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お礼の方向性 主人公←りせ+陽介



「せーんぱいっ」
 休み時間の教室に飛び込んで来た声に、雑談をしていた日向と陽介は揃って顔をあげた。上級生の教室に入るには、多少なりとも勇気がいる。だが、それを物ともせず教室に入ってくる後輩が、八十神高校にはいた。日向たちの教室限定で。
 そのうちの一人であるりせは、教室を見渡して日向を見つけると真直ぐそちらに向かってきた。入る度に、アイドルへの視線が浴びられるが、本人は全く気にしていない。日向の前で止まり、全開の笑顔を浮かべた。
「どうかしたか?」
 日向は眼を瞬かせ、不思議そうに尋ねた。
「もうっ、何かなきゃ先輩のところに来ちゃいけないの?」
 りせはむくれて口を尖らせる。じとりと日向を軽く睨み付け「本当だったら休み時間ごとに先輩のところに来たいんだから」と言った。
 その言葉に本気を感じ取り、陽介は内心凄いな、と思う。
 傍から見れば、りせは日向が好きだとすぐに分かる。そしてその思いを成就させる為に努力を怠らない姿は、一種の感心を覚える。ただ相手が相手なだけに、かなり手強そうだが。
 現に日向は「いや、それだと色々大変だろう。次の準備とか」とずれた返事をする。日向の側にいたい、と言っているようなりせの思惑に、全然気付いていない。
 うわあ、と陽介は自分のことのように冷や冷やしながら、りせの顔色を伺った。りせは一瞬落胆の色を見せたが、「ま、いいか」とすぐにそれを消して笑う。これぐらいでめげていられないんだろう。
「これ、菜々子ちゃんに渡してほしいの」
 りせは、後ろ手に隠し持っていた小さな包みを日向に手渡した。女の子らしく、可愛くラッピングされている。
「この前の休みのお礼。菜々子ちゃんが言ってくれたこと、すごく嬉しかったから」
「この前って、お前ら出掛けてたのか?」
 りせの発言につい横から口を出した陽介に、日向が頷く。
「ちょっと沖奈まで」
「すぐに帰っちゃったけどね」と寂しそうにりせが笑う。何かあったような表情だ。陽介はそれがなんなのか知りたかったが、口を噤んだ。りせ自身、それに触れてほしくないように見えたからだった。
「あの時正直ヘコんじゃったけど、菜々子ちゃんが『私』を好きだって言ってくれたから、それがすごく嬉しくって……。だから、プレゼント」
「ありがとう。ちゃんと菜々子に渡しておく」
「お願いね、先輩」
 カバンにしまわれるプレゼントを見届けて、「それから」とりせはどこからかもう一つ何かを取り出した。
「これは先輩へのお礼!」
 突き出されたそれからは、辛い匂いがして陽介は頬を引きつらせた。心なしか、逃げるように日向が身を引いている。
 男二人の微妙な反応に気付かないまま、りせは赤らめた頬に手を当てて恥じらう。
「先輩に食べてもらいたくって、家で作ってきたの」
「……なぁ、ちなみに聞いていい? 一体何を作ったのかな?」
 黙りこくる日向の代わりに陽介が恐る恐る尋ねた。
「え、クッキーだよ?」
 あっさりと答えるりせに、陽介は「そうか……。クッキーな……」と遠い目をした。
 クッキーから辛い匂いはしないだろう。そう言いたかったが、陽介はそれほどの勇気を持ち合わせていない。
「花村先輩は食べちゃダメだからね。これは橿宮先輩の為だけに作ってきたんだから」
 そう言ってかわいらしく笑うりせが、陽介の目には恐ろしく映る。打ち上げの際、雪子を一撃で仕留めたオムライスの件をりせは覚えていないのだろうか。
 壁に掛けられた時計を見て「あっ、もうすぐ授業だから行くね」とりせは身を翻す。そして肩越しに日向を見て「ちゃんと全部食べてね」と、とどめを刺していった。
 教室を出て行くりせを呆然と見送ってから、陽介は憐れみを込めて相棒へ視線を移した。辛い匂いのするクッキーの袋をじっと見つめている姿が哀愁を誘い、陽介は慰めるように落ち込んだ日向の肩を叩く。
「……まぁ、頑張れよ。応援してやるから」
「応援するぐらいなら手伝え」
「それは全力で拒否させていただきます」
 即座に答えられ、日向は珍しく肺の空気を全て吐き出すような深いため息をつく。
 攻める方向性が間違ってるんだよなあ。陽介は、これから撃沈確定な日向に対して合掌しつつ、そう思った。

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