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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

とめどなく 4

長いので折り畳み





「ごめんなさい。今日陽介くん休みなのに……」
 恐縮して頻りに頭を下げる女性従業員を、陽介は「気にしないでいいすよ」と力の抜けた笑いを浮かべつつ制した。急ぎ足で二人が向かうのは寝具売場だ。
 ベッドや毛布、枕が陳列されている棚の近くで、困った表情をした人たちが顔を突き合わせている。だが「陽介くんに来てもらいました」とやってきた女性従業員の声で一斉に陽介を見るなり、安心したような表情をする。それを見て陽介は、物凄く申し訳ない気分に陥ってしまう。元を辿っていけば、彼らが困っているのは、自分の責任不行き届きが原因になるからだ。
 こっち、とさっそくさっきの女性より年輩の従業員が、陽介を手招きする。ついていく先にあるのは、展示されているベッド。丁寧に掛け布団が敷かれているはずのそこに、何故か山が出来ている。
「……」
 ベッドを見下ろし無言で腕を組んだ陽介は、だんだん頭が痛くなってくるのを感じた。
 クマが、展示品のベッドで寝ていた。さっきまでフードコートのマスコットとして働いていたのか、着ぐるみのままだ。毛布を顔の辺りまで持ち上げ、とても気持ちよさそうに眠っている。
 陽介は呆れを通り越して感心した。ジュネス店内は照明で明るいし、いつも音楽やセールのアナウンスとかが流れていて、眠るにはむかない。よく眠れるな、と思う。疲れたから休みたいのはわかる。しかし、選んだ場所が大問題だ。どれだけ神経が図太いんだ。
「熊田くん、あんまり気持ちよさそうに寝てるから……」
「なんだか起こすのもちょっと……」
 陽介の側で、寝ているクマをちらちら見ながら、口々に従業員たちが口ごもりながら言った。あまりにも豪快な眠り方に気が引けて、誰も起こせないようだ。そして聞こえる言葉の端々には、陽介が事態を打破してくれるんじゃないかと、期待が込められているように感じる。
 陽介は最近、クマが起こすトラブルの処理係になりつつある現状を遠い目をして憂いた。だがこのまま他の邪魔にもしておけず、仕方ないか、と口の中で呟く。
「……わかりました。こっちで何とかしときますよ。それにまだコイツ仕事があるはずですからちゃんと責任もって連れて来ます」
 向き直って言った陽介に、彼をここまで連れて来た女性従業員は、その言葉に安堵する。
「ええ、そうしてもらえると嬉しいわ。ありがとう。それじゃよろしくね」
 そのまま頭を下げ、持ち場へと戻っていく。それに倣うように他も戻り、あとに残ったのは渋い顔の陽介と呑気に寝ているクマだけ。
 やれやれ、と自分の苦労を嘆きつつ、陽介はクマをじっと見下ろし、組んでいた腕を解いてベッドへ伸ばした。
 クマを起こさないよう、ゆっくり掛けている毛布をはがす。床に落として汚さないよう畳み、ベッドの端へ置いた。
 クマはまだ寝ていて、起きる様子は微塵もない。しかも鼾までかく始末だ。
 お前が悪いんだからな。陽介は悪態をつきながら、クマの身体を押した。
 丸めの形をしている着ぐるみの身体は転がりやすい。陽介に押され、クマはごろりと寝返りをうつように転がって、ベッドから落ちていく。
 床に身体をぶつけた音と「ぷぎゃ!」とクマの悲鳴が重なった。
「な、なにクマ? 天変地異の前触れクマか!?」
 ベッドの向こう側から聞こえる、騒がしい声。
 陽介はベッドを回り込む。そして慌てふためき、倒れたまま手足をばたつかせるクマの枕元に立った。
 腰に手を当て怒り心頭に達する陽介を見上げ、クマの動きが止まる。
「……ヨースケ?」
「おはようクマきち。目覚めの気分はどうだ?」
 陽介は口元を上げて言ったが、その声音は全く笑っていなかった。


「……そんなに怒らなくったっていいじゃないクマか」
 バックヤードまで引きずられ、陽介に説教を食らったクマは、もう聞きたくないと言わんばかりに、手を耳へ伸ばした。しかし短くて届かないのは承知だが、それでも陽介はクマの手を掴み「手はここ」と下ろして気をつけの姿勢をとらせる。
「むー」
 むくれるクマに「むー、じゃない」と陽介の眼が鋭くなった。
「大体な、あんなところで寝るなよ。店の人達困ってたじゃねーか」
「ちょっとぐらいいいクマじゃないクマか。クマは今日もガンバってしこたま働いて、ジュネスに貢献したクマよ。なのにヨースケはそんなクマに対して、あんなひどい真似がどうして出来るクマか」
「そりゃお前が店の売場で寝てるからだろ……。店を私物化すんな」
 話が進まず、陽介はぐらつく頭を手で押さえた。バイト関連の悩みは、早紀を貶めていた女子生徒らの一件以来落ち着いてはいる。しかしこんな形でまた頭を悩ませるなんて、思ってもいなかった。
「……わかった。もうちょっと仕事の内容考え直してみる。お前もマスコットとかで忙しいもんな。だから、もうちょっとこのまま頑張ってみてくれ」
「ほんとクマか? じゃあやるクマ」
 ただ、クマは根が素直な分、扱いやすくもあるが。
 大きく身体を揺らして頷いたクマの頭を、陽介は軽く叩いた。ベッドで寝ていた時についたらしい寝癖をこっそり直し「ほら、早く次の仕事行くぞ」と促す。
 一旦更衣室に戻り、クマを押し入れる。着ぐるみを脱ぎエプロンで出てきたクマは、扉の横で壁に背を凭れて待っていた陽介へ、これ見よがしに溜め息をついた。
 わざとらしくされては、こっちも気分が悪くなる。陽介は「何だよ、人の顔を見て」と不機嫌に言った。
「だって、せっかくいい夢を見てたのに、ヨースケに邪魔されたの思い出しちゃったクマよ」
「……どんな夢見たんだよ?」
「え? えーっとね」
 クマは夢の内容を思い返し、しまりのない笑顔を浮かべる。
「ナオチャンとチッスする夢クマ」
「……お前女なら、誰でもいいのか?」
 元々クマは女性に関して見境がない、と陽介は思っている。だが助ける際に実は女だと判明した直斗に対し、ほんの短い時間で柔軟な切り替えをそこまで出来るなんて。陽介自身はまだ、わかった時の驚きを少し引きずっている。初めて直斗に会った時の、生意気そうな雰囲気がそうさせているのかもしれない。
 陽介の言葉に「それは言い方が悪いクマ」と心外そうに反論した。
「クマはクマなりに女のコは大事にしたいだけ。それだけなの。ほら、女のコはたくさんいるけど、クマは一人しかいないから……。ほっとかれたら可哀相でしょ?」
 気障っぽく髪を掻き上げ、殊勝な態度を取るクマに「言ってろ」と陽介は取り合わず踵を返した。この場合まともに相手をすれば、こちらが精神的に疲弊するだけ。それなりにクマと付き合いが長くなっている陽介は、それを理解し、あしらい方も慣れてしまっている。
 食料品売場に続く出入口から二人は一緒に出た。陽介は「しっかり仕事してこいよ」とクマの背を押して送り出す。ようやく役目を果たせて、どっと疲れた。たまにクマといるとこっちの気力が吸われそうな気がするのは、気のせいじゃないだろう。陽介が凝った首を回すと、骨の鳴る音が聞こえた。
 これからどうするかな。陽介はとりあえず食料品売場を横切る。その途中で、買い物らしい家族連れを見かけた。両親に挟まれて、小さな子供が楽しそうに両手を繋いでいて、仲睦まじそうだ。しかし先日、日向の悩みを聞いた陽介からすると、微笑ましさより切なさが先に立つ。
 絵里は日向のお陰で、溝が出来ていた子供との距離を縮め、向き合えた。しかし、その日向が家族のことで悩んでいるなんて。皮肉としか言いようがない。
 陽介は日向に、早紀のことや自身の影のことで救われた。他の仲間だって、助けられているところが少なからずあるだろう。絵里や、陽介が知らない人の中にもきっと。
 だから、日向だってこっちにしてくれるだけ報われてほしい、と陽介は思う。
 何か、俺に出来ることがあればいいけど。日向がしてくれたことを返せるような何かを。
「……あれ?」
 中央出入口まで来た陽介は、自動ドアから飛び出すように店内へ入る人影に、眼を丸くした。
「……堂島さん?」
 買い物に来たのかな、と陽介は思ったが、それにしては様子がおかしい。あちこちを見回し、陽介と眼があった途端に急いで駆け寄ってくる。
「――花村!」
 呆然と突っ立ってる陽介の肩を掴んだ堂島は口を開いてすぐ「菜々子は来てないか?」と焦った声で尋ねた。
 掴まれた手の強さに眉を寄せ、陽介は困惑しながら首を振った。
「いえ、俺は見てないすけど……。どうかしたんですか?」
 聞き返した陽介に、堂島は苦々しく言い、陽介から離した手で顔を覆う。
「菜々子が……いなくなった」
「えっ?」
「家を飛び出して、そこからどこに行ったか分からないんだ。だから菜々子が行きそうな場所を片っ端からあたってるんだが……」
 堂島の顔色からして、まだ菜々子は見つかっていないようだった。尋常じゃない事態。堂島から感染したように、陽介も焦り出す。ガラス越しに見える外は暗くなっている。もう菜々子のような小さい子がひとり出歩いていい時間ではない。
「堂島さん、こっち来てください。俺店に聞いてみます!」
 陽介は言いながら走り出し、堂島が引っ張られるようにその後を追い掛けて行った。


 サービスカウンターに駆け込んだ陽介は、すぐ迷子がいないか、店内放送を流してもらうよう頼んだ。堂島から菜々子が着ている服の特徴を聞き、見つけたらサービスカウンターまで連れて来てもらうよう、放送する。
 今にも他へ探しに飛び出してしまいそうな堂島を宥めながら、陽介は尋ねた。
「……あの、どうしていなくなったんですか?」
「ああ、ちょっとな……」
 陽介の問いに対し、堂島は曖昧に言葉を濁した。そして俯き「……菜々子」と拳を握りしめる。陽介は口を噤んだ。これ以上、事情を聞ける雰囲気ではない。
 菜々子がジュネスにいて、誰かが見つけてくれないだろうか。縋るような願いで辺りを世話しなく見回す陽介の耳に「……本当じゃないからか」と堂島の呟きが届いた。
「……え?」
「――ヨースケ!」
 陽介が堂島を振り返ろうとすると、放送を聞き付けたのか今度はクマの声が聞こえてきた。肩紐がずれているのにも気づかず、急いで走ってくる。
「ナナチャンは!?」
 すごい勢いで詰め寄られ、陽介は思わず一歩後退った。女の子大好き、とさっきまでの飄々したような感じは消え、真剣な眼差しで菜々子を心配している。
「まだ見つかってない」と陽介が言うと、目に見えてクマは「……心配クマ」としょぼくれる。
「……悪いな。ここまでしてくれて」
 黙っていた堂島が、急に出入口に向かって歩き出す。
「堂島さん?」
「俺ぁ菜々子を捜しに行く。このままじっとしてられるか」
「じゃあ俺も行きます!」
 殆ど反射的に陽介は申し出た。堂島とクマが驚いて眼を見開き、陽介を凝視した。
「菜々子ちゃんが心配だし、それに捜す人は多いほうがいいんじゃないんですか」
「花村……」
 堂島は口を開きかけ、何かを言いかけたが寸でのところで言葉を飲み込むように閉じる。そして微苦笑を浮かべて、代わりの言葉を言う。
「……悪いな」
「いえ。俺も菜々子ちゃんが心配なんで」
「クマも行く!」
 纏まりかけた話に、クマが割り込んできた。しかし陽介は「ダメだ」と首を振る。
 却下され、クマが眦をつり上げた。
「なんでクマ!? クマだってナナチャン心配してるのに!」
「お前が菜々子ちゃん心配してるのはわかってるって」
 憤慨し肩を怒らせるクマに、陽介はその青い眼をじっと見て言った。
「でも、もしかしたらこの後に菜々子ちゃんがジュネスに来る可能性だってある。ここにも誰かいなきゃいけない。……俺の言いたいことわかるな?」
 陽介はゆっくり言い聞かせるように諭されたクマは、ややあって、うん、と頷いた。唇を噛み締め、捜しに行けない悔しさが滲ませている。それを堪えて我慢しているのはクマなりの譲歩。ここで口論をしていたら、無駄な時間が過ぎ、余計に菜々子が見つかりにくくなる。
「見つかったら、すぐ連絡してほしいクマ。……約束クマよ?」
「わかってるって」
 陽介はクマの背を叩き、不安を消すような大袈裟に笑って見せた。そして堂島のほうを向く。
「行きましょう堂島さん。はやく見つけないと」
 力強く言った陽介の言葉に、堂島が、ああ、と頷いた。


 陽介は、ジュネスから商店街に向かう道を、注意深く見回しながら進んでいった。日向の買い出しに付き合ったお陰で、菜々子が通るだろうルートはしっかり把握している。
 堂島は、通学路を捜している。陽介が携帯で協力を頼んだ千枝や雪子も心当たりのある場所を回っているはずだ。
 焦りを抑え、あの可愛らしい声が返ってこないかと願いつつ、陽介は「菜々子ちゃん!」と何度も声を上げて呼んだ。でも返事は返ってくることはなく、とうとう商店街まで着いてしまった。
 どこか見落とした場所があるのか。不安が影を差した時、商店街の脇道から誰かが出てきた。暗がりで見えなかった姿が、街灯の明かりに晒される。
「橿宮!」
 大声で呼んだ花村に、日向の顔がぱっと上がった。近づくと、その顔色は堂島同様ひどく真っ青だった。まるで、この世の終わりがきたような、そんな表情。
「……花村? どうしてここに」
「菜々子ちゃんがいなくなったって堂島さんから聞いたんだよ!」
「そっか……」
 日向は、顔を陽介に見られないよう俯いた。どうしよう、と囁くような声で呟く。
「橿宮?」
「どこにいるか、わからないんだ」
 こめかみを押さえた日向の手が、髪を強く掴む。さ迷う視線。感情を必死に抑え、震える声。
 いつも冷静な日向がこんなに動揺する姿を、陽介は初めて見た。
「どうしよう。どうすれば。あの子に何かあったら俺。もう、どうしたら……」
「――落ち着け!」
 陽介は口調を強めて言い、日向の両腕をきつく掴んだ。びくり、と日向は身体を震わせ、呆然と陽介を見る。向けられた視線が、驚きで揺れた。
「しっかりしろよ! お前は菜々子ちゃんのお兄ちゃんだろ!」
「……ぁ」
 陽介が発した「お兄ちゃん」の一言に日向が我に返ったように眼を見開いた。
「堂島さんも捜してる。俺や里中たちもそうだ。ジュネスに来てもすぐわかるようにクマも待ってる。絶対菜々子ちゃんは見つかる。絶対。だから」
「……花村」
 日向は瞼を閉じた。深呼吸を繰り返し、考え込む。
「――鮫川」
 日向がゆっくり瞼を開ける。覗いた瞳は、平静さを取り戻した、いつもの彼のもの。
「菜々子から、聞いたことがある。母親が生きていた頃、家族で行って、楽しかったって」
「よし、橿宮はそこに直行しろ。一番可能性が高そうだ。俺も見つけたらすぐに連絡するから」
「うん」
 日向は力強く頷き、走り出す。しかし、すぐに立ち止まって陽介を振り返った。
「花村」
「……ん?」
「ありがとう」
 そう一言だけ残し、日向は鮫川へ走っていった。
 振り返らず遠くなる背を見送り、陽介はほっとしながらも、ある手の危機感を抱く。
 大切なものを持つ人間はいくらでも強くなれる。漫画やゲーム、音楽の歌詞によく出てきそうなフレーズ。
 なら、その大切なものをなくした人間はどうなってしまうんだろう。
 陽介は、菜々子がいなくなって狼狽する日向を思い出す。正直、危ない感じがした。もし菜々子に何かがあったら、それに引きずられて。
 ――日向も。
「……大丈夫だよな?」
 思わず、自分に言い聞かせるように呟く。こんな不安取り越し苦労ですめばいいけど。そう思いつつ、焦躁は消えない。
 陽介はそれを振り払うように首を強く振って、菜々子を捜しに走り出した。


 それから一時間ぐらい後、菜々子が見つかったと日向から連絡が入った。鮫川の東屋にひとり座っていたらしい。それを聞いて、陽介は不謹慎にも少し笑ってしまった。日向もよく同じ場所にいる。
 ああ、良かった。道路を歩いていた陽介は、街灯の側で安堵から座り込んだ。
「菜々子を見つけたのは叔父さんなんだ。俺が鮫川に行ったら、叔父さんがいて座ってた菜々子を遠くから見てた」
 菜々子が見つかったのに、日向の声は暗く小さい。どうしたんだろう、と陽介は声を聞き逃さないよう、携帯を強く耳に押し当てる。
「……でもお前のほうが言うこと聞くだろって先に帰ってしまった。この前のを気にしているようだった」
 沈黙が流れる。堂島と喧嘩をしたと陽介は知っているので、言おうか言うまいか、考えているんだろう。
「俺と菜々子のほうが家族みたいだって言うけど。……でも叔父さんだって家族だろ」
 二人を見てればわかるよ、と日向は言った。苦しそうな声にまた悩んでいるな、と陽介は思う。
「菜々子は叔父さんが好きだし、叔父さんだって菜々子を大事にしている。でも……」
 心中が複雑らしい。日向の言葉は途中で途切れてしまった。
 じっと聞いていた陽介は「部外者が口挟んじゃいけないかもしんないけど」と前置きして言った。
「堂島さんも辛いと思う」
 ジュネスに駆け込んだ時の堂島は、顔面蒼白していた。家を飛び出した娘のことを心配して、辛そうに「本当じゃないからか」と呟いていた。ただそれを口にしないだけで。
「……わからないよ。言ってくれないと」
 陽介の話を聞いて、日向は不満たっぷりの言葉を返した。むくれてるのかな、と陽介はつい想像してしまう。
 当たり前のことを日向は言っている。言いたいことは口にしなければ相手に届かない。陽介だってそうだった。早紀に対して何も言えないまま。その言葉はもう口に出すことはなく、胸の内で自分なりに昇華させていくんだろう。
「誰だってそういうもんだと思うぜ」
 だから、誰もが悩んだりする。陽介が早紀や自身の影で悩んでいたように。日向や堂島が家族のことで悩んでいたり。悩みが一つもない人間なんて、きっといない。
「……世の中、うまくいかないよな」
 するりと滑り落ちた陽介の言葉に、日向がうん、と返した。そしてため息が続く。
「……家族って難しいんだな。今までそういうことを考えなかったから全然わからない。でも、これを考えることを投げちゃ駄目なんだろうな」
「お前ならできるよ」
 陽介はすぐに言い切った。
「だって、俺のこともちゃんと答えを探してくれたじゃんか。だから、お前なら大丈夫。……見つかるよ」
 断言する陽介が可笑しかったのか、携帯の向こうで日向が笑う声がした。久しぶりに聞いた気がする。
「ありがとう。花村にそう言ってもらえると出来そうな気がする」
 ありがとう、ともう一度繰り返し日向は挨拶を残して通話を切った。耳から離した携帯から、陽介はアドレス帳を開く。無事に菜々子が見つかったことを、クマや千枝たちに知らせないと。
 出来るなら今すぐ飛んでって、日向に会いたい、と陽介は思う。自分にしてくれたことを日向にも返したかった。
 アイツは俺を好きだって言った。俺はそれを断ったけど、優しくしたい気持ちはとめどなく溢れてくる。
 もし影が出たら、また俺の狡さを罵りそうだ。向けてくれた好意を無下にしておいて、それでもアイツを優しくしたがってる俺を。
 でも、してやりたいんだ。
 陽介は立ち上がり、クマが待っているジュネスへと歩き出す。
 何か、出来ることはないかな。
 陽介は考えながら、堂島家がある方向を振り向く。家の明かりが数多く見える中、はやく日向の悩みがなくなるように、と強く願った。

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