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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

どんな顔して言ってんの 1

長いので折り畳み



 夏休みも後半に差し掛かった頃のことだ。
 ある日の蒸し暑い夜、陽介はクマを連れて堂島家に赴いていた。ジュネスであったイベントの土産を菜々子にあげて喜ばせたいと考えからだったが、クマに「ナナチャンに会いたいクマ!」と強硬にねだられたのもある。
 日向に出迎えてもらい堂島家にあがると、菜々子が居間の卓で一生懸命ドリルに鉛筆を走らせていた。卓の上には、他にも本やノートが積み重ねられている。一目で夏休みの宿題だと分かったが、小学一年生のものにしては、やけに量が多かった。
「学校の方針で、家族一丸となって乗り越えてもらい絆を深める目的、なんだって。だからってこの量はないと思うけど」
 多すぎだろ、日向は困りつつ頬を掻く。しかし、きちんと鉛筆を握って漢字の書き取りをしている菜々子を、そばで優しく見守っている辺り、彼女に対する愛情が感じられる。
「かきとりおわったよ」
 菜々子はふう、と息を吐いてドリルをしまった。続けてノートとプリントを目の前に置き、日向たちを見る。
「こんどはね、しってることわざを書いてくださいって」
「あ、ことわざならクマも知ってるクマよ!」
 菜々子の言葉に「お手伝いするクマ」とクマが大きく手を挙げた。そして腰に手を着いて「我思う故に我在り!」と胸を反らし自慢げに答える。
「クマさんすごーい! むずかしいのしってるんだね!」
 拍手して称賛する菜々子に「そんなことないクマ」と謙遜し、クマが照れた。頬を赤くするクマに、ソファに座っていた陽介が、やれやれと肩を竦める。
「何カッコいいこと言っちゃってんだよ……。ブタに真珠ぐらいだろお前は」
 茶々を入れる陽介を、クマがむっと睨み付けた。
「何言うクマか。陽介にはクマのチャンピョン級のプリチーさがわからないの!?」
「あーわかんねーなー。つかチャンピョンて何」
「チャンピョンはチャンピョンクマー!」
 怒るクマから視線を反らし、わざとらしく棒読みで陽介は言った。
 そうして始まった口げんかを、日向たちは最初目を丸くしてみていたが、すぐに顔を合わせて笑う。本気で怒っている訳ではない。これが二人なりの接し方だと分かっているからだ。
 二人が言ったことわざを菜々子が書くのを見つつ「陽介たちも来たことだし、休憩にしようか」と日向は腰を上げた。そして、まだ怒りの収まらないクマの頭をぽん、と叩く。
「クマ、手伝ってくれ。プリンがあるぞ」
 クマの怒りを反らすためだろう、日向の目論みはあっさり成功した。プリンの言葉にクマは目を輝かせ「ラジャークマ!」と身を翻し、浮かれて日向と台所に行く。
 単純だな。台所で並ぶ背中を見ながら、陽介は小さく笑った。
 菜々子はまだ一生懸命ことわざを書いている。なんとなく「菜々子ちゃんはどんなことわざ知ってるの?」と陽介が聞くと驚く答えが返ってきた。
「えーっとね……。あまだれいしをうがつ!」
 大きな声で元気よく答え、菜々子は「お父さんが言ってたんだよ」とはにかんだ。こう言うのを見ると、子供は親の背を見て育つんだな、と陽介は思う。堂島のような父親の背を見たら、真っ直ぐ成長しそうだ。
 ことわざを書き終え、菜々子がノートを閉じる。そして畳に置いていた一冊の本を手にすると、立ち上がって陽介に近寄った。
「ねえ陽介お兄ちゃん。教えてほしいことがあるの」
「俺に?」
 驚いて陽介は指で自分の鼻先を指差した。こっちに聞かなくても、菜々子のわからないことは日向が答えてくれそうなのに。しかし「だめ?」と首を傾げる菜々子の表情が曇っていき、慌てて笑顔を作る。
「ダメな訳ないじゃん! 俺にわかることなら何でも聞いてくれたっていいぜ~」
 少しおどけて言ったら、菜々子は「ありがとう」と笑って本を陽介に渡した。
 図書館で借りてきたその本は、漢字が多くふりがなが振られていない。菜々子が読むには、少し敷居が高いだろう。本の文面にざっと目を通した陽介は、どうしてこの本を借りたのか、菜々子に尋ねた。
 すると菜々子は何故か顔を赤くして、もじもじと俯く。
「あのね、どうしても気になるのがあって……」
 これ、と菜々子は本を陽介に持たせたままページをめくり、気になっている箇所を指差す。
 菜々子の指先にある単語に、陽介は何故日向ではなく自分に聞いてきたか分かった気がした。これを見つけた瞬間に、難しい本を借りると決めただろう菜々子を、かわいらしく思う。
 自然と口元が緩む。陽介はじっと答えを待つ菜々子を見つめ、口を開いた。
「これは――」


 高く青い空を蜻蛉が横切り、秋の涼しい風が稲羽の町に吹く。
 衣更えも終わり、久しぶりの学ランにまだ慣れなさを感じながら、陽介は日向と並んでジュネスに向かっていた。最近は行楽シーズンでセールの日も多く、店は忙しくなりがちだ。その為日向は陽介に頼まれ、急遽今日から数日アルバイトに入ることになっている。
「悪いな、いつも」
 日向だって用事があるだろう。それにセール時のアルバイトは忙しくとても大変だ。だけど日向は、嫌な顔一つせず承諾してくれる。ありがたくもあり、またすまないとも陽介は思う。
「いいよ。これぐらい」
 手を合わせて謝る陽介に日向が左程気にしてない風に言う。
「だってアルバイト代に色付けてもらってるし。今のところ切羽詰まってる訳でもない」
「そりゃそうだけど……」
 直斗の一件から、マヨナカテレビに誰かが映ることなく、また誰かが失踪した様子もない。平穏が続いているようにも感じられる。
「だけど、まだ事件は終わってないじゃん」
 陽介は不満そうに口を尖らせた。警察は夏休みに捕まえた久保を、春先に起きた殺人事件の犯人とし、事件は全て解決したと終止符を打っている。しかしそれは大きな間違いだ。
 久保が殺したのは、日向たちの担任であった諸岡だけ。真犯人は別にいる。それを知っているのはペルソナを使える日向ら特捜本部の面々だけだ。直斗も捜査から外され、伝えようとしても警察は聞いてくれないだろうし、他に現実離れした話を信じてくれないだろう。
 それに、もっと気掛かりなことだってある。
 陽介は俯いて、爪先にぶつかった小石を蹴った。
「……脅迫状のこととかさ」
 蹴った小石は跳ねながら転がって、河原の方へと落ちていった。それを目で追っていた陽介は、日向を見る。
 怯えや不安の色がない日向の横顔。脅迫状のことを、あまり気にしてないように見える。

 ――コレイジョウ、タスケルナ。

 一言、それだけ書かれていた脅迫状。刑事である堂島が家主である家に、それは直に投函されていた。まるで、日向が何をしているか見透かしているように。
 片仮名だけの無気味な文面もそうだが、内容も気掛かりだ。まだ犯人は、何かしようとしている。
「送ってきた人物がわからない以上、こっちは手出し出来ないだろう」
 日向は前を向いたまま言った。
「慌てたってどうにもならない。焦ってしくじるほうがヤバイと思うけど」
「そりゃそうだけどさ」
「正直、」
 不安を隠せない陽介の言葉を遮り、日向が言った。
「俺はいいんだ。ペルソナの力があるから、対処のしようがある」
「橿宮」
「菜々子や遼太郎さんに何もなかったら、俺はそれでいい」
「……」
 はっきりした口調の日向に、陽介は黙り込んだ。視線を再び地面に落し、唇を噛み締める。
 また、だ。
 ふと過ぎる不安が胸を刺す。その痛みは以前、菜々子が家を飛び出し狼狽した日向を目の当たりにした時、感じたものと一緒だった。
 陽介は横目で日向をそっと窺った。普段と変わりない足取りで歩く姿。守るべきものがある揺るぎない強さ。それが今、どうしてだろう。とても危うく見える。
 大丈夫だよな。陽介は暗鬱に物を考え、つい気持ちが落ち込みそうになりかける。
「――お兄ちゃん!」
 しかし、前から聞こえてきた声が、沈みかけた気持ちから陽介を掬い上げてくれた。
 陽介が顔をあげると、ポシェットをかけた菜々子が手を振りながら駆けてくる。日向の前で止まってにっこり笑い「学校終わったの?」と聞いた。
 日向は頷いて「でもこれからジュネスでバイトなんだ。帰りがちょっと遅くなるけど……ごめんな」と謝る。それにつられて陽介も「本当ごめんな菜々子ちゃん。いっつもコイツ借りちゃって」と謝った。なんだかんだと、日向を色々連れ回している筆頭であるせいか、菜々子に対して申し訳なくなる。今日もバイトがなければ、このまま二人でどこかに行けただろうに。
「大丈夫だよ。菜々子るすばんできるから」
 しかし菜々子は頼もしく言った。
「菜々子もね、これからかいもの行くんだ。おそうざいとかたくあんとかいっぱい買って、お兄ちゃんとお父さんの帰り待ってるね」
「うん。兄ちゃんも、菜々子にお土産買ってくるから」
 日向の言葉を聞いて、菜々子が嬉しそうにはしゃいだ。もうどこから見ても、兄妹そのものにしか見えない。二人のやり取りを見ているだけで、陽介は癒されていくようだった。
 笑いあう二人を横で見ていた陽介は、ふとあることに気づく。
「あれ、そういえば菜々子ちゃん。いつもと違うので髪結んでる?」
 覚えている限り、菜々子はリボンで髪を結っていた。だけど今日は桃色の花の飾りがついたゴムを使っている。
 陽介の言葉に、何故か日向がぴくりと肩を強張らせた。それとは正反対に、菜々子が嬉しそうに飾りに触れて答える。
「お兄ちゃんにもらったんだ。菜々子のたんじょうびプレゼントに」
「へぇ!」
「このポシェットもね、いっしょにくれたんだよ」
 菜々子は大事そうにポシェットの紐を両手で掴む。嬉しくて嬉しくて仕方ないんだろう。笑顔に喜びが満ち溢れていた。本当に菜々子ちゃんが可愛いんだな、と陽介は思い、日向を見る。
 日向は陽介から目を反らし、そっぽを向いていた。それを見て陽介はにんまりとしまりのない笑みを浮かべた。
「へぇー、お兄ちゃんがかぁー」
「……」
「流石はお兄ちゃん。菜々子ちゃんによく似合うの選んでんじゃん」
 にやにやと笑う陽介に、日向の目がすっと細まる。突然半歩後ろに下がったかと思ったら、陽介の臀部に蹴りを入れた。さりげなく、菜々子からは何があったか見えないようにして。
「――うおっ!?」
 もちろん身構える暇のなかった陽介は、蹴りを受けてつんのめる。危うく顔からぶつかりそうになったのを、手と膝頭を地面に突き、辛うじて難を逃れる。
 びっくりとして目を丸くする菜々子に「それじゃ兄ちゃんは行くから。菜々子も帰りは気をつけるんだぞ」と声を掛け、日向はさっさと行ってしまった。怒る暇もなく、あのヤロウ、と陽介は遠ざかる背中を睨む。あれは本気の蹴りだった。間違いない。
「陽介お兄ちゃん……。だ、大丈夫……?」
 菜々子が陽介に近寄り、恐る恐る不安そうな顔で尋ねた。ちらちらと日向のほうを見遣る視線に「あ、ああ。へーきへーき」と痛みを堪え、表情を取り繕う。
 それにしても、あの蹴りはないんじゃないか。蹴られて痺れる臀部を擦りながら、陽介は倒れかけた身体を起こした。千枝の修業をたまに付き合っている日向は、シャドウとの戦いでその成果を遺憾無く発揮している。そして繰り出される蹴りは、以前よりもずっと鋭さが増していっているようだ。体重がある分、千枝よりも日向の蹴りのほうが恐ろしい、と身をもって知る。
「……あの」
 陽介が倒れたのは、日向のせいだと薄々気づいたんだろう。菜々子が、機嫌を窺うような目で陽介を見上げた。
「いや、俺が悪いから。菜々子ちゃんは気にしないでいいよ」
 日向が暴挙に及んだのは、陽介がからかったせいだ。それがひどく恥ずかしかったんだろう。足早に歩いていった日向の耳は赤かった。
「俺は全然平気だから。ね?」
 膝頭についた汚れを掌で払いながら陽介は言った。このまま菜々子の顔を曇らせたくなく、陽介は「誕生日だったんだね」と話を反らす。
「うん」と菜々子に笑顔が戻った。
「お兄ちゃん、たくさんごちそう作ってくれて、ケーキも丸いの買ってきてくれたの。それからお父さんも」
 ふわりと菜々子の笑みが幸せそうに濃くなった。
「お父さんもケーキ丸いの買ってきてくれたんだ。今日は菜々子のたんじょうびで……かぞくのきねんびなんだって。菜々子とお父さんとお兄ちゃんがかぞくになる日だって、お父さん言ってたよ。どうしてきねんびなのか、わからないけど、でもすごくうれしかった」
「……そっか」
 家族って難しい。日向はそう言っていたが、自分なりに考えていたらしい。その結果が今菜々子が見せている幸せそうな笑顔だろう。出来るかどうかわからないと言っていたけど、きちんと日向は答えを見つけている。
「菜々子すごくうれしかったから、おかえししたいんだ」
「お返し?」
 うん、と菜々子が頷いた。
「お父さんが教えてくれたんだ。らいげつ、お兄ちゃんのたんじょうびがあるって。だから、おかえし」
 ないしょだよ、と菜々子は人差し指を立て、口元に当てる。どうやら当日まで本人に秘密にして驚かせるつもりらしい。
「うん。内緒」
 陽介も菜々子と同じように立てた指を唇に当てた。かわいい秘密の共有に、くすぐったくなってしまう。
 いたずらっぽく笑いあってゆびきりをし、陽介は菜々子と別れた。いつまでも日向を一人にさせる訳にはいかないし、からかったことを詫びなければ。
 手を振って商店街に向かう菜々子に手を振り返し、陽介は思う。あの子の幸せがずっと続けばいい、と。菜々子が幸せなら、日向が幸せになる。
 アイツが幸せなら、俺も。

 だから、ずっと。


 ――そう、思っていたのに。



 目の前に広がる光景に、陽介は呆然と立ち尽くした。雨が止んだばかりの、まだ路面が濡れている道路。ぶつかり合ったトラックと車から、煙が夜空に昇っていく。
 菜々子、と腹部を押さえ、堂島が激痛に顔を歪める。それでもトラックに向かおうとした堂島を、足立が慌てて止めた。
 まだ来ない警察の代わりに直斗が現場を調べている。そして見つけた日記を読んでいくうちに、聞いている日向の表情が、だんだん色を失っていった。唇を噛み締め、固く握った拳が震えている。
 二度目の脅迫状が届いた雨の日の夜。マヨナカテレビに、菜々子が映った。そしてそのまま家にいたはずの菜々子は、姿を消してしまった。
 堂島が追いかけていたトラックの荷台にテレビがあることを考えると、もうテレビに放り込まれたんだろう。このままでは、菜々子の命はない。
 きっと日向はすぐにでも菜々子を追いかけたかったんだろう。荷台のテレビを気にする日向に、どこに通じているかわからないテレビに入るのは危険だと、必死にりせが諭していた。
 救急車のサイレンが聞こえる。重傷の堂島に家族である日向と、警察関係者である直斗が付き添うことになり、陽介たちは明日からの菜々子救出に備えて戻ることになった。だけど、誰も帰ろうとしない。その場に立ち尽くしたまま、運ばれていく堂島を見つめている。そして日向は、こちらを振り向きもせず、救急隊員に呼ばれ、救急車に乗り込んでいく。
「――花村先輩」
 誰かが服の袖を引っ張る。振り向けば近くに立っていた直斗が深刻な面持ちで「こっちに来てください」と促した。
「お前、救急車は」
「その前に、渡しておきたいものがあって」
 仲間から少し離れた電柱の影。そこで直斗は声を潜めて言った。
「本来なら、橿宮先輩に渡すべきなんでしょうが……」
 沈痛な面持ちで直斗は帽子の庇を構いながら俯く。そして「これを」と陽介に何かを渡した。
「……これ、は?」
「玄関先に落ちてました。恐らく、連れ去られる時に落とした物だと思います」
 無理に淡々とした口調で、直斗が説明する。
「……今の橿宮先輩に渡すには酷ですから」
 そう呟き、直斗も急いで救急車に乗った。ドアが閉まる。三人を乗せた救急車は、サイレンを鳴らしながら、病院へ走っていった。
「……」
 遠ざかるサイレンを聞きながら、陽介は掌に乗せられた物から視線が動かせなかった。
 踏み潰されて泥がついた小さな箱。一生懸命包んだだろうに、せっかくの青い包装紙がぐちゃぐちゃになっている。
 耳の奥に、ないしょだよ、と菜々子の声が木霊する。ゆびきりをした小指に、じん、と痺れが走った。
 あの子がどんな気持ちで、これをいつ渡そうかと考えながら今日を迎えたのかと思うと、胸が張り裂けそうだった。


 夏休みも後半に差し掛かった頃のことだ。
 一冊の本を、菜々子は陽介に見せた。
 図書館で借りてきたその本は、漢字が多くふりがなが振られていない。菜々子が読むには、少し敷居が高いだろう。本の文面にざっと目を通した陽介は、どうしてこの本を借りたのか、菜々子に尋ねた。
 すると菜々子は何故か顔を赤くして、もじもじと俯く。
「あのね、どうしても気になるのがあって……」
 これ、と菜々子は本を陽介に持たせたままページをめくり、気になっている箇所を指差す。
 菜々子の指先にある単語に、陽介は何故日向ではなく自分に聞いてきたか分かった気がした。これを見つけた瞬間に、難しい本を借りると決めただろう菜々子を、かわいらしく思う。
 自然と口元が緩む。陽介はじっと答えを待つ菜々子を見つめ、口を開いた。
「これは、ひまわりって読むんだよ」
「ひまわり?」
 陽介から答えを教えてもらい、菜々子は自分の指差した部分を見た。そこに書かれているのは『向日葵』の文字。
「ひまわりって、お花の?」
「そう、お花の」
 陽介は頷いて笑った。
「向日葵って書いて、ひまわりって読むんだ」
「そうなんだ……」
 菜々子は向日葵の文字をじっと見つめる。きっと日向と同じ漢字が使われているのに興味を持ったんだろう。
「じゃあ、お兄ちゃんの色はきいろだね! だってお兄ちゃんと同じかんじをつかってるもん」
 大発見をしたような顔をして菜々子は言った。とても嬉しそうな菜々子に陽介は本を返す。
「教えてくれてありがとう」
 はにかみ、菜々子は大事そうに本を抱き締める。
「どういたしまして」
 そう言いながら、陽介は台所の日向のほうを見た。丁度振り向いた日向が視線に気づき、笑う。
 その表情に、陽介は今菜々子が考えているだろう色を同じように思い描く。



 陽介は潰れた小箱をじっと見つめる。踏まれ、壊れた部分から指輪の残骸が見えた。
 ――何で、こんなことに。
 陽介はそっと、小箱を握りしめた。
 指の間から零れた黄色のビーズが落ち、濡れた道路に転がっていった。

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