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ハートブレイクにつき 壇主




「わー、カナエさーん」
 ドッグタグに来るなり奥から走って出迎えてきたバゼットハウンドに、七代は破顔して床に膝をついた。広げた両手目掛け、カナエさん、と呼ばれたバゼットハウンドは七代の胸に飛び込み、盛んに尻尾を振る。
 今日も懐かれてるな。
 七代に続いて店内に入った燈治は、熱烈な歓迎を後ろから眺める。精一杯身体を伸ばし、ぺろぺろと頬を舐めるバゼットハウンドに「ははっ、くすぐったいよ、カナエさん」と笑う七代に、燈治の頬も自然と綻んだ。
「……お前か」
 笑う声に、澁川が奥のキッチンから出てくる。
「マスター、お邪魔してます」
 ぺこりと頭を下げる七代に、澁川の眼が柔和に細まる。
「……いつもの、だな」
「はいっ、お願いします」
「俺もいつものを」
 明るく頷く七代の言葉尻に乗って、燈治が注文を付け加える。澁川は「わかった、好きなテーブルについていろ」と言い残し、厨房へと戻った。
「へへっ……。マスターのコーヒーとフレンチトースト……。なんて贅沢な一時だろう」
 バゼットハウンド――カナエさんを抱き上げ振り向いた七代は、弾んだ声で「どこに座りましょうか?」と燈治に尋ねた。
「そうだなぁ――」
 店内を見回す燈治の耳に「ここが空いているよ、千馗くん」と秀麗な声が聞こえてくる。そうだった、ここはアイツもいる可能性が高かったんだ。小さく舌打ちして燈治は嫌々カウンター席に眼を向けた。
「あ、絢人」
「やぁ、今日も元気そうで何よりだね」
 優雅な仕草で持っていたカップをソーサーに戻し、カウンター席で絢人が七代に笑いかける。こっちに来ないかい、と手招きを受け、七代が「じゃあ、お邪魔しようかな」とカナエさんを抱えたまま移動する。
 面白くないのは燈治だ。七代の腕の中にいるカナエさんはもちろん、澁川やここにはいない輪はいいのだが、絢人は油断ならないと判断している。絢人は七代に好意を持っているのは明白だ。恐らくは――自分が七代に向けているものと同等の。
「……おい、こっち忘れてるだろう。お前」
 頭をがしがしと掻きながら、燈治はすかさず絢人に釘を刺した。ほっといたら、こっちがおいてきぼりにされかねない。
「おや」とわざとらしく絢人が燈治を見て驚いた振りをする。
「すまない。あまりにも視界の端にいたから気がつかなかったよ」
「……」
 嘘つけ。言外に批難を込めて燈治は睨むが、絢人は素知らぬ顔だ。わかっててやってるんだろう。
 不機嫌に睨む燈治と、涼しく笑う絢人の間に火花が飛ぶ。
「あ、壇はこっちに座ったらどうですか」
 頭上を飛び交う火花に気づかず、七代が絢人とは反対側のスツールをぽんぽんと叩く。
「……」
 無言で燈治は七代の隣に座った。相変わらず絢人は笑っている。カウンターにもたれかけ「今日も洞探索するのかな?」と七代に聞いた。
「ううん。今日はしないんですよ」
「ああ、そうなのかい。残念だな……。出来るなら君の手助けをしたかったのに」
「うん。おれもお願いしたかったけど……」
 ちらりと七代が燈治を横目で見た。
「壇に今日は止めろって言われちゃって」
「ったりまえだろ」
 不満を口にする七代の額を燈治は指で弾くように軽く小突いた。
「お前は無茶しがちなんだ。また体調崩したらうるさいのがいるだろ」
「それはそうですけど」
「それにちゃんと見てなきゃ飯だって満足に食べないからな。こうして俺がちゃんと見てねえと」
「うう……」
 小突かれた額を押さえ、七代は「壇がひどいよカナエさーん」と抱えているカナエさんに嘆いた。きょとんと見上げるその頭に頬を擦り寄せ「おれは早く花札集めようと頑張っているのに」と隣の相棒に文句を呟く。
「どっかの誰かさんがおれに無駄遣いさせようとしてるんだ……」
「ほぉ、何処の誰だか言ってみろよ」
「もーわかってるくせに!」
 むっと七代が声を荒げた。抱きしめる腕に力が篭り、カナエさんが、きゅうん、と鳴いてもがく。
「わっ」
 七代の腕からカナエさんが逃げ出し、奥へ走り去ってしまった。呼び止めかけた手が、ゆっくり下ろされる。
「逃げられた……。もー、壇がヤなこというから」
「俺は当然のことを言ったまでだぜ」
 壇が七代の腕を取り、周りを計るように掴み直す。
「大体、お前は細すぎるんだ。ちっとは食べないと、参るのはお前なんだからな」
「……ふふっ」
 大人しく二人のやり取りを見ていた絢人が不意に笑った。終わらないやり取りをしていた二人の眼が同時に絢人へ向けられる。
「いや、すまない」と絢人は緩んだままの口許を左手で隠し、右手を軽く前に出す。
「僕のことはいいから気にせず続きをしてくれて構わないよ」
「い、いや、そんな訳にはいきませんって」
 七代は知らず壇の方へ向けていた身体を、慌てて元に戻した。
「せっかく隣に座ってるんですし、会話においてきぼりでいいとかなしです」
「君は優しいね。……でも」
 絢人は意味深な笑みを七代の横――燈治に投げた。
「壇は君の優しさを僕に向けるのが不服みたいだね」
「……え?」
 戸惑い七代は燈治を見遣る。反射的に視線を反らす燈治に、眉を寄せ、どういうことか、と首を捻る。
「残念だけど、これは僕からの口じゃ答えられないかな」 絢人が諸手をあげて、ゆっくり首を振った。
「報酬を、と言っても君は僕を殴ってくれないだろうし。その前に壇から殴られそうだ」
「壇の場合は報酬にならないんだっけ?」
「僕が殴られて楽しいのは、女性や――君のような美しい人だけさ」
「お、おれを美しい人に入れるのは無理があると思いますけど」
 困惑して首を振る七代に「その困ったような表情も美しいね」と絢人は追い打ちをかけた。さらに七代の眉が寄り、燈治を振り向く。
 和みかけた空気が、また緊張を孕む。
「お前な――」
 七代を困らせる絢人を諌めようと、燈治が口を出しかけた時。
「――やっぱり千馗サンだっ!」
 扉が勢いよく開いて、騒々しくまたドッグタグの常連客が飛び込んできた。揺れる帽子を手で押さえ、見つけた千馗の背中に突撃する。
「わっ」と後ろからの攻撃に、千馗はカウンターに手をついて、衝撃に耐えた。絢人の眼がやってきた賑やかさに細まり、燈治が驚いて腰を浮かす。
「……輪、千馗くんがいて嬉しいのはわかるけど、そんな風にぶつかったら危ないだろう?」
 やんわりと注意する絢人に、一瞬言葉に詰まった輪が頬を赤らめ反論する。
「う、うるさいっ! いいだろ、嬉しかったんだからっ!」
「はいはい。マスターに怒られない程度にね」
「……千馗サン、あっち行こうっ」
 ぐい、とベストを引っ張る輪に素直に七代が頷き「ちょっと行ってきますね」と席を立つ。七代は子供に弱い。燈治も輪なら大丈夫だろうと浮いていた腰をスツールへ戻した。
 真ん中が空席になったカウンターの一角。燈治のところだけ、妙に空気が緊張している。それを知っているだろうに、絢人が先に沈黙を破った。
「……君は美しくないけれど、面白いひとではあるね」
「どういう意味だよ」
「母親の如く面倒見がいいかと思えば、千馗くんに近づく輩には彼を護る忠犬のように牙を向ける。君としては相棒のように彼を守ってるつもりなんだろうけど」
 カウンターに置いた両手の指を組み、愉快に口許を上げ絢人は笑う。
「君の嫉妬は、きちんと彼に愛を告白してからするのが筋じゃないかい?」
「――!?」
 痛いところを突かれ、燈治が硬直した。
 絢人の言葉通り、燈治は七代に想いを伝えてなければ、向こうがこちらを本当はどう思っているか知らない。ただでさえ、七代の周りには自然に人が集まる。いつ誰かに七代の隣を取られるのかと思うと、気が気でない時だってある。
「まあ、君がそのまま言わないのならそれでも構わない。だけどあまりもたついて誰かに取られても、僕は知らないよ」
 涼しく言う絢人に「……余計な世話だ」と苦々しく燈治は吐き捨てた。そんなの自分がよく認識している。
「……出来たぞ」
 厨房から出てきた澁川が、七代と燈治の注文を持ってきた。甘い匂いに輪に連れられていった七代が歓声を上げる。僕も一緒の頼むからここで一緒に食べよう、と輪が言っているのが聞こえた。
「ほら、さっそく輪に取られたね、千馗くん」
 面白そうに笑う絢人を「……うるさい」と燈治が睨んだ。
「……カレーだ」
 ささくれ立つ燈治の前に、澁川が出来立てのカレーライスを置いた。続けて隣に頼んでいないコーヒーを添える。
 怪訝に見上げる燈治を、澁川は「奢りだ」慰めるように言った。
 自分の気持ちが第三者にことごとく見透かされている現状。本人が気づくのはまだまだ先の話になりそうだと燈治は肩を落とした。
「ま、遠くから応援してはあげるから」
「……いらねーよ!」
 それこそ余計なお世話だと吐き捨て、燈治はがぶ飲みすべく奢りのコーヒーに手を伸ばした。

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触れぬが花 壇主




 じっと見つめる視線が刺さる。教室で燈治は食べかけていたパンを下ろした。
 七代もその手の動きに合わせて、視線を下ろす。物欲しそうな目。燈治は瞬時に状況を理解した。
「……お前、また昼メシがチョコだけとは言わねえよな?」
「失敬な。ちゃんとチョコ以外のものも食べましたよ」
「……何だよ、それは」
 真実味がない返しに、燈治はつい尋ねた。でも嫌な予感しかしない。
「校長室から取ってきたうまい棒と進路指導室から取ってきたおつまみイカを」
「馬鹿、それはチョコだけ食ったのとあんまり代わり映えしねえだろ」
 全て駄菓子で構成された昼食に、燈治は呆れる。
 仕方ないんですよ、と口を尖らせ七代は力無い声で反論した。
「今、欲しいものがあって、それがとても高いから……」
「だからって食いもん我慢してまで金を貯めるかよ、この馬鹿」
「こっちは真剣なんです。洞探索を有利にするためなんですから。馬鹿馬鹿連呼しないでくださいよ」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ、馬鹿」
「…………」
 恨めしそうに睨む七代に、しょうがねえな、と燈治が溜息をついた。持っていたパンを一口大にちぎり、七代の口許へ運ぶ。
「食えよ。少なくとも駄菓子よりは腹の足しになるだろ」
「……ありがと」
 七代は口を開けて、燈治が持ったままのパンを食べた。甘い味が、口に広がっていく。
「メロンパン。甘いの苦手じゃないんだっけ?」
「今日は出遅れて欲しかったのが買えなかったんだよ。ほら、口開けろ。もうちょっとやるから」
 またちぎられたメロンパンが七代の口許に寄せられる。最初よりも大きくちぎられたそれを、七代はさっきより大きく口を開けて――。
「っておい、俺の指まで食うなっ!」
「指まで甘いですねぇ」
「メロンパン持ってんだから当たり前だろ。ほら今度は食うなよ」
「はーい」


「…………」
「どうしたの、巴?」
 固まる巴に、弥紀が不安そうに言った。
「う、ううん、何でもないわ」
 不思議そうに尋ねる弥紀に慌てて首を振り、そして小さな声で呟く。
「私は何も見てないわよ。何も」
 弥紀からは見えない位置だったのがせめてもの救いか。この純真な親友に後ろで起きてるやり取りなんて見せたくない。ついでに自分もなかったことにしたい。
 でも燈治はそのまま手渡せば済むメロンパンをわざわざちぎって食べさせて。浮かべる表情も甘ったるいことこの上ない。
「まったく……やるんだったら、人目のないところでやってちょうだい」
「…………?」
 頭を押さえてぼやく巴に、弥紀が首を傾げた。

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君には叶わない 壇主




 七代千馗と言う男は浪費が嫌いらしい。可能な限り買い物は控えるし、使えるものは何でも使って、節約していく。
 揚句に初動調査に貰えるモノは多い方がいい、と鴉乃社学園の制服支給を断り、その分の代金を懐に入れたらしい。七代の上の服装が常にカッターシャツとスクールベストなのはそのせいか、とその話を聞いた燈治は感心するよりも呆れた。寒い冬場に薄手の格好。風邪をいつひいてもおかしくない。
 ただ七代も厳しい冬の寒さは身に染みているらしい。時たまこんなことが起きる。


 珍しく遅刻をせずに教室に入った燈治は、ふと後ろに殺気を感じた。
 すかさず上体を捻り、こちらに突進してくる標的を捕捉する。そのまま横に移動しながら身体ごと後ろへ向き直り、手を前に出す。
「おはようございま――うわっ」
 両手を大きく横に広げ飛び込んでくる七代の頭を、燈治は手で押さえた。
「いきなり、何するんですか」
「こうしなきゃお前が抱き着くからだろっ」
 むくれる七代に、燈治は押さえ付ける手から力を抜かないまま言った。まだ七代はこちらに向かって力をかけている。ここで手を離したら、あっという間に距離を詰められてしまうだろう。
「いいじゃないですか。友情を深めあいましょうよ」
「友情を深めんのに、隙を見て抱き着くとかはねぇだろ!」
「だって寒いですもん!」
「ジャージ持ってるだろ! それでも着てろ!」
「忘れました!」
「お前なぁ!」
 ぎゃあぎゃあ教室内に騒ぐ二人の声が響き渡る。嫌がおうにもクラスメートの視線を集めてしまい、燈治はもう帰りたくなってきた。
 七代が転校してきて知り合ってから数週間の間、どれだけ不意打ちで抱き着かれてきたか。最初はやられていた燈治もだんだん七代の気配を察知し、こうして阻止する成功率も徐々に上がってきている。
 朝から気力を削がれ、はあ、と溜息をついた燈治は往生際の悪い七代に対し口を開いた。
「俺に抱き着いて暖を取ろうとすんな。寒いなら上に何か羽織れ」
「えええ、だって面倒臭――じゃなくておれは壇ならその広い胸で受け入れると思ったから」
「嘘つけ。今お前面倒臭いって言いかけただろ。聞こえてるぞ」
「――ちっ」
「だからってあからさまな舌打ちすんな」
 再び燈治の口から溜息が零れる。このままだと七代は引き下がらないし、こちらも腕が疲れてきた。
 燈治は真っすぐこちらに向けてくる力を受け流すように、七代を押さえていた手を横へ流した。突然緩んだ力に「おわぁ」とよろめいた七代が、つんのめり転びかける。
 七代の攻撃をかわした燈治は教室後ろにある自分のロッカーから、ジャージを取り出して投げた。体勢を整え「何するんですか。危ないじゃないですか」と怒る七代の頭にそれが覆い被さる。
「それでも着とけ。ちったぁ寒くねえだろ」
「……」
 手を伸ばし頭を覆っていたジャージを取った七代は、まじまじとそれを見る。無言で着込み、チャックを上げた。身長はそんなに変わらないが、七代のほうが細いせいでぶかぶかに見える。
「……壇」
 余った袖を折り曲げて、七代が壇を見た。
「これ、汗くさいけどちゃんと洗濯しましたか?」
「は……?」
 昨日体育があってロッカーに突っ込んだままだから、確かに洗濯していないけども。
「何か壇の匂いがする」
「――――っ!?」
 言われた言葉がことんと壇の中に理解として落ちる。ふふふ、と襟元を鼻に埋める七代に顔が赤く染まった。
「お、ま、――そんなこと言うんだったら脱げっ! 返せっ!!」
「やーですよー」
 今度は燈治から伸びる手をひらりとかわし、七代は舌を出す。
「ではでは、ありがたくお借りしますね」
 あはははは、と笑い声を残し、さっさと教室を出ていった。入り口で入れ違いになった弥紀に「穂坂さん、おはようございます」すれ違い際に挨拶する。
「七代くんおはよう。――壇くんもおはよう」
「おう」
「今日も朝から仲良しだね」
 花が綻ぶように笑う弥紀に、燈治は「穂坂はあれで仲良しって見えるのか?」と尋ねた。あれはどう見ても七代におちょくられている。
「仲良しだよ」
 弥紀が断言した。
「それに壇くんがもし七代くんのこと好きじゃなかったら、話し掛けたりとかもしないと思うから」
「……」
 図星を突かれ、燈治は複雑な顔で口を覆う。
 そもそも燈治は教室の空気に馴染めない人間だった。家族を心配させまいと毎日登校しているが、教室よりも圧倒的に屋上で一人いる時間が多くて。教室に戻る度ちくちくと刺さるクラスメートの視線が思いの外痛かった。それは七代が来てからもあまり良くなる兆しはない。自分からそうなるようにしたのだから、仕方ないことだと燈治は割り切っている。
 それでも教室にいる時間が増えたのも事実で。それを引き起こしている七代に影響されているのも肯定するべきだろう。クラスメートの視線も前より気にならなくなった。
 全く七代千馗という男は、つくづく人の生き方を短時間で変えてくれる厄介な存在だ。燈治は少しずつ、だが確実に変化する己に苦笑する。
「……ま、そういうことにしておいてやるか」
 肩を竦めて仲良しだということを肯定した燈治に、うん、と弥紀が楽しそうに笑った。

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即興ラブシーン 壇主




「何て言うか」
 真っ正面から向かい合い、膝の上に乗せたおれを抱きしめた壇がため息混じりにぼやいた。
「こうやってこそこそすんのは性に合わねえんだよな」
「いやいや、多少は人の目を気にするべきだと思いますよ」
 壇の肩口に頭を凭れつつ、おれはしっかりと釘を刺した。色んな何かを自覚した壇はおれが驚くほど大胆で積極的になっている。だからこっちは、心臓がいくつあっても足りやしない。
 紆余曲折ありながら、おれと壇は世間で言うところの恋人同士になった。約束したから、と色んなところでデートしたり、それなりにキスとか恋人らしいこともしている。
 ……まぁ、キスはする度に酸欠になりそうなのは困りものだけど。この前だって唇腫れたし。でも、それはまだマシな部類に入る。
 それ以上に困るのは――。
 千馗、と掠れ気味の声で呼ぶ壇の、抱きしめる力が強くなり、おれはどきっとする。このまま流されたい気持ちを必死に理性で押し止め「ちょっと待った」と壇の肩を押した。
「……何だよ」
 止められて、壇は明かに不服そうな顔をする。
「嫌なのか?」
「嫌じゃないですよ」
 そもそも嫌だったら、抱きしめられた時点で拒否しているし、膝の上になんて乗らない。それに今まで何回、抱き合ってきたのか。おれの中で壇との行為を止める選択肢は最初からなかった。
「……だけど」
 おれはふっと顔を反らし、周りを見た。
 吹き抜ける風にちょっと曇った空。下からはどこかの部活動の声や校外を走る車の音が聞こえる。
「屋上は、ないんじゃないかな」
 そう、二人きりで過ごせる場所が少なすぎる現状に、おれたちは頭を悩ませていた。こうして屋上にいるのも、ここならば人が来る確率が割と低いから。でもゼロじゃないので油断禁物だ。
 でもよ、とやんわり拒否するおれに反論する。
「隙あらば後ろから突進して抱き着いてきた人間の言う台詞じゃねえな」
「それとこれとは話が別だと思うんですが」
 俺がしてきたのは抱き着いて怒られて、それでおしまい。だけど壇がおれにしようとしているのは、そこから二歩三歩進んでいることだ。いくらおれでも恥ずかしさのほうが上回る。ていうか今の体勢だってちょっと恥ずかしい。
「それにここは白や雉明が来るだからダメ」
「じゃあ校内のどっか」
「お前は会長の包囲網抜けられるのか?」
 下校後は見回りを積極的にしているので、リスクが高すぎる。もちろん居候している羽鳥家は論外だ。朝子先生が見たら気絶どころの騒ぎじゃない。
「壇の家はどうですか」
「悪ぃが、今日俺んところもダメなんだよ」
 ふと頭に思い浮かんだ考えを言うが、壇は首を振る。妹が早く帰ってくるのだそうだ。
 じゃあ殆ど場所がない。でかい男二人でホテルとか目立つし、おれも壇もしっかり富樫刑事の要注意人物としてインプットされている。
「じゃあ……洞とかか?」
「いやいやいやいや、絶っっっ対、洞だけはダメ」
 洞でやるのは、鍵さんや鈴に見せているようなものだ。そうなったらおれはもう二人の顔見れないし、鴉羽神社に入れない。
「…………」
 壇が難しい顔をしておれを見る。言いたいことはわかる。せっかく盛り上がりかけた気分を抑えるなんて、難しいものだ。
 いたたまれなくなり、おれはまた燈治の肩に頭を乗せた。おれだって、壇に触れたいたいんだよ、と手を回した広い背中をぽんぽん叩いて慰めた。
 ぎゅっと壇からも、もっと強く抱きしめられる。
「じゃあ良いところ思いつくまでこうしとくか?」
 出された折衷案におれは頷いた。見つかった時のために言い訳を考えておこうと思いながら。

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おいで。わたしの恋。 壇主




「あ、ここ依頼で指示された場所です」
 携帯電話のフリップを閉じ、七代は後ろからついて来る燈治と雉明を振り返った。
「ちょっと待っててもらっていいですか? 今回の、花札の設置がちょっとややこしそうなので」
「おう、いいぜ」
「わかった。気をつけて」
「はーい」
 軽く手を振って、七代は一人開けた場所へ足を進める。七代が請け負っている依頼には花札を設置することにより生まれるエネルギーを使い、品物を精製するものがある。希少性が高いものほど、より複雑に配置しなければならない。こんな時同行者はただ待つことしかやることがなかった。
 まあ、危険はないみたいだからいいけどよ。配置する花札を探しているらしい七代を燈治は遠くから見つめる。しかしいつでも動けるよう身構えて。何が起こるかわからない洞の中だ。せめて安心して任務を遂行できるよう、七代の背中は守りたい。
「……」
 七代を見守る燈治を、横から雉明が見ている。かと思いきや、不意に燈治のほうへと一歩、二歩と近づいてきた。
 狭まる距離。無言の視線が突き刺さる。
 最初、燈治は耐えていたが、あまりに真っすぐな視線を向けられ「……おい、雉明」と口を出す。
「俺の顔に何かついてるか」
「いや、何もついていない」
「じゃあ離れろ。距離が近ぇ」
 一歩離れて燈治に言われ、雉明は「すまない」と素直に引き下がる。
「知りたいことがあって」
「知りたいこと?」
 なんだそりゃ、と燈治は眉を寄せた。知りたいことがあって、それがどう近づくことに繋がるんだろう。
 ああ、と雉明が至極真面目に頷いた。
「千馗が」
「千馗が?」
 七代の名前に、ますます燈治は眉間の皺を深くする。つい先日まで彼が生きるか死ぬかの岐路に立たされていた為か、七代のことになると、途端に燈治は心配になった。まさかまたろくでもないことを考えているんじゃないか、アイツは。
 苛立たしくなり、燈治は「千馗がどうしたんだ」と雉明に詰め寄った。返答次第では後で七代にも話を聞かなくては。
 雉明が答える。
「千馗が壇に近づくと、病気になるみたいなんだ」
「……は?」
 思ってもいなかった雉明の言葉に、壇はどういうことだ、と聞き返した。病気って、何の病気だよ。
「おれと千馗は札を通して多少の変化を読み取れる」
 雉明は右手を自分の胸に当てた。
「千馗が壇の近くにいる時、まず心の臓が速くなる。体温も僅かに上昇していた」
「……」
「それからとても緊張しているようでもあった。だからおれは風邪かと思って、千馗に聞いてみたんだが、何故かはぐらかされてしまった。もし重病だったらいけないと、こうして壇の近くに寄ってみたんだが――」
「……具合、悪くなったか?」
「ならない」
「ま、だろうな」
 近くによるだけで具合が悪くなるなどないだろう。そもそも燈治は健康に取り柄を持っている。風邪なんて、鎌鼬の箱の件を除けばここ数年かかったことがない。
 燈治から距離を取った雉明は、手を口許へやり「ならば何故千馗はあのようなことになってしまうのだろう……」と真剣に悩み始める。怜悧な容貌とは異なり、中身は天然である雉明に、燈治は開きかけた口を閉ざした。
 これは、言わぬが花だ。


「――ってそこで話が終わるの!? ばかなの!?」
 当時のことを聞かされ、七代は眼を剥いた。
「通りであの時にやにやしてると思ったら……! ばかですかあんたは!」
 七代は手近にあった枕を掴み、笑いを堪えている男に投げ付ける。殴りたい気持ちもあったけど、今は痛くて怠くて動けなかった。
 おっと、と軽々と枕を避け、燈治はかわりに冷たく濡らしたタオルを七代に当てる。
「言ったら言ったで怒るだろ。雉明に何吹き込んでるんですかーって」
「そうですけど!」
 あの純粋な眼差しで問われたら答えに窮するのは明らかだ。だけども。
「それとこれとは話が別ですぅー!」
 あの時にはもう燈治のことを意識していた。だけど呪言花札の件もあり、任務を優先していた七代は、必死に自分の気持ちを押し隠し、仲間として燈治と接していたのに。まさか、バレていたなんて。
 今だったら恥ずかしさで死ねそうだ。七代は大袈裟に嘆き、起こしていた上体をベッドの上に投げ出した。
「暴れんなって。身体が拭けねえ」
 顔を覆い悶絶する七代に軽く肩を竦め、燈治が言った。
「それにもうどうだっていいだろ。こうして俺とお前がここにいる。俺はそれで満足してるけど、お前は?」
「……」
 動きを止め、七代は指の間から汗ばむ身体を拭いてくれる燈治を見た。そしてまた悶絶する。
「どうしてそこで恥ずかしいことを言うのかな……。おれのからかいに一々反応してくれた壇はどこに行っちゃったの……」
「ま、慣れってところだな」
「悔しい。悔しすぎる」
 やりすぎた自分がばかだった、と嘆く七代に燈治が笑う。
「そうだな。お前がやりすぎたお陰でわかったこともあったし。――一々俺のやることに反応する楽しさってのもわかったしな」
 だから、と燈治が顔を覆っていた七代の腕を掴んだ。ぱっと開けた視界。精悍な顔付きで見下ろす燈治に、七代は顔を赤らめる。
「今度は俺から慣らしてやるよ。今までの礼も込めて、な」
「これは礼っていうより仕返し……んっ」
 言葉は最後まで続かない。重なる肌の体温や触れる指の動き目眩を起こしそうだ。
 多分おれが慣れるのは当分先だろうな。そう思いながらも、七代は素直に愛しい男の背中に腕を回した。

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