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きょうのよてい



 休みの日、起きた菜々子が眠い眼を擦って部屋を出ると、ふんわり甘い匂いがした。
 台所のガスコンロの前に、日向が立っていた。フライがえしを手にして、フライパンで焼いているものをひっくり返している。
 菜々子は驚いて眼を丸くしてしまう。平日はきちんと決められた時間に起き出してくる日向だが、休日だと用事がない時は大抵昼近くまで寝ているからだ。
 小さな足音に気付いて、日向が菜々子のほうを振り向いた。そして、大好きな優しい笑顔を浮かべて「おはよう、菜々子」と挨拶する。
「おはよう」とまだ眠気が抜け切らない声で返し、菜々子は日向に近寄った。
「今日はお兄ちゃんはやおきだね。何か用事?」
 不思議に思ったことを尋ねると、日向はうーん、と難しい顔をして唸った。ちょっと変な夢を見て、と呟きながら持っているフライがえしを小さく振る。
「……こわいゆめ?」
 もしそうだったらどうしよう、と思いつつ菜々子が聞くと「そうじゃないよ」と日向は慌てて首を振った。それからフライパンの中を見て、おっと、とフライがえしを持ち直す。
 菜々子は日向のシャツを握り締めながら、フライパンの中を覗きこんだ。そこには、まんまるくキツネ色にふんわり焼けているホットケーキ。さっきもした甘い匂いが菜々子の鼻をくすぐった。
「おいしそうだね!」
 眼を輝かせてはしゃぐ菜々子の頭を、日向は優しく撫でた。
「顔、洗って着替えておいで。それまでに作っておくから」
「うん!」
 兄の手作りホットケーキに、心を踊らせながら菜々子はさっそく言われたとおりに洗面所に向かう。その背中に日向が「飲み物は何がいい?」と尋ねる声が投げられ、菜々子は振り返りながら「オレンジジュース!」と元気良く答えた。


 菜々子が準備を済ませて台所に戻ると、テーブルに出来上がったホットケーキが皿に乗せられていた。綺麗な形をしたものが三段重ねになっている。それからオレンジジュースにうさぎの形に切られたリンゴ。ヨーグルトも添えられている。
 先に座って待っててくれた日向の向かいに座り、菜々子はいただきます、と両手を合わせた。
 さっそくホットケーキを食べる。焼きたてのそれはふんわり甘くて、とてもおいしい。
「おいしい!」
 菜々子がそう言って笑うと、日向もまた嬉しそうに笑った。
 日向が来るまで、菜々子はこんな風に楽しい気持ちでご飯を食べたことは滅多になかった。母親がいなくなってから、刑事である堂島は仕事柄家を空けがちになる。
 ひとりでご飯を食べることが多くなり、寂しかった菜々子は、こうして日向と食卓を囲むのが嬉しかった。
 ひとりだとつまらないのが、日向と一緒なだけで明かりが灯ったように楽しくなる。
 あと少しでホットケーキを平らげる菜々子に、牛乳を飲んでいた日向がカップを置いて「今日ジュネスに行こうか」と言った。
「えっ!?」
「せっかく早起きしたし、どうせならと思ったんだけど。菜々子は何か用事、ある?」
 小首を傾げて聞かれ、菜々子は持っていたフォークを握り締め、勢いよく首を振った。
「うっ、ううん! 大丈夫だよ。菜々子ジュネス行きたい!」
「うん、行こう。で、お昼はあっちで食べようか。天気もいいし」
 どんどん決まっていく予定の数々に、菜々子は嬉しくなって、表情を綻ばせた。今日の休日はとても楽しくなりそうだ。
「じゃあ、これ食べたら準備して行こうか」
「うん! ……クマさんいるかな?」
「そうだな。探してみて見つけたら、一緒にご飯誘おうか」
「うん!」
 明るく頷いて菜々子は「陽介お兄ちゃんもいるといいね」と続けて言った。しかしその言葉に何故か日向は「……そうだな」と胡乱に視線を彷徨わせ、菜々子はどうしたんだろう、と首を傾げた。

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