にじり寄る、追い詰める 壇主 東京鬼祓師 2013年04月29日 ※壇が女装してます 俺が間違っていた。あんな目先の利益に釣られて。よくよく考えれば、過ちを犯さずにすんだのに。 いつだって俺は、事の重大さを後で思い知る。「……千馗。お前はいったい何をしたいんだ?」 放課後の家庭科室。しっかり鍵をかけられ、壁際に追い詰められ、逃げ場を失った燈治は、目の前に立ち塞がる七代を苦渋に満ちた目で見上げる。 七代は不敵に笑っている。勝ちを確信した肉食獣の笑みだ。「俺にこんな格好させて……楽しいか?」「はい。楽しいです」 そして直ぐさま打ち返される返答。淀みない口調に、燈治は歯を食いしばった。「……」 七代の口元がたわむ。ゆっくりとしゃがみ、燈治の頭からつま先まで舐めるように見渡す。「だって、壇に女装とか、見た目からして似合わなそうで笑えますよねぇー」「……テメエ、覚えてろよ」 苛立ち混じりに燈治が蹴りを繰り出した。スカートから伸びる足は、しかし身を捻った七代に軽く避けられてしまう。 くそ、と燈治は唸った。無理矢理はかせられたスカートが妙に纏わりついて気持ち悪い。上半身のセーラー服も、肌に慣れない生地が居心地の悪さを存分に発揮してくれている。 カルパタルの秘伝カレーを味わらせてあげるから、だなんて分かりやすい交渉に引っかかってしまった己を、燈治は呪う。まさか七代から出される要求が女装して、だとは露とも思っていなかった。「うん。覚えてる」 笑いを堪え、七代が歪んだスカーフを整える。「だって、こんな面白いこと、忘れるわけないじゃないですか」 ぷぷぷぷ、と今にも笑いが爆発しそうな堪え方に、燈治はいっそがら空きの脇腹に一発当ててしまいたくなる。卑怯だから、しないけど。 憮然としている間に、七代の手は忙しなく、燈治を変えていく。「えっとあと、足の毛を剃って化粧して……」「そこまでするのか? 服だけでも十分だろ」 寧ろそこまでにしておいてほしかった。心からそう思う燈治に、七代は容赦ない。両手で燈治の顔を軽く仰向けさせ「はい眼を閉じて」と指示を出す。「本気で、化粧すんのか?」「はい、おれは努力を惜しまない男ですから。それは壇を女装させることについても同じ。妥協、したくないですし」「妥協しろよ……頼むから」 まだ化粧とかしないでおけば、笑いを取るだけですむのに。ここまで真面目にされたら、人によっては引かれてしまうこと間違いなしだ。「はいはい。分かったから眼を閉じて、じゃないとマスカラ眼にぶち込むから」 棒状のものを持った七代の手が、目前に迫る。燈治は全てをあきらめ仕方なく目を閉じた。 数分後。出来上がった燈治の女装を見て、七代が一言呟いた。「……うん。分かっちゃいたけど、似合わないですねー、全然」 憮然と椅子に座る燈治を七代が腕組しながら顔を近づけ、じろじろと見回す。「胸囲だけ見ればかなりおっきいのに、他のところも筋肉とかあるから」「……で? 感想は?」 じろりと似合わない化粧をされた燈治が、七代をねめつけた。 うん、と七代は頷き真顔で答える。「正直、すまんかった。もう馬鹿なこと言わない」「……まあ、分かってくれただけでもありがたいと思わなきゃいけないんだろうな」 深く深くため息をつき、燈治は肩を落とした。これで七代も満足しただろう。燈治は「脱ぐからな」とまずは頭につけられたウィッグに手をかけた。「あ、待って。写メ撮らせて」 七代が、女装を解こうとする燈治を慌てて止めて携帯を取り出す。「何でそんなの撮るんだよ」 こんなの、末代までの恥だ。顔を顰める燈治に「壇だって、こっそりおれの撮ってたくせに」と言い返した。「壇は撮って、おれは撮れないとかずるい」「…………」 燈治は口をつぐんだ。こっそり撮ったつもりなのに、しっかりばれてしまった事に、内心動揺する。 黙ってしまった燈治の姿を、意気揚々と七代は携帯に収める。いいアングルを探しているのか、立ち位置を何度か変えて、繰り返しシャッターを切った。「うん。撮れた」 ようやく満足した一枚が撮れたらしい。これも青春の一場面、と画面を見つめる七代の表情が綿飴のように甘く崩れる。「……」「似合わないなぁ……」 えへへへ、と幸せそうに笑う七代に、燈治の胸はじんわりと熱くなった。些細なことだろうに。七代は小さなこともとても大切にする。 燈治は無言でウィッグを掴んで外した。有無を言わさずつけられた口紅が邪魔で、手の甲で乱暴に拭う。「千馗」 燈治は紅のついた手で七代の肩に触れて引き寄せた。さっき七代が己にしたように顔を上げさせ、無防備な唇に自分のそれを落とす。「……」「……」「……」「……何か、女装の男からこんなことされるのって、変な感じ」 離れた唇を押さえた七代は、照れたように眼を伏せた。仄かに頬が赤くなっている。「奇遇だな。俺もだ」 言いながら、燈治は七代の肩を押していく。重心が傾いた七代の身体は広い机の上へと横になる。 形勢逆転、眼を見開く七代を組み伏せ燈治は思った。これで逃げ場をなくしたのは俺じゃない。千馗のほうだ。「ちょ、ちょちょっと燈治さん? 眼がマジなんですけど」「マジだから仕方ないな」「うん、それは今までの経験から嫌ってほど知ってるよ。知ってるけどね。せめて、女装解けばいいと思うんだけどな。それからでも、遅くないんじゃない?」 必死に言いつくろう七代の様子が面白くて燈治はつい笑ってしまう。こっちも七代に付き合って、したくもない女装をしたのだ。これぐらいしたっていいだろう。 だから燈治は七代の耳元で呟く。彼が弱い重低音を響かせるように。「どうせ今から脱ぐんだからいいだろ。な……千馗」 吹き込まれた囁きにびくりと身体を震わせた七代は「くそ」と呟きながらも、燈治のほうへと手を伸ばした。 [0回]PR