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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

仕方がないんだろ? 2

長いので折り畳み



 ジュネスの従業員出入り口を預かる警備員の目が、珍しそうに瞬いた。店長の息子である陽介に警察関係者で探偵の直斗。その後に続く高校生が次々と裏側から店内に入ってきてるのだ。しかも真夜中に。
 普通ならつまみ出されるか、関係者以外を立ち入れたことを注意されるだろう。しかしこっちもなりふり構っていられない。
「いいんすか花村先輩はともかく、俺らがここから勝手に入ったりして」
 普段は見る機会のない店の裏側を珍しそうに見回しながら、完二が聞いた。
「いいんだよ。これしかねーし」
 家電売り場に近い出入り口へ仲間を先導しつつ、陽介が振り向きもせず答える。食料品は昼夜を問わず営業しているが、他は時間が来れば閉店し、誰かが忍び込まないようシャッターが降ろされてしまう。よって深夜である以上、裏側から回るしか家電売り場に行けない。それだって陽介だけで押し通すのは容易ではなく、他にも力を借りることになってしまった。
「悪いな直斗」
 陽介はふとすぐ後ろをついて来る直斗に謝った。すると直斗は目を丸くする。どうして謝られるのか理解していない。
「警察関係者ってこと利用してさってこと」
「ああ、そのことですか。構いませんよ。必要な事だったんでしょう?」
 日付も越えた深夜に、高校生が大勢で店の裏側から入るなど無謀すぎる。そこで直斗が捜査に必要だからと警備員を言いくるめてくれた。陽介も何かあったら自分が責任をとると頭を下げて、どうにか中へ入れている。
「今は非常事態です。早急な解決が求められる状況で手段を選んでいる場合じゃない。使えるものは何でも使わないと。貴方だってそう思ったんでしょう?」
「……ああ」
 実は少しだけ抵抗があった。ずっとジュネス店長の息子である立場を疎んでいたのに。いざとなるとそれを利用するなんて、自分勝手じゃないだろうか。
「……考えるのは後にしましょう」
 直斗が言った言葉が影に言われたことと似ていて、陽介はどきりとする。振り向けば、直斗が真っすぐな眼差しで陽介を見た。
「僕たちのやっていることが間違いか間違いでないか、それは今考えても答えの出ないことです。だったら結果を出してから決めましょう。今立ち止まって取り返しがつかなくなる方が嫌です」
「直斗」
「僕は橿宮先輩や皆さんのお陰で自分が自分でいられるようになりました。大人だとか性別のこととかそんなの関係無しに」
 自信に満ちた声で直斗が言った。
「そしてそれを僕はとても誇りに思います。だから誰か一人でも欠けてしまうのがとても辛い」
「私も」
 後ろから雪子が手を挙げる。そして俺も私もと後ろから次々返ってくる首肯に「皆さんも同じみたいですね」と微笑した。
「だから行くんです。後悔しないためにも僕はやれることをやりたい」
「……そうだな」
 陽介は頷く。俺だって皆と一緒だ。
 節約のため明かり薄暗い廊下の先にあった扉を潜り、店内に入る。閉店しているそこは真っ暗で、静まり返っているのが不気味だ。
 直斗がすかさず持っていた小型の懐中電灯をつける。ぽつんと空間を照らす明かりを頼りに、いつものテレビを見つけた。
 失踪した人を救い事件を解決するため、何度も潜ってきた黒い画面の向こう。そこにきっと日向がいる。
 陽介は仲間を見回した。誰もが決意を込めた目で頷く。
「――行こう」
 仲間の力強い視線に押され、陽介はテレビに飛び込んだ。


 テレビの中は、前よりもずっと霧が濃くなっていた。メガネを掛けなければ、一歩歩くのにも勇気がいる。
「……すごい霧」
 りせが呆然と宙を見上げながら呟き「今先輩を探してみるね!」と広場の中心に立った。目を閉じ組み合わせた両手を胸の前に置く。
「――カンゼオン」
 呼び声に応えるようにりせの真後ろに菩薩の名を借りたペルソナが現れ、日向の居場所を探し始める。
 いてくれよ。固唾を飲みながら探知の様子を見守る陽介の願いに、りせはすぐ応えてくれた。はっと顔を上げた彼女は「いる! 先輩テレビの中にいるよ!」と大きな声で知らせた。
「花村先輩の言ってた通り、菜々子ちゃんのところ」
「やっぱそうか」
 自分の考えが的中し陽介はほっとしたが、すぐ顔を引き締める。まだ日向の無事を確かめていないのに、安心するのは早い。
「行こ! 早く橿宮くんのところに行かなきゃ」
 居場所が判明して気が急いたのか、千枝が落ち着きなく促す。今にも走り出しそうな様子は、いつか雪子の時に見せた暴走っぷりによく似ていた。気持ちはわかるけど。
 ちょっと落ち着けよ。宥めようと陽介は口を開きかけた。
「――っ!?」
 急に身体に震えが走る。足元から旋風が巻き起こり、陽介は腕で顔を庇って瞼を強く閉じた。
 風は一瞬で止んだ。
 しかし。
「……え? 花村が、も、もう一人!?」
 聞こえてきた声に驚愕して目を開ける。見回した仲間が全員陽介の後ろに視線を注いでいた。
 振り向きかけた陽介の横っ面すれすれに、誰かの手が差し伸びられる。すぐ後ろに立って笑うのはもう一人の自分――影。
 影はにいっと口元を大きく上げ地を蹴る。陽介の肩を踏み台にしてさらに高く跳び、そのまま霧の中へ姿を消した。
「……うわーさっきの花村の影? 目が黄色かったし。初めて見た」
 突然のことに千枝が呆然と口をぽかんと開け、影が消えた辺りを見上げる。そして、ん、と疑問に首を傾げた。
「つか何しに出てきたの? 影が出てきたってことは花村何か受け入れきれないことでもあんの?」
「い、いいだろ今はそんなこと!」
 影がまだ残っているのは、日向とクマ以外預かり知らぬことだ。藪を突いて蛇を出さないよう「さっさと行くぞ」と天国に向かいかけた陽介の足が何故かぴたりと止まる。
「……ん?」
 胸を押さえた陽介が目を見開いた。そして何故か完二をぎっと睨みつける。
「な、何すか?」
 後ずさる完二に手を伸ばし、突然陽介は「ペルソナ!」と叫んだ。乱心めいた行動に、完二も含め誰もが目を剥く。
「ちょ、何すんだテメエ! ……ってあれ?」
 咄嗟に防御をとった完二は首を捻った。喚べば応えるはずのペルソナが、陽介から出てこない。
 腕を差し伸ばしたまま陽介がみるみる青ざめていく。
「花村くん?」
 恐る恐る雪子が陽介に近づいた。横から顔を覗き込み「どうしたの?」と呼び掛ける。
「ヤバい」
 固まったまま陽介が焦った声で呟く。
「ジライヤが――いなくなった」
「ええーっ!?」
 素っ頓狂な千枝の大声が広場に木霊する。


「つーか信じらんないっ!」
 襲い掛かるシャドウをスズカゴンゲンが薙ぎ払い、千枝がりせの横で大人しくしている陽介を詰った。
「どうしてこんな時にペルソナが使えなくなんのよ!?」
「知るかっ! 俺じゃなく影に言えよ!」
 陽介も負けじと言い返す。正直千枝じゃなくとも影を問い詰めたくなるのはこっちだって同じだ。
「しかし戦力が少なくなったのは正直痛手ですね……」
 陽介とりせを庇うように銃を構えた直斗が言う。
「シャドウも引っ切りなしに襲ってきますし。……きりがない」
 たどり着いた天国へ突入してから、ずっと休憩なしで戦っている。直斗も近づいてくるシャドウを撃ち、ヤマトタケルを喚び出して二人に危害が及ばないよう戦うその肩が、荒く上下していた。
 影がどこかに行ったと同時にペルソナが使えなくなった陽介は、歯痒く見ているしかなかった。ペルソナを使えない自分は普通の人間と変わらない。
 雪子と完二がそれぞれペルソナを喚んだ。現れたアマテラスの業火とロクテンマオウの雷光が群れるシャドウの足止めをする。
「――あそこ!」
 カンゼオンで探知をしていたりせが突然ある方向を指差した。
「隙が出来てる。あそこから逃げられるよ!」
「行きましょう! 今は逃げるべきです!」
 直斗の合図を皮切りに、全員がりせの指示した場所を通って逃げた。追ってくる気配をひしひし感じながら、立ち止まらず走る。逃げ込んだ部屋は幸いにも上に通じる場所だった。殿を務めた完二が扉を閉め誰もが安堵する。これでシャドウも入れないだろう。
「なんでいきなり花村の影が出てきたのかな」
 壁に凭れて息を整えていた千枝が、蒸し返してほしくないことを口にしてしまった。広場で出てきた時からずっと気になっているらしい。余計なことを、と陽介は舌打ちする。
「ペルソナ戻ってきてる?」
「いいや。戻ってくる気配もない」
 段差に腰掛けた陽介は尋ねた雪子に首を振る。影がジライヤもろともいなくなったせいなのか、胸に穴が開いたような空疎さが今までで一番酷い。
 くそっと陽介は苛立ち掌を額に押し当てた。これでは助けに行くどころか、みんなの足を引っ張っているではないか。
「……あの、花村先輩」
 直斗が陽介の前に立った。片手でもう片腕の袖をぎゅっと握り、陽介の異変を尋ねたいような目で見下ろしている。どんな時でもわからないことがあれば追求したくなるのは、職業病的なものか。
 周りから刺さる視線も、直斗のそれと変わらない。
「悪い」
 陽介はあいた手を自分の顔の前に翳し、視線を遮断する。
「聞きたいことがあるってわかってる。けど、もちょっと待ってくんない?」
「……」
「後でちゃんと話すから」
 だからごめん。陽介は小さく呟いた。元を返せば今回も自分が仕出かしたことが原因だ。なのに今喋ってしまうと、楽になってしまいそうだった。きっと仲間は許してくれるだろう。だけど今その優しさに甘えてしまっては駄目だ。
 これは陽介が自分に課した枷。早紀や日向に甘え続けていた自分が一人で立つために、ここでくじけてはならない。
「……わかりました」
 直斗がため息混じりに言った。見れば微苦笑が浮かんでいる。
「今は聞きません。ですが後でちゃんと聞かせてください。皆さんもそう思ってますから」
 直斗の言葉に合わせ、みんなが一斉に深く頷いた。あまりに息がぴったりで、陽介は思わず吹き出してしまう。
 生田目の病室で一度はばらばらになりかけた絆が、また戻っていく。いつもの特捜本部の雰囲気だ。だけどそこには決定的なものが足りない。――二つも。
 日向とクマ。やはり二人もいていつものメンバーでこそ特捜本部だと陽介は思う。
 クマはまだ居場所が掴めないけど。日向はこの先にいる。
 諦めなければ道は拓ける。何とかなる。いや何とかするんだ、絶対。


 うーん、とカンゼオンで戦う千枝たちを支援しているりせが唸った。
「何かおかしい」
「どういうこと?」
 戦えなくても、いざと言うときは自分の身を守れるよう苦無を持っていた陽介が聞いた。
「いくらなんでもシャドウが多すぎる気がする。菜々子ちゃんを助けにここに来た時はまだ今ほどじゃなかったのに……。何だか私たちが上にあがれないように邪魔してるみたい」
「……」
 りせの言った言葉に、陽介は僅かに目を見張った。りせの考えはあながち間違ってないかもしれない。
 テレビの中の世界は誘拐された人間が放り込まれる度、その人物の心に影響を受け様々な空間が生まれている。もしかしたら日向の心の影響がシャドウに対してあるのかもしれない。
 だとしたら、これは日向の拒絶が現れなんだろうか。
「……ん?」
 ふっと大きな影が後ろから陽介とりせを覆う。陽介が振り向くと、いつの間にか不意打ちを狙ったシャドウが二人の背に回り込んでいた。
「――りせ危ないっ!」
 りせはカンゼオンを喚び出し探知している間、集中しなければならないので動けない。陽介はペルソナが使えないのも忘れ、咄嗟にシャドウに切り掛かった。しかしシャドウは陽介には目もくれず、一直線に無防備な背中を晒すりせに突進する。
「――りせっ!」
「ヤマトタケル!」
 陽介の叫びと凛とした直斗の喚び声が重なる。
 銃弾に打ち砕かれたカードの欠片が青白く煌めき、ヤマトタケルが現れた。草薙の刀を頭上に振りかざし、りせに襲い掛かる不届きなシャドウを真っ二つに切り捨てる。
「大丈夫ですか!? すいません、目を離した隙に危険な目に遭わせてしまって」
 銃の構えを駆け寄ってきた直斗にりせは「ううん。私は大丈夫」と笑った。
「花村先輩もありがとう。ペルソナ持ってない人には危ないのに」
「それなんだけどさ」
 小走りで二人の元に戻った陽介は不可解な顔で頬を掻く。
「シャドウ俺の方全然見向きもしなかったんだけど」
 陽介はりせを庇ってシャドウの前に飛び込んだ。しかしシャドウは陽介ではなくりせを襲った。近くにいた陽介をわざわざ避けて。
「……」
 話を聞いて、直斗が不意に考え出した。
「直斗?」
「……それってシャドウがペルソナを持っていない花村先輩を避け、ペルソナを持っている久慈川さんを襲った、とも言えますよね?」
「そう、だな」
 何が言いたいんだろう。陽介は顎に指を添え俯く直斗を見た。ぶつぶつ呟き「そうか!」と突然顔を上げた。
「クマくんが言ってませんでしたか? シャドウはペルソナ能力を持つ人間に対して過剰な反応を示すって。それに誘拐された僕たちも、もう一人の自分と向き合いペルソナを手に入れるまでは、シャドウに襲われたりしなかった」
 陽介は「そうだな」と頷く。だから霧が出るまでこっちに猶予が生まれ、それに間に合うよう準備が整えられた。
「だったらこうも考えられませんか」
 直斗が一つの推測を口にする。


 シャドウに攻撃を仕掛け続けていた千枝らが、一変して防御の構えを取った。受け身になった仲間にシャドウは容赦なく牙を向けるが、誰も反撃せず耐えている。
「じゃあ行くぞ」
 陽介が深く息を吸い、気合いを入れるように爪先で床を叩く。通路を見据える先にはシャドウの群れ。しかし陽介はその真ん中を突っ切るように走り出した。
 進む方向から目を反らさず床を蹴る。シャドウの群れに突入した瞬間息が止まりそうなほど緊張したが、陽介が危惧したことは起こらなかった。
 どのシャドウも走る陽介を襲い掛からない。興味すらないように。
 ――ペルソナを持つ人間にシャドウが反応するなら、ペルソナを持っていない花村先輩に対して襲いかからないんじゃないでしょうか。
 そう推測していた直斗の考えは的中した。陽介はシャドウの間を無事にくぐり抜けられた。後ろを振り返っても、シャドウは陽介を気にしている様子はない。
「先に行きなよ!」
 千枝の声が聞こえた。
「あたしたちはこいつらどーんってぶっ飛ばしていくからさ!」
 陽介が無事シャドウの群れを突っ切ったのを察したんだろう。続けてペルソナを喚ぶ声がする。ペルソナの力に反応してシャドウが騒ぎ出す。
「私たちは大丈夫。ここまでやってきたんだから負けることなんてない!」
「だからアンタもしくじるんじゃねーぞ!」
 雪子や完二の激も飛ぶ。
 それに続くのは、りせに直斗。
「先輩助けてくれなきゃ絶対イヤだからね!」
「僕たちも必ず後を追います。貴方も橿宮先輩も一人じゃありません。そのことを忘れないでください!」
 みんな自分を信じて背中を押してくれる。陽介は胸が熱くなった。
「悪い!」
「謝るぐらいならさっさと行け!」
 千枝にどやされてしまった。それでも陽介は小さく笑って「ああ」と頷き背を向ける。
 そして天を目指して走り出した。

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