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サマーデイズ



 開けた窓から吹き込む風が、カーテンを揺らす。まだ太陽が高く昇っていない朝のせいか、居間はそれほど暑くない。
 陽介は近くで小気味よくキーボードを叩く音を聞きながら床に座り、ローテーブルの上に置いた雑誌を読んでいた。昨日出たばかりの音楽雑誌で、最近CDを集めはじめたアーティストの特集が組まれている。
 隣ではソファに座った日向が、真剣な表情でローテーブルに乗せたパソコンを見ていた。ネットに繋がれたその画面には、料理のレシピが集められたサイトが表示されている。肘を膝についた前屈み気味の体勢は少し窮屈そうだが、本人はそれに気を囚われることなく、マウスを操作していた。画面をスクロールし、じっとレシピを見つめ、かと思えば、材料を検索し、熱心に他を探し続けている。
「陽介」
 画面から目を離さないまま、日向が呼んだ。
「今ジュネスでは何が旬で売れてる?」
「んー?」
 生返事をし、頁を捲る手を止めた陽介は、天井を見上げて考える。
「今だったら……、やっぱ夏野菜とか、あと夏休みのせいもあってバーベキューの肉とかか。そういうのだな」
「肉……。夏野菜……。どんなのがあったっけ、夏野菜……」
 トマトも夏野菜だよな、と呟き、日向が文字を打ち込んでいく。真剣な横顔を見て「なんだったら後でジュネス行こうぜ。その後また探すのもありだろ」と陽介が提案した。
「ついでに本屋とかよってさレシピとか載ってるの立ち読みでもいいだろうし」
「……そうだな」
 画面に意識が集中して気がそぞろになっている日向に、陽介の口許が僅かに緩んだ。
 見つめられてることに気づかず、日向の視線はパソコンに集中したまま。妙に所帯じみた風に見えるけど、そこがまた好きだと陽介は思ってしまう。
 夏休みも半ばまで過ぎたある日、突然日向から「パソコンからネットをさせてほしい」と頼まれた。昼も菜々子がいるので、献立を考える回数が増えたらしい。だが最近同じようなメニューになることが多く、料理のレパートリの貧相さに情けなくなったそうだ。
 そこで研究がてら作れる料理の幅を増やそうと日向が選んだ手段はパソコンだった。堂島家にパソコンはなく、こうして花村家にあるものを使わせてほしい、と頼みに来ている。
 一学期に何度も日向の弁当をご馳走になった陽介に、断る理由はない。彼に貢献して、少しでも喜んでくれれば幸せになれる。
 それに単純な話、隣に日向がいるだけで陽介は満たされていた。会話がなくても、無理に話題を探す必要は彼の間にはない。
 心地よい沈黙は相手が日向だから生まれる。
 陽介は再び開いていた雑誌へ視線を戻した。


「陽介」
 それから十数分後。マウスをクリックしながら、画面に目線を固定した日向が陽介を手招きした。
「これのレシピを印刷したいけど」
 日向が指差す画面上には、トマトと鶏肉を使った煮込み料理のレシピが表示されている。材料の一覧を見て、こんなの作ろうとしてんだ、と陽介は感心しながら「りょーかい」と腰を上げた。
「印刷すんの、それだけでいいのか?」
「あと二三目星つけてるんだけど」
「じゃあそれもプリントしちまえよ。レパートリ増やしたいんだろ?」
「悪い。ありがとう」
 感謝の言葉を背に受けながら、陽介は手早く居間に置かれた棚の上にあるプリンターに被せられた布を取った。父親の手伝いを家でも手伝わされているお陰もあり、慣れた手つきでケーブルを繋げる。
 日向に代わってパソコンを操作し、電源が入ったプリンターからレシピが印刷されていく。吐き出された紙を束にして、それを日向に差し出した。
「ありがとう」と日向が笑って受け取る。印刷されたレシピを順番に見て、「じゃあ行くか」とパソコンの電源を落とした。
「行く? 行くって……どこに?」
「ジュネスに行こうって行ったのは陽介だろ?」
 丁寧にレシピを折り畳み、ソファ脇の床に置いていた鞄に入れた日向は立ち上がる。にっこり笑い、近づいた陽介の肩を軽く手の甲で叩いた。
「パソコンのお礼。台所使っていいなら、どれか作らせてくれ」
 どれか、とは印刷された幾つかのレシピのことだろう。
「マジで!?」と陽介は驚き、そして言葉の意味を理解して満面の笑みを浮かべた。どうやら今日は、橿宮マジックを堪能させて貰えそうだ。しかも出来立てを。
 よっしゃ、と大袈裟に喜び陽介はガッツポーズを取る。あまりのはしゃぎように、日向が「落ち着け」と窘めた。
「じゃあ行くか。ついでにシフト入ってるクマの様子を見に行こう」
「サボってなきゃいいけどな。あ、ご飯作ることは言うなよ。バレたら絶対うっさいだろうし」
「そう邪険に扱うな。せっかく仕事頑張ってるんだ。ちゃんとクマの分も作り置きする」
 それを聞き、陽介はちょっと残念になった。だがすぐ気を取り直す。クマのは作り置き。俺のは出来立て。なら出来立ての方がいいに決まってる。
「はいはい、わっかりました」
 納得した陽介に日向が「うん」と頷く。そして「行こうか」と鞄を手に持った。すぐ横を戸締まりを済ませた陽介が付き添い、二人は居間を出る。
 静かになった居間。外に向かう二人の足音が、誰もいなくなった部屋に遠く残響した。

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