/ いくら気づかないふりしたって 花主前提直斗+雪子 ペルソナ34Q小話 2013年05月03日 どうせなら、その人以外にも見せてほしかった。「――橿宮!」 聞こえてきた叫びに、銃をシャドウに構えたまま直斗は顔を上げる。 がくりと日向の体が糸が切れたように落ちるのが見えた。持っていた剣を杖代わりに体を支えるが、膝をついてしまっている。荒く肩で息をしている様子に、直斗が「先輩」と名前を呼ぶより早く、陽介が飛び出した。 倒れかけた日向の腕を引き上げながら、「里中!」とまだ残っているシャドウに対し構えをとっていた千枝に向かって、声を張り上げる。 それだけで承知したように頷き、千枝は自らのペルソナを呼び出した。光と共に姿を現したペルソナ――トモエが薙刀を振うと、その場にいたシャドウを全て一掃する。「敵、みんないなくなったよ!」 りせの報告を聞き、直斗と千枝が日向たちの方へと駆け寄った。 真っ青な顔色をしている日向に、千枝はおろおろしながら聞く。「橿宮くん! 大丈夫!?」「これ見てわかっだろ。全然大丈夫じゃねーし……」 立ち上がれない日向を心配する千枝に、陽介が日向の代わりに答え、舌打ちをした。のろのろと見上げてくる日向を「お前、最近ちゃんと休んだか?」ときつく睨み付ける。「休んだ」「嘘つけ」 即座に返ってきた答えを、陽介はすぐに切り捨ててしまった。 直斗から見ても、日向の言っていることは誤魔化しだとすぐに知れた。 菜々子が生田目に誘拐されテレビに入れられてからずっと、日向は強行軍で天国のような迷宮を進んでいる。直斗たちは他の仲間と入れ替わっているので少しは休息が取れているが、日向は休む間もなく、ずっと上を目指し続けている。 ペルソナはもう一人の自分。シャドウと闘う為の力。常人には計り知れない力があるが、行使するにもまた代価が必要だった。使い続けていけば、体力が消耗してしまう。 日向はもう限界に近い。これ以上の探索は、彼の命が危なくなってしまう。「花村先輩。ここは一度戻りましょう」 直斗は敢てそれを陽介に提案した。もし日向にそれを提案したところで、頑として首を縦には振らないだろう。それでも今は、日向を多少無理にでも休ませる必要があると判断したからだ。「ああ、そうだな」と陽介は頷く。「まだどこまであるか分からないしな……。負ける訳にはいかねーんだ。確実に進んでかねぇと。里中、アレ出してくれ。戻るぞ」「う、うん」 ちょっと待ってて、と千枝はポケットを探る。「…………」 自分の意見も聞かずに、帰還準備を整えていく陽介を、日向は感情の見えない眼で凝視していた。 陽介は掴んだままだった日向の腕を引き上げ立たせる。そして握り締められたままだった剣を、ゆっくり手から剥すように取った。 並んで立てば二人の背はほぼ同じ高さだ。間近で見つめあい、陽介が軽く握り込んだ拳で日向の胸を叩いた。「……この、馬鹿」「……うん」 ごめん、と日向が謝り、眼を伏せた。握りしめた手を解き、眼の高さまである前髪をくしゃりと陽介が掻き混ぜるように撫でる。 それじゃあいくよ、と千枝が取り出したアイテムを使い、辺りが眩く光に包まれる。視界が白い闇に染められて瞼を閉じるまで、直斗は二人から眼を反らすことが出来なかった。 テレビから出ると、日向は陽介に送られ帰路に着いた。そのまま陽介は堂島家に泊まるらしい。 並んで帰っていく二人を、直斗は難しい顔で見送る。仲間もそれぞれ帰っていく中、雪子がそれに気付いて「どうしたの直斗くん」と声を掛けた。「えっ……。あの」 はっと顔を上げた直斗は、いいえと首を振りかけて、止めた。きっと今考えていることは、一人じゃ答えは出ない。 言い出しかけた直斗に何かを察したのか、雪子が先に言った。「ここじゃ何だから……、あそこ行こっか?」 おまたせ、と雪子が両手に缶コーヒーを持って、直斗の元へ駆け寄った。特捜本部と名付けられたフードコートの一角。座って待っていた直斗はやや恐縮しながら、差し出されたそれを受け取った。話を聞いてもらうのはこちらだ。なのに気を遣わせてしまったみたいで、申し訳なくなる。「すいません。ありがとうこざいます」「ううん、気にしないで。こうやって直斗くんと話してみたかったから」 直斗の隣りに座って、雪子が微笑んだ。「今までずっと事件の話とかが多かったでしょ? 直斗くんが仲間になったのも、つい最近だったから」 あ、でも、と花のように綻ばせていた笑みを陰らせ、雪子は不安そうに直斗へ視線を向けた。「こんな風にはしゃぐのは不謹慎……だったかな?」「いいえ」と直斗は首を振って、雪子の不安を消すように笑った。「そんなことはありません。ただこんな風に歳の近い人と話す事なんて、滅多にありませんでしたから」 大人の中に混じって事件を追い、推理していたばかりの頃からしてみれば、想像もつかない。受け取った缶コーヒーを両手の中で転がしながら、直斗は遠くへ思いを馳せる。あの時は、どんなに推理しても子供と言うだけで軽んじられる事。そして自分が女だと言うどうしようもない事に、いつも焦躁感を抱いていた。「その、だから僕はあまりうまく話せないかもしれませんが」 缶コーヒーを握り締め俯き言うと、雪子が「友だちと話すのに、うまいとかそんなの必要ないよ」と笑う。「だって話してくれるだけで嬉しい時って、あるんだから」「……そうですか?」 雪子の言葉につい直斗も笑ってしまう。笑うのはそう得意な事ではなかったが、自然と零れ出ていた。そう出来る自分もいる、と直斗は自分の知らない一面に気付く。 あまり面白い話ではありませんが、と前置きし、直斗はぽつぽつと語り始めた。「……橿宮先輩のこと、なんですが」「橿宮くん?」 出てきた名前に、雪子が眼を瞬かせた。続けて陽介の名前も出すと、さらに眼が丸くなる。「そう言えば直斗くん二人と一緒に行ったもんね。あ、あと、千枝もか」「はい。その時の事なんですが……」 直斗はシャドウと戦っていた時に、日向の調子が悪くなった事、そしてその時の陽介の様子を雪子に話す。最近の日向の行動に、雪子も思うところがあったらしい。形の良い眉を潜めながら、それでも口を挟まず最後まで直斗の話を聞いてくれた。「その時、僕は思ったんです。橿宮先輩もあんな顔が出来るんだなって」「……あんな、顔?」 陽介に支えられていた日向は、直斗が知らない表情をしていた。妹のような存在である菜々子の元に行きたいのに、邪魔をされ悔しそうな。それでいて、止めてくれた事に安堵しているような、相反する感情が混じりあった顔。 冷静沈着で、どんなことにも動じない。ペルソナを使う仲間を纏め上げるリーダー。直斗の中でそう印象づけられた日向の姿が、あの一瞬で上書きされてしまった。「だからって、どうなる訳でもありません。菜々子ちゃんが誘拐され、そして堂島さんは生田目を追って大怪我をしてしまった……。あの人は大切な家族が二人続けて被害にあっているんです」 そして菜々子はまだ救い出せていない状況。恐らくは――テレビの中で生田目と一緒のはずだ。妹を大切にしていた兄は彼女を思い、心配で胸が張り裂けそうなんだろう。「辛くない訳……ないですよね」 だから、あんな顔をするのは当たり前だろう。あの人だってまだ十七の、子供なのだから。 感情が顔に出ていたのか、「直斗くん」と気遣うように雪子が覗き込む。 直斗は「大丈夫です」と首を振り、本当に辛いのは先輩ですから、と付け加えた。「だからあんな顔をしたっておかしくないんです。だけどそれは、花村先輩じゃなきゃ引き出せないものなんですね。あの時、初めて気付きました」 それまではどんなことがあっても表情の変化が乏しかった日向が、陽介の前でだけ感情を発露させた。強情に前に進む彼の腕を掴んで止めたのも陽介だ。 日向もまた、陽介のその言葉を待っていたように思える。 馬鹿、と日向の胸を叩く陽介を思い出す。続いて浮ぶのは、瞼を伏せた日向の横顔。 前髪を撫でる陽介の手つきは、まるで触れたらすぐに壊れてしまいそうなものを扱うように、優しかった。 彼を慈しんでいるようなそれを、すぐそばで見ていた直斗は、息をするのも躊躇われてしまった。 近いのに遠い。絶対侵してはならない境界線が、そこにはあった。 そして同時に気付く。 ――気付かなきゃ、良かった。 肩を落とし俯いた直斗の横から「橿宮くんは、ずるい人だから」と雪子の呟きがした。 微かに顔を上げると、雪子は真直ぐ空を見上げている。もうすぐ沈む西日に照らされて、夕暮れの中の横顔が、綺麗に映えている。「私ね、橿宮くんに告白みたいなこと、しちゃったの」「――え?」 突然の言葉に、心がざわめく。驚いた直斗は、背を伸ばして雪子を凝視した。 雪子は直斗の反応を見て「ふられちゃったけど」と笑う。そこには、悲しいとか辛いとか、失恋による悲嘆はない。ただ初めからそうだったのだと、知っているような表情だった。「私自身のこととか、家のこととか橿宮くんは相談に乗ってくれて、私は私のやりたいことを見つけることが出来たの。もしあの人がいなかったら、私は未来のどこかで自分のやってきたことを後悔していたかもしれない。…………ううん、その前に死んでいたかもしれないよね」 雪子は山野真由美、小西早紀に続いて、誘拐されテレビに放り込まれた被害者だ。もし、霧が稲羽市を覆う前に助けられなかったら、彼女もまた先の二人のように無残な姿で殺されただろう。自分から出てきた影――シャドウによって。「私の汚い部分を知っても、変わらず接してくれたことが嬉しかった。だから、私も何かの形で橿宮くんに出来ることがあったら、って思ってたんだけど」 雪子は握り締めていた缶コーヒーへ視線を落した。 私を助けてくれるのは何故か、と雪子が聞いた時、日向は「大切な仲間だから」と優しい声で答えた。それは告白に対してはぐらかしたものではない、純粋に心から思っているような響きで。同時にこれ以上の踏み込みを拒んでいるように聞こえた。 だから、その瞬間分かってしまった。 わたしじゃ、このひとの、ささえになれない。「色んな人には優しくするのに、その逆はさせてくれないなんて。橿宮くんはずるいよね。いくら気付かないふりしたって、橿宮くんが優しくしてくれる度にそうなんだなってつい思っちゃうから……」「……天城先輩」「きっと橿宮くんに優しく出来る人は、すごく限られてるんだと思う」 そしてその一人が陽介なのだと、雪子は気付いている。自分よりもずっと長い間、日向と陽介を側で見てきた雪子は、どんな気持ちだったんだろう、と直斗は心中を慮る。自分では出来ないことを他の存在が目の前で容易くやっている。多少なりとも、悔しかったんだろう、と直斗は唇を噛んだ。仲間になってまだ日が浅い自分ですら立ち入れない二人の絆に軽い嫉妬を覚えたのだから。「でもね、花村くんで良かったと思う」「……え?」「あの二人は本当に仲が良いから。どちらか一人しかいないところを見ると、こっちが寂しくなるぐらい。だから、他の知らない誰かより、花村くんで良かったって」 そう言って、雪子はすっきりした顔で晴れやかに笑っていた。そして悪戯っぽく瞳を光らせ「もちろん橿宮くんに何かしたらその時は容赦なく一撃で仕留めちゃうけどね」と握った拳で軽くパンチを繰り出す仕草をしながら言った。 それを見て笑ってしまいながら、直斗は雪子の強さに感服する。彼女は想いが伝わらないと現実を突き付けられても、それでも日向の助けになるために仲間と一緒だ真実を求めて戦い続けている。直斗にはない強さだ。 気付かないふりをしても、知ってしまったらもう知らない頃には戻れない。ならば、事実を受け止めて、少しずつでもいい、それを受け入れることを拒んではいけない。 日向の特別にはなれなくても、直斗は彼を嫌いになれないし、陽介みたいに支えられなくても、一緒に戦うことは出来るのだから。 それでも胸に刺さる小さな痛みを気付かないふりをしてやりすごし、直斗はすう、と息を吸って夕焼けを見た。「――早く菜々子ちゃんを助けられるよう、力を尽くしましょう」 それが今、あの人の為にやれることなのだから。 力の籠った決意に、雪子もうん、と頷いた。 [0回]PR