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ドライヤー



 ある夏の日。堂島家へ泊まりに来た陽介は、風呂を済ませ濡れた髪をタオルで吹きながら居間に足を向けた。
 つけたテレビからクイズ番組で解答に悩むタレントの声が聞こえる。それを同じく泊まりに来ていたクマが答えがいつ出るのかと固唾を飲んで見守っていた。
 クマの後ろでは、陽介の前に風呂へ入っていた菜々子が、行儀よく座っている。毎日二つに結ばれている髪は解かれ、いつもと違う感じがした。その菜々子の後ろで膝を立てた状態の日向が、ドライヤーを従姉妹のまだ湿っている髪に当てている。熱くないよう注意しながら、巧みに動かしつつ手櫛で優し梳いていた。
 台所から居間の敷居一歩前で立ち止まり、陽介は二人の仲睦まじい光景を見つめる。従姉妹の乾かしている日向も、従兄弟に髪を乾かして貰っている菜々子も揃って嬉しそうな顔をしていた。
 日向がドライヤーを止めて、脇に置いた。そして卓に置いていた櫛を持ち替え、丁寧に乾いた髪を整えていく。
「はい、おしまい」
 日向が菜々子の肩を叩いて、終わりを告げた。
「ありがとうお兄ちゃん」
 立ち上がって日向に向き直った菜々子は、すっかり整えられた髪に触れると、はにかんで礼を言った。日向は「どういたしまして」と言った後冷蔵庫の方を見る。
「オレンジジュースとプリンが冷やしてあるから。クマと一緒に食べて」
「いいの?」
「うん。でもおなか壊すといけないからジュースの飲み過ぎには注意な」
「はーい!」
 元気良く返事を返し、菜々子は嬉しそうに弾んだ歩調で冷蔵庫に向かった。台所で立っている陽介を見つけ「陽介お兄ちゃんのも用意するね!」と言って横を通り過ぎる。
「ありがとう、菜々子ちゃん」
 冷蔵庫を開ける菜々子を暖かい気持ちで見ていると「陽介」と日向に手招きされた。誘われるまま近づくと、ソファに座り直した日向が「ここに座って」と自分のすぐ前の床を指差す。
「菜々子のついでだ。お前の髪も乾かす」
「え、俺も?」
「お前も」
 至極当然に頷き「早く座る」と日向が急かした。陽介はクマや菜々子の目があることに一瞬躊躇したが、結局大人しく日向の前に胡座をかいた。すると突然「ちゃんと拭いた? まだ水垂れてる」と日向が言いながら陽介の首にかけてあるタオルを取る。そして濡れている頭に被せたタオルの上に手を置き、強めに水気を拭い取る。乱暴な手つきに、陽介の頭ががくんがくんと大きく揺れた。
「ちょ、ちょっとタンマ。キツすぎ! もうちょっと優しく!」
「文句言わない」
 目を白黒させて抗議する陽介を一言で抑え切り、尚も日向の手は動きを止めない。耳の後ろやら後頭部やら一通り水気を拭われようやく解放されたかと思いきや、すかさずドライヤーの熱風が当てられた。
「熱かったら言って」
 かくかくと陽介は頷く。脳を揺さぶられて、うまい返答が思いつかなかった。
 ドライヤーの熱風が、髪についた水気を乾かしていく。ふわふわ揺れる髪を日向の指が、何度も梳いていく。タオルの時のような乱暴さで乾かされるんじゃないかと戦々恐々していた陽介は、手つきの優しさに安心した。
 クマと菜々子がテレビの前で揃って座り、テレビのクイズ番組を夢中で見ていた。出会って一ヶ月と少しだが、随分仲良くなっている。それはクマの人懐っこさのせいか、それとも菜々子の下手な大人より広い寛容さのお陰か。女性に見境ないきらいのあるクマだが、菜々子にだけは紳士的に接しているので安心して見ていられる。
「陽介の髪っていいな」
 突然後ろから黙っていた日向が話し掛けられ、陽介は驚いた。反射的に振り向きかけ「前を向く」と強引に手で押し戻される。
「いいって、何がいいんだよ」
 落ち着きなく胡座をかいた足を組み直し、陽介は聞いた。
「陽介の髪。濡れた髪が乾いていくとさ、ふわっふわになって、撫でる手触りがたまらない。ずっと触っていたいかも」
「俺はちょっと勘弁かなー」
「どうして?」
「だって、たまんない気持ちになっからさ」
 髪に触れる手つき。そして髪を梳く指の感触がぞくぞくと背中に震えを伝わらせ、熱になって下の辺りにたまっていく。もしここにクマと菜々子がいなければ、抱き締めていた所だ。欲情とか、クマはともかくまだ幼い菜々子に見せてはいけない。
 ぐっと腰の辺りに力を込め、陽介は日向を振り向いた。
「まぁ、二人きりで? また泊まる時とか? そう言う時だったらずっと触っててもいいけどな。風呂とかも入らなきゃいけないだろうし」
「……それは思いきりある状況下の事をさしているだろう」
 呆れる日向に陽介は「だって、菜々子ちゃんの前で流石にアレなことは言えねーしな」と言った。
 ちらりと菜々子の背中を見て「……それもそうか」と日向も納得する。
 ドライヤーのスイッチを切られ、吹き出す熱風が止んだ。前を向かされ手に持った櫛で髪を梳かれる陽介は「それで?」と日向に尋ねる。
「俺の提案どうっすかね、センセー」
「毎回本当にさせてくれるのか?」
「橿宮が望むなら」
 考える間もなく、日向からすぐに返事が返ってきた。
「じゃあ今度はいつやらせてくれるのか、考えてくれよ」
「もち!」
 陽介もすぐに頷いた。そして、クマと菜々子がテレビに夢中なのを確認し、優しく髪を乾かしてくれた恋人の指に唇を落とした。

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