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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

来る年 堂島家



 しゅんしゅんと、火にかけていたやかんの注ぎ口から湯気が立ち上る。すぐ横で年越蕎麦のつゆを味見していた日向は、ガスを止めてやかんの湯をポットに移し替えた。
 居間からは、テレビの音が聞こえてくる。
 夜も遅くなり、普段ならもう布団に入っている菜々子は、買ったばかりのこたつに潜り込んでうたた寝をしていた。だが大晦日なのもあり、堂島も無理に起こしたりせず、部屋から持ってきた毛布を娘にかけている。
 それを見た日向の胸が、久しぶりにじんと暖かくなった。口許を緩め、出来上がったつゆの鍋にかけていた火も消し、居間に向かう。
「叔父さん。もう蕎麦の準備出来たからいつでも食べれるよ」
 堂島は、はす向かいに座る日向を見て「すまんな」と言った。
「今年は最後までお前に頼りっぱなしだったな。大掃除に正月の準備までやってもらっちまって」
 すまなそうに言う堂島に「俺がやりたくてやってるから」と日向はゆるりと首を振って返した。
「それにそう思うなら、はやく元気になってほしい」
「そうか……。そうだな」
 眠る菜々子を見つめ、父親の顔をした堂島が深く頷いた。そしてはだけた毛布を肩まで上げてかけ直す。
「でもだからって遠慮はするなよ。友達と約束とかあったら、そっち優先して構わないからな」
 念を押すように言う堂島に「それなんだけど……」と日向は話を切り出した。元旦は朝から仲間と初詣に行くことは言ってある。だが、それよりも早い時間で陽介に会うことも言っておかなければ。刑事である堂島は、何かを曖昧にごまかされることを嫌うのだから。
「……」
 話を聞いた堂島は一瞬難しい表情で眉を寄せたが、すぐに「仕方ないな」と趣旨を変えたように言った。
「いいの?」
 てっきり何か一言は言われると思ったのに、と日向はこっそり驚く。
「さっき言った言葉を撤回するわけにもいかないだろう。それにお前だったら何か馬鹿なことしないだろうし。だが年明けだからって、羽目は外すなよ? また補導されるとか、俺はごめんだからな」
 からかう堂島に「うん」と日向は苦笑した。稲羽に越してきた春先に補導されかけたことが、なんだかずっと昔のことのようだと思う。
「……叔父さん」
 ふと日向は堂島に向かって、居住まいを正した。
「今年は色々ありがとう」
「日向」
 静かに頭を下げる日向に、堂島が眼を見張った。
「いつか叔父さんは俺が来てくれて良かった、って言ってくれたけど。俺もここに来れてすごく良かったって思う」
 顔を上げ、真剣な眼で堂島を見る。
「だから、お礼を言いたくて」
「……お前」
 まじまじと日向を見返し、堂島は突然笑い出した。眼を丸くする甥の肩に、力強く手を置く。
「水臭いのはなしだ。言ったと思うが俺達は家族みたいなもんだろう。今更礼とか言うな」
 叔父の言葉に、日向は眼を瞬いて堂島を凝視した。そして、口元を緩やかに上げ「うん」と嬉しさを滲ませて微笑む。掛けられた、家族と言う言葉がくすぐったく、そして暖かく日向へ滲みていく。
 緩んでしまう頬を隠すように、日向は立ち上がった。
「もういい時間だし、蕎麦出すよ。もうちょっとしたら叔父さんは菜々子を起こして」
 早口で言い、慌ただしく日向は台所に引っ込んでいく。その際に赤くなった耳たぶを見た堂島は、優しく微笑んで「わかった」と台所の甥に応えた。

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