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Memories of the world

長いので折り畳み


 惜しむようにさよならの挨拶を交わして、仲間はそれぞれ家路に就いていく。そしてクマはテレビの中にまた戻っていった。遠い在りし日の姿に戻った美しい世界の中、霧の晴れた事実をもっと感じていたいんだろう。
 クマが恐れているようなことは起きない。テレビの中の世界も現実も、霧に覆われたりしない。もし今回のようなことがまたあっても、同じように乗り越えてみせる。
「……で、送ってっていいよな」
 最後まで日向の側に残っていた陽介が、二人きりになった途端そう申し出た。浮かべる笑顔は断られるとは露とも思っていない。
「うん」
 日向も陽介の行動を読んでいたのか、直ぐさま頷いた。どこか期待もしていたんだろう。嬉しそうに目元が緩んでいる。
「じゃあ、行くか」
 嬉しそうにはにかんだ陽介が、歩き出す。
 歩きかけた足を止め、日向は一度後ろを振り返った。そこには何度も画面からあの世界に飛び込んだテレビがある。
 真っ暗な画面をじっと見つめた後、ふっと笑って視線を前に戻した。そしてしっかりとした足取りで歩き出す。


 ジュネスから出た外は、雨が止んでいた。
 曇っていた空から晴れ間が覗き、太陽の光が白く差し込んでいる。
 それは、これからの日向の門出を祝しているように見えて。
 空を見上げた陽介は目を細めた。

 明日、日向は稲羽からいなくなる。
 もう今までのように、会えない。

 ――けど。


「ここを歩くのは今日でしばらくお預けだな」
 鮫川に差し掛かった時、川辺の方に顔を向け日向が感慨深く言葉を口にした。
「こうやって二人で歩くのもな」
 そう言いながら陽介の視線は東屋の方へ向いている。日向も同じ方を向いて、「あ」と何かを思い出して足を止めた。
「覚えてるか? 初めてここに二人で来た時すごい気まずかったよな」
「ああ!」と陽介は日向の方を振り向いて、過剰に反応する。そして手を叩いて、おかしそうに笑った。
「あん時のお前の顔すっげー仏頂面だったよなー。あれ見て来たの一瞬後悔したし!」
「そういう花村こそ笑みが引き攣ってたよな」
 日向も口元に手を当て、声を抑えて含み笑う。
「本当は来たくなかったのが見え見えで」
 二人は横目で互いを見合わる。一瞬沈黙が流れるが、すぐにそれは破れ、青空に二つの笑い声が響いた。
 初めて堂島家を尋ねた春の日。あの時は日向とこんな風に笑いあえるなんて思えなかった。
 ぎくしゃくしていて、目を合わせることもなくて。
 仲良くなれることもないと、思っていたけれど。
「――花村」
 表情を改めた日向が、不意に陽介の手を握りしめた。両手で片手を包み、ぐっと力を込める。陽介は握られた手に視線を下ろし、すぐ日向の顔へと戻した。
 日向は微笑んでいた。出会った時よりもずっと、穏やかな顔をしている。
「俺さ、戻ったら少し頑張ってみようと思うんだ。母親のこととか」
 日向はゆっくり静かな口調で、自らの決意を語り出す。
「他にも諦めてたこととか色々あるし。今まで逃げてたこと、どうにかしてみようと思う。すぐに結果が出ないのも承知の上だ。それでもこの一年やって来たことを思えばどうってことない」
 日向はある方向を見上げた。その方角には、明日には自分が戻る場所がある。
「俺さ、好き勝手なことを言う奴が嫌いだった。自分を振り回す母親が嫌で――だから俺は大人になんかなりたくないってずっと思ってた。あんな風になってたまるかって」
「……」
「だけどそれは俺も同じだった。自分の勝手で花村たちを振り回して……馬鹿だよな。自分のことばっかりで、誰かのことを考えもしなかった」
「それは誰だって同じだろ」
 陽介はかつて日向と同じことを言った。
 誰だって同じなんだ。誰かのために何かをしようとしても、空回ってうまくいかなくて、どうしたって傷つけてしまう。
 苦しみ、悩みながらそれでも何とかしたくて、もがいて、方法を探していくことだって。きっと誰にでもある気持ちだ。
「……そうだな」
 日向が唇をたわめて笑った。
「だからこそ、今度は逃げない。ちゃんと現実と向かい合って、大人になっていこうと思う」
「お前ならやれるよ」
 陽介が背中を押すように励ましの言葉をかけた。
「俺が太鼓判押してやる」
「うん」
 陽介の言葉に日向が頷き、握りしめた手を解いた。ズボンのポケットにその手を突っ込み、何かを取り出す。
「これを、花村に」
 陽介の掌を上に向け、日向はそこに取り出したものを乗せた。
 アクリルで作られたキーホルダーが、陽介の掌の上で太陽の光を受けて光った。楕円型のそれには四つ葉のクローバーが埋め込まれている。
「これ……どこで?」
 キーホルダーに視線を注ぎながら尋ねる陽介に、日向は「だいだら.で頼んだ」と照れながら答えた。
「あ、でも四つ葉は自分で探したんだ。なかなか見つからなかったから、菜々子や勇太に手伝ってもらったりも、した。……だからその四つ葉、結構貴重だったりする」
 少し恥ずかしそうに横を向いて、日向がぼそぼそと口を動かす。頬がうっすら赤くなっていた。
 俯きつつ、陽介の方を向いた日向は、赤い頬のままで言う。
「バイクの免許取ったらさ、それキーにつけて会いに来てほしい。その時には俺、もうちょっと成長してる姿見せれるように頑張るから」
「……橿宮」
「ありがとう花村」
 日向が思い切ったように赤い顔を上げた。
「前言ったよな。お前は俺に何もしてやれないって。でもそんなことないよ。お前はつまらなかった俺を変えてくれた。こうして花村の特別でいられる自分を、嬉しく思う」
 満面の笑みで、日向が笑った。陽介がいつも好きだと思った、菜々子に見せる、あの顔で。
 キーホルダーが乗せられた陽介の手を上から握り、力を込めた。
「花村。俺はもう明日ここからいなくなるけど覚えていて。俺は幸せだよ。すごく。ここに来て、みんなに――花村に会えて、本当に良かった」
「ああ」と陽介は頷いた。日向に負けないよう笑って見せる。
「絶対覚えてる。俺もまたお前に会うまでにもっといい男になってやるから。だからそれまでお互い」
「――うん。頑張ろう」
 手を繋いだまま、陽介は日向に顔を寄せた。
 短いキスの後唇を離した二人は、額を合わせたまま肩を震わせて笑う。
 触れる温もりがいつだって変わらないように。二人を繋ぐ絆も変わらず確かに存在している。
 これからも、ずっと。





 日向を乗せた電車が、遠ざかっていく。
 どんどん小さくなる影を、誰もがホームの端で見えなくなるまでずっと見つめていた。
「行っちゃったね……」
 大きく振りつづけていた腕を下ろし、電車が消えた方向を見た千枝が、寂しそうに呟いた。仲間の気持ちをそのまま代弁する言葉に、皆が深く頷く。だが表情には惜別の情が残っていたが、悲しみはなかった。
 これは永遠の別れじゃない。また会える日は訪れる。
 きっと皆がそう、思っている。


 皆でジュネスヘの道のりを歩く。これから寂しさを吹っ飛ばそう、と千枝の提案でフードコートへ食べに行くことになった。昨日も食べに行ったし、これも肉食べる口実なんじゃないかと陽介は勘繰るが、悪くない。後で菜々子と堂島も来るので、今日はさぞ賑やかになるだろう。
 ぞろぞろと仲間が固まって歩く後ろを、陽介は一人歩いていた。一人いない光景に早くも物足りなさを感じてしまう。さっき別れたばかりなのに。
 鮫川に架かる橋の途中で、陽介は足を止めた。
 日向が好きだと言った場所。
 眺める川面が、春の陽射しに反射して煌めく。暖かな風が髪を嬲り、頬を擽った。
 平凡な町並み。一年前と変わらない景色。
 事件が終わって、劇的に変化した訳じゃない。だけど今目に映る世界は、以前よりずっと鮮やかに陽介には見えた。
「――橿宮。俺はここで生きてくよ」
 全部終わって残ったのは特別じゃない自分。これからも毎日は変わらずやってくるけど、その一日を大切に生きようと思う。自分をごまかさずに、騙さずに。
 前みたいにふて腐れていた日も。事件を追いかけていた日々も。これからの明日も。全部が大切な一日。
 早紀が生きられなかった一日で、これから日向に会うために頑張る一日だから。
 感じる寂しさも、日向に今度会うための力に変えて生きていく。
 陽介はジーパンのポケットに手を突っ込んだ。日向に手渡されたキーホルダーの感触を確かめ、呟く。


「絶対お前に会いに行くから。――待ってろよ」


 大丈夫。絶対会える。
 そう思える自分がいるから。


 口にした言葉は希望に満ちている。待ってるから、と電車に乗る寸前見せてくれた日向の笑顔を思い出し、そっと微笑むと、また歩き出した。

 新しい世界で、これからの日々を自分らしく生きる一歩を。


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