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染め物屋にて 完主




 完二に続いて巽屋の暖簾を潜ると、わぁ、と菜々子が感嘆の息を零した。染め物屋という見慣れない店内に飾られた色鮮やかな生地に、目を奪われる。
 中を見回し、菜々子は「お兄ちゃんきれいだね」と後ろで微笑んでいる従兄弟を振り向き、素直に思ったことを伝えた。
「うん、そうだね」
「べ、別にそんな……大したもんじゃねっスよ」
 菜々子に褒められ、それを日向に肯定され、完二は口では素っ気ないものの、満更でもなかったようだ。口は緩み、嬉しそうな目をしている。
「じゃあ適当に見て待っててください。すぐ戻りますんで」
 店に上がった完二は奥に引っ込んでいく。自室に向かう階段の音を聞きながら「じゃあ、待ってようか」と菜々子に言った。
「うん!」
 元気に頷き、菜々子は並べられている生地に近づく。きれいだね、と呟きながらそれを眺めていた。
「菜々子はこの中でどれが一番好き?」
 日向がそっと隣に立って尋ねた。
「ん、とね」と菜々子はじいっと見比べ、迷いながらも一つの生地を指差す。
「これ!」
 それはいつも髪を結んでいるリボンと同じピンク色。持っている服とかもその色が多く、好きなんだな、と日向は微笑んだ。
「あらあら、ありがとう」
 おっとりとした声がする。物音に気づいたのか、完二の母親が「ごめんなさいね、完二がお待たせしちゃって」と奥から出てきた。そして日向の隣にいる菜々子に「こんにちわ、かわいいお客さん」と笑いかける。
「こ、こんにちは」
 菜々子もぺこりと頭を下げた。行儀のよさににこにこ笑い「こんなお店でよかったらゆっくりしていってね」と完二の母親は綻んだ頬に手をやった。
「うれしいわ、お嬢さんが選んだの、ついこの前染めたものなのよ」
「そうなんですか」
「そめるって、どうやってそめてるの?」
「それはね……」
 菜々子の問いに完二の母親が答え、店内は俄かに染め物教室のような感じになってしまう。その様子に、「お待たせしました」と戻ってきた完二は、微妙そうな顔をした。
「何やってんすか。つうかお袋、先輩らに何吹き込んでんだ」
 今まで散々家での様子をばらされている完二は、母親をきつく睨んだ。しかし母親も負けず「かわいいお客さんに染め物のことを教えてただけよ」と言い返す。
「うん。色々おしえてもらったよ。そめものってすごいんだね!」
「そっか」
 ならいいけどよ、と菜々子の言葉に、完二は溜飲を飲んだ。そして持ってきた箱を手にし段差の上で膝をついた。
「ほら、菜々子ちゃん。好きなの選びな」
 蓋を開けられた中身を見て「すごーい!」と菜々子がはしゃいだ。箱には完二が作った小物が入っている。生地の端切れを使ったらしい。店に置かれているものと同じ柄のものがいくつかあった。
「悪いな完二」
 日向は、一つずつ小物を手に取る菜々子に、目を細めていた完二に言った。偶然出会って、誘われて。思いがけない菜々子へのプレゼントに、少し恐縮している。
「礼なんていりませんって。俺があげたいって思ったんだ。先輩がそんな顔する必要なんてないっす」
「そうそう、完二がいつもお世話になってるもの。これぐらいは当然よ」
 母親に合いの手を入れられ、完二は一瞬むっとするが、日向の手前ぐっと押し黙る。諦めたようにため息をついて「ついでだし、あがってきませんか。菜々子ちゃんが喜びそうなもん、まだまだあるし」と躊躇いがちに切り出した。
「あら、それは素敵ね。ついでだし夕食も一緒にどうかしら」
 完二の誘いに、完二の母親が目を輝かせながらそわそわする。誰よりも一番はしゃいでいる様子に日向は苦笑し「何でお袋がはしゃぐんだよ!」と完二が呆れる。
「あらだって、完二がお友達を家にあげるなんてなかったもの。張り切らない訳ないじゃない」
 さぁ忙しくなるわ、といそいそ店の奥に戻る母親を、唖然と見つめ完二は「すんません」と日向に謝る。子供のような母親の姿に頬が少し赤くなっていた。
 日向は、「いいよ」と首を振り、小物を一生懸命選ぶ菜々子の頭を撫でる。
「じゃあ、お邪魔しようか」
「うん!」
 頷く菜々子の手には、一番好きだと言った桃色の生地で作られた巾着があった。

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