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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

前向き思考 千枝


 彼は不思議な人だ。
 頬杖ついて千枝はちらりと隣りの席に座る男を見る。そこにはつい先日転校してきたばかりの橿宮日向が、陽介と会話していた。都会から来た者同士気が合うのか、知り合った二人ははじめて会ったその日から、やたらと一緒にいる。
 陽介は席が日向の後ろだが、わざわざ彼の横まで移動している。オーバーリアクションに手を振ったり笑ったりして、それはもう楽しそうだ。
 対して日向の方はと言えば、表情が真顔に近く、楽しいのかどうか千枝からは判別がつきがたい。
 初めて会った時からそうだった。こちらから尋ねればきちんと質問に答えてくれるし、他愛ない話だってしてくれる。だが、日向と話していると、千枝はどうしても不安になってしまう。
 日向の表情は変化の起伏が乏しい。楽しいのか、それともつまらないのか顔を一瞥しただけでは分からない。声の調子も平坦で、もしあの真顔で冗談を言われたら、うっかり信じてしまいそうだった。
 楽しんでるのかなー、とか不安にならない?
 そう千枝自身、抱いている疑問を陽介にぶつけたら「アイツはあれが地なんだよ」とあっさり答えが返ってきた。
「つか、ちゃんと見てみれば楽しんでるなーとか、そういうの分かるぜ」
 陽介はそうあっけらかんとして言っているが、それはお互いがよく一緒にいるせいだろう、と千枝は思う。こっちはつい先日まで雪子のことで手一杯で、あまり日向と会話する余裕もなかったからだ。
 テレビの中へ放り込まれた雪子が、霧の日に死んでしまうかもしれない。そう思うと気が急いて、他のことは目の前を靄が通り抜けていく感覚が常にしていた。そのせいで日向や陽介に何度も迷惑をかけてしまったが。
 どんなことを考えているのかな。どんな顔して笑うんだろう。
「――里中?」
 ぼおっとそんなことを考えていると不意に名前を呼ばれた。びくりと肩を跳ね上げ我に返ると、さっきまで陽介と話していた日向が、いつの間にかこちらを見ていた。
「ついてる?」
 日向は自分の顔を指差した。
「うっ、ううん! なーんにも! ついてないよ!」
 いきなり話しかけられた驚きから、千枝は慌てて首を大きく振った。それからさっきまでいた姿が見掛けないことに気付く。
「あれ、花村は?」
「トイレ。もうすぐ休み時間が終わるから」
「そ、そか」
 会話が途切れてしまい、どうしようと千枝は焦る。こんな時、どんな会話をしようか、全然考えていなかった。
 話題を探していると「大丈夫」と日向が言った。
「え?」
「天城はちゃんと助けられた。まだ回復するには時間が掛かるだろうけど、もう心配はない」
 どうやら、雪子を心配していると思ったらしい。声は平坦なままだったが、そこには確かにこちらに対する気遣いが見える。テレビの中から雪子を助けても、まだ千枝は不安がっているように日向からは見えたのだろう。
「あ、ありがと……」
 くだらないことを考えていた申し訳なさから、千枝は肩を小さくしながら言った。
「うん」と頷き、日向は千枝から視線を外した。机から次の授業の教科書を取り出す日向を横目に、千枝は胸を押さえて気付かれないよう息を吐く。すごく、びっくりした。
 やっぱり、日向が何を考えているのか、よく分からない。さっきの短い会話だけでは、それを掴むのは至難の技だ。
 だけど、分からないからって話すのを敬遠していたら駄目なんだろう。薄くても、ちゃんと目を凝らせば、彼の言葉に感情の色があるのが見えるのだから。
 よし、と膝に乗せた手を握り締める。
 今まで男友達は何人もいたが、日向みたいなタイプはいなかったので、どうしても意気込みすぎてしまう。
 けど彼にはもう、自分の一番嫌な一面を見られてしまった。今さら何を怖がるのか。
 ようし、やってやろうじゃないのさ。
 持ち前の前向き思考で千枝の気分が浮上する。
 陽介並に日向の感情を読み取れるようになろう。目下の目標を決めた千枝は今度は会話が途切れないよう、話題を考えながら、次の授業が始まるチャイムを聞いた。

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