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agitato 3

長いので折り畳み



 浮かれまくっている陽介を、完二はうるさいしウザいと思う。だがその反面、陽介がそうなってしまう気持ちが分からないでもなかった。
 もし完二が陽介の立場にだったら、きっと同じようになっていただろう。
 日向は決して人を見た目で判断しない。


 突き落とされたテレビの中から助け出され、自称特別捜査隊に仲間入りした数日後のことだ。
 完二は家庭科室前の廊下にいた。さりげない風を装い、窓際に立つ。スリ硝子の向こう側、教室内からは楽しそうな声がしていた。それを聞きながら、完二は複雑な表情で足下に視線を落とす。
 別に、オレも混ざりたいとか思ってねえけどよ。
 そう考えながらも、その場を立ち去れないでいた完二を、後ろから「完二」といきなり誰かが呼んだ。
「うおっ!?」
 驚いた完二は何故か腕で顔を庇うように構えて振り向いた。
「びっくりしすぎだ。大きな声だすの、よくない」
 両腕の隙間から見えた相手が首を傾げて苦笑する。思いがけない人の登場に、完二の頬は赤くなった。
「い、いきなりアンタが後ろから呼んだせいだろ……橿宮先輩」
「そうか。確かに不意打ちだった」
 いつの間にか完二の後ろに立っていた日向が、口元に手をやり、考える仕草をする。
「わかった。今度からは正々堂々正面から呼ぶことにする。それでいいか?」
「いや……、あの」
 真面目に変化球を投げられ、返答に困った完二は構えていた腕を下ろした。掴みどころのなさに、いつもの威勢を張ることも忘れて、後頭部を掻く。
「それはそれとして、……なんなんスか?」
 とりあえず完二は話を聞くことにした。恐らく反論しても、ずれた答えしか返ってこないだろう。
 すると日向は「少し聞きたいことがあって」と完二へ真っ直ぐ眼差しを向けた。
「お前って、不良?」
「はぁ!?」
 さっきよりもよほどズレた質問に、完二は混乱した。この人は今までオレをどんな風に見てたんだ。驚きのあまり、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。
 廊下中へ響きわたった大声に、そこにいた生徒たちの視線が、一斉に完二と日向へ突き刺さる。家庭科室の中も、窓越しからの声でにわかに騒がしくなった。
 居心地が悪い。完二は舌打ちをして、日向の腕を掴んだ。
「先輩、ちょっとこっち!」
 ここで話をするには、少し注目を浴びすぎた。完二は日向の腕を引っ張って歩き出す。数歩進んで、これもまた注目を集めることに気づいた。これでは気に入らない奴にヤキを入れる不良にしか見えない。
 ぱっと完二は日向から手を離す。
「完二?」
「ちょっと場所変えて話しましょうや」
「ん」
 日向は小さく頷き、完二の後ろをついていく。しかし背中をじっと見つめられ、むずがゆくなった。穴があいてしまうんじゃないかと、ありもしないことを心配してしまう。
 早足で移動し、到着したのは鮫川の河川敷だった。ここなら人の目も少ない。完二は川辺へ降りる階段手前で立ち止まり、日向を振り返った。
 日向は相変わらず完二をじっと見つめている。深い灰色の虹彩に、引きずり込まれそうな気がした。
「……で、何でいきなり不良なんスか?」
 学校での問いを、完二はさらに問いで返した。
 稲羽では不良で通っていると思っていたし、周りはほとんど完二をそう扱い、煙たがっている。
 日向から向けられた問いは今更聞くのか、と驚いたものだった。
 だがしかし日向は至極真面目に「ああ」と返した。
「今日二年の女子が噂しているのを聞いたんだ。お前が不良で、学生グループ作ってカツアゲをしてるんだって」
 日向の説明に、大方の事情を完二は把握する。どうやら、噂を吹聴している女子は、完二に学校へ来てほしくなかったんだろう。
 よくあることだ。
「……はぁ、そっスか」
 完二は生返事をして「で、先輩はそれを聞いてオレにダメ出しとか……そういうことっスかね?」と含むように聞いた。やっぱりこの人もオレがカツアゲしているような不良として見てるんだろうか。内心、疑いが沸く。
 しかし日向は「は?」と眉を潜めた。
「何でだ?」
「だってオレのこと知ってるだろ? 稲羽に名を轟かせる不良で、暴走族相手に喧嘩売ってる札付きのワルだってよ」
「ははっ、自分で言ってれば世話ないな。俺はまだ稲羽に来て二ヶ月ちょっとだ。生憎、完二のそういうのは知らないよ。俺が知ってるのは、完二がお母さん思いの優しい奴ってことぐらいかな。ちょっと不器用だけど」
「なんだそれ……」
 不良よりも、そっちの方がよっぽど恥ずかしい。完二は「アンタ……目が悪いのかよ」と日向から顔を逸らした。
「悪いけど、俺視力いいよ。それに思ったことをそのまま言っただけなんだけどな」
 日向は完二に疑われ、不服そうだった。しかしすぐ気を取り直して「まあいいか」と学校の方へ目を向けた。
「その様子だと噂は根も葉もないようなものみたいだし。言ってた奴もただ言い触らしたいだけみたいに見えたし」
「………………」
 完二は口をつぐんで、日向を凝視した。どうやら日向は噂の真偽を確かめはいるが、全く信じていない。
 完二の心が波だつ。
 学校でだってそうだ。大きめの声を出しただけであんなに注目を浴びてしまった。恐らく、その本人が『巽完二』と言うだけで、それが悪い方向へと増長していくのを肌で感じた。
 悪い方向に注目を浴びることに完二は慣れているし、別に平気だった。それよりも日向に妙な偏見がついてまわるんじゃないか、と心配になった。
 先輩らは、殺人事件の犯人を追っているってのに。
 そう思うと、不安になる。もしかしたら、自分が特捜隊に入ったのは間違いだったのかもしれない。
 完二の表情が曇る。
「完二?」
「オレ、先輩らに迷惑かけっかも……」
 口からするりと弱音がこぼれた。
 それを聞いた日向は丸くした目を瞬きさせ「ははっ」と笑う。
「何でそこで笑うんだよ……」
「悪い」と言いながらも、日向の唇は緩んだままだ。
「だって、完二が今更なことをいうから」
「今更っつってもよ……」
「それに、今回テレビに入れられたきっかけを作ったのはこっちも同じだろう? 知らなかったとはいえ、触れられたくない部分を俺たちは不用意に突ついた。それがなければお前はあんな危険な目に遭わずにすんだかもしれない」
「んなことねぇ!」
 完二は首を振って否定した。拉致されて、テレビの中に放り込まれ、死にそうになった。しかしそうでもされなければ、完二はいつまでも自分と向き合えずくすぶった思いを抱えていただろう。
 日向たちには――感謝しているのだ。
「……これ以上の譲り合いはやめるか」
 日向が小さく息をついた。
「えっ?」
「俺も完二も、迷惑だなんて思ってない。今みたいに水掛け論しててもしょうがないし、ならこれから一緒にがんばっていこう、って話をしめた方がよっぽどいいと思わないか?」
 な? と日向は穏やかに目を細める。こちらを軽んじたり、蔑んだりする色はない。
 今までの奴らとは、違う。
 オレを見た目などで判断しない。
 日向にとっては当たり前かもしれなかったことが、完二にはとても嬉しかった。


 ずっと隠してきたものをさらけ出すのは怖い。
 正直、テレビの中で起きたことを思い返すのも、躊躇う。
 しかし、日向は見られたくない完二の一面を受け止め、他と変わらず接してくれる。
 母親にも心配をかけてしまった。
 だから、自分のことをわかってくれる人だけでも守れるように、強くならなきゃならない。そう決意を込めながら、完二は自室で編み棒を動かしていた。
 卓の上にはうさぎの編みぐるみが一つ。先日、知り合った少年のために作っているものだ。自分なりにアレンジして、服やリボン、それに帽子や傘をつけてみた力作だ。
 そして今は、それと対になるもう一体を作っている途中になる。こっちは、服や靴、キャップにサッカーボールをつけるつもりだ。
 並べたときの見栄えを想像して、完二の頬は自然と緩む。編み棒を持つ手の動きも早くなった。喜んでもらえるといいけどな。強制されウサギのぬいぐるみを捨ててしまったと泣いていた少年が涙を止め、笑う表情を想像しながら、一編み一編み丁寧に作り上げる。
「――ん?」
 出来上がった編みぐるみの側に置いていた携帯電話から、着信音が流れた。
 開いて着信者の名前を確認する。
 橿宮先輩。
 表示された日向の名前に完二は編み途中のパーツを卓に置き、携帯電話を手に取る。
『おはよう、完二。休みだけど、今暇か?』
「ヒマっすけど……」
 ちらりと作業途中の編みぐるみを見やり「ヒマっす」と繰り返し告げる。
『よかった』とほっとしたように日向が言った。
『じゃあさ、窓、開けてくれないか』
「窓?」
 完二は窓を見た。そこを開けてどうするのか。
『うん』
 有無を言わさない口調で日向が相槌を打つ。
 完二は腰を上げ、言われたとおり、窓を開けた。
 外は曇っている。雨は降る様子はないが、重苦しい。
「窓開けましたけど。で、こっからどうすりゃいいんすか?」
『うん。下を見てくれ』
「下?」
 完二は空から徐々に視線を下ろしていった。隣接している辰姫神社の敷地が見える。
「あ……」
 敷地に、紙袋とビニル袋を持った日向がいた。呆然とする完二に向かって上げた手を振る。
 隣にはキツネが座っていた。
 あまりみない組み合わせ。そして突然やってきた日向に、完二は呆然とする。
『降りてこれるか?』
 完二の耳元に押し当てたままだった携帯から日向が尋ねる。その声は、たくらみが成功した子供のように弾んでいた。


「洗濯物が乾いたから持ってきたんだ」
 大急ぎで家を出た完二は、すぐ隣の神社に駆け込んだ。慌てた様子に日向は「そんなに慌てなくてよかったのに」と苦笑いしながら、持っていた紙袋を完二に手渡す。
「わざわざ持ってこなくても、連絡くれりゃあ取りに行ったのによ」
 受け取った袋をのぞき込むと、中にはジャージが綺麗に畳まれていた。
「ああ、それだったら気にするな。ここに用事もあったから、そのついでで着たようなものだし」
「ここに……用事っスか?」
 完二は神社の敷地を見回した。神主がいないこの神社は手入れはされているが、それでも寂れているように見える。すぐ隣に家がある完二とて、ここには久しぶりに来た。
 コン、と前掛けをしたキツネが立ち上がり、日向の周りをぐるぐる走った。何かを催促している。
「はは、悪い悪い」
 日向はビニル袋に手を入れた。
 取り出したのは、厚揚げだった。同じ商店街にある丸久豆腐店のものだと、完二はすぐにわかった。
 日向は地面に膝を突いてしゃがむ。袋を破り、厚揚げを取り出した。
 厚揚げの匂いに、キツネが日向の前で立ち止まる。好物を前にして、ふさふさの尻尾が左右に揺れた。
 ビニル袋の上に乗せられた厚揚げを、キツネはおいしそうに食べ始める。それを見つめて日向は腰を上げ、成り行きを傍観していた完二に対して軽く肩を竦める。
「こうやって機嫌取りをしておいた方がテレビで楽だろう?」
「ああ……」
 完二は納得した。キツネは驚異的な治癒力を持っている葉っぱを使い、テレビの中の世界で戦う日向たちの手助けをしている。――有料で。
 限られた資金でもキツネの請求は馬鹿にならないぐらい高いときも多い。
 貢ぎ物をして機嫌をとる涙ぐましい努力に、完二は涙が出そうになった。
「完二、体調はどうだ?」
 日向が熱くなった目頭を押さえる完二に尋ねる。
「あれぐらいでオレが風邪引くわけねえだろ」
「……みたいだな。元気そうでよかった」
 腰に両手を当てて胸を反らし、健康をアピールする完二に日向が含み笑う。
「頑丈なのが取り柄っスから。テレビでもガンガン使ってくれてかまわねえぜ」
「そうだな。頼りにしてる」
「おう!」と胸に手を当てながらも、完二は先輩には頭が上がらないな、と思った。洗濯物やキツネのことがあったにしても、わざわざ様子を見に来てくれたなんて。
 存外嬉しい思いが沸き上がる。そして陽介やクマたちが日向を慕う理由に納得した。こんな風に面倒見られて、悪い気が起きる訳がなかった。
「コン!」
 キツネが鳴き、前足で地面に置かれたビニル袋を叩いた。見れば、あげたばかりの厚揚げは、もうそこにはなくビニル袋が残るだけになっている。
「……もう一枚ほしいのか?」
「コン!」
 訴える目つきに日向は苦笑いをする。
「このヤロ……」
 完二はおかわりをねだるキツネに、拳を震わせた。絶対に足下を見ていやがる。
 鉄拳制裁を加えかねない完二を「落ち着け」と日向が肩を叩いてたしなめた。
「でも先輩……」
「もう一枚だけな?」
 そう言って日向は歩きだし、完二を振り返った。
「先輩」
「ちょっと買ってくる。完二はここでキツネと待ってろ」
「え、でも……」
「知ってるか? キツネの毛並みって結構もふもふなんだぞ」
「コン!」
「俺が帰ってくるまで、触らせてやってもいい、だってさ」
 キツネの通訳をした日向に「マジかよ!?」と完二は目をむいた
「先輩、コイツの言ってることわかるんすか?」
「ニュアンス的にな。なんとかなるなる」
「……」
「じゃあ行ってくる」
 ひらりと手を振って、日向は神社を後にした。遠くなる背中を見つめ、完二は行儀よく座っているキツネを見やる。
 固めた拳を振るわせた。
「テメー……」
 キツネが完二を見上げた。
「本当にもふってもいいのかよ」
「コン」
 しょうがないからな、と言わんばかりにキツネが鳴いた。


「……先輩遅ぇな」
 しゃがんで思う様キツネの毛並みを撫でていた手を止め、完二は神社の鳥居の方を見た。ここから丸久豆腐店は同じ商店街にある。往復でも歩いて五分とかからない。買うものを買うだけなら、すぐに戻ってこれるはずだ。
 しかし、未だに戻ってくる気配はない。
「厚揚げが売り切れとかか?」
 呟く言葉に「……」とキツネが機嫌の悪い目を向ける。
「……悪かったって。きっと作ってるの待ってるところだろ」
 言い直し、口の中でたぶん、と付け加える。
 しかし、本当に遅いな。一度気づくと、そわそわしてしまう。
「……お」
 階段を昇る音が聞こえた。どうやら戻ってきたらしい。
「先輩、遅かったじゃねえ……か」
「……完二」
 やってきたのは日向ではなかった。久しぶりに見たような気がする幼なじみの姿に「尚紀」と完二は現れた少年の名前を呼ぶ。
 小西尚紀の顔はどこか曇っていた。まるで今日の空みたいだ。
「どうしたんだ?」
「別に……どうだっていいだろ」
 口をもごもごさせながら、ばつの悪い顔で尚紀は完二から視線を外した。
 完二はむっとする。尚紀はもともと大人しい方だが、姉の早紀が殺人事件の被害者になってから、それに影が差した気がする。しかしその突っぱね方はないだろう。
 腰を上げ、反論しかけた時「それより、いいのか?」と横を向いたまま、尚紀が言った。
「何がだよ」
「完二の言ってる『先輩』が警察と言い争いしてるんだけど」
「――は?」

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