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まだ 4

長いので折り畳み



 自分と同じ形をした存在が、目の前に立っている。そして歪んだ声音と皮肉げな笑みが、否応無しに“あの時”を陽介に思い起こさせた。
 無意識に、後ずさる。
 どうして。なぜ。
 疑問が渦を巻いて、陽介の中を吹き抜けた。アイツは、俺の影はちゃんとペルソナとして、自分の中に戻ったのに。
 頭で必死に否定しても、視線がどうしても逸らせない。目の前の影に、釘付けになってしまう。
『なんだ、まるで幽霊でも見たような面してさ』
 怯える陽介を見て影は、ははっ、と嘲る。後ろ手に開けていた引き出しを静かに閉め、机に座り直した。
『すっげえびびった顔してやんの』
 笑える、と揶揄する影に反論する余裕もなく陽介は、なんで、と首を振った。後ずさりしていた背中に壁が当たる。その冷たい感触が服越しに伝わって、これが夢じゃないと告げていた。
「お前は……、ペルソナになったんじゃ……」
 小西早紀が死んでしまった真相を追いテレビに入った日。彼女がテレビに放り込まれたことで生まれた場所で、陽介は制御を離れた影と向かい合い、それを拒絶した。そして暴走した影は日向の手によって倒され、陽介は見ないふりをしてきた自分の一面と、向き合うことでペルソナを手に入れた――そのはずなのに。

『――誰だって、同じようなもんだ』

 唐突に、影が口を開いた。紡がれた言葉はさっきまでの嘲るような響きはなく、無感情に平淡としている。まるで、誰かの口調を真似たような。
 例えば、転校してきた当初の日向のそれを。
「――っ!」
 眼を見開き咄嗟に口を押さえた陽介に、『気づいたみたいだな』と影は笑った。
『お前は“俺”と向かい合った時日向にそう言われた。そしてその時、お前はこう思ったんじゃないのか?』
 にぃ、と影の口元が釣り上がる。
『――なんでお前なんかにそんな分かったような口を聞かれなきゃなんねえんだよ、ってな』
 突きつけられた言葉に、陽介は雷に打たれたように震えた。
 影は決して嘘はつかない。最初に対峙した時も、影は陽介が心の中に隠し通してきた暗い心情をそのまま表に出すように、言葉を出していた。それは、あの時に限ったことではなく、今も同じ。
 思えば、日向を苦手と思うようになったのは、その一言が原因だった。影がそう言うのなら、心のそこで日向に対し、卑屈なことを考えていたのかもしれない。
『しれない、じゃなくて。考えてたんだよ』
 陽介の思考を読み取るように、影が素っ気無く言った。率直な物言いに、陽介は言葉を失う。
『尤もな正論だ。おキレイで反論のしようがない。でも、お前に対しては、何の慰めにもならなかった』
 そうだろう? と影は自分の胸元に手を置く。
『だからお前は無意識のうちに反発した。影の殆どはペルソナになったけど、それでも弾き飛ばされ残った影があった。お前が認めきれなかった部分。それが“俺”』
 自分の鼻先を指差し、影は音もなく立ち上がると陽介と向かい合う。
『俺はお前。お前の影。宿主に受け入れられず、霧深き虚ろの森を彷徨うモノ。――お前だって、違和感があったんじゃないのか?』
「な……?」
『お前自身、たまに自分で予想もつかないことをやってただろ?』
 その言葉に、陽介は思い当たる節がいくつかあった。
 りせを救出しようと奮闘していた時、怪我をした完二を回復させようとしていたのに、日向に治癒をかけていたこと。時たま自然に日向を探すように町を歩いていたこと。ふと気づけば、日向がよく来る鮫川に足を向けていた。
 もしかしてそれは、自分の中に制御出来ていない部分があるから?
『ああ、そうさ』
 影が頷いた。
『ペルソナは心の影を制御することで初めて使いこなせる。ならそれを制御し切れてないのも当たり前だよなぁ。だってそうだろ? じゃなきゃ“俺”はここにいない!』
 顔を手で覆い、影は膝を折って笑い出す。その様子を陽介は動けないまま見つめていた。尋ねるべき疑問が、いくつも脳裏を行き交うのに、声が出ない唇はぱくつくように開閉するだけ。
 一頻り笑った後、影は『でも俺はお前に感謝してるんだぜ』と陽介を見る。
『お前が認めきれなかったお陰で、俺は俺でいられる訳だし』
「それで……また、俺を殺す気か?」
 テレビの中で暴走したシャドウたちは、揃って宿主に成り変わろうと襲いかかってきている。もしかしたら、またここで同じことを仕出かすんじゃないか。
 陽介は咄嗟に腰へ手をやるが、そこにいつも握りしめている苦無の感触はない。テレビに行かないからと、身につけていなかった。
 武器が手元にないことを陽介は歯痒く思う。ここで襲われたら、ひとたまりもない。
 しかし影は『いいや』と首を振って否定した。
『殺さねーよ』
 思わぬ答えに、臨戦体勢をとっていた陽介は呆然とする。
「え……?」
『だってお前殺したら、俺もいなくなるじゃん。俺、消えたくねーし。ま、でも』
 陽介を見つめる影の眼が、蔑むように細まった。
『今のお前は殺したいとも思わねーけど。……見てると反吐が出る』
 ゆっくり影は陽介に近づき始めた。縮まる距離。陽介の後ろは壁で、もう後がない。反射的に振り向き、逃げ場がないと悟った陽介は、歯を食いしばりいつでも影の動きに対応出来るように身構えた。
『……“特別”は楽しいか?』
 臆する陽介とは対称的に、悠然と一歩ずつ歩を進めながら、影は言った。
『楽しくない訳ないよなぁ。ずっとお前が望んできたもんだもんなぁ』
「な、何を言って……」
 近づく度、陽介の中で恐怖が膨れていく。目の前にいるのは、自分から出てきたものなのに、足元が崩れていくような感覚がする。自分を支えているものが、なくなっていくような。
 影の言葉が一つずつ耳に入る度、情けなく身体が震えた。
『でもそうやって“特別”に酔っている間、お前は知らずにいるんだ』
 やめろ。
『……あの時の、そして今のお前が、どれだけアイツに守られている状態だってことをな』
 来るな。
『可哀想だなぁ……』
 影が、陽介の前に立つ。同じ作りの顔がそっくり同じ高さの視線で、陽介の眼を射抜くように見つめた。ただ一つ違うのは、その眼の色。人にはあり得ない、金色の虹彩。
『何、お前。怖いの?』
「なっ」
『そうだよなぁ。お前は嫌われるのが怖いもんなぁ。また何かばらされるんじゃないかってビビってんだろ』
「――違う!」
 頭に血が昇った衝動で、影を睨み返した陽介は怒鳴り声を上げた。
「俺はもう、あの時の俺じゃない!!」
 一番隠しておきたい部分は目の前の影によって晒されているし、それを今陽介は受け入れている。ガキみたいに喚いたりしない。それに、あれ以上に見られたくない部分なんて。
『本当にないと思ってんのかよ』
 ばん、と陽介の顔すれすれに壁を殴りつけ、初めて不快を露にした影が、眉間に険しく皺を寄せた。
『じゃあ、何で“俺”がここにいる?』
『思い出せよ』と壁についた手が、陽介の顔に向かって移動する。
『お前にはまだ、忘れている部分があることをなぁ』
「やめ……っ!」
 近づく掌を恐れ、陽介は反射的に影の手を払い除けようと腕を振り上げた。
 影の手と自分のそれが触れた時、陽介の目の前ががくんと揺れる。
 気持ち悪い。
 頭の中がかき混ぜられるような吐き気に襲われ、力の抜けた身体が床に崩れ落ちた。
 何かが、記憶の中に割り込んでくる。
 倒れる自分の姿。日向の声。吹き荒ぶ風。折れて宙を飛ぶゴルフクラブ。血の匂い。雷光。ガラスの割れる音。ペルソナが召喚される光。斬り掛かる刃。喚き散らかす自分の声。骨の折れる音。クマの悲鳴。
 掌から伝わる、体温。
 苦しそうな、か細い呼吸。
 自分に向かって伸ばされた、震える手。

 それから。


『………………った?』


 遠く聞こえる、日向の。





「たっだいまクマー!」
 一階から聞こえるクマの声に、陽介は我に返った。床に座り込み、抱え込んだ頭を恐る恐る上げる。
 部屋には、誰もいなかった。初めから、そうだったかのように。
 だが、陽介の心臓は早鐘を打ち続けている。握りしめた掌は汗を掻いていて、みっともないほどに震えている。
 夢じゃない。
 確かにさっきまで、目の前に俺の“影”がいた。
「ヨースケ!?」
 鼻歌混じりに階段を昇ってきたクマは、開け放していた扉の近くで座り込んでいた陽介を見つけ、顔色を変えた。慌てて駆け寄り「大丈夫クマか? 顔色真っ青クマよ」と陽介の傍に膝をついて、丸まった背中を擦る。
「クマ……」
 心配するクマをのろのろと陽介は見上げ、はっと瞠目した。
 さっき垣間見えた記憶の断片。その中には、クマの声が確かに混じっていた。
 ――どうして今まで気づかなかったんだ、俺は。
 失念していた。あの時暴走した影と戦ったのは日向だけだったが、その場所にはもう一人いたじゃないか。遠くから戦いの様子を眺め、日向に状況を伝えていた存在が。
「待ってて。今水を……」
「クマ」
 腰を浮かしたクマを、陽介が剣呑な声で呼び止めた。細い腕を掴み、逃がすまいと力を込める。
 痛みに顔を顰めながら「ヨースケ?」とクマが怪訝に陽介を見る。
「お前、知ってるだろう」
「何をクマか?」
「俺の影が日向と戦っている時のだよ」
 その言葉に、蒼白になったクマが息を飲んだ。
 間違いない、と陽介は直感する。
 クマは知っている。俺の知らないあの時のことを。
「吐けよ」
 喉の奥から絞り出すように陽介は呟いた。掴みかけた記憶の断片を確かにする人物が、目の前にいる。逃してはならない。
「ヨ、ヨースケ……。落ち着いて」
「いいから吐け!」
 声を荒げる陽介に、クマが怯えて首を振った。掴まれた手から逃れようと腕を引くが、逃がすものかと陽介も力を込める。
「クマは知らない。何も知らない!」
「嘘つけ! お前だってあそこにいただろうが! 吐けよ!!」
「言わないクマ!」
 青色の瞳が、今にも泣きそうに歪む。
「だってセンセイが言ってた。絶対にヨースケには言っちゃダメだって。だから言わない。絶対に言わない!!」
 飛び出した日向の名前に、陽介は眼を見開いた。
 思い掛けない人物がクマに口止めをしていた事実に、思わず力が抜ける。その不意をつき、クマは陽介から腕を振り解いた。
 恐らくはそれが自分の失言のせいだと理解していないんだろう。そのままクマは、陽介から逃げるように階段を駆け降りてしまう。
 けたたましく閉じられた玄関の音がする。陽介は壁に背を凭れ、ちくしょう、と顔を隠すように前髪を掻きむしった。
 日向は覚えている。暴走した陽介の影と戦っている時のことを。そして、陽介がその記憶を持っていないこともまた、知っている。
 それなのに、日向は陽介に何も言わない。
 崩れ落ちるように、床に倒れ込む。開け放たれたままの窓から差し込む夕陽が、眩しすぎて眼に痛く、腕で閉じた瞼を庇った。
「なんで何も言ってくんねえんだよ……」
 分からないことだらけで気持ちが悪い。だけど、分かってしまうのも怖くて。
 矛盾した思いを抱え、陽介は喚きたくなる衝動を、歯を噛み締めぐっと堪える。
 どうして、と唇から零れたか細い言葉は、すぐに宙に溶けて消えていった。

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