと……」「ちゃんとなんだ。さっきだってそうだったじゃないか。完二を悪者扱いしやがって。アンタらの口振りは完二がそうだと決めつけていたのと同じだ」 怒りのせいか、日向の口調は乱暴だった。声も冷えきっていて、まるで首筋に氷を当てられたみたいに背中が震える。「俺はな、そう言う大人が大っ嫌いなんだ。押しつけるだけ押しつけて、こっちの話を聞こうとしない。そんな奴の言うことなんて信用できるか。俺はできないね」 はっ、と鼻で笑う日向に警官たちが「……っ」と息を飲むのが、完二からもわかった。「何? 図星刺されたから何も言えないの? だったら最初から言うなよ見苦しい」「だからこっちの話を……」「信用できない人の話は聞けない。完二を悪者扱いする奴の話なんて、聞きたくない」 ……このままじゃ、ヤベぇだろ。 完二は日向の言葉に引っかかる部分を感じながらも、己を叱咤させて近づいた。からからになった喉で唾を飲み込み「先輩!」と声を張り上げる。 警官の後ろからやってきた完二に、日向がはっとこちらを見た。「……完二?」「……巽か。お前、堂島刑事の甥御さんに何を吹き込んだ?」 駆けつけた完二に、警察官の一人が疑いの眼差しを向ける。「何って……、何をだよ」「最近は大人しくしているようだが……。危ないことに巻き込んでるんじゃないだろうな。前の暴走族の時みたいに良からぬことを企んでるんじゃないか?」「なっ……!?」 完二は絶句した。どうやら警察官には、完二が日向を振り回していると勘違いしているようだった。「んなことしてねーっての! いちいちうるさいんだよ!」 腕を横になぎ、完二は反論する。だが、警察官はどちらもいまいち信用しない表情だ。「どうだか……」と端から疑ってかかられている。「だから……」「だから言ってるだろうさっきから。完二は何もしていない」 反論したのは日向だった。「それにこれも何度言わせる。どうして完二を疑ってかかるんだ」「それはアイツが……」「うるさい」 真っ向から日向は警察官の言葉を切り捨てる。「俺は何度も言った。完二は悪いことをしていないし、俺にそういうのを強要したこともない。けど、アンタらはそれを信用しない。どうして信用しない? 完二を疑っているからか? じゃあ俺もお前らの言葉は聞かない。……信用しない。自分の考えを押しつける奴なんて、俺にとってはウザいだけだ」「なっ……んだと……!?」 歯に衣着せない日向の言葉に、警察官の顔が怒りで真っ赤になっていく。 やべえ。これ以上話が続いたら、間違いなく日向に対する警察官の心証が悪くなってしまう。 完二はとっさに日向の腕を掴んだ。「完二!?」 日向が完二に抵抗し、掴まれた腕を引く。しかし今回は完二も負けられない。一刻も早く、この場から日向を引き離さなければならない思いで一杯だった。 力任せにぐいっと日向の手を引き、完二はもと来た道を引き返す。突然とった完二の行動に呆然とする警察官に「そんじゃ、失礼しましたっ!!」と勢いで言い残し、いやがる日向を無理矢理連れていく。 周囲の視線を気にかける余裕もなく、完二は何とか辰姫神社まで戻った。尚紀や、キツネの姿はない。「……離せっ」 境内の中程まで行ったところで日向が完二の手を振り払った。力任せに掴んでいたせいで袖口から覗く手首に赤く痕がついていた。 はぁ、と息をつき前髪をかきあげる仕草は、苛ついているとすぐにわかる。つい十数分前まで、和やかにキツネを可愛がっていた人物と同一とは思えなかった。「どうして止めた」 痕のついた手首を擦り、日向は憤慨した目を完二に向けた。さっきよりも距離が近い分、完二は気圧されて半歩後ずさった。 ――怖い。 暴走族を相手にしたときすら、こんな気持ちにはならなかった。「ど、どうしてって……」 完二は絞り出すように声を出した。「アイツら、完二のこと悪く言ってたんだぞ。今お前がお前なりにがんばってるのを見ようともしないで、騒ぎがあれば巽じゃないかって端っから疑ってて……」 ちっ、と日向は警官の言動を思い出したのか、忌々しく舌打ちをした。「……仕方ねえっスよ」 それに対し完二は苦渋が浮かぶ表情をした。警察がこっちを苦々しく思うのは当然だと、わかっているからだった。 しょっちゅう喧嘩をした。暴走族相手に暴れたのもつい最近だ。その結果が、先ほどの警察官が見せた反応なんだろう。「先輩が怒ってくれるのは嬉しいけどよ、オレのことはどうでもいいから……」「どうでもいいわけがない」 だが、日向は納得できずに強く首を振った。「俺はああ言うのが大っ嫌いなんだ。……反吐がでる。ああ言う考えの奴がいるから――」 言葉は途中で日向の口の中へ飲み込まれていく。伏せられた瞳がふと陰った。「先輩……」「完二、お前だってもうちょっと――」 完二を見据えた日向は言い募ろうとした。だがその時、横から茶色い毛玉が二人の間へ割り込んできた。 それは「コン!」とふさふさの尻尾を振り、前足で日向の靴を押さえる。「……っ!」 びくりと日向の肩が跳ねた。現れたキツネに、毒気が抜かれた顔をする。ゆっくり瞬きを繰り返すうち、日向の目は次第に落ち着きを取り戻していった。 はあ、と息を吐き、日向は「……悪い」と後頭部に手をやりながら謝った。「俺も、お前に自分の考え押しつけようとしてた」「いや……、こっちこそ、悪かった。オレのせいで、サツと揉めさせてしまってよ」 謝りあったが、気まずい。ここからどう話を繋げていくか、完二は悩んだ。元々口べたなのだ。うまくかける言葉が見つからなくてもどかしい。 困りきった完二を余所に、キツネはしきりに日向の靴を前足で押さえては離す。上向けた鼻先を、日向が持っているビニル袋へ寄せた。「ああ……、ごめんな」 キツネの意図を察した日向が「ほら」と油揚げをビニル袋から取り出した。「コン!」 キツネがくるりと日向の周りを一周し、飛び回った。前と同じように封を開け、ビニル袋の上に乗せられた油揚げを美味しそうに食べる。「……食い意地はってんな」 呆れながらも、完二は緊迫した場を破ったキツネに感謝した。知らず詰めていた息をゆるゆると吐き出す。 日向はしゃがんで食事をしているキツネを微笑ましく見守っていた。もう先ほどまでの怒りは露とも見えない。 ――正直、驚いた。 いつも冷静沈着で、賢くて、場をよく見る人だと思っていた。だから、熱くならずいつだって冷静に仲間を導く人だと思っていたのに。 そこまで考えたところで、完二は気づいた。 ……オレは今、何を思ってた?『男のくせに』 小さい頃から、嫌なほど言われてきた。 男のくせに裁縫や編み物が好きだなんて変な奴。 男のくせに気持ち悪い。 男のくせに女みたい。 散々と周りから一方的な思考を押しつけられ、疎まれた。だから、そうされてしまう辛さを、完二は知っていた、筈だった。 けどオレは今、橿宮先輩を見た目で判断していた。自分の中での印象を当てはめ、決して馬鹿な真似をしたりはしないと、彼に対して考えを押しつけていた。 このままじゃ、オレはアイツらと一緒じゃねえか! 男のくせに、と蔑んできた奴らや、さっきの警官たちと。 完二はぐっと拳を握った。 腕っぷしだけじゃない。偏見や押しつけなどに振り回されたりしない、強さがほしい。 その為には、まず自分が変わらないと。 意を決し完二は「先輩、本当すいませんした!」と頭を下げた。深い謝罪をする完二を見やり、日向は「だから完二のせいじゃないって」と苦笑する。「俺も熱くなりすぎた。悪い癖だな。ああ言うの見るとつい」「いや、オレのせいっス」 完二は下げたままの頭を振って否定した。「オレがちゃんとしないから、今日みたいなことが起きたんだ。だから、オレはちゃんと強くならなきゃならねぇ」 完二は顔を上げた、怪訝な表情をする日向を真っ向から見つめ返す。「オレはもっとオレらしく強くなる。その為なら、自分を貫き通すことだって必要なんだ」 力があるだけじゃ駄目だ。隠されていた一面を見ても受け入れてくれた日向たちを守るためには、ずっと目をそらしていたことに向かい合う必要がある。 あの時、思い知ったはずだったのにな。 テレビの中、生み出した自身のシャドウを思いだし、完二は薄く笑う。「オレはもう自分がやってることを隠したりしねえ。手芸とかが趣味だとかそれがなんだってんだ。それでも先輩みたいに受け入れてくれた奴がいたんだ。もっと堂々と胸をはってやらぁ」 自分の胸を叩き、完二は力強く言った。「そんで、オレのことで先輩やお袋が悪く言われないよう、オレはもっと強くなる」 そして、日向をさっきみたいな目に遭わせない。そうすることが、結果的に彼を守ることにつながるんだと、完二は思った。「……そっか」 ぽかんと完二を見上げていた日向が、表情をゆるめた。「本当、アイツらはわかってないな。完二はこんな時でも俺を心配してくれる優しい奴なのに。なぁ?」 油揚げを食べるのに夢中になっているキツネに、日向が頭をなでながら話しかける。 それを見て、完二は違う、と小さく首を振った。 優しいのは、アンタだよ。 オレのためにあそこまで怒ってくれたのは、お袋以外アンタが初めてだ。 だから強くなるんだ。オレのせいで、大切なヤツが辛い目に遭わないように。 それに。 ちらりと完二は日向を見た。 さっきの日向――警察官と対峙していた時の様子がどうしても気にかかる。 これは、花村先輩にも言っておいた方がいいよな。 陽介は日向を信頼し、相棒の立場でいられることに浮かれているようだった。だけど、その認識は今すぐ変えるべきだろう。 日向を、見た目やちょっとした行動で判断してはいけない。 日向が冷静を保つその向こうでは、感情の波が激しくうねっている。彼はそれをうまく隠しているのだと、今日のことでわかってしまった。 今回のことがなかったら、きっと日向に自分勝手な価値を押しつけ、頼りきっていただろう。それを犯す前に気づいて、本当に良かった。 日向の顔を静かに見つめ、完二は静かに決意する。 いざって時はマジでオレが守ってみせる、と。 [1回]PR