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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

仕方がないんだろ? 3

長いので折り畳み



 天に続く真白き迷宮を陽介は進みつづけた。シャドウは仲間と別れてから見かけず、静かな空間に日向を探しつづける足音だけが響く。
 陽介はがむしゃらに先へ進み、とうとう天国の最果てへと辿り着いた。走り続けて切れかけた息を整えつつ、陽介は冷たく閉ざされた扉を見上げる。
 ここは一番天に近い。だからきっと、この向こうに日向がいる。
 陽介は両手で扉をついて深呼吸をした。ここまで追い掛けてきた自分を日向はどう思うんだろう。そう考え、拒まれるかもしれない恐怖に身体が躊躇し、扉にかけていた手が離れた。
 ここで怯んでちゃ駄目だ。陽介は強く首を振る。拒絶されるとか追いかけ始めた時点で覚悟しただろう。そう自らを奮い立たせ意を決した陽介は、離れた手を再び扉へ戻して押し開けた。
 咲き乱れる花に彩られた階段を昇る。そして終着点――女神像が辺りを取り囲むような広い空間に到着した。
「橿宮!」
 陽介は周囲に視線を巡らせ、ある一本の女神像の根元で探していた姿を発見した。
「――橿宮!」
 日向が倒れている。ぴくりとも動かず、階段を上がりきった場所からではどんな様子か判別が出来ない。
 ひやりとしたものが陽介の背中を伝う。慌てて日向に駆け寄り、ぐったりとした身体を抱え起こした。
「橿宮。……橿宮!」
「……ぅ」
 肩を揺らした日向の口から呻きが零れた。頭を過ぎった最悪の状況は免れ、陽介は心から安堵する。見たところ怪我もしておらず、気絶しているだけのようだ。
「……良かった」
 陽介は日向を起こそうと先ほどより強めに肩を揺り動かした。起こして言わなければならないことが山とある。しかしいくら肩を揺らしても、頬を軽く叩いても、日向が起きる気配が見えてこない。生きていると安堵していた気持ちにだんだん影が差してくる。
「橿宮。――おい橿宮!」
『――無駄だよ』
 表情が曇りだした陽介にからかうように、頭上から声音が降り注いだ。思わず見上げた女神像の上で、誰かが座って陽介を見下ろしている。
『起きたくないんだってさ“俺”は。だから無駄なんだ』
「――誰だ!」
 聞こえてくる声は、腕の中でぐったりしている彼のそれによく似ていた。まさか、と思いながらそれでも陽介は叫んだ。
 ははっ、とまた快活に笑う声がする。
『この状況でその質問ですか? バッカじゃねえの。その頭は飾り?』
 女神像の上に座っていた彼は立ち上がって飛び降りた。空中で一回転し、まるで猫のように危なげなく床へ着地する――陽介の真後ろに。
『もうちょっと使わないと錆びちゃうんじゃない? なぁ――陽介』
「……」
 陽介は抱き起こしている日向の肩をぎゅっと掴んでから、その身体をゆっくり床に寝かせた。腰を上げ後ろへ向き直ったところに佇んでいる少年を見る。
 半袖のシャツに制服のズボンの出で立ちをした少年は、気絶している日向よりも幼さが目立った。目の前の彼が数年後経って成長すれば、今の日向になるんだろう。そう容易に想像できる。
 少年――日向の影は黄色の瞳を瞬きしながら『て言うかなんでこんなところに来てんの』と不思議そうに尋ねた。
「何でって……お前を探しに来たんだよ」
 日向の影がさらに不可解そうな顔をする。
『おれを?』
「突然いなくなったりするから。すっげー心配したんだからな」
『……心配、ねぇ』
 日向の影の口許へ馬鹿にしたような笑みが上る。そして陽介から視線を反らし辺りをうろつくように歩きだした。
『なぁ陽介。人ってさ何でもない一言でも傷ついたりするんだ。例え相手にその気がなくっても。わかる?』
 その言葉は生田目の病室で起きたことを示しているんだろう。暗に酷く傷ついたと告げている。
「……そうだな」
 陽介は素直に認め頷いた。すると日向の影は足を止め『認めるんだ』と眉を跳ね上げた。
『じゃあさ、なんであの時あんなこと言ったの?』
 ゆっくり陽介のほうへ近づきながら日向の影はまた尋ねてきた。
『お前はただ自分の憎しみからそうしたかっただけだ。ならそう言えばいいだろう。こっちに理由を押し付けて自分の理屈を通してさ。お前のためだお前のためだって自分のしたいことをやりたいだけだろ。ならおれや菜々子は、お前にとって体のいい言い訳できる存在か?』
「違う! 言い訳とかそんな風に考えてない!」
 反射的に言い返した言葉を、『……違う?』と陽介の前に立った日向の影は鼻で笑った。そして憤怒の形相へ変わり、陽介の胸倉を掴む。
『じゃあなんで違うのか言って見ろよ、ほら!』
「……」
 言い返す言葉が見つからず陽介は黙り込む。生田目の病室では確かに菜々子を理由にして間違った道に進みかけた。例えその一回だけだとしても、やったことにはかわりない。
『ほらやっぱり言えないじゃん。図星なんだ。だったら初めからそう言えばいいのに。陽介はそう言うところが馬鹿なんだよ。嘘ついたってすぐばれるんだから』
 日向の影は胸倉を掴んだ手を離し、陽介に嘲笑を浴びせた。一頻り笑った後無表情になって『本当バカだよお前。見損なった』と冷たく言い捨てる。
 胸が痛くなりながら陽介はじっと聞いた。耳を塞げば声は聞こえなくなるが、日向とも向き合えない。それに今の日向には腹に溜め込んでいるものを吐き出す必要がある。直斗の救出の際、完二がしようとしたように。
「お前の言いたいことも尤もだよ。でも橿宮お前に――」
『いいよ』
 日向の影が陽介の言葉を遮った。すっと笑みを敷きゆっくり首を振る。
『もう何にも言わなくていい』
「……っ」
『もううんざりなんだ。何かのために言い訳に使われるの。親だとか大人だからって自分の意見押し付けて。こっちのことは子供だからって聞きやしない。お前のためだお前のためだって――よく言うよ。本当は自分のしたいことのために、おれを理由にしているだけじゃないか。だったら初めからそう言えばいいだろ』
 日向の影の声音が徐々に高ぶってくる。まるで沸き上がる感情を抑えきれないように。
『それでこれはお前のためだからって自分の都合いいように事を動かしてさぁ。おれはそうやって言い訳や理由にしやすい都合のいい存在か。違うだろ――おれはそんなことのためにいるんじゃない!』
 ずっと抑圧してただろう胸中を吐き出す様子を、陽介は痛々しく見ていた。日向が抱えていたものが垣間見えてた瞬間は何回もあった。それなのに、嫌われたくない一心で深く立ち入ることが怖くなり、聞こうともしなかった。
 なんで忘れてたんだろう。初めて日向を少しだけ理解した時思っていたはずだ。
 ――悩みがない人間などいない、と。
 ずっと甘えてばかりで、いつの間にか忘れてしまった。
『でもさぁ、おれイイコト思いついたんだ』
 日向の影が笑う。嫌な予感が陽介の胸を刺した。
『何かを言い訳に使うような大人になりたくないし、これからもずっと何かの言い訳にされるぐらいならさ、もうおれ、いなくなったほうがよくない?』
「橿宮……っ!?」
『……もう何も考えたくないんだよ』
 胸元まで上げた日向の影の右腕が外側へと伸ばされる。するとその手に一振りの矛が握られていた。黒く冴えた刃を持つそれは、日向が最初に目覚めたペルソナ――イザナギが持っているものと同じ。
 死ぬ気だ。陽介は反射的に両手を広げて日向を守るように壁を作り、影を睨んだ。
「お前――本気か!?」
『本気だよ』
 あっさりと日向の影は肯定した。
『それにこれは“俺”の意志でもある。もうさ、つまんないことで考えたくないんだよ。楽になりたいんだ』
「やめろ! そんなことしたら菜々子ちゃんが泣くぞ!!」
 菜々子は今、生きようと必死に闘っている。もし日向が死んでしまえば、目覚めた彼女を待っているのは生還した喜びではなく、兄を失ってしまった深い哀しみだ。
 しかし陽介の声は日向の影にまで届かない。
『うるさい! お前が菜々子のことを口にするな!』
 大声で怒鳴り構えた矛の切っ先を陽介の胸に突き付ける。
『ほっとけよ。ほっといてくれ! お前がやれることはもうないんだ!! ――帰れよ!!』
「イヤだ」
 突き付けられた刃に臆さず陽介は要求を突っぱねた。ここで折れたら、日向が死ぬ。それだけは絶対にあってはならない。もう早紀の時のようにもう後悔はしたくなかった。
「里中や天城も。完二もりせも直斗もお前の帰りを待ってんだ。クマだってお前がいなくなったら泣くと思うし。俺だって……、もっとお前といたいんだよ。だから」
『だから、何。そう言えばほだされると思ってんの? だったら大間違いだ。物事はテレビや映画みたいにうまくいかないんだよ! ……もう一度言う。帰れ。“俺”がいなくても十分やってけるだろ』
「いいや。帰るならお前も一緒だ」
 陽介は横に広げていた右手を日向の影に伸ばした。
「帰ろう、橿宮」
『……』
 差し延べられた手を、日向の影はじっと見つめた。陽介の胸に突き付けていた矛を下ろし、その手を叩き払う。そこにあるのは、明確な拒絶。
『……聞こえなかったのか。帰れよ! もうお前の顔なんて見たくないんだよ!』
「橿宮……」
 こっちからどんなに言葉を尽くそうとしても、向こうは拒絶していく。どんどん殻に閉じこもっていくのがわかった。
 どうすれば。


『――あーあ、つれないよなぁ。せっかくここまで来たってのに』


 急に割って入った軽薄な声が、緊迫した雰囲気を空気の抜けた風船のように萎ませた。
 こつこつと聞こえてくる足音は、陽介のでも日向の影のでもない。もちろん日向は気絶したままだ。
 陽介は日向の影越しにいきなり出てきた人影を見て、目を剥いた。
「お、おまっ、お前……っ!?」
『そこまで冷たくしなくてもよくね? なぁ、俺?』
 そこで合いの手を求められても困る。陽介は急に出てきた闖入者――自分の影に「つかお前、何勝手に出てっていってんだよ!」と泡を食った顔で指を突き付けた。
『うっせえなぁ』
 陽介の影は露骨に顔を顰め、指で耳を塞ぎそっぽを向いた。
『俺だって早く日向に探しに行きたかったんだぜ。なのにぐじぐじ悩むからじれってえし。それで』
 テレビの中に着いた途端、飛び出したらしい。
『でもそのお陰でここまでこれたんだろ。終わり良ければ全部いいじゃん。これも俺が気を回したお陰だな』
「……」
 嘘だ。影が自分の一部であるならそこまで深く考えてる訳がない。絶対その場限りの思いつきで動いたに決まっている。陽介はそう考え、情けなくも自分で納得してしまった。
『……次から次へと』
 矛を陽介の胸に突き付けたまま片手に持ち替え、日向の影は後ろの同類を振り返った。きつく睨む視線に、しかし陽介の影はうろたえず目を細めて笑い見返した。
『全部話聞いてたけど。お前さあ、死ぬの止めとけよ。そんなことしてなんになるんだ?』
『そんなのおれの勝手だろ。お前に詮索される謂れはない』
『それだよ』
 日向の影の言葉を受け、陽介の影は手を打った。
『そうやって遠ざけようとしてるけど、お前のやってることって自分の嫌ってるのと同じじゃん。自分の都合押し付けて理屈通そうとしてんの。それってなんか矛盾してない?』
『――っ!』
 日向の影の目がかっと見開いた。虹彩の黄色が深みを増す。
 轟く音が耳をつんざき、陽介の影の頭上に雷が落とされた。白い雷光が辺りを覆い、眩しさに陽介は腕で目を庇う。
『怒るのは図星さされた証拠だぜ』
 飄々とした声が愉快に響く。陽介が閉じていた瞼を開けると、雷を避けた影が広場の中央で両手に苦無を持って構えていた。今の状況を楽しんでいるように、笑っている。
「なにするつもりだよ!」
『何って決まってるだろ。言って分かんねーおこちゃまには実力行使が一番なんだよ』
 焦る陽介に影は平然と答えた。それが当然だと言わんばかりに。
「お前……!」
『それにこれは俺が待ち望んでいたことでもある。ずっと――こんな時を待っていた。だからお前はそこで気絶してる本体を守っていろ』
 陽介に突き付けられた矛が反対側へ向けられる。敵意と憤怒を込められた視線に陽介の影は薄く笑み、躊躇なく苦無の刃を日向の影に向けた。

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