次はない 壇主 東京鬼祓師 2013年04月29日 今日は珍しく食堂で昼食をとることになった。七代が、一度食堂で食べてみたい、と言ったからだ。 いつもとにかく駄菓子で昼食を済ませようとする七代にしては珍しい言葉に、燈治は「じゃあ行くか」と考えを改められる前に移動する。やはり、きちんとした食事ぐらいは取っておいてほしいと思う気持ちからだった。 生徒で賑わう食堂内で空席を見つけ、まずは座る。「どんなメニューがあるんですか」 初めての食堂に、そわそわと辺りを見回しながら七代が燈治に尋ねた。「そんなに珍しいメニューはないな」 カレーにラーメン。うどんに蕎麦。日替わり定食。ありきたりなメニューを思い付く限り羅列する燈治に、七代は真剣な顔で耳を傾ける。「壇的には何がオススメだったりします?」「ん? そりゃあカレーだな」 もちろん今日もカレーを頼むつもりだ。「壇はいっつもカレーですよねえ」「昼食をチョコやうまい棒で済ませようとする奴には言われたくねえな」「……あ、カレーラーメンとかもあるっぽいですね。おれはそれにしよっと」 そそくさと席を立つ七代に、逃げたな、と燈治は首の後ろへ手をやった。自分でもよくないとわかっているのなら、少しでも改善してほしい。だが、こうして食堂に来ていることを考えると、少しは見直そうとしているのか。 生徒で賑わう売場前で、七代がうろうろしている。迷っている姿に燈治も腰を上げた。どうやって買えばいいのかわからない七代に、方法を教えないと。 全く、千馗には俺がついてねえと駄目だ。「……うまー」 無事に買えたカレーラーメンの麺に舌鼓を打ち、七代の箸は動きを止めない。どうやら気に入ったようだ。「おれ好みに茹でられたちょっと固めの麺。カレーだしも旨味が効いてるし……うん、うまい」「そりゃあよかった。俺もここのメシは嫌いじゃないからな」 やはり自分が好きだと思うものを七代も好ましく感じてくれると、燈治も嬉しくなる。カレーライスをスプーンで掬い、燈治は横で一心不乱にラーメンを食べる七代を見た。やっぱり駄菓子だけじゃ物足りないんだろうことが窺える。「こら、千馗。汁飛ばすなよ。お前の場合シャツについたら汚れが目立つぞ」「……ふぁい」 口の中のものを飲み込む間も惜しむように、七代は頷く。「口の中のものを飲み込んでから喋ろって」「……」 注意する燈治に今度は無言で七代はこくこくと頷いた。止まらない箸に、やっぱり駄菓子だけじゃたりないじゃないか、と燈治は心配した。これはもうちょっと厳しく見る必要がありそうだ。「……ごちそうさまでしたー」 あっという間に食べ終わり、七代が手を合わせた。汁も飲み干した器の中は空っぽだ。「千馗」「はーい?」「こっちも一口食ってみるか?」 燈治は気持ち多めに掬ったカレーライスを七代の口へ差し出した。すると「ん」と迷わず七代は口を開け、差し出されたカレーライスを頬張った。これまでに何度も直接七代の口へと食べさせてきたせいか、もはやそれは当たり前の行動になっていた。 咀嚼して飲み込んだ七代は「うん。こっちもおいしいです」と答えた。「けど、カルさんのカレーのがもっと好きです」「じゃあ洞行く前に腹ごしらえで行くか?」「おれとしてはドッグタグも捨て難いんですけども」「この前だって食べてたじゃねえか。今日はカレーにしとけって」「それって横暴ですよ」 勝手に決められ反論する七代の額を、燈治は指で弾いた。「あいたっ」 咄嗟に掌で弾かれた部分を押さえる七代に、燈治が笑った。「これぐらいのも避けられねえし、お前はもうちょっとしっかり食えって気ぃつかってんだよ」「本当ですか? 自分が食べたいんからなんじゃないですか――むぐっ」 開いた口にまた一匙掬ったカレーを食べさせ、燈治は七代の言葉を塞ぐ。「ほら、いいからもっと食え。足りなかったら奢ってやるからよ」 話を中断させられ、不機嫌そうに七代は燈治を睨む。だが、皿ごと目の前に移動してきたカレーライスに、黙って今度はスプーンを動かしはじめる。「……いちゃつくなら、余所でやってほしいんだけど」 通りすがりの巴は、食堂でじゃれあうようなやり取りをする二人を見つけるなり、酷い脱力感に苛まれた。手が、自然にペンを探る。もし見つけたら、直ぐさま壇の急所目掛けて一投したかったが、生憎投げれるようなものは持っていなかった。 ふう、とため息一つ。呆れるやり取りを目の当たりにして、頭が痛くなってきた。 眼の毒。耳の毒。精神的にも毒だわ。巴は見ない振りをして、食堂に背を向けた。今度見つけたら、すぐ行動に移れるよう、文房具を常に持っていようと心に決めながら。 [0回]PR