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Repeat after me.  2

長いので折り畳み



 日向がコロッケを食べ終わるのを待ってから、二人で高台に向かった。バス停を下りて坂を登りながら「お前は来たことある?」と先を歩く陽介が尋ねる。
 少し後ろを歩く日向は、辺りを見回しつつ「うん」と頷いた。
「学童保育のバイトで来たことはあるけど。子供の世話ばっかりで、ゆっくりした記憶はない」
「そりゃちょっともったいないな。結構景色いいんだぜ。――ほら早く来いって!」
 陽介は行く足を早める。弾む歩調に「何かバイトしに来たみたいだ」と日向が子供の面倒を見ているような眼差しを陽介に向けた。
 坂を登る途中にある分かれ道を進む。道に残った落ち葉を踏み締めて行けば、大きく開けた場所に出た。鮫川にあるのと同じ東屋を見て「ここ、バイトの場所だ」と日向が言う。
「へえ、そうなんだ。知らなかった」
 陽介の呑気な口調に、日向が冷たい視線を向けた。
「お気に入りの場所なんだろ。しょっちゅう来てるなら一回ぐらい鉢合わせしてもおかしくないけど」
「でも会う会わないとかってタイミングとかもあるだろうしな」
 陽介は柵の方へ歩き、「でもお前のバイトするところは見てみたかったかも」と東屋を見上げる日向を振り返った。子供に振り回される日向を想像し、どうして鉢あわなかったんだろうと残念がる。バイトの時間、聞いておけばよかった。
 日向が陽介の隣に並ぶ。初めてじっくり見る高台からの景色。高い視界から臨む稲羽の町並みに「すごいな」と感心した。
「ここまで町並みが見えるなんて思わなかった。もっと早く気づけばよかった」
「だろ」と同意を得られ、陽介は満足そうに笑った。柵に両手をついて、町を見下ろす。
「ここが俺のお気に入りの場所。引っ越したばかりの頃、よく来てぼおっとしてた」
 日向がはっと陽介を見た。陽介は視線を町に向けたまま、ははっ、と力無く笑う。
「あん時は商店街のやっかみとかひどくてさ。学校でもジュネスの息子とか変な目立ち方しちゃったし。とにかく気分が腐りっぱなしだったから」
「……花村」
 気遣うような声音で、日向が陽介の名前を呟いた。陽介が見れば、やはり不安そうな顔をしている。
「そんな顔すんなって」
 陽介が明るく笑って、日向の肩を叩いた。
「前は確かに嫌なことがあるから逃げるように来てたけど。もうそんなことないから。今は――ここにくると守れたんだなって、俺らがやって来たことが実感できるっつうか……」
 陽介は改めて眼下に広がる町並みを見下ろした。そして、実感する。
「引っ越したばかりの頃、あんなに嫌いだって思ってた町が、今は大好きだ」
 偏見や、やっかみとか全部消えた訳じゃない。だけど、それでも嫌いにならない自分がいる。
 この町には大切なものだってたくさんあった。
「そう思えるのも橿宮のお陰だと思う」
 陽介は身体ごと日向に向き直った。晴れていても空気は冷たい。見つめる日向の鼻や頬は赤くなっている。
 じっと日向の目を見つめ、陽介は引き結んだ口を開いた。
「なあ、お前の中にも自分の影の記憶は残ってる?」
「うん」
 陽介の視線を受け「戻ってきてる」と真摯な表情をした日向が、自分の胸に手を当てた。その時を思い出すように、そっと瞼を伏せる。
 陽介は続けて尋ねた。
「じゃあ俺の影が消えた辺りのことも覚えてる?」
 あの時、陽介の影は日向の影のすぐ側にいて会話も聞いている。日向の言葉通り影の記憶が戻っているなら、陽介の影が言っていたことも覚えているはずだ。
 陽介は、消える寸前自分の影が言っていた言葉をゆっくり口にした。
「影が消える寸前言ってたよな。最初俺を受け入れようとしてたときに日向のことをどう思っていた――って」
 陽介は、テレビに放り込んだ早紀が生み出した場所で、日向に言われた言葉を思い返した。
 ――誰だって、同じようなもんだ。
 今なら、そう言った日向の心情を、陽介は理解出来そうな気がした。誰にだって見せたくない一面があるし、それでもその部分を認めてほしい気持ちもある。自分や仲間がそうだったように。日向もまたそうであるように。
 思いの形は違えど、それは誰の中にもある。
 だけどあの時の陽介にはそれがわからなかった。そして、わかったような口ぶりをする日向がただ煩わしかった。
「正直に言うな」
 陽介は決まり悪く頭を掻きながら、情けない表情で眉を寄せた。
「俺、あの時、お前なんて嫌いだって思ってた。何でそんなこと言われなきゃいけないんだよって……ずっと思ってた」
 そして影はこうも言っていた。それに反発するものはなんだ、と。
「嫌いの反対っつったら、ねぇ、もう好きしかねーじゃん」
 出てきた答えに、陽介は思わず自分で呆れたように笑いが零れてしまう。
「俺が受け入れきれなかった影は、ずっとお前のことが好きだったんだ」
 そう考えれば、今まで影がとっていた行動に理由がついた。
 影が陽介を殺さなかったのは、本体を殺せば自分も消えるからだと言った。消えてしまったらもう、日向に会えなくなるし見てもらえなくなる。自分を助けた理由を聞きたいのも、日向の気持ちが知りたいから。守りたいのも生きててほしくて。だから無茶をする――好きだから。
 それに気づいた陽介は、あの影はやっぱり俺なんだ、と納得してしまった。やることが早紀に思いを寄せてた時、自分でも同じことをしていただろう。考えることが似通っている。
 しかし陽介の早紀に対する思慕の念は、日々を経つごとに感謝の色へと変わっていった。退屈な毎日に嫌気がさし、ふて腐れていた自分を変えてくれたきっかけをくれたのは、間違いなく早紀だった。ウザいと思われていた事実を知っても、嫌いになれない。
 そして今、俺が一番好きなのは――。
「一度ふっといて、調子いいのはわかってる」
 しかも、今更言うなんてお門違いかもしれない。
「でも言わせて」
 陽介は声が上擦りそうになりながらも、日向に思いの丈をぶつけた。
「影がそうだったからとかじゃない。俺は、自分の全部引っくるめて――橿宮が好きだ」
 微かに声を震わせながら紡ぎ出された告白に、日向が目を見開いた。薄く開いた唇が震え「……え?」と小さな呟きが、冬の空気に溶けてすぐに消える。
「お前はもうすぐ帰っちゃうけど。離れたって気持ちとか、絆とかそう言うもんで繋がれるような、そんなお前の特別になりたいんだ」
 陽介は自分の気持ちをありのまま日向にぶつけた。どんな結果になっても後悔しないように。
「お前が、俺の特別なように。別れても――ずっとお前といたいよ、橿宮」
「……花村」
 日向がやっとのことで陽介の名前を呟く。しかしそれから言葉が続かない。口がぱくぱくと開閉し、声にならない言葉を伝えようとする。
 どうしよう、と左手で顔半分を覆い、困惑しきった日向が首を振った。
「言葉が出ない」
「橿宮?」
 日向の異変に陽介はつい手を伸ばすが、肩擦れ擦れで指先がさ迷ってしまう。こう言う時はどうするべきか、告白したばかりの頭はうまく働いてくれない。
 日向は顔を覆う左手はそのまま、右手で胸元をきつく握りしめ、感極まったように言った。
「言いたいことが沢山あるのに出ないんだ。どうしよう、言いたいのに」
「い、いいって! そんなすぐ出さなくても」
 苦しそうな様子に陽介は慌てて、思わず肩を掴み宥めた。しかし日向は、陽介の言葉を頑なに「やだ」と突っぱねる。
「俺は今言いたい。言いたいんだ」
 日向は縋るように、陽介の両腕をきつく掴んだ。子供みたいに首を振って、自分のわがままを突き通そうとするように見えた。いつもだったら反対の立場だろう陽介は、対処に困り「橿宮」と日向の肩に乗せた手を移動させ、腕を摩る。
 宥めるような手の動きに、日向が弾かれたように顔を上げた。自然と近くなった距離。間近で見つめ合う互いの瞳に相手が写った。鼻先が日向のそこに触れそうになり、陽介の身体がびくりと強張る。
 ふと、日向が駄々をこねるように掴んだ腕の力が、弱まった。陽介を凝視し、口の中である言葉を囁く。
「……幾千の言葉よりたった一つの行動が心を震わせる……」
「……え?」
 あまりに小さくて聞き取れない。陽介は何と言ったのか、日向に尋ねようとした。
 その時、腕を掴んでいた日向の手が、陽介の後頭部に回る。
 ――引き寄せられた。
「……っ!?」
 陽介は一瞬、自分に何が起きたのか理解出来ず、固まった。すぐ近くで閉じられた日向の瞼が目に映る。
 日向の唇が、陽介の唇に触れていた。余裕もなく押し当てられただけのキスは、一瞬で離れたが、それだけでも脳髄に痺れるような震えを走らせる。
 離れても唇に残る感触に、陽介は赤くなって口を覆う。
「……これが俺の言いたいことを纏めた結果」
 両腕を陽介の首に回したまま、日向が「伝わった?」と表情を向日葵のように綻ばせた。
「……おっま」
 陽介は言いかけて止める。今度は陽介が手を伸ばし、掌で日向の顔を優しく包み込んだ。指先で耳の後ろを擽るように動かし、額と額を擦り合わせる。
「今度は俺から……していい?」
 懇願するような響きに、日向は「今更許可もらう必要なんてないだろ」と揶喩して笑った。
「頂戴。俺に花村を全部。小西先輩が好きだったお前も。俺のことを好きだと言ってくれた影も。――今のお前も全て俺に」
 陽介は返事をしなかった。その代わり顔を近づけ、唇を重ね合わせる。
 繰り返し唇を合わせ、キスの回数が重なり増えていく。だがそれでも足りないように日向は求め、後ろに手を回す力は弱まることをしらない。陽介もまた、このまま離れたくないように、日向の顔を包んでいた手を背中に回し、きつく抱き竦めた。
 言葉はいらない。
 腕の中で感じる日向の温もり。
 それが今感じる、陽介の全てだった。

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