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まだ 3

長いので折り畳み



 ジュースを両手に持って、陽介は売店から戻る。テーブルに広がっている教科書やノートなどは、戻ってきた陽介の姿に日向が手早く片付けていた。地面へ払い落とされていく消しゴムのかすが、どれだけ勉強していたかを如実に物語っている。
「ほら、これ俺の奢り」
 陽介は日向にジュースを手渡し、席に座る。ずっと座っていても、喉は思っていたより乾いていた。口をつけたカップの中身は、見る間に減っていく。久しぶりに勉強に集中した分もあって、脳が糖分を欲しがっているのかもしれない。
「今日はサンキュな、橿宮」
 空になったカップをテーブルに置き、陽介は苦笑して肩を竦めた。
「でも、今日ので確実に偏差値上がったぜ。本当、橿宮様々ってところだな」
「それはなによりだ」
 持っていたカップを膝の上に置き、日向が眼を細めるが、すぐ真顔になってしまう。
「……これでダメだったら、俺は花村のお母さんにすごく申し訳ないから。俺の教え方が下手なせいで花村が悪い点をとってしまったらってことになったらどうしようかと」
「や、そこまで考えなくても……」
 ちょっと、大袈裟すぎないか。つい引いてしまった陽介を横目に「冗談だよ」と日向は吹き出した。
「……お前の冗談、よく分からねーわ」
 殆ど真顔に近い表情で言うから、一瞬本気かと思ってしまった。
 陽介が口を尖らせると、ごめん、と謝りながら日向は笑う。転校当初の無愛想からは、想像できない表情だった。
 少しずつ、感情が豊かになっていく様を見てると、陽介の心はほんのり暖かくなる。もう出会った当初の苦手意識は消え失せ、代わりにもっと一緒にいたいと思いが膨れた。
 心許せる親友で。相棒で。
 やっぱり、橿宮には嫌われたくない。
 勉強の続きも忘れ、陽介と日向が話し込んでいると、とつぜん後ろから「ちょっと花村」と威圧的な声が投げられた。聞き覚えのあるそれを耳にした陽介は、無意識に眉間に皺を寄せる。なるべくなら、顔を合わせたくなかった類の人間だと、声を聞いただけで分かってしまった。
 溜め息をつく陽介に、日向も声のする方向を見つめ、浮かべていた笑みが消えた。
 近づいてきたのは、派手な服を着た女子生徒が二人だった。振り向いた陽介を見るなり、茶色く髪を染めた方が眦をつり上げる。
「ねえ、ちょっとなんなのよ今日。忙しいんだけど。知ってたら休んでたっつの」
 知るかよ。
 陽介は内心悪態を吐きながら、それでも笑みを取り繕った。
「いやー、そこはお願いしますよ。忙しい分ボーナスも付いたでしょ?」
「ボーナスっつったって、たったの五百円じゃない」
 せっこーい、ともう片割れの方が憤慨する。
 その後も二人は自分勝手な理屈を陽介にぶつけた。
 もうちょっと給料あげろ。こっちが休みの日にシフトを入れるな。無茶としか言い様がないものばかりで、陽介は辟易する。
 彼女らはゴールデンウィークも忙しいのわかっていながら無断欠勤をしている。それ以外に、何度も同じようなことをして、そのしわ寄せは真っ向から陽介が被っていた。それでもなお自分勝手な理屈をこねる彼女らにいい加減腹に据えかねているが、それを口には出せなかった。
 自分はジュネス店長の息子の立場。下手に物言いを通せば、父親の方にまで迷惑がいってしまう。だからここはぐっと我慢するしかない。
「……なんだ、あれ」
 言いたいことを言って離れていく彼女たちを日向が険しい眼で睨んだ。
「橿宮?」
 ようやく厄介ごとが離れてくれたと安堵した陽介は、日向の異変にぎくりとした。
『橿宮先輩のことちょっと注意した方がいいっスよ』
 怒りを隠さない姿に、陽介は完二の言葉を思い出す。
「橿宮」
 陽介は名前を呼んで、日向の視線を自分の方へと向けさせる。
「あんなの、気にすんな」
「でも、あんなの放っておいていいのか」
 陽介の言葉に、日向がすぐさま反論する。
 近くで彼女たちが話し始めた噂話が、陽介たちのところまで聞こえてくる。小西早紀を貶めるような内容に、一層日向は不快の色を濃くした。
 今にも立ち上がって詰め寄りそうな日向の手を掴み、陽介はゆっくり首を振る。
「お前の言いたいことはわかる。でも気にするなって。……あんなの、根拠のない噂だろ? 俺も、気にしてねーし」
「……」
「……でも小西先輩は可哀想だな。あんな風に言われて」
 久しぶりに好きだった人の名前を口に出すと、心が軋むように痛んだ。
「小西先輩の仇、取ってやれるのは俺らだけだ」
 陽介は自分に言い聞かせるように呟く。
 俺らしかいない。
 ――だって。
「俺らは特別なんだ。だから」
 手首を掴む力を強くする。
「……外野は、気にする必要はない」
 そうだろう、と同意を求める眼で、陽介は日向を見る。
 だが日向は「我慢する必要だってない」と真っ向から陽介の言葉を断じた。眼の奥には、はっきりと怒りの色が滲んでいる。
「おい、落ち着けよ。まさかお前殴るとか言わないよな」
「だって変だろ。どうして花村があんな風に言われなきゃいけないんだ」
 怒りのおさまらない日向に、陽介はいよいよ慌てる。このままでは完二が危惧したように、本気で人を殴りかねない。
「仕方ねーって!」
 大声で言い、陽介は立ち上がって日向の肩を押さえた。少しでも落ち着かせたい一心で、椅子にその身を押し付ける。
「ずっとこうだったんだし。俺は気にしてねーし」
「特別だから?」
 日向が肩に置かれた手を払う。きつく見据えた眼が、陽介を捕えた。
「特別だから、我慢しなきゃいけないのか? どんなに酷いことを言われても、さっきのお前みたいに笑うしかないのか?」
 わからないよ、と日向は首を振り、俯く。
「だって俺はお前みたいに思えない。どうして誰かを上っ面しか見てない奴が、あそこまで勝手なことを言えるんだ? どうしてそれを笑ってやり過ごせるんだお前は……」
 わからないよ、と繰り返し呟いた日向の拳は、微かに震えていた。
「橿宮……」
 掛ける言葉が見つからず、陽介は払われた手を下ろす。


 日向の気持ちは、嬉しい。稲羽に来てから、そこまで考えてくれたのは、日向が初めてだった。
 だけど、俺たちにはやらなきゃいけないことがあるだろう?
 警察でさえ手に負えない殺人犯を追う。テレビに人を放り込んで殺すそいつを捕まえられるのは、ペルソナを持った自分たちだけなのだから。
 そう、俺たちだけ。
 ――特別なんだから。




 あの後、言葉少なに日向と別れ、陽介は家に帰った。
 玄関を開けてもそこは静かだった。両親もジュネスでアルバイトをしているクマも、まだ戻っていないようだった。疲れた足取りで階段をのぼりながら、確か昨日もこんなだったな、と思わず笑みを零す。そして昨日の行動をなぞるように、不貞寝しようと決め込みながら、自室の扉をあけた。
 どうやらクマがカーテンを開けたままにしたらしい窓から、夕焼けの光が差し込んで、室内を橙色に染めていた。眩しさに、思わず手で顔を庇って眼を細める。
「……?」
 ふと机に誰かが座っているのに気づいた。一瞬クマかと思ったが、それにしては背格好が違う。陽介に背を向けているその誰かは、ぞんざいに足を机に乗せ、一番上の引き出しを開けていた。
 誰かと陽介が尋ねようとした時、

『――おかえり』

 聞こえてきた声に身体が凍った。肩から下ろしていたメッセンジャーバックが、床に滑り落ちる。その音に、その誰かが俯けていた頭をあげた。
『遅かったなぁ。待ちくたびれたぜ』
 呆然と、陽介は立ち尽くす。

 どうして。
 “アイツ”はあの時受け入れてペルソナになったはずじゃ――。

『なんでそんなに驚くんだよ?』
 陽介の考えを読んだように、座っていた存在は椅子を回転させ、立ち上がる。
『初対面じゃあるまいし。それに知らない仲でもないだろぉ?』
 陽介に向かって歩くその姿が、夕焼けの光に晒される。
 自分と全く同じ姿形の。
『――なぁ、俺?』
 陽介の前に立った“彼”は、黄色い虹彩を歪ませ、愉快そうに口元を上げた。

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