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しあわせ連鎖 陽介+菜々子



 呼び鈴を押して玄関から出て来た菜々子ちゃんは、俺を見るなりその可愛い顔を曇らせた。
「ごめんなさい。お兄ちゃん、まだ寝てるの」
「え、そうなんだ」
 珍しさに俺はびっくりして目を丸くした。橿宮は転校してから遅刻もないし、休みの朝に電話を掛けてもすぐに出てくる。だから、昼まで寝ているってイメージはなかったけど。……そうだよな人間誰だって惰眠を貪りたい時はある。俺がせっかくの休みでゆっくり眠りたいに、無理矢理ジュネスのバイトに駆り出される時みたいに。
「あ、あのね。菜々子が起こしに行ったら、すぐに起きるんだよ」
 菜々子ちゃんが慌てて橿宮のフォローをする。
「だけどね、昨日とか……この前とか、夜おそくまでバイトしててね、疲れてるように見えたから」
「だから菜々子ちゃん、お兄ちゃん起こさないんだ」
 橿宮が日頃から常に色んなことをしているのは俺も知っている。
 テレビに入ってシャドウ退治。学校も休まず、授業もサボらず、おまけに部活も二つ掛け持ちしている。それだけでも聞くだけで疲れそうなのに、夜にはアルバイトで金稼ぎをしていると知った時は、マジかよと開いた口が塞がらなかった。
 少しは休めと言ったこともある。橿宮は特捜本部のリーダーだ。こいつが倒れたら、俺たちはうまくまとまらない。
 だけど橿宮は「仕方ないだろう。シャドウも奥に進んでいくにしたがって強くなるんだから。こっちもきちんと装備を整えないと」と俺の進言をあっさり切って捨てた。
 俺と同じように菜々子ちゃんも、子供なりに疲れてる橿宮を休ませてあげたいと、気遣っているんだろう。兄思いの優しい子だ。
 俺はしゃがんでにっこり笑うと「エラいな、菜々子ちゃんは」と菜々子ちゃんの頭を撫でた。
「そんなこと、ないよ」
 菜々子ちゃんははにかんで謙遜するが、そんなことはない。俺に出来ないことをやってのけるんだから。
「あ、でも陽介お兄ちゃん、お兄ちゃんに用事があるんでしょ?」
 笑顔を萎ませて、申し訳なさそうに謝る菜々子ちゃんに「いいっていいって」と俺は顔の前で手を振った。
「たまたま近くに来ただけだから。約束もしてなかったし」
 もし橿宮がいたら、そのまま遊びに誘おう。そんな一種の賭けみたいな気持ちで立ち寄ったのだ。菜々子ちゃんが謝る必要はこれっぽっちもない。
 それに橿宮は少しぐらい無理にでも休ませた方がいいだろう。なら俺は菜々子ちゃんの考えに乗っかってやる。
「今日はゆっくりお兄ちゃん休ませてあげな?」
「……うんっ!」
 菜々子ちゃんが満面の笑顔を咲かせる。
 ……ああ、今日この笑顔見れただけでも、ここに来た甲斐があったわ。橿宮がそばにいる時と同じように、菜々子ちゃんの笑顔もまた人間関係に疲れ気味の心を癒してくれる。それを見る度に、橿宮が菜々子ちゃんを一番大切にしたい気持ちが良く分かった。
 いつまでもここにいたら、話し声で橿宮が起きてしまうかもしれない。俺は立ち上がり「じゃあ陽介お兄ちゃんは帰るな」とさよならを告げる。
「また今度みんなで遊ぼうな、ジュネスで」
「ジュネスで!? ……うん、楽しみにしてるね!」
 小さな手を大きく振って、菜々子ちゃんは俺が門を出るまで見送ってくれた。それに俺も手を振り返しつつ、何だかこそばゆくなる。
 橿宮に会えなかったのはちょっと残念だったけど、菜々子ちゃんの笑顔が見れたのでそれだけでも良かった。
 あの兄妹はもう俺にとって特別だ。二人笑いあってくれるだけで、周りを幸せにする力があると思う。
 今度の休みはちゃんと連絡をいれよう。で、里中や天城も呼んでみんなで大騒ぎするのも悪くない。
 菜々子ちゃんが笑えば橿宮も笑う。それを見て、俺は幸せな気分になれる。
 なんか、それってすげー良い連鎖だよな。
 そう思いながら行く当てもなく歩く俺の足取りは、いつもより自然と軽くなっていた。

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