来る年 堂島家 ペルソナ34Q小話 2013年05月03日 しゅんしゅんと、火にかけていたやかんの注ぎ口から湯気が立ち上る。すぐ横で年越蕎麦のつゆを味見していた日向は、ガスを止めてやかんの湯をポットに移し替えた。 居間からは、テレビの音が聞こえてくる。 夜も遅くなり、普段ならもう布団に入っている菜々子は、買ったばかりのこたつに潜り込んでうたた寝をしていた。だが大晦日なのもあり、堂島も無理に起こしたりせず、部屋から持ってきた毛布を娘にかけている。 それを見た日向の胸が、久しぶりにじんと暖かくなった。口許を緩め、出来上がったつゆの鍋にかけていた火も消し、居間に向かう。「叔父さん。もう蕎麦の準備出来たからいつでも食べれるよ」 堂島は、はす向かいに座る日向を見て「すまんな」と言った。「今年は最後までお前に頼りっぱなしだったな。大掃除に正月の準備までやってもらっちまって」 すまなそうに言う堂島に「俺がやりたくてやってるから」と日向はゆるりと首を振って返した。「それにそう思うなら、はやく元気になってほしい」「そうか……。そうだな」 眠る菜々子を見つめ、父親の顔をした堂島が深く頷いた。そしてはだけた毛布を肩まで上げてかけ直す。「でもだからって遠慮はするなよ。友達と約束とかあったら、そっち優先して構わないからな」 念を押すように言う堂島に「それなんだけど……」と日向は話を切り出した。元旦は朝から仲間と初詣に行くことは言ってある。だが、それよりも早い時間で陽介に会うことも言っておかなければ。刑事である堂島は、何かを曖昧にごまかされることを嫌うのだから。「……」 話を聞いた堂島は一瞬難しい表情で眉を寄せたが、すぐに「仕方ないな」と趣旨を変えたように言った。「いいの?」 てっきり何か一言は言われると思ったのに、と日向はこっそり驚く。「さっき言った言葉を撤回するわけにもいかないだろう。それにお前だったら何か馬鹿なことしないだろうし。だが年明けだからって、羽目は外すなよ? また補導されるとか、俺はごめんだからな」 からかう堂島に「うん」と日向は苦笑した。稲羽に越してきた春先に補導されかけたことが、なんだかずっと昔のことのようだと思う。「……叔父さん」 ふと日向は堂島に向かって、居住まいを正した。「今年は色々ありがとう」「日向」 静かに頭を下げる日向に、堂島が眼を見張った。「いつか叔父さんは俺が来てくれて良かった、って言ってくれたけど。俺もここに来れてすごく良かったって思う」 顔を上げ、真剣な眼で堂島を見る。「だから、お礼を言いたくて」「……お前」 まじまじと日向を見返し、堂島は突然笑い出した。眼を丸くする甥の肩に、力強く手を置く。「水臭いのはなしだ。言ったと思うが俺達は家族みたいなもんだろう。今更礼とか言うな」 叔父の言葉に、日向は眼を瞬いて堂島を凝視した。そして、口元を緩やかに上げ「うん」と嬉しさを滲ませて微笑む。掛けられた、家族と言う言葉がくすぐったく、そして暖かく日向へ滲みていく。 緩んでしまう頬を隠すように、日向は立ち上がった。「もういい時間だし、蕎麦出すよ。もうちょっとしたら叔父さんは菜々子を起こして」 早口で言い、慌ただしく日向は台所に引っ込んでいく。その際に赤くなった耳たぶを見た堂島は、優しく微笑んで「わかった」と台所の甥に応えた。 [0回]PR