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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

どんな顔して言ってんの 3

長いので折り畳み



 その日も結局、菜々子を助け出すことは出来なかった。しかしりせの探知からすれば、近づいている手ごたえはあるらしい。これまでは生田目の気配しか感じられなかった。しかし上に行くにつれ、少しずつ菜々子の気配も掴めるようになっているらしい。
 しかし時間は容赦なく過ぎる。加えてここ連日ジュネスの家電売り場に高校生が大人数で出入りしてるせいで、従業員から不審な目が向けられつつあった。ジュネスで働いている陽介やクマは、なるべくそういった人に対し怪しまれないようフォローをしても、やはり限界がある。なるべく客に紛れて帰ったほうがいいだろうと、ここ数日はタイムサービスの時間にあわせてテレビから出るようになっていた。日向も不服そうではあるが、反論はせず従っている。
 誰もいないことを確かめて、次々とテレビの画面から、売り場へ戻る。そこでタイミングよく、タイムサービスの開始を知らせる放送が流れた。
「じゃあお先っす」
「また明日ねー」
 仲間がそれぞれ帰っていく中、直斗が皆を見送っている日向をじっと見た。何かを恐れている不安のような目をしている。
 日向はその視線に気づいているが、何も言わない。直斗は悲しげに目を伏せた。そして何かを訴えるように陽介を一瞬強く見つめ「……失礼します」とその場を辞した。
「それじゃ、俺も帰る」
 何が言いたいんだろう。首を捻る陽介に、日向が言った。気づけば、もう売場にいるのは陽介と日向とクマだけになっている。
「センセイ。ちゃんとご飯食べてしっかり寝るクマよ?」
 着ぐるみを着たクマが、尻尾を不安そうに揺らしながら日向に言った。
「うん」と日向はクマの頭に手を置き、優しく撫でる。
「クマもな」
「クマ」
 素直に頷くクマに、日向はそっと目元を緩ませ笑った。名残惜しくもう一撫でしてクマから手を離し「じゃあ」と帰っていく。
「……お前はすごいな」
 手を大きく振って日向を見送るクマに、陽介は言った。きょとんと目を丸くし「何がクマ?」とクマは陽介を見上げ不思議がる。
「さっきみたいに心配したりすることがだよ」
「クマは当たり前のことをしただけクマよ。あんなにションボリしたセンセイ、クマ見たくないし。ヨースケはそうじゃないクマか?」
 それが当然だ、と不可解そうな目をするクマに「俺だってお前と同じだけどさ」と苛立ちながら頭を掻いた。
「言葉はあるけど、言えないって言うか、さ」
 テレビの中でりせも言っていた。外側がいつもと同じだからって、中身も一緒とは限らない。励ましたいけど、その言葉が逆に追い詰めたりしたら。
 そう考えると、陽介もまた尻込みしてしまう。早紀の時のように、日向にまで拒絶されるのが、怖い。
「クマはヨースケの言葉がよくわからんクマ」
 とりあえず家に帰ることになり、エスカレーターに乗ったクマが身体ごと後ろの陽介に向き直る。
「言いたいことがあるなら言えばいいクマ」
「だから、それが言えねっての」
 クマのように気持ちをストレートに伝えられたらどんなにいいか。陽介は、及び腰で躊躇してしまう自分が情けなくなる。
 陽介の言葉に、ますますクマは不思議そうな顔をした。
「ヒトって不思議っクマね。簡単なことも難しく考えたりして。そんなだから、余計にこんがらがるんじゃないクマ?」
「でも簡単にいかないことだってたくさんあんだよ」
 陽介の言葉に、クマは「難しいクマ……」と考え込んでしまった。唸るクマの後ろで、エスカレーターの終点が見える。陽介は「前見ろ。こけっぞ」とクマの身体を前に向かせた。
 そのまま話が終わったと思っていたが、ジュネスを出たところでいきなりクマが立ち止まり「わかったクマ!」と大声を出した。後ろを歩いていた陽介は、危うくクマにぶつかりかける。危ねーな、と文句を言う前に、クマが振り向いて言った。
「今のヨースケに足りんのはガッツと根性!」
「……は?」
 いきなり何を。陽介は唖然とする。そもそもガッツと根性は同じ言葉じゃなかったか。
 しかしクマは当人をおいてきぼりにして、一人盛り上がっている。いいことを思いついた子供のような輝く目で、着ぐるみの手を大きく天に伸ばした。
「王の名において命ずる!」
 散々な目にあった修学旅行の王様ゲーム。その王様になった時の口調になっているクマを見て、陽介は大いに慌てた。またコイツは良からぬことを考えてる。
「ヨースケはこれからセンセイのところに行けっクマ!」
 そう言ってクマは「会うまで帰ってきたらダメー」と天に伸ばしていた手を胸の前で交差させる。
 やっぱりか。さっき話したことをもう忘れたのか、コイツは。こめかみを引き攣らせ、陽介は両手でクマの顔を挟むように叩いた。
「お前な……、いい加減空気読むこと覚えろよ」
「でもこうでもしないとヨースケ動かないでしょ? 違う?」
「う……」
 図星を刺され、陽介は言葉をなくす。その反応に、顔を挟まれたままのクマはえへんと胸を反らした。自信いっぱいの顔に、選択肢がないことを悟る。ここで嫌だ、と言ったらクマは大騒ぎするだろう。ジュネスのマスコットとして知名度がある分、クマに暴れられたら悪目立ちしてしまう。
「わかった。わかりましたよ。行きゃあいいんだろ、行きゃあ!」
 自棄になって陽介は言い捨てた。最近、いいことなんて一つもない。
 そんな嘆く陽介の心中も知らずクマは満面の笑みを浮かべた。
「その調子ー。当たって砕けてくるクマよ」
 無責任に言うクマの笑顔が、憎らしく見える。陽介は無言でクマの頭を挟んでいた手を離し、その丸っこい身体を思いきり押した。


 とは言え、こうして日向に会える口実が出来て、陽介は内心ほっとしたのも事実だ。そのきっかけがクマなのは少々癪だが。
 堂島家に向かう途中、東屋を横目に河川敷を歩きながら、陽介は何度も深呼吸した。うるさい心臓を落ち着かせるように胸を撫でる。こんなに緊張してあの家に行くのは、最初の時以来だ。
 脳内でシュミレートしながら、堂島家にたどり着く。家を見上げ、震える指でインターホンを鳴らした。
 扉が開き日向が出てくるのを緊張の面持ちで待つが、一向にその気配がない。聞こえなかったのかと、繰り返し押すがやはり結果は変わらなかった。
 おかしい。もしかしてまだ帰っていないのか。そうだとしても、途中で日向に会うだろうし、追い越したとも考えられない。
 陽介は妙な胸騒ぎを覚え、着た道を引き返した。河川敷まで戻ったところで携帯を取り出し、日向に電話をかける。
 すると、どこからか着信音が聞こえた。
 携帯を耳に当てたまま、陽介は辺りを見回し、音の聞こえる方向を探す。
「……河原か?」
 河原に向かう階段があるところから、陽介は下を見下ろす。沈みかけた夕陽を反射する川。川辺のブロックに、座り込んでいる人影がある。近寄ってくる猫に手を伸ばしているのは、紛れも無く日向だった。
 何でそんなところに。家に帰っているとばかり思っていた陽介は面食らう。
 携帯をしまい陽介は「橿宮!」と階段を駆け降りた。
 陽介の声に驚いて、猫が走って茂みに逃げる。振り返った日向が、家に帰ったはずの陽介を見て、目を見張った。
「花村?」
 目の前で自分を見下ろす陽介に、日向は首を傾げた。
「お前帰ったんじゃないのかよ!?」
「花村こそなんで……?」
「橿宮が心配で様子見に来たんだよ。そうしたら、家にいねーし。携帯かけたら近くから着信聞こえっし……。そしたらここにいて、びっくりした」
 水が流れているからか、川辺は思っているよりも寒く、陽介は震えた。気温が下がっていく夕暮れ時も相俟って、長く留まっていたら風邪を引いてしまいそうだ。
「とにかく風邪引く前に帰ろうぜ」
 促す陽介に「俺はもうちょっとここにいる」と日向は川面を見つめる。
「夜釣りとかで寒いのなれてるし。家よりもここのが落ち着くから」
「慣れてるって……そういう問題か?」
 呆れた陽介は、ふと日向の言葉に引っ掛かりを感じた。顔を顰めて屈み、日向を凝視する。
「橿宮まさかお前」
 陽介が言いたいことを察してか、日向が逃げるようにそっぽを向いた。しかし陽介はそれを許さず、日向の肩を掴み無理矢理自分の方へ向けた。
 とまどう視線が、陽介の目にぶつかる。
「……毎日遅くまでここにいるんじゃないよな?」
 問われた日向は答えない。
 重苦しい沈黙が、二人の間に横たわる。


 堂島家にあがるなり、陽介は日向を浴室に押し込んだ。ここまで連れて来るのに引っ張った日向の手が、芯まで冷えたようだったからだ。夜釣りで慣れてるから、と日向は平気がっていても、疲弊している身体で寒い河辺に留まるのは毒だ。
 室内は寒いし、暖房器具も置かれていない。
 せめてあったかいもの食べさせないといけないよな。テーブルに置いてあったカップ麺を見つけた陽介は、ガスコンロの横にあったやかんへ水を入れ、火にかけた。冷蔵庫も見てみたが、調味料の類のものしかなく、食材は殆ど見当たらない。
 家での食事、どうしてたんだ。冷蔵庫の扉を閉め、陽介は室内をぐるりと見回す。閑散とした空間。八月の終わりに皆でスイカを食べた日は、もっと賑やかだったのに。同じ場所でもこんなに感じるものは違うんだろうか。こんなところに、日向はあれから一人で過ごして。
 やかんの湯が沸騰してガスの火を切ったのとほぼ同じく、頭にタオルを被った日向がジャージ姿で出てきた。湯上がりのお陰か、さっきよりずいぶん血色が良く見える。
 日向は台所の戸口で足を止め、タオルの間からガスコンロの前に立つ陽介をじっと見た。
「借りてっから」
 顔を日向へと向け、陽介が言った。
「ちゃんとした飯がいいと思うけどさ。俺作れないし……。でもお前は何でもいいから少しは腹に入れとかねーと」
 日向はこくり、と小さく頷き居間にのろのろと歩いていく。それは食べるという合図か。上体を捻ってその姿を目で追う。
 ソファに座った日向は、膝を抱えて座った。ぼおっと虚ろな視線が、そこにはないものを探すようにあちこちへ動いている。菜々子も堂島もいないと理解しているが、それでも諦められない部分があるんだろう。やがて諦めたように、ゆっくり傾いた頭を膝頭に凭れさせた。
 川辺にいたところを見つかったせいで隠す気はなくなったのか、ジュネスで一旦別れる前とは打って変わり、日向が弱々しく見える。ぎりぎりのところで、どうにか正常に踏み止まっている危うい雰囲気を纏っていた。怒ったり、笑ったりするところにいたことはあっても、ここまで心細そうな姿は初めてだった。
 大切な存在を持つ人間は強い。しかしそれを失ってしまえば、その分崩れるのも容易い。
 ――立ち直れなくなるまでに。
 陽介は日向に近づき、彼の前に膝をついた。壊れ物を扱うような手つきで、自分の身体を抱え込む腕にそっと触れる。
「橿宮」
「俺、ちゃんと出来てない?」
 顔を伏せたまま、日向が掠れた声で言った。
「前はちゃんと出来てたつもりなんだけど……。駄目だな、出来てない」
 乾いた笑いに、陽介が眉を潜める。自虐が込められたような声が、一層不安を掻き立てる。
 日向が緩慢な動きで頭を上げた。些細な言動から、不安の原因を探して見つけようとする陽介の真剣な眼差しに、歪んだ笑みを口元に浮かべた。
「花村は、小西先輩が生み出した場所に行ける」
 テレビの中の世界のことか。陽介は黙して頷き、言葉の続きを待つ。
「里中も天城が生み出した場所に行ける。それは花村や里中が相手をとても大切だと思っているからだ。だから、思うんだよ。俺はりせがいなくても、あの天国に行けそうな気がする。菜々子のいるところに」
 今度は頷かなかった。肯定してしまうと、一人で勝手にいきそうだと思ったから。
「だからさ怖いんだよ。一人でテレビのある場所にいるのが。なりふり構わず入ってしまいそうになって。病院でも一度やりかけて、直斗に止められた」
 陽介ははっとした。帰り際、直斗が心配そうに日向を見ていたのは、日向が一人テレビに入りかけたその場に居合わせたせいだ。また、同じことをするんじゃないかと不安なんだろう。
「だから、なるべくテレビに近づかないようにあそこにいたのに。今度は花村に見つかっちゃうし、ついてない」
「ついてないって……。そういうのは言ってくれよ!」
「どうして?」
「どうしてって……」
 逆に問われ、陽介は答えに窮した。最初から答えられないと見通していたらしい。日向は陽介の言葉を待たず、淡々と口を開く。
「俺が不安がってたらそれは周りにも移る。そうなったら、うまくいくものも、いかなくなる。だから、いつもどおりって思ってるのに。うまくいかない。昔はもっと楽に出来てたのに」
 陽介は絶句した。周りのためだと、自分の感情を抑え込んで。そこまでして、日向はリーダーである自分の役目を果たそうとしている。
 リーダーになってほしい。そう頼んだのは他ならぬ陽介自身だ。彼ならば、安心して自分を任せられる。頼もしい背中にどこまでもついていける。そう思ったから。
 でも、それで日向が苦しいことに耐えなければならなくなるのは、間違っている。救ってくれたからこそ、こっちも助けたい。縋ってほしい。
「うまくする必要なんてねーよ!」
 思わず陽介は声を大にして言った。これだけは伝えておかなきゃいけない。必死になって、日向の腕を強く掴む。
「周りのためだからって、自分が我慢するのは止めてくれよ。お前には俺や、それにアイツらだっているじゃねえか!」
「花村」
「お前は確かに凄いけどさ、でも辛いなら頼ってくれよ。俺の影の時みたいに抱え込むなよ。俺だってお前のために何かしてやりたいんだよ!」
 俺はお前の助けになりたいんだ。その為ならどんなことだってしてやりたい。
「お前には俺がいる。お前が動けなくなったって、俺が支えて守る。守りたいんだ。それで、何とかする。絶対に。お前のためなら。どんなことだって何とかしてみせるから」
 そうやって、お前が幸せそうに笑ってくれるなら。
 しまっていた気持ちを吐き出して、陽介はぎっと睨むように日向を見据える。日向は何度も瞬きをして陽介を見返した。
 花村、と小さく名前を呼んで、伸ばされた日向の手が、陽介の腕を掴む。
 その仕草は、そうさせてくれることを許してくれるような感じがした。頼ってくれたんだよな、と陽介は自分の腕を掴む手に、心を震わせる。
 何だってするよ。お前の為なら。

 そして、俺は勘違いする。
 相手が、アイツがどう思ったのか、考えもせずにまた。





「――救済は失敗だ」
 カンに障る声で嘲笑いながら、映ったマヨナカテレビが始まりと同様、唐突に終わる。
 テレビに映った人物の言葉を聞き、その場にいた全員が頭を抱え床にへたり込む男を見た。菜々子を誘拐し、そして死に至らせた張本人――生田目太郎を。
 そう、菜々子は死んでしまった。彼女をとても大切に思っている存在の目の前で。
 それなのに、菜々子を殺した生田目は生きている。そして、罪を罰せられる事もなく、これからものうのうと生き続ける。
 何で。陽介はテレビに映ったもう一人の自分に怯える生田目を、自身でも驚くほど冷えた目で見た。何で、菜々子ちゃんが死んで、コイツが生きてる。逆だろう、普通。
 死ぬべきなのは――コイツだ。
 でも法はコイツを裁いてくれないかもしれない。
 なら。
 陽介は、仲間を見回して言った。
「俺はコイツを絶対に許せない。……やるなら今だ」
「やるって……花村。ど、どうやって」
 聞く千枝を見て、陽介はテレビを指差す。その画面は、人ひとり――生田目を簡単に放り込める程大きい。
 はっと何をする気か気づいた千枝が目を見開いた。
「テレビに落とす。……それだけだ」
 今までやってきたことをやりかえすだけ。今まで被害者が――早紀や菜々子が味わった苦痛を味わらせてやりたい。それだけのことを、生田目はしたんだから。
 しかし日向は「落ち着け」と言って止めた。生田目に伸ばした手を掴み、首を振った。
「何でだよ」
 邪魔をされ、陽介は苛立ちながら日向を見た。日向なら、肯定してくれると思ったのに。掴まれた手を振り払い「わかってんのかよ!?」と怒鳴った。
「菜々子ちゃんはこいつのせいで死んだ。さっきも見たろ!? こいつは何も反省しちゃいねえ。ほおっておけばまた救済とかぬかして同じことを繰り返す」
「……」
「菜々子ちゃんのためにも、今こいつを――」
 ぱんっ、と乾いた音が木霊した。陽介の頬にひりつく痛みが走り、その場にいた仲間が息を飲む。
 打たれた頬を咄嗟に手で押さえ、陽介は目の前に立つ存在を呆然と見つめる。
「……ふざけんな」
 陽介を平手打ちした日向は、怒気を抑えた声で言った。その目は、日向が母親のことを語った時に見せていたものと同じ、嫌悪と拒絶が入り混じっている。
「……お前も一緒かよ」
「何がだよ!?」
「お前がしようとしてること全部だよ!」
 日向が初めて声を荒げた。
「お前のは、俺や菜々子を理由にして自分のしたいことをするただの自己満足だろ!? ふざけんなよ。そんなことのために、俺やあの子を理由にしないでくれ!」
「橿宮……」
 陽介は日向の悲痛な叫びに気押され、立ちすくんだ。彼と早紀の姿が一瞬重なって見える。
「……もういい。もうたくさんだ」
 小さな声で言い捨て、日向は踵を返した。そのまま仲間の制止も聞かず、病室を出ていく。
 遠ざかる足音を聞きながら、陽介は自らを煽っていた熱が、すうっと引いていくのを感じた。日向を傷つけてから、ようやく自分が仕出かしたことの重大さを知る。

 ああ、俺はまたしくじったんだ。
 自分の考えていることが、そのまま相手の考えていることだと思い込んで。
 都合のいい考えを押し付けて、相手を追い詰めて――重荷になる。

 仲間の誰かが日向を追い掛けていくのが、視界の端で見えた。
 俺も追い掛けなきゃいけない。そう思っていても、陽介は足を動かすことが出来ない。


 耳の奥で、影の笑う声が聞こえた。

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