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夜這い



 寝返りがうてない。
 腹の辺りに何か重たいものが乗っているような感触がする。
 俺は苦しさについ呻いた。伸ばした腕は震え、指先が宙をもがく。ばたつく足は、敷き布団のシーツを乱した。
 手足が動くから、金縛りではないんだろう。
 じゃあ、この上に乗っているのは何だ?
 恐る恐る瞼を開け目を凝らした俺は、暗闇の中腹に乗っかかっているものに仰天した。
「――かっ、橿宮!?」
 橿宮が毛布をはぎ取って、俺の上に馬乗りになっていた。腹部の辺りに手を置いて、薄暗闇の中俺をじっと見ている。
「やっと起きた」
「なっ、なにやってんだよ!」
 驚きのあまり飛び跳ねてしまった声に、日向は「見て分かるだろう? 寝込みを襲っているんだ」とごく真面目に言った。
 絶句する俺に、日向は構わず上体を倒し、顔を近付ける。例え暗くとも見える日向の整った顔立ちに俺はどきりと心臓が高鳴り、腕を伸ばして倒れてくるその肩を掴んだ。
「どうして止める?」
 止められて、日向は不機嫌そうに眼を細める。
「陽介は、俺としたくないのか?」
 何が、とは聞くだけ野暮だろう。
 俺だってしたくない訳じゃないんだ。ただコイツに関しては絶対に嫌われたくない、傷つけたくない。そんな気持ちが働いて、まごついてしまう。
 だが、その相手は今、俺に馬乗りになって、なかなか進展しない状況をぶち破ろうと迫ってくる。
「俺は陽介にならいいよ。そう思って待ってたのに、全然触れてこないから」
 肩を掴む手を剥し、日向は逆に俺の肩を掴んだ。体が倒れ込み、日向が俺に覆い被さる。触れ合うところから服越しに、熱い体温が伝わってきた。
「……だから俺から来たんだ」
 切ない吐息にぞわりと鳥肌が立った。腰の辺りに熱が集まる。
 俺はごくりと唾を飲み込み「……いいのか?」と日向の腰をそっと掴んだ。
「嫌だったら、こんなことしない」
 日向はそう答え、肩を掴んでいた手を頬へ移動させた。ようやく触れてくれた俺を嬉しそうな眼で見て、陽介、と愛しそうに名前を呼んだ。
 俺も日向の背中に腕を回した。抱き締めあい、キスを繰り返しながら身体の位置を入れ替える。
 服の裾から手を入れ、白い肌に触れた。びくりと身体を震わせながらも日向は一切の抵抗を見せない。もっと触れて欲しいと、潤んだ眼が訴えていた。
「日向……」
 俺は滅多に呼ばない名前を口にする。
 もう、止まらない。
 陽介と、名前を繰り返す日向に、俺は好きの想いを乗せたキスを返し、そのまま――――。



「――――ヨースケー」



 いきなり降ってきた脳天気な声に邪魔された。



 朝日が眼に眩しい。
 眩しさに眼をすがめた俺は、あー、と地の底から這い出たような呻き声を上げた。
 腰の辺りが重たい。しかし、そこにいるのは俺に触れたいと切なく告げた日向ではなく、朝から無駄に元気なクマの姿だ。
 つまり、さっきまでのは夢。俺の無意識にため込んでた願望が形になって現れてしまった。
 何てことだよ。
 夢でほっとしたような、残念なような複雑な気持ちで深々と溜め息をつく。
「なぁにクマの顔見て、嫌そうな顔するかなヨースケは。ん? もしかしてまだ寝ぼけてるクマか? 仕方ないクマねー。ここは一つ、クマが目覚めのチッスでもかまして……」
「いらんわ! つーか、お前はそこから退け!」
 俺は怒鳴って、近付いてくるクマの顔を手のひらで遮り、そのまま後ろに突き飛ばした。
 あいた、と言う声と、クマの頭が壁にぶつかる音が連続して聞こえる。
 何するクマか!とぶつけた頭を押さえてクマは抗議するが、聞かずに重い足取りでベットから起き出した。
 自分の下半身を見て、また溜め息一つ。
 リアルな夢は、寝ているこっちにまで影響を与えて、すっかり反応を示している熱が、存在を誇示していた。朝一番はまずトイレに行かなければならなくなって、空しくなる。
「……そうだよな。アイツがそんなに積極的な訳、ねーよな……」
 じゃなければ、俺も一向に進まない関係をどうするべきなのか、やきもきしていないんだから。
 あーあ、と肩を落とす俺の頭上に怒ったクマが枕を投げ付けてくるのは、その一瞬後のことだった。

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