ジュンゴ主 デビサバシリーズ 2013年04月29日 「……うーん」 ジプス自室のベッドに寝転がり、優輝は難しい顔をして携帯電話をいじっていた。画面にはデビルオークションのアプリ画面が表示されている。かれこれ数時間粘っているが、なかなかめぼしい悪魔が現れない。 日を追うごとに、現れる悪魔もセプテントリオンも強力になっていく。今のままの仲魔では心許ない部分があった。 駄目だ。 並べられたオークションリストにざっと目を通し、優輝は見切りをつけた。アプリを終了した携帯電話を閉じ、起き上がってベッドから降りる。少し時間を置いてリスト更新を待つべきだろうと判断した。 上着を羽織り部屋を出る。時間はもうすぐ日付を越える。当たり前だが廊下はしんと静まり返っていた。誰の姿もない。 音を立てないよう静かに扉を閉め、優輝はこっそり外に向かう。こつこつと一歩足を前に出す度、廊下を歩く靴が硬質な音を立てた。 オークションの悪魔を競り落とすには、先立つもの――マッカが必要になる。いざ欲しい悪魔が出てきて、マッカが足りないでは話にならない。だからリストが更新される頃まで、外をうろつく悪魔を倒そうと考えた。 国会議事堂に通じるエレベーターのボタンを押す。上に移動されたままらしい、下に向かうとエレベーターのランプが告げた。「……」 落ち着かない様子で優輝は辺りを見回す。そわそわしているその肩を、後ろから伸びた手が叩いた。「――っ!?」 いきなり肩から走った軽い衝撃に弾かれて優輝は後ろを振り返った。 帽子と長めの前髪の奥から見える目が、少し丸くなった。「何だ、ジュンゴか」 見知った男に優輝は身体の緊張を解いた。てっきり深夜の外出を咎めようとしたジプス職員だと思っていたから安堵し、身体ごと純吾に向き直って尋ねた。「どうしたんだ? もしかしていつもと違う場所だから寝られないのか?」 名古屋支局にいる純吾が東京にいるのは理由がある。セプテントリオンが出てくる度に召集を掛ける手間が惜しい。東京、名古屋――そして大阪と三都市がターミナルで繋がった日から、主要メンバーは一所に集まって寝食を共にすることになった。今日がその初日だ。 純吾が首を振った。「ううん……。ちょっとトイレ行ってた。そしたら、優輝見つけたから。……どこいくの?」 そして今度は純吾から尋ね返され「オレはちょっと外に行ってくる。マッカが欲しい」と優輝は答え、そして内心焦った。しまった、そんなことを馬鹿正直に言ったら――。「……ダメ。一人で外、危ないよ」「やっぱりそう言うよな……」 うっかりしていた。純吾は仲間が危険に遭うことを極端に嫌う。それで一度突っ走り名古屋の暴動で殺されかけた。彼の性格を考えれば一人で悪魔と戦いにいく優輝を見過ごせないだろう。 困ったな、と頭をかきながら優輝は純吾をどう説得しようか考える。「大丈夫。オレの仲魔は強いから、マッカなんてすぐに貯めて戻ってくる」 事実、仲間内で優輝が従えている悪魔は大和に次いで能力が高い。そこらの野良悪魔など、恐れるに足りないだろう。 しかし純吾は愛想笑いを浮かべる「ダメ」と顔を険しくし、強情に首を振る。「悪魔じゃなくても、こわいもの沢山。だから一人で出るのはダメ」「ほんのちょっと。三十分ぐらいだから」「ダメ」「………………」 埒があかない。先の見えない問答に困り果てる優輝の背後で、ようやくエレベーターが扉を開いた。 もうここは強引にでも行かせてもらおう。優輝は素早くエレベーターに乗り込み、階上へ向かうボタンを押した。続いて、閉ボタンを連打する。「とにかくオレは大丈夫だから。ジュンゴは寝てろって!」 じゃあ、と言い残し、エレベーターの扉が閉まっていく。地上に続くエレベーターはこの一つしかない。追いかけようにも大幅なタイムロスを強いられる。その間に見つからない場所まで逃げれば問題ない。 だんだんと狭まる向こう側。純吾が呆然と立ち尽くしていたが、弾かれたようにエレベーターの扉に近づき、隙間に手を差した。がっ、と鈍い音がして、閉まる寸前だった扉が止まる。「――っ!?」 逃げ切れたと胸をなで下ろしていた優輝の表情が一変して強ばる。再度開かれた扉から、純吾が乗り込んだ。心なしか眼光が鋭く、優輝は無意識に後ずさるが、すぐ壁に阻まれた。 扉が閉まり、エレベーターが地上に向かって昇り出す。 純吾は大きく一歩踏みだし、呆気なく優輝との距離を縮める。緩く握られた手を肩の高さまで上げた。 殴られる――のだろうか。痛みを覚悟して肩を竦めた優輝はぎゅっと瞼を閉じた。 こつん、と額に軽く純吾の甲が当てられる。「一人はダメ」 静かな純吾の声に、優輝は恐る恐る瞼を上げた。様子をうかがうように彼の顔を見ると、純吾はとても悲しそうな顔をしている。「優輝はがんばりやさん。だから強い。だけど怪我しない訳じゃない……でしょう?」「それは……そうだけど…………」 今日だって幾度か負傷している。口ごもる優輝に「ジュンゴ、優輝が怪我するかもしれないのに、眠るなんてできないよ」と純吾は言った。「でもオレだって明日に備えて大切なことをするつもりなんだ。引くつもりはないぞ」「うん。わかってる。優輝はガンコなところもあるの、ジュンゴ知ってる。だから――ジュンゴも行く」「え……?」「一人はダメ。でも二人なら何があっても何とかできるよ」 ようやく純吾が笑い、優輝の額を小突いた手を退けた。「それにマッカも早くたまる。早くたまれば早く帰れる。……いい考え」 こくこくと頷いて純吾は一人納得する。 ……こっちはそれでいいとは一言も言ってないんだけど。小突かれた額に片手を当て、最早やる気になっている純吾を複雑な表情で見た。心配してくれての行動だろうとわかっていても、こっちが勝手に期待してしまうじゃないか。純吾の優しさに触れていくうちに、彼が気になっている優輝としては、寧ろ二人の方が怪我をする確率が高い気がした。「がんばろうね」 優輝の隣に立ち、純吾は待ち遠しくエレベーター上部に着いている現在地のランプを見上げる。「そうだな」とぶっきらぼうに応え、優輝は緊張が伝わらないように純吾から僅かに離れた。 [0回]PR