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スーダン小話

眼日前提の田中と花村



 花村輝々は、朝から慌ただしく厨房で料理の腕を振るっていた。
『超高校級の料理人』なんて才能を持っている身としては、いつどこでどこから出てきた料理が、みんなのクチに入るなんて耐えられない。そんなものを食べさせるぐらいなら、ぼくが作ったものを食べてほしい。料理人としての気概を持って、多少の忙しさを物ともせず、今日も包丁を握る。
 昨日はパンだったから、今日はご飯。おかずには卵焼きに焼き魚。味噌汁には贅沢にジャバ貝や蟹を入れた。
 朝から贅沢なものがクチに入るなんて……。いやいや、ここに来てから毎日ぼくの作る料理が食べられるなんて、みんな贅沢ものだよね。
 コンロにかけた鍋からのぼる湯気は、海鮮から取れたダシのいい香りがする。小皿で味見をする。
「やっぱりぼくって天才だよね。自分でも美味しいって思っちゃうし」
 自画自賛をした花村は、両手を当てた腰をそらし、高らかに笑う。
「誰がそんなぼくに熱烈なモーションかけてくれたっていいのに。みんなシャイだよねえ」
「……い」
「いやいや、みんな照れ屋だからこっちから誘ってくれるのを待っててくれてるのかな? そうだったら悪いことしちゃってるなあ。ぼくって……罪なオトコ……」
「……おい」
「あれっ、空耳かな。誰かがぼくを呼んでる気が――」
「おい貴様! 俺様の呼びかけをいつまで無視するつもりだ!」
 後ろから響く怒声に、背中を叩かれる。驚いた花村は「うわっ!」と首を竦め、後ろを振り向いた。
 レストランと厨房を繋げる出入り口に、黒い影が立っていた。逆立つ髪は怒りと威圧に煽られているように見える。
「た、たた、田中くん」
「ふん、ようやく我が呼び声が届いたか。貴様は己の世界に没頭するきらいがある……。もう少し遅ければ、破壊神暗黒四天王の牙が貴様に向けられていたところだった」
「ちょっ、ちょっとそれは困るよ! 厨房は清潔さが命なんだから」
 花村は厨房に汚れが入らないよう、細心の注意を払っていた。雑菌が食材に侵入し、食中毒が起きたら目も当てられない。厨房を預かるものとして、あってはならない。
「って、言ってるそばからそのまま入らないでよ!」
 ずんずんと入りこむ田中に、花村はコンロの火をすかさず消してから制止する。
「ここはぼくの神聖なるキッチンなんだよ」
「ふん。貴様ごときが語る神聖など、俺様からすれば恐るるに足りん」
「いや、食中毒とか怖いから、そのままの格好で入られたら困るんだって、正直な話」
 説明し「だからあんまりキッチンを歩き回らないで欲しいんだけどなあ」と田中の機嫌を伺うように言った。
 すると田中の足が止まった。
「……安心しろ。目的を達成すれば俺様はすぐに立ち去る。しかしそれも貴様次第ではあるがな」
「ぼ、ぼく次第……!?」
 田中の言葉に、花村は自らの身体を抱きしめた。赤らめた顔を恥じらって俯かせる。
「そんなことを言って、田中くんはぼくにナニをさせるつもりなんだい。まさかぼくをエロ同人みたいにめちゃくちゃに――」
 はあはあと息を乱して花村は尋ねかけた。
 田中は花村の言葉を途中で遮る。絶対零度の視線を向け「貴様が考えていることは一切起きぬから安心しろ」と早口で返した。そして身を守るように胸の前で腕を組み、後ずさる。
「……俺様はただ貴様が護りし、永久に凍える聖櫃から、供物をわけてもらいにきただけだ」
「へ? そんなことしなくても、もうすぐ朝ご飯だよ」
 花村はコンロの上に鎮座する鍋を振りかえった。味噌とダシのいい香りが蓋の隙間からこぼれている。
「俺様にではない。日向に持って行くのだ」
「……? それもどうしてだい? わざわざ持っていかなくても、一緒にレストランで食べれば済む話じゃないか」
「いいから、さっさと準備をしろと言っている。俺様はそこまで気は長くないぞ」
 花村の疑問に答えず、田中は威嚇する。まるでそこに触れて欲しくないような振る舞いだ。
 そわそわと落ち着きがなくなった田中に、ピンク色の事情を感じ取った花村がにやりと笑った。もったいぶったように、整えた前髪を手でさらりと払う。
「はっはーん。もしかして、もしかしなくても、二人はそういう仲? まぐわったり、交わったり、ついちゃう仲なの?」
「……」
 カマをかければ、途端に田中の顔が一気に赤く塗りかえられる。これはビンゴだ。花村のクチが勢いに乗っていく。
「そうなんだね? そうなんだね!? ねえねえねえ、ぼくも参加したいなあ。まぐわったり、交わったり、突いたり突かれたり。ねえねえねえ」
 鼻息荒い花村に近づかれ、怯んだ田中はその分後ずさる。そして形相恐ろしく、ぎろりと花村を睨みつけた。
「……黙れ」
 ばっと右手を前に突き出し、それ以上花村の進行を防ぐ。
「いいからとっとと供物をよこせ! さもなくば破壊神暗黒四天王の力を用い、この地を混沌へと導くぞ!」
 脅しをかける田中にあわせて、紫色のマフラーから、ハムスターが一斉に顔を出した。一人と四匹に揃って威嚇され、花村は渋々行動を断念する。目の前の色欲よりも、厨房の安全が花村には大事だった。
「……しょうがないなあ。おにぎりとフードポットに味噌汁いれてあげるから、それを持って行きなよ」
「わかればいい」
 安心した息を長く吐き出す田中に、花村が「あ、でも」と花村が言う。
「これからしばらくは、君らのこと探しちゃうかもなあ。特に、突然いなくなった時とかね」
 田中の頬が引きつった。
「その時はぼくも混ぜてくれると――」
 無邪気に言う花村の頭めがけ、手近にあったボウルを、田中は渾身の力で投げつける。
 早朝の空に、小気味よい音が響いた。



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