仕方がないんだろ? ペルソナ4 Memories of the world 2013年05月02日 長いので折り畳み 『――あーあ、やっちまったなぁ』 暗闇で膝を抱えた陽介の耳に、誰かの声が届いた。自分によく似ているが、だが歪んだ響きが含まれている。 顔をあげると、すぐ前に自分の影が立っていた。夏に現れた時と変わらず、不遜な態度で陽介を見下ろしている。『せっかく日向のために頑張ろうとしてたのに。その本人に拒否られちゃうし。惨めじゃね?』「……うるさい」 嘲笑する影に陽介は、視線を反らし俯きながらも刺々しく言い返した。「そんなのわかってる」 菜々子を亡くした日向のことを考えて行動したが、結果は彼が拒絶して完全にしくじってしまった。あれから随分時間が経ったのに、まだ叩かれた頬が痛い。『わかってるけど動こうとしないんだ、お前』 影はやれやれと大きく肩を竦める。そして腰に手をつき、覗き込むように陽介を見下ろした。 黄色の光彩が冷たく細まり、影の口の端に嘲笑が上る。『お前さぁ、いつまでいじけてんの。過去に浸って自分は馬鹿だって日向傷つけたって責めて、そんなことしてどうすんだよ。小西先輩の時とちっとも変わんねーじゃん』 影は自分。無意識下に抑圧された精神が制御を離れ宿主と同じ形を取って現れる。その口から出てくる言葉に嘘はない。心の底に潜めているものをそのまま言っているだけなのだから。 そう理解していても、陽介は耳を塞ぎたくなった。自分の中にある言葉なのに、胸をえぐるように突き刺さる。痛い。すごく痛い。 言い返さない陽介の目線に合わせ、影がしゃがみ込んだ。嘲笑が、深みを増す。『どうして動けないのか、本当はわかってるんだろ?』「……」 陽介は薄く唇を開いた。だけど言葉は喉に張り付いて出ない。『どうしてか俺が代わりに言ってやろうか? いつまでも認めようとしないお前のために』「……やめろ」『お前が動こうとしないのは――』「やめろって言ってんだろ!」 頭に血が上りかっとなる。大声で喚き、腰を浮かせた陽介が影の肩を強く押した。倒れた身体へ馬乗りになり胸倉を掴む。「お前なんだよ! 突然出てきたり消えたと思ったらまた出できて! 一体何がしたいんだよ!」『言っただろ。俺はお前だ。お前があの時受け入れきれなかった一部――お前が認めようとしない弱さ』 激昂する陽介に対し、床に押し付けられた体勢でも尚冷静さを失わずに言った。胸倉を掴む手に自分のを添える。『お前が受け入れない限り俺はずっといる。そしてお前はずうっと弱いまんま』「……っ」 陽介が肩を大仰に震わせた。そんなことない、と叫びたいのを我慢するように歯を食いしばる。『拒絶されるのが怖いんだろう?』 伸ばされた手が陽介の頬に触れた。追い討ちをかけるように影は言う。『小西先輩の時みたいに嫌われたくなくて、でも顔をあわせても見てくれないんじゃないかって、そう考えると動けないんだろう?』「……そうだよ」 声をひどく震わせわななく唇から、陽介は言葉を吐き出した。一度認めてしまったら、支えが取れたように楽になる。だけどそれすら自分の弱さだと思うと、目の奥が熱くなった。「怖いんだよ。橿宮にまで嫌われたら俺は」 日向の隣にいられない。それは他人からしたら些細だとしても、陽介には重大なことだった。アイツの側なら、俺は俺のままでいられる。「バカなことしたってわかってる。アイツが怒るのも無理ない」 あの時我に返らず生田目をテレビに突き落としていたら。自分達は、救済だと狂気じみたことを言い犯行を重ねた生田目と変わらなくなる。今までずっと事件を解決しようと奔走してきたのに、同じところまで落ちてしまう。「だけどあの時は本気だったんだ。生田目がどうしても許せなかった!」 息を引き取った菜々子の手を握り頭を垂れる日向。肩が震えていてのは目の錯覚ではなかったはずだ。「菜々子ちゃんを――小西先輩を死なせといて、散々色んな奴死にそうな目に遭わせといて自分だけケツ捲って逃げようとした。だから」『それで悪いのはぜーんぶ生田目にしたいんだろ』 陽介は目を見開いて絶句した。『アイツがああだとか、コイツがそうだから。そうやって他人に理由を見出だして、自分の行動に間違いはないって正当さをこじつける。そうやってる限り、お前は変わんないよ、ずっと』「……じゃあどうすりゃいいんだよ」『それこそ自分で決めろよ。テメエが落とした信頼だ、だったらテメエが取り戻しかねえだろ』 頬に触れていた手が移動し、陽介の両目を覆った。ぐっと指先に力が篭る。『取り返しがつかなくなる前に、当たって砕けてみろよ。クマもそう言ってただろ』 ――考えるのは後からでも遅くない。 ソファから落ちた衝撃で陽介は眠りから覚めた。つけっぱなしだった蛍光灯の眩しさが起きぬけの目に痛い。 こめかみを押さえ頭を振りながら陽介はソファとテーブルの間から這い上がった。壁にかけている時計を見る。家に戻って眠ってしまってから、それほど時間は経過していない。 ソファに座り直し陽介はぼんやりとゆるく開かれた掌を見つめる。 間違いを犯しかけた手を止めた日向は、生田目の病室から走り去ったきり姿を消してしまった。クマと同じく、忽然と。まるで雨の日に失踪した被害者たちのように。 今頃仲間が必死になって探している。陽介も加わりたかったが、あまりにも悪い顔色を見咎められ帰させられた。 制服からはみ出たシャツの袖、生田目の病室で着いただろう日向の血痕が残っている。時間が経ったせいで固まり、眠る前よりも赤黒く変色していた。 ――俺やあの子を理由にしないでくれ! 日向の声が脳内で響く。陽介はソファの後ろに頭を凭れさせ、そっと瞼を閉じた。 日向は早紀の死に向き合いきれずペルソナや特捜本部を逃げ道にしていた自分を、見放したりしなかった。命を危険に晒してまで影から助けてくれたし、それを忘れていた自分を相棒として接してくれた。 いつだって隣にいてくれたのに。 築き上げた信頼を陽介は自分自身の手でぶち壊した。これから会っても日向は陽介を拒み続けるかもしれない。もう顔すら見てくれないかも。 はっきり言って怖い。 ――だけど。 ――テメエが落とした信頼だ、だったらテメエが取り戻すしかねえだろ。 次に聞こえるのは影の声。当たって砕けろ。考えるのは後からでも遅くない、と。「……そうだよな」 誰かに言われないと気づけない自分の馬鹿さに、思わず陽介は笑ってしまった。 考えるまでもなかった。今まで自分は、日向にどれだけみっともないところを見せてきたか。隣にいてくれればありのままでいられると思ってたんだ。今更カッコつけて嫌われないよう考えるなんて、それこそ馬鹿馬鹿しい。 アイツは出会ったばかりの俺を、命張ってまで救ってくれたんだ。なのに俺が同じ状況みたいな今になって怖じけづいてどうするんだ。 ――理由なんてないよ。俺は、お前を助けたいと思った。――それだけ。 どうして俺を助けたか陽介が聞いた時、日向はそう答えた。そして自分がしたいと思ったことを行動を実行していた。 だから俺も俺のまま、やれることをやってくしかないんだ。それで悪い状況に転がっても突っ切ってしまえ。 俺も誰かを理由にするんじゃなくて、俺の心のままに向きあわなきゃならない――アイツと。「橿宮」 陽介は目を開けて、立ち上がった。日向を探さなければ。 暖房と明かりを切り、慌ただしく居間を飛び出した陽介のポケットから携帯の着信音が流れた。 着信の相手は直斗。陽介は玄関で靴を履きながら通話に出る。「直斗?」「休んでいるところすいません。実は聞いてもらいたいことが出来て。今電話しても平気ですか?」「ああ、心配させて悪い。俺はもう平気だから」 直斗の気遣いを陽介はやんわり遮りつつ外に出る。暖房の効いた部屋からいきなり出たものだから、激しい温度差に身体が大袈裟に震える。見上げた空は今日も曇っているせいで、星が隠れてたままだ。 はっきりとした口調に携帯の向こうから「……そうですか」と安堵するような息を吐く音がする。良かったと小さな呟きまで耳に入ってくるあたり、どうやらかなり心配させてしまっている。かなり済まない気がして情けない先輩ですまん、と心の中で謝っておく。「それで聞かせたいことって?」 気を取り直し陽介は真夜中の道路を歩きながら直斗に尋ねた。「橿宮先輩のことなんですが」 直斗の声が不安そうに潜まった。「あの後橿宮先輩のことがどうにも気になって、病院に戻って調べてみたんです。そうしたら先輩が病院を出た形跡が見つかりませんでした」「は?」 直斗の報告に陽介は足を止めて「どういうこと?」と聞き返した。病院を出た形跡がないなんて。クマもいなくなっていたので院内を徹底的に調べて、それでも見つからなかったのに。 冷静に直斗が陽介の疑問に答えた。「外に出る為の出入口にカメラが設置されているんですが、そのどれにも先輩の姿は映りませんでした」「窓から外に出たとかじゃなく?」「それはあまり考えられません。今あの病院には生田目が居るんです。世間に公表されてませんが万が一を備え、普段より多くの警備員が外を回っているので全員に見つからず病院を出るのは難しいでしょう。もし仮に窓から出るなどして妙な挙動を見せてしまったら、それだけで怪しんでくださいと印象付けることになる」 しかし直斗が警備員に聞き込んでも有力な情報は得られなかった。それどころか、日向らしい人物が病院から出てきたのを見た人間が誰もいない。「……堂島刑事の病室にも来られなかったそうです」 苦々しく言う直斗の声が途切れた。少しの間の後、躊躇いがちに本題を切り出す。「……もしかして、あってほしくないことなのですが」「もしかしてテレビに入ったとか考えてる?」 言いにくそうな直斗に代わり、陽介が口にした言葉を聞いて「ええ」と歯切れの悪い声が肯定した。「堂島刑事が病院に搬送された日、先輩は一人でテレビの中に入ろうとしてました。その時は僕が止めたので未遂に終わりましたが……。生田目の病室でのやり取りを考えると有り得るんじゃないかと」 激昂した日向を見てまた入っても不思議はない、と直斗は思ってるようだった。「でもわざわざ入る理由が見当たらないんです。あの世界は久慈川さんのペルソナが必要不可欠で、それを先輩がわかってないはずがない。一人で入るのは危険過ぎる」「……ちょっと待った」 考えを述べる直斗を陽介は止めた。何かが引っ掛かる。そう言えば日向が言ってなかったか。 陽介は瞼をぎゅっと閉じて、記憶を探る。 そして思い出すのは、菜々子が誘拐されてから初めて弱音らしいことを言った日向との会話。『……菜々子に前、聞かれたんだ。人は死んだらどこに行くの、って』『え……』『だから俺は答えたんだ。人は死んだら……天国に行くって』「――天国」 記憶から滑り出た言葉を、陽介は口に出した。「え?」「橿宮が言ってたんだよ。菜々子ちゃんに人が死んだらどこに行くかって。それでアイツは人が死んだら天国に行くって答えてた」 日向にとって天国は死を連想させる場所。 テレビに放り込まれた菜々子の心が生み出した場所は、天国のようなところだった。「橿宮は、菜々子ちゃんが息を吹き返したのを知らない」 そう一度は息を引き取った菜々子の心臓は再び動き出し、生きようと足掻いて必死に戦い続けてる。だけど生田目の病室を飛び出したきり姿が見えなくなっている日向は、その場に居合わせていない。「アイツはまだ菜々子ちゃんが死んだと思い込んでんだ。もしあの状況でアイツが自分からテレビに入ったんなら、行く場所は一つしかねえ!」「……菜々子ちゃんが生み出した天国ですか」 ああ、と陽介は深く頷いた。根拠による考えで確証はないが、確信はある。菜々子の心が生み出した場所。しかも死んだ人間が行く天国を模している。菜々子が死んだと思い込んだ日向が、少しでも彼女の存在を近くに感じたいなら、これ以上ない場所だ。「直斗、皆をジュネスに呼んでくれ」 もう迷わない。俺は俺の心のまま、アイツのところに行くんだ。失わないためにも。「テレビん中入って橿宮を追うぞ!」 力強い決断に「はい!」と直斗が答えた。 [1回]PR