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まだ 2

長いので折り畳み




 重苦しい足取りで帰ってきた陽介は、家に帰るなり自室のベットにうつぶせた。
 完二もまた、雪子らと同じように影の記憶を持ち合わせていた。なのに、自分だけが影の記憶を持ち合わせていない。そしてそれを面と向かって日向に聞けない自分への情けなさ。意気地のない自分に腹が立つ。
 頭の中はとりとめのない思考が渦巻いては消えていき、考えすぎで許容量を超えた頭から熱が出そうだった。
 わかっている。いつまでもこのままじゃいけないって。だけど、理屈に感情がついていかない。
 下から、玄関の開く音がした。続いて階段を上がり騒がしい足音が近づいてくる。
「ヨースケ、いるクマかー?」
 ノックをしながらも、返事を待たずさっさと入ってきたのは、金髪碧眼の少年だった。フリルのついたシャツ。ポケットにはなぜか赤いバラが差し込まれている。
 少年は、帰った時のままの格好でうつ伏せている陽介に「ま」と丸い眼を瞬かせた。
「んもう、真っ昼間から寝てるなんて、ダメな男クマね」
「誰がダメな男だ」
 憤慨しながら陽介は肘をついて上体を起こし、少年を鬱陶しそうに睨んだ。こっちは真剣に悩んでるのに。
「カルシウム足りないクマか。牛乳飲まねばなー」
 しかし呑気な口調に、怒りも萎んだ。どうも調子が狂ってしまう。
 陽介は、はあ、と溜め息をつき起き上がると、ベットに腰を掛けなおした。
 少年は陽介の苛立ちに気づかず、ベットに近づいて不思議そうにこちらを見下ろす。空気を読めないのは、人間の形に取るようになってからも同じらしい。
 目の前の少年を凝視する。
 まさか、あの中身が空っぽだったクマから人間――目の前の少年が生えてくるなんて。
 しかし、それすら些細なことだと受け入れそうな自分の器量に、陽介は置かれている状況がいかに奇異なことだと、再認識せざるを得ない。
 それでも、あえて部屋の片隅に置かれている脱ぎ捨てられたクマの着ぐるみは見ないふりをする。たまには現実から眼を反らしたい時が、陽介にもあった。
「で、何の用だよ」
「のりとはさみを貸してほしいクマ」
 用件を聞いた陽介に、クマが赤い頬をほころばせた。沸き上がる気持ちを抑えきれないように、広げた両手で万歳をしてはしゃぎだす。
「ナナチャンと作った七夕のかざり、今度はクマ一人で作るクマ」
「七夕? とっくに過ぎてんのに?」
 もう七月も半ばだ。クマが人間の形をとって現れた時にはもう、七夕は終っている。
「夢がないクマねー」
 つれない陽介に、立てた人さし指を細かく振った。
「人はいつだって綺麗なモノに心惹かれるものクマ。そう、クマを見たレディたちのように……!」
 そしてクマは合わせた両手を頬に寄せ夢を見るようにうっとりした瞳で語る。その様子は着ぐるみの時と変わらないいつものお調子者で、せっかくの美少年も形無しだった。
「へー、そう。そりゃ良かった」
 つい返す言葉も平淡で棒読みになる陽介に、クマはむう、と口をへの字に歪めて拗ねる。
「もー、ヨースケはつれないなー。せーっかくクマがセンセイん家で味わった幸せをお裾分けしようと思ったのに」
「……楽しかったか?」
 声を潜め尋ねた陽介に、クマが「モチのロンクマ!」と大きく頷いた。
 はしゃいでいるクマに、陽介は罪悪感で心が少し痛む。
 今日クマは、堂島家に遊びに行っていたが、実はわざと陽介が行かせるように仕向けたものだった。それは完二から話を聞く為、その時少なくとも日向とは顔を合わせたくなかった気持ち起こした行動。年下に甘い傾向がある日向なら、クマと菜々子の二人を放って家をあけるはずないだろう。そんな打算を含んでいる。
 思い返し憂鬱になる陽介の気も知らず、クマは菜々子と遊んだことを話し出す。七夕がどんなものか、どんなことをするのか、身振り手振りで楽しそうに。
「七夕知らなかったクマに、ナナチャンがわざわざ作ってくれたクマ。だからクマも作ってナナチャン喜ばせたいクマよ。だから」
 にっこり笑ってクマは催促する手をまっすぐ陽介に伸ばした。
「はさみとのり、貸してちょーだい」
「あー、もうしょうがねーなぁ」
 陽介は窓際に近い場所へ置かれている机を見た。
「そこの机の引き出しに入ってっから。取ってけよ」
 動かない陽介に「ん?」とクマが首を傾げた。
「クマが取るクマか? ヨースケの方が近いのに?」
「文句言うなら貸さない」
「ううう、嘘クマよ」
 愛想笑いをしながらクマは、いそいそと机に近づく。まず手始めに一番上の引き出しに手をかけるが、何かに引っ掛かって開かない。
「ヨースケ、開かないクマ」
 クマは陽介を振り返った。
「あー、そこにはないから」
 ふたたびベッドにうつ伏せになった陽介がクマを見ないまま、ひらひらとだるそうに上げた手を揺らす。ますますぞんざいな態度に、クマが頬を膨らませて怒った。
「場所知ってるなら教えてほしいクマ!」
 んもう、と愚痴を零しつつ下段の引き出しを漁ったクマは目的のものを見つけ、にんまり笑う。
「折り紙はあんの?」
「それは問題無しよ。クマは抜かりないのでジュネスで買ってきたクマ」
 立てた人差し指を小さく振りながら、クマは見つけた道具を手に立ち上がる。そして鼻歌混じりで部屋を出かけ、そういえば、と不貞寝を続行する陽介に尋ねた。
「センセイ、今日は試験が近いからって殆ど机の子だったクマけども、ヨースケは勉強しないでいいのか?」
「……」


 ――いいわけない。




 嫌な時に嫌なことは重なる。
 クマに指摘された翌日にさっそく、陽介は自分の運の無さを嫌と言うほど思い知った。
 返された答案用紙。受け取ってから頑にうらに返したままだったそれを、席についてから陽介は、覚悟を決め恐る恐る薄目で見た。
 もう笑うしかない。
 つけられていた点数は、とてもじゃないが親には見せられないぐらい低かった。
 ここを押さえておけば、今度の期末は大丈夫。そう言われて行われた小テストでこの結果。
 期末試験までもう時間は、ない。
 まずい。
 テストを見つめる陽介の顔が蒼白になった。前回の中間試験も結果は芳しくなかったせいで、親の眼はただでさえ厳しいのに。そこで期末試験まで散々な結果をはじき出してしまった場合、あまりよろしくない事態になるのは火を見るより明らかだった。
 脳裏に頭から角を生やし、鬼の形相で怒る母親の顔を想像し震えが走る。ついでに悪寒も走り抜け、自分の身体を抱きしめた。
 今は答えの見えない悩みより、目の前の試験を優先させるべきだろう。脳内で方針を決めながら、最近勉強に身の入らなかった陽介は迷う。もう日にちがないのに、どうやって勉強していけば。
「――花村?」
 頭を抱えて唸っていると、日向が振り返り「どうしたんだ」と不思議がるように陽介を見た。
「真っ青だ。この世の終わりみたいな顔をしている」
「……橿宮」
 花村は青ざめた顔を上げ、日向を見上げた。
「クマから聞いたけど、お前勉強してるんだって?」
「ん? うん。だって、もうすぐ試験だ」
 見習うべき模範的な解答だ。
 なら、と陽介は震える声でまた尋ねる。
「……じゃあ、余裕とか、あったりする?」
「……」
 泣きそうな陽介の顔を凝視して、日向は陽介が最後に何を言いたいか察したらしい。まさか、と眉を寄せ、陽介の机に肘をつき、少し身を乗り出した。
「もしかして、勉強、してない……のか?」
「……」
 無言でこくこくと、陽介は何度も日向に頷いた。
 ちょっと陽介は自分が情けなくなる。さっきまで、影のことを聞けないと思ったのに、どうしてこういうのはすぐ出来るんだろうか。
 でも今は、目の前のテストが大事だった。赤点は。赤点だけは何としても避けないと。
 助けを求める子犬のような瞳に見つめられ、日向は視線を彷徨わせた後、引き結んでいた唇を薄く開き長い溜め息を吐いた。
「……買い出しの荷物持ち、一周間分で手を打つ」
「橿宮……っ!」
 感激のあまり、陽介は日向の手を両手で包み込むように握りしめ「やっぱ持つべきものは相棒だよな!」と強く振った。
「あーもー。感謝してる。すっげしてる!」
「わかってる」
 痛いと窘めながらも苦笑して、日向は握られた手を払わずそのままにしていた。
 そしてその様子を、周りのクラスメートたちは、一様に生暖かい眼で見守っていたことに二人して全く気づいていなかった。



「……で? とりあえず、一番やばいのは古文なのか?」
 フードコートのテーブルにつくなり、日向はまずそう言いながら空席に置いたカバンを開いた。参考書やノートをどんどん取り出し、既に意識を勉強へ集中させている。
 俺より気合いが入ってるよな。そう思いながら陽介は日向の隣に腰を掛け、緩慢な動作でメッセンジャーバックを肩から下ろす。
「うん、まぁ、暗記系とかそういうのがちょっとやばいかな」
 歴史とかどうして、昔の年号や出来事をわざわざ覚えなければならないのか。陽介は教科書を捲る度に思う。そして、同時に覚える気も失せてしまう。
「……それから」
 顔を曇らせ、言葉を曖昧に濁す陽介に「……それから?」と日向の眼が鋭くなった。その表情はシャドウと戦っている時のような鋭利さを持っていて、正直怖い。
「あと、数学とかも……」
「……わかった」
 流石にそこまで酷いと予想してなかったらしい。こわごわと付け足しかけた言葉を、苦々しい顔をした日向は、手で陽介の言葉を制して止めた。その手を顳かみを押さえ眉間に皺を寄せる。
 沈黙が流れた後、よし、と日向は気合いの篭った声を出す。
「とりあえずやってく。今日の授業でやった教科のノートとか、持ってきてるな」
「あ、ああ」
 口元に手をやり、日向は考え込む。
「じゃあ、今日は化学から。ノートと参考書」
 日向の指示に従い、陽介は慌ててメッセンジャーバックを漁る。
 まだノートの一冊も出してなかった。

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