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調子が狂う





 やばい、と思った時には遅かった。
「花村くん!」と天城の焦った声が日向の耳に届く。反射的に彼女が見ている方向に顔を向ければ、シャドウの攻撃を受けてぐったり倒れている陽介の姿。
 無防備に倒れている陽介に追い撃ちをかけようと、シャドウが近づく。だが日向がすかさずペルソナを喚びだし、シャドウを粉砕した。
 シャドウの殲滅を確認し、武器を収めた日向らが一斉に倒れた陽介の元へと駆け付ける。側で膝を突いた雪子が治癒を施すのを、千枝と完二が心配そうに見つめている。
「どうなんだ、天城」
 微かに焦躁を滲ませ、片膝をついていた日向が雪子に尋ねた。
「大丈夫。怪我は大したことない」
 雪子が答える。それを裏付けるように、伏せられた睫毛が震え、陽介の瞼がゆっくり開いた。
「……あれ?」
 床に寝かされている事態を把握しようと視線を巡らせる陽介に「もうっ、心配させんなっ!」と千枝が安心しながら言った。隣の完二も大事に至らず、胸を撫で下ろしている。
「悪いな。心配かけてさ」
 仲間を安堵させるように笑いかけながら起き上がる陽介を、日向は一人、じっと探るような目で見つめる。


 クマが出したテレビから、仲間が現実の世界へ戻っていく。それを見届けて日向も出ようと歩き出す――が。
「――待てよ」
 いきなり腕を掴まれた。強く後ろに引かれ、バランスを崩した身体がのけ反る。しかしそのまま床へ倒れたりはせず、伸びてきた腕に抱き留められた。
 首を捩り、後ろを見た。陽介が笑って、掴んだ腕に力を込め、日向の身体を反転させる。
 向かい合う体勢。陽介の顔が近づいてきた。咄嗟に日向は顔を反らし、迫ってきた唇は頬に触れる。唇はすぐに離れ、陽介は悔しそうに舌打ちをした。
「どうして避けんだ、橿宮」
「誰だって避けると思うけど。特に今の花村を見たら」
 日向は陽介の瞳をひたりと見据えた。ちらちらと明るい茶色に混じる金色を見つけ「気絶した時に入れ代わったな――影」と言った。
『……ははっ』
 黙っていた陽介が堪えきれないように吹き出した。もう隠す気はないようだ。虹彩が金色へと深くなっている。
「やっぱり」と日向は陽介と意識が入れ代わった影の肩を押した。このままだと良くないことが起きそうな予感がする。
「どうして入れ代わったりなんか――」
『どうして?』
 影が口の両端を高く引き上げるように笑い、空いていた方の手で日向の顎を掴んで捕らえた。驚く日向の目が見開かれる。
 あ、と思った瞬間には影にキスをされていた。抵抗しようにも、顎が影の手に捕われたまま固定されていて、顔が動かせない。肩を強く押しやっても、逆に腰に腕を回され余計に密着してしまった。
「いい加減に……しろ……っ!」
 離れた隙を狙って、顔と顔の間に掌を差し入れこれ以上の行動を妨げる。肩で息をしながら影をきつく睨めば、愉快そうに目を細められた。
『いいな、その顔。すっげえそそられるぜ』
「……だから、どうして出てきたのか……聞いている」
 きつい眼差しはそのまま、日向は語尾を強めて言った。質問に答えなければ腕に物を言わせる口調に、影は諸手を軽く上げて日向を解放する。
『俺はただ、お前に会いたかっただけだぜ』
「殆ど毎日会っているだろ」
 学校では必ず顔を合わせるし、休みでも一緒に遊んだり頼まれてバイトに出ていたりしている。電話もよく掛け合っているから、陽介の声を聞かない日なんてないんじゃないかと日向は思った。
『そうだな。――だけど“俺”が足りないんだ。こうしてお前に触れられるのはテレビの中だけ。それにしたって、アイツがヘマして気絶しないかぎり“俺”が出てくることすら叶わない』
 互いを遮る手を退かし、影は日向を抱きすくめた。耳元に唇を寄せ『退屈なんだよ』と低く囁く。
『もっと“俺”に構ってくれよ。もっと“俺”を見て“俺”に触れて。じゃねえと、アイツを出したりしねえから』
「……っ」
 自分自身を盾に取るような要求。質の悪さに日向は瞳目する。思わず身を硬くした日向に、影が可笑しそうな声を上げた。抱きしめる力を緩め、真っ正面から困惑した表情を金色の目に映して笑みを深くした。
『“俺”は嫌か?』
「……お前はわかってて聞いてるだろう」
 影とて陽介の一部だ。強く迫れば断りにくいと理解していてその質問。わざと日向を困らせて楽しんでいる。
 頬を僅かに赤く染め、日向は影に尋ねた。
「俺が困るのを見るのはそんなに楽しいか?」
『ああ、すっげえ楽しいね。俺にしか見せない顔だと思うとゾクゾクする』
「……悪趣味だな」
『それをアイツにも言ってみろよ。そうしたら泣きそうな顔するからさ』
 そう言った影の瞳に、本来の色である明るい茶が混じり出す。押し込めた意識の浮上に『時間切れか』と残念そうに呟いた。
『仕方ねーけど、大人しく引っ込んでやるか。日向の困った顔とか珍しいモンも見れたし』
「……」
 どうも影相手だと調子が狂う。じとりとマイペースな影を見ていると、突然その視線が合った。
 影がニヤリと笑う。
『また“俺”に会いたくなったらよ、アイツを気絶させてくれよ。すぐに入れ代わってやるから』
「……わかった。これからなるべく気絶させないように気をつける。それよりも……いい加減離してくれ。気づいたら抱き着いてた、とかになったら、陽介がテンパるから」
 抱きしめたままの体勢で、日向は影を促すように肩を押しやった。
『そうだな。じゃあ――最後にもう一回……』
 影が日向の意に反して、再び顔を近づけた。油断していた日向の耳に歯の当たる音が聞こえる。ぶつかった痛みを感じると同時に影が引っ込んだらしく「――うわぁっ!?」と陽介が大きな驚愕の声が耳元で炸裂した。どん、と勢いよく突き放される。日向は足を踏ん張って堪えたが、突き飛ばした当人が床に後ろから倒れている。
 記憶が飛んでいるだろう陽介のフォローをするのは、被害に遭った自分だけ。釈然としない思いを抱きながら、日向はどっと疲れを感じた。
 そして陽介を助け起こしながら思う。
 これからはちょっと陽介を探索に連れていくのを控えよう。気絶される度にこんな目に遭ってしまったら、身が保ちそうにないから。

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