忍者ブログ
二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

彼は不器用だったので 5

長いので折り畳み



 電信柱の影にしゃがんで泣いていた女の子を、あたしは思いつく限りの方法を尽くして笑わせようとした。顔をぐちゃぐちゃにして涙をこぼすその子を放っておきたくなくて――守りたい、と思った。 
 あの時感じた思いを一度は忘れかけたけど、もう手放したりしない。無事に戻って来てくれた親友の笑顔を見て、胸に宿った決意を確かめる。
 雪子は大切。守りたい、支えあいたい――親友だ。
 そして彼だって、あたしは。


「――里中」
 呼び人はすぐに待ち合わせ場所である総菜大学に現れた。電話で決めた時間よりかなり早く、総菜大学で買った特製コロッケを食べていた千枝は慌てて残っていたものを口に頬張った。
 見慣れない人物が近づいて、足下で盛んにコロッケをねだっていたムクが前足を千枝の太股に乗せたまま、きょとんとする。そしてすぐ千枝の知り合いだと気づいたらしい。わん、と一鳴きし日向にじゃれついてきた。
 いきなり向かってくる犬に、日向の足が止まる。
「こら、ムク」
 素早く指先についたコロッケの衣を払い落とし、千枝はムクにつけられたリードを引いた。まっすぐリードが張り、後少しのところでムクの脚は止まる。
「ダメでしょ、無闇に人へ飛びかかんなっての! ……ごめんね、驚かせちゃった?」
「……ちょっとだけ。里中が飼ってるの?」
「そう、ムクっていうの。でっかいし臭いけどかわいいっしょ」
「うん」
 頷き、日向はムクの目の前で屈んだ。そっと手を伸ばし頭を撫でる。こわごわと慣れない手つきに、それでもムクは気持ちよさそうだった。尻尾を嬉しさを表現するように大きく振っている。
 動物が好きなんだな。小さく笑って千枝は、椅子代わりのビールケースから立ち、日向に近づく。
「ごめんね。いきなり呼び出しちゃって」
 千枝はまず謝った。雪子と別れてすぐ、日向に呼び出しの電話をかけたからだ。引っ越してまだ間もない彼は、叔父の家に居候している。他にも用事があるかもしれない。向こうの都合を考えない要求に、断られる可能性を覚悟していた。
 だが日向は「わかった」とすぐに了承し、こうして時間より早く来てくれた。
「いきなりだったし、少しぐらい遅れても良かったのに」
「……いや、こっちもちょっと助かったから」
 千枝を見上げ日向は静かに微笑んだ。また何かを諦めているような表情。
 最初に見たとき感じたものが、千枝の中ではっきりと形となった。
 ああ、やっぱり似ている。
 彼の笑顔と思い出の中の情景が重なって、胸が締め付けられた。
「それで、俺に用って……?」
「えっと……、ここじゃちょっと。少し、歩くけどいい?」
「わかった」と日向はムクから手を離して腰を上げた。
 ムクにリードを引かれる形で千枝と日向は並んで歩いた。商店街は今日も人が少ない。ほとんどの買い物がジュネスで出きる今、寂れていく一方だった。
「こっち」と千枝はシャッターがおろされている店の角を曲がる。
「こっちから行った方が近いんだ」
 行き先を告げない千枝に「どこに行くんだ?」と日向が辺りを見回しながら尋ねる。
「大丈夫。すぐつくから」
 自分でも根拠のないことを言ってるよね、と語彙の少なさに呆れつつ、千枝はそのまま歩き続ける。
 商店街を抜ければ田んぼと住宅街に挟まれた広い道路に出た。一定間隔で電信柱が並んでいる。そのうちの一つを見つけ「ここだ」と千枝は足を止めた。
「――ここが、里中が連れてきたかったところ?」
 千枝の後ろで日向が尋ねた。
「うん」と千枝は両手を腰に当て、電信柱の根本を見つめる。
「あたしね、ここで雪子と会ったんだ」
 千枝は日向を振り返った。足下でまとわりつくムクへ視線を下ろし「拾ったばっかりのコイツを抱えて、雪子泣いてたの」とその時を思い出すように呟く。
 子犬を拾った雪子は、家で飼いたいと言ったけど許されなかった。旅館を営んでいる雪子の家では、面倒見切れない。また捨ててきなさいと言われ途方に暮れていた雪子の目は泣きすぎて赤くなっていた。
「泣いてる雪子……今にも死にそうな顔をしてた」
 放っておいたらそのままどこかへ消えてしまって、そのままいなくなってしまいそうな儚さ。本当は助けてほしいのに、誰も助けてくれなくて、自分一人ではどうすることもできなくて。
「橿宮くん」
 千枝はまっすぐ日向を見た。心臓がばくばくする。今までのあたしだったらここまで突っ込んだことを言えなかっただろう。
 だけど、言わなくちゃ。
「今から言うことはすっごい押しつけだと思う。君も嫌がるかもしれない。でも言わなきゃいけないことだと思うから――言うね」
 すう、と息を吸い、千枝は思い切って口を開いた。
「橿宮くん、本当は花村とちゃんと仲直りしたいんじゃないかな」
「………………」
 びくりと垂れ下がっていた日向の指先が震えた。何でもない風を装っているが、わずかに見開かれた日向の目を千枝は見逃さなかった。
「やっぱり、そうなんだね」
「……どうして、そう思う?」
「殆どあたしの直感。後……似てたから」
「似てた?」
「さっき話してた雪子の泣きそうな顔と」
「俺は、泣いてない」
「でもすごく死にそうな顔をしてた」
「………………」
 日向は無言で千枝を見つめた。口を薄く開いてまた閉じる。返す言葉に困っているようだった。それは千枝の直感が事実に当てはまっていることを示している。
 橿宮くんは言ってくれた。誰だって同じようなものだって。
 あたしや雪子や――花村が悩んでいるように、橿宮くんにだって悩んで立ち止まってしまっているなら。
「……あたしさ、バカだからうまく物事考えられない。雪子が行方不明になった時も暴走してた。迷惑もかけた。橿宮くんから見たら頼りないかもしれない。でも――きみがあたしを守ってくれたように、あたしもきみを守りたいし、味方になりたい」
 千枝にとって雪子は大切。守りたい、支えあいたい――親友。
 そして日向も大切な仲間。親友への妬みで押しつぶされそうになった心を助けてくれた。
「何があってもあたしは橿宮くんの味方。だから――」
「…………っはは」
 不意に日向が小さく笑いだした。眉を跳ね上げる千枝に「ごめん、悪気はないんだ」と手の甲を唇に当てる。
「里中は猪突猛進って言葉が似合いそう」
 笑いを堪えた日向にそう例えられ「しょ、しょうがないっしょ!」と頬を赤くする。
「これがあたしなんだから……」
 千枝は思い立ったら即行動しないと気が済まない質だ。タイミングを見計らって慎重になるよりも、後悔のないようにすぐ動きたい。
「ごめん」と口を尖らせた千枝に日向は謝った。そして、今度は優しく灰色の瞳が細くなる。
「でも俺も何となくわかったよ」
「………………何が?」
「天城が里中を王子様って言った理由」
 一人納得して言う日向に、千枝は首を捻った。釈然としないものがあったが、まあいいか、と気にしないことにした。
 それよりも日向の表情が今までよりすっきりしているように見えたから。
 やっぱり彼は笑っている顔がとても似合う。
 ――雪子と、同じように。


『はいもしもし花村ですがっ!』
 通話がつながるなり、携帯電話の向こうから苛立つ声がした。ゴールデンウィーク中ずっとバイトだと言っていた陽介は、やはり忙しく働き回っているようだ。下手に刺激したらすぐに怒りを爆発させそうな予感がする。
 自室でクッション片手に抱きしめていた千枝は、あらかじめ考えていた台詞を努めて明るく言った。
「やっほ。せっかくのゴールデンウィークだし、みんなで遊ばない?」
 どうやったら日向と陽介の仲を深められるだろう、と千枝が考えた結論はとにかく一緒にいる時間を増やす単純なものだった。二人では気まずい雰囲気でも、間に誰かがいれば多少は紛れるだろう。
『里中……。俺は今バイト中なんだよ。暇な奴と違ってな』
 後半部分を強調して陽介に言われ、千枝は一瞬かちんと来た。だけど短気は損気。こみ上げた怒りをぐっと飲み込み「じゃあ終わる時間教えてよ」と話を強引に進める。
「雪子や橿宮くんも誘ってさ! うー、楽しくなりそう!」
『お前な……勝手に話を進めてんじゃねえっつの……』
 通話の向こう側で陽介はぶつぶつ文句を言っている。やっぱり手強いなあ。一筋縄では行かない陽介に、千枝は次はどんなことを言えばいいのか考える。
 しかし心配は杞憂に終わった。考えごとをしているのか陽介は数秒黙り込み、そして千枝からすれば予想外のことを口にした。
『――遊ぶの、いいぜ』
『本当!?』
 すんなり誘いを受けたことに千枝は内心驚いた。もうちょっと渋るかとばかり思ってたのに。
『ああ。けどよ――もう一人誘いたい子がいるんだけど』
「誘いたい子? 誰よ?」
 陽介が出した名前は千枝にも聞き覚えがあった。日向が世話になっている家の子だ。理由を聞けば、本来なら家族で旅行の筈だったらしい。しかし刑事の父親に急な事件が舞い込んだせいで取りやめになったようだ。
『遠くじゃなくてもジュネスぐらいなら気晴らしになるんじゃないか、って思ってさ……』
「花村……」
 聞いていて照れくさそうな花村の姿が目に浮かぶようだ。千枝は大きく笑って「お、花村もたまにはいーこと言うじゃん! 見直したわ」とおどけて言った。
 いかなる心境の変化にせよ陽介が誘いに乗ってくれた。心変わりする前に千枝は約束の時間を決めて、通話を切る。
 よし、と企みがうまく行った嬉しさから、千枝は抱きしめていたクッションを放り投げ立ち上がった。電話じゃもどかしいから、もう直接橿宮くんのところへ行こう。思い立ち、千枝は急いで家を出る。
 花村やみんなと一緒に遊ぼう、と言ったら日向はどんな顔をするのかな。目を丸くする彼を想像してまた笑う。でも、諦めきった顔よりは絶対何倍もいい表情だろう。
 ねえ、橿宮くん。どうせ別れるからって誤解されたままでもいいって言うの、やっぱり悲しいよ。近くにいても、すれ違うこともあるけど、それでも精一杯ぶつかっていけばどうにかなることだってある。あたしと雪子みたいに。
 だから橿宮くんも諦めないでほしい。頼りないかもしれないけど、あたしはいつだってきみの味方だから――。
 決意も新たに、千枝は堂島家に向かって走り出す。見上げた空は迷いも惑いも全部吹き飛ばせそうな、真っ青な色をしていた。

拍手[0回]

PR