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とめどなく 2

長いので折り畳み



 耳に当てたヘッドフォンから流れる音楽を聞きながら、陽介は意識を集中させた。すう、と静かに深く息を吸い、苦無をくるりと回し握り直す。
 眼鏡越しに見据えるのは、馬に跨がった騎士を模したようなシャドウ。大振りの剣を手に、自分を取り囲む日向たちの誰を狙おうか首を緩慢に巡らせている。
 けど、誰も危害を加えさせない。
 頭上から、宙に淡く青白いカードが現れた。陽介はそれを見上げ、軽く床を蹴る。
「――ペルソナァ!」
 カードを苦無で砕く。砕け散ったカードの欠片が、消えると同時に陽介の背後にペルソナ――ジライヤが舞い降りた。
 ジライヤが印を結ぶように、指を組む。
 旋風がシャドウの下から突き上げるように吹いた。ごうごうと音を立て、旋風がシャドウを切り刻んでいく。
 役目を終えたジライヤが消えると同時に、旋風もまた止む。しかし切り刻まれたシャドウは、ふらつきながらもまだ立っていた。
「――クマ!」
「まかせるクマ!」
 日向の声に、クマが陽介に続いて、ペルソナを喚び出す。現れたクマのペルソナ――キントキドウジが、弱っているシャドウに凍える氷の洗礼を浴びせた。
 陽介の攻撃を辛うじて持ちこたえていたシャドウも、クマの追撃に耐え切れない。強く空気を震わせるように叫び、消えていった。
「勝ったクマー!」
 とどめを刺したクマが、手に嵌めている爪を振り回し、はしゃいで喜ぶ。すると、近くにいたせいで爪の先にジャージを掠られた千枝が「おわぁっ!」と驚いて横に飛び退いた。掠った場所を手で庇い、クマを睨み付ける。
「こらクマきち、振り回すな! 危ないじゃん!」
「ごごご、ごめんクマ」
 さっきまでの上機嫌は何処へやら。千枝に怒られ、クマは身体を丸めて震える。
 ひたすら謝るクマに、陽介はつい苦笑いをしてしまった。クマが戦列に加わってから、たまにこうして張り詰めている緊張感がなくなる時がある。無駄に気負うよりは良いことなのだろう。けど、緊張感が欠けすぎるのも、問題のような気がした。
「花村、お疲れ様」
 刀を下げた日向が陽介に近づき、持っていた缶ジュースを投げ渡した。そしてまだそっぽを向いている千枝に、ぺこぺこ頭を下げるクマへ「クマは里中の回復頼む」と指示を出した。
「り、了解クマ」と慌ててクマは頭を大きく動かして頷く。日向に話を反らしてもらえ、あからさまに安堵しているようだった。
 それを見て、陽介と日向は顔を見合わせて笑う。
「頑張ってんのはいいけど、ちょっと張り切りすぎだよな、クマの奴」
 プルトップを開け、陽介はさっそくペルソナを使って千枝を回復させるクマを見て肩を竦めた。喉を通り抜けるジュースは、買って時間が経ったせいで炭酸が温くなっている。ペルソナで冷やしたらどうだろう、と思いながら、何とか飲み干した。
「でも助かってる。回復の手が足りない時もあるし。天城にばかり負担を掛けるわけにもいかなかったし」
「まぁ、な」
 空になった缶を片手で包み込むように持ちながら、陽介は同意した。ジライヤも一応回復出来る術を持っているが、雪子のそれには力が及ばない。自然と雪子の出番が増え、消耗が激しくなるので、同じく回復を得意とするペルソナを持つクマの参入はありがたかった。回復役が増えたら、一人当りの負担は減る。
「でも俺からしたら、お前が一番大変だと思うぜ」
 特捜本部のリーダーを任されている日向は、一度たりとも探索から外れないし、他の仲間と違って誰かと入れ代わったりしない。交代して休める陽介たちとは違い、疲労が溜まるのも速いだろう。
 陽介は眉を寄せ、日向の顔を探るように見た。
「大丈夫か? 少しでもきつくなったらすぐ言えよ」
「平気だって」
 心配する陽介に、日向は笑う。
「なら、いいけど……」
 陽介は仕えたものを飲み込むように、もごもごと呟いた。平気だと言われても、不安は消えない。もう少し、頼ってくれてもいいのに。
 その後、簡単な休憩を終えてから、再び進み出す。直斗が生み出した秘密基地のような場所は、開かない扉が複数あった。開けるにも鍵は階を跨いだところにあり、手間がかかる。今は、研究員用認証キーを手に入れ、途中で見つけていた開かない扉まで引き返すところだった。
 りせのペルソナを通じてシャドウの居場所を確認しつつ、来た道を戻る。その道中、陽介は日向の後を追いかけながら、頻りに後ろを振り返っていた。
「……ヨースケ何見てるクマ?」
 最後尾を行くクマが、何度も後ろを見る陽介に頭を傾げた。そして何故か頬を赤くする。
「もしかしてクマが心配で見ちゃうクマか? ヨースケったら可愛いところがあるクマねー」
「アホか」
 陽介はわざと走る速度を緩めてクマと並び、着ぐるみの頭を固めた拳で叩いた。ぽすん、と弾むような感触が返ってくる。
「俺が気にしてんのは自分のペルソナだっつうの」
「ヨースケの? 何で?」
「いや、夏休み前アレ絡みでごたごたしてただろ。なのに、それ以来全く出てこねーし」
 元々陽介の周りで起きた一連の騒動は、受け入れ損ねた陽介の影が、日向の前に現れたことから始まった。なのに、一度陽介の前に現れ、無理矢理忘れていた記憶を思い出させてから、影が出てくる気配はない。影が出ていたなんて、まるで夢のようだと思った時もある。
「そう言えばそークマね。……もしかして、センセイが理由見つけたから満足したとか?」
「バカ、声がでかい」
 陽介が赤くなりながら声を潜めると、クマも慌てて自分の口を塞いだ。そして前を走る日向と千枝まで会話が聞こえていないことに、二人して胸を撫で下ろす。
「……俺の影のことは、俺と橿宮とお前、三人だけの秘密だって言っただろ」
 さらに声を潜めて陽介は言った。
「……そうだったクマ。クマったらおっちょこちょいさんね」
 てへ、と可愛い子ぶって自分の頭を小突くクマを、陽介は半眼で見遣った。影が起こした騒動に巻き込んでしまい、済まなかったとは思う。けど、いつか口を滑らせるんじゃないか、と言う不安がそれを上回った。
 日向はともかく、下手なこと言って事情を知らない千枝にでも聞かれてはたまったものではない。陽介はさっさと話を進めた。
「……確かに影は出てこなくなったけどさ。でもどうも変な感じがする。なんか足りないような」
 心の一部が欠けている、と表現すればいいのか。陽介は心臓の辺りをぺたりと掌で押さえた。あれだけ掻き回しておいて、出てこないなんておかしい気がする。
「また出てきそうな気がすんだよ。ペルソナからひょっこり――みたいな感じでさ。だからなるべく集中して、制御してるつもりなんだけど」
「それでも気になって後ろちらちら見てたクマか。なるほどなー」
 クマは感心して相槌をうつ。
「でも、今のヨースケなら、そんな簡単に影は出てこないと思うクマよ」
「どうしてだよ」
「クマは何度か、ヨースケから影が出てきた時のこと見てるクマ。その時は決まってヨースケの気持ちは不安定だったはず。違わない?」
 クマの推測に、陽介は苦い顔で頷く。どうして助けたのかと理由を尋ねる為、日向の前に姿を現した時、まだ彼を疎んでいた陽介は、二人きりでの探索に不満がたっぷりだった。そして、陽介の部屋に突然出てきた時も、早紀のことで心が揺らいでいた。
「……影はいつもヨースケの気持ちが揺らぐ隙を狙って、意識を乗っ取ったり出てきたりしてる。だから、今みたいに気をつけてれば大丈夫、……多分」
「多分って何だよ。頼りになるんだかならねーんだかはっきりしねーなぁ」
「すべてはヨースケ次第ってことクマ」
 尤もらしいクマの言葉にぐうの音も出ない。自分の中にある抑圧された精神が影になっているのだ。ならばそれを制御するのも陽介がしなければならない。
「花村ー? クマくーん。何二人で話してんのー?」
 内緒話をしている二人に気づいた千枝が、突然肩ごしに振り向いて尋ねた。突然飛んできた声に、陽介は驚き肩を跳ね上げさせ「なんでもない!」と早口に言った。油断も隙もない。やっぱり事情を知らない人間がいる場所で話すべき内容ではないだろう。
 千枝が前を向き直ったのを確かめ、陽介はクマの耳元に口を近付けて言った。
「とにかくだ。今はどうなるか静観するしかねーだろ。俺もペルソナが暴走しないよう気をつけるからさ。クマも誰かに言ったりすんなよ!」
 クマの頭を軽く叩き、陽介は走る速度をあげた。距離が開いた日向らを追いかける陽介に「クマを置いてかないでよ」と足が遅いクマが文句を言って、ぴこぴこ音を立てながら懸命に走る。


「――やっとだな」
 タイムセールの放送が流れるジュネスの店内を歩きながら、陽介は感慨深く言った。隣を歩く日向も「そうだな」と息を吐く。少し緩慢になった足取りから疲れが見て取れるが、そんな時でも食品売場に急ぐクマを眼で用心しているところが彼らしい。
 今日は近くに直斗がいるところまで来たところで、探索を切り上げた。恐らく直斗と一緒に、彼から出てきた影もいるだろう。来るべき戦闘に備え、必ず救い出すためにも万全の準備を整えたほうがいいとの、日向の判断からだった。
 時間も遅く差し迫っていたので、今日はそのまま家電売り場で解散になる。めいめいに帰っていく仲間を余所に、陽介とクマは食料品の買い出しをしてから帰る、と言った日向に着いていった。
 今日、陽介の両親は仕事で帰りが遅いので、自動的にジュネスの惣菜が夕食になる。料理が出来ない陽介がご飯だけ炊けるのも、節約の為おかずだけで済むように、と習得した苦肉の策だ。
「しっかし、食べ慣れるとどれも買う気があまりしないな……」
「クマ」
 惣菜コーナーに並ぶおかずを見つめ、陽介は顎に指を当てながら、真剣に吟味する。陽介の横で唸りながら、クマも両手に惣菜を取ってどっちがいいか見比べていた。
 悩む二人の後ろで、カゴを下げた日向が呆れたように笑う。
「少しは料理してみればいいだろう?」
「えー。だったらお前に作ってもらうほうがいいな」
「クマもそれがいいと思います。ナイスヨースケ」
 悩みながらも、すかさず合いの手を入れるクマに「お前らますますそっくりになって……」と日向が溜め息を吐いて、こめかみを押さえる。
「だって橿宮の料理すごく上手いし……」
 正直ジュネスで買う惣菜より美味しい、とおだて振り向いた陽介は、日向の後ろからこちらに走ってくる小さな人影を見つけた。それは一直線に走り、教える暇もなく、日向に突進してしまった。
「せんせー!」
 後ろからしがみつかれ、わっ、と声を上げながら日向の身体がよろめいた。驚きに目を見開いて、ぶつかった相手を振り向いた日向の表情が、すぐ笑みに変わっていく。
「勇太」
 身体ごと向き直って屈み、勇太と呼んだ少年の頭に優しく手を置く。
「お母さんとお買い物?」
「うん!」
 頭を撫でられ、勇太と呼ばれた少年がはにかんで頷いた。嬉しさを抑えきれないように、大きく広げた腕を振る。
「今日一緒にハンバーグ作るんだ。オレこねる役!」
「へぇ、ちゃんと手伝ってるんだ。偉いな勇太は」
「……橿宮、そちらどなたさん?」
 気まずそうな顔をして、陽介が首の後ろに手をやりながら会話に割り込んだ。ちらちらと見知らぬ少年を見る陽介に日向が「そう言えば知らなかったよな」と屈んでいた身体を起こし、勇太を見下ろす。
「この子は南勇太。前、学童保育で――」
「勇太!」
 カゴを手に持った女性が急ぎ足で近づいてきた。女性の顔を見て陽介は首を傾げる。この人どっかで会ったような。
「駄目じゃない勇太。いきなり走ったりして……。驚いちゃったわ」
 やってきた女性は、勇太に注意する。
「ごめんなさい。先生見つけてうれしかったから……」
 窘められ、勇太は項垂れて謝った。しかし女性はそれ以上咎めず優しく笑う。
「うん。嬉しかったのは分かるわ。勇太は先生が好きだもんね。でも人が多いところで走っちゃダメ。ぶつかったら、勇太もぶつかった人も危ないからね」
「……うん」
 素直に頷く勇太に女性は、よし、と笑みを深くした。そして日向を見て、こんにちは、と頭を下げる。
「久しぶりね先生。元気にしてた?」
「こっちは見ての通りです。そちらは?」
「ええ、なんとか。今日も一緒にジュネスまで来たんだけど……」
 近況を女性が話し始め、日向が聞く。話が長くなりそうな気配がした。日向が気になるが、横で黙って立って聞いているのも居心地が悪い。話に入り込めず、陽介は咄嗟に「俺適当に見てっから」と、クマを引っ張って遠ざかった。いきなり引っ張られ、クマが上擦った声をあげる。
「もーヨースケ何するの! せっかく買うもの決めたのにー!」
 怒るクマを尻目に、陽介は話す二人を遠くから窺った。前に学童保育のバイトしていると、日向から聞いている。その時に苦手な人がいると言っていたが、あの人は違うんだろう、と陽介は思う。だって、あんな楽しそうに笑ってる。
 勇太を挟み、二人の会話は弾んでいるようだった。笑っている日向を遠くから見て、陽介は微かな隔たりを感じる。


 その夜は、適当に買った惣菜と炊いたご飯で、適当に夕食を済ませた。その後風呂に入ったクマは、テレビの探索で疲れたんだろう「お休みクマ」と、眠い眼を擦り、早々に寝床がわりの押し入れに引っ込んでしまった。
 陽介も自室に戻り、ベッドに寝転がる。腕を枕に、ぼんやり天井を見上げて思うのは、楽しそうに女性と話す日向のこと。
 学校の外でも、あんなに親しく話せる人がいるんだよな、と思う。当たり前だけど、でも知らない事実があったんだな、と実感し途端に落ち着かなくなった。
 陽介は、日向が転校して来た時からのことを、改めて思い出してみた。初めはお互いに、あまり話そうとしなかった。振り返ってみれば、こちらが一方的に嫌っていたから、向こうも遠慮していただけ。でも、菜々子をきっかけにして少しずつ日向を知り、また向こうもこちらを友人として接してくれた。馬鹿なことをして騒いだり、テストが近くなったら、勉強を教えてもらったり。小西先輩のことで怒ってくれた時は、すごく嬉しかった。
 自慢の相棒だと思う。
 そんな奴に、好きだと言われたんだよな俺は。
 その瞬間、当時の様子が鮮やかに脳裏へ蘇る。自分を好きだと言った時の、日向の笑顔に、顔中の血が頬に集まったみたいに熱くなった。
「……っ!」
 陽介は起き上がって、思い浮かんだことを消すよう、腕を周りにばたばたと振った。熱い頬を掌で叩きながら、いい加減引きずるなよ、と自分に言い聞かせる。
 この引きずりように、陽介は途方にくれていた。日向が友達として前と変わらず接してくれているのに、こっちが引きずったままでは、それもやりにくいだろう。
 影の件で自覚していたが、こんな時陽介は自分がうざくなってしまう。しっかりしないと、変わらないと。気持ちばかりが急いでしまい、空回りしていた。
 日向は、自分のどこを見て、好きになったんだろう。陽介は疑問に思う。自分だったら、ごめんだ。迷惑ばかりかけているし、仕出かした失態も忘れて、ガキなところばかり見せて。思いつくまま欠点を挙げていくうち、陽介は暗く落ち込んでしまう。やばい。今までかっこよかった試しがない。
 もしかして日向は、駄目な人間が好きなんだろうか。男にも母性本能があるとか言われているし。そういうのが擽られて――。
 そこまで考え、ゆっくり首を振る。
「……ダメだ。考えてたら自信なくす」
 陽介は起こしていた上体を、後ろに倒した。とりとめのない考えが頭の中で渦を巻いて、気持ち悪くなる。これ以上考えてたら、知恵熱が出てしまいそうだ。
 どちらにしても、答えは推測の域を出ないだろう。陽介は考え事を打ち切った。一度ベッドから降り、今度は毛布へ潜り込むように入った。
 明日はいよいよ直斗を救出しに向かう。余計なことをあれこれ考える前に、目の前のことを優先して体調を整えないと。寝不足なんて、以っての外だ。
 陽介は毛布を肩まで上げた。数回寝返りをうち、眼を閉じる。
 明日はうまくいけばいいな。少しでも橿宮の役に立ちたい。そう思っているうち、陽介は深く眠りへと落ちていった。

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