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遠距離


 橿宮が稲羽から引っ越していった日の夜。離れてもずっと一緒だ、みたいなことを言っときながら、相棒がいない喪失感に気力が削がれていた。多分、他の奴らもそうだと思う。いつも騒がしいクマも、家に帰ってから早々に寝床がわりの押し入れに引っ込んでしまった。
 俺も俺で部屋に入るなり脱いだ上着を適当に放り、ベッドに倒れて俯せる。今日は無駄にハイテンションで過ごしたので、精神的な疲労が溜まっていた。だけどそうしなければ、寂しさが一気に突き抜けそうで辛いんだ。
 もう、橿宮は稲羽にいない。
 今日別れたばかりなのに、俺は馬鹿なのでつい思ってしまう。
 ――橿宮に会いたい。

 そう思った時だ。いきなり尻ポケットに入れていた携帯が震えて、着信を知らせてくる。
 不意打ちにびっくりしながら俺は、肘を突いて上体を軽く起こした。そして携帯を取り出しフリップを開く。
 表示されている名前に、胸がどきりとする。
「……橿宮!?」
 今正に考えていた相棒の名前に、俺は妙な緊張で情けなく指を震わせながら、通話ボタンを押した。
「もしもし、花村?」
 携帯越しに聞こえてくるアイツの声に、じんとする。ベッドの上で座り直した俺は、携帯をぎゅっと握りしめ「どうしたんだよ」と明るく言ってみた。いや、寂しいんです、みたいな空気漂わせるのも如何なもんか、と思うしな。だって、まだ一日も経ってないのにどうよ、とか自分でも思うし。
「もう家についた?」
「うん。すごいことになってた」
 尋ねる俺に、橿宮がくすくすと笑いながら答える。
「家についたのは結構前だったんだけど……。入るなりそこらが段ボールだらけで」
 橿宮も橿宮の両親も、同じ時期に引っ越しの荷物を実家に送ったらしい。三人分の荷物なら、それなりに量が多いだろうし。
「とりあえず自分の分だけでも部屋に戻して片付けてたら、もうこんな時間で驚いた」
「じゃあ今まで片付けてたのかよ……。長旅で疲れてるんだし明日でも良かったんじゃね?」
「そうだけど。やっぱり面倒なことは早く終わらせたいし。でも今日は流石に終わるつもり」
 もう眠くて。そう言った橿宮の声は、言葉の通り眠気が滲んでいた。油断したら欠伸しそうな感じがする。
 もうすぐ日付を越えそうな時間をさす時計を見ながら「じゃあ電話かけてないで寝ろよ」と俺は言う。ただでさえ今日は長距離移動してるのに。
「つれないこと言うなよ」
 少しむくれた声で橿宮が言った。
「陽介の声が聞きたくて電話したのに」
「えっ?」
「陽介は寂しくない?」
 その言い方はずるいだろ、と俺は思いながら「……わかって言ってるだろ」と返した。
 やっぱり遠く離れるのは辛い。気軽に会えないし、電話越しじゃなきゃ声も聞けない。
 俺はカレンダーを見た。春休みは始まったばかりで、まだまだ猶予はある。
 もう馬鹿でいいや、と思いながら俺は話を切り出した。
「あのさ、もしこの春休みの間にお前の所に来たら笑う?」
「じゃあこっちも聞くけど。俺がまたすぐそっちに遊びに来たら、陽介は笑う?」
 問いを問いで返され、俺は橿宮が言ったことを反芻した。それって、橿宮も俺と同じことを思ってるって考えてもいいんですよね。
「笑うな。嬉しくて」
 俺がそう答えると、橿宮が「俺もだよ」と嬉しそうに笑う。携帯から聞こえる声に、胸にしこりを作っていた寂しさがほんの少し薄くなって、本当現金だな、と俺は思った。

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